Un-known

18話

海賊が陸地にあがると、丘に上がった河童と揶揄する者がいる。
海賊が海でしか戦えないと思っているのであれば、勘違いも甚だしい。
海賊が、何故"賊"と呼ばれるのか。
そいつを今からラグナラントの住民は全員、知ることになるだろう。

イー曰く「縮図で見た感じだと、街はそんなに広くねぇ」とのこと。
奥地とはいえ、ラグナラントは港町から、そう遠くない場所にある。
ラグナラントの街全体も、さして広くない。
大通りを突っ切った先に、問題の屋敷はあった。
商家の名前も判明している。
アンバー、というのが屋敷の主のファミリーネームだ。
船を空けて全員出るのには反対があがった。
しかしジャッキーとエドガー、二人の手練れがやられた点を踏まえると、数人で行くのは危険だ。
出来るだけ大勢で奇襲して、相手が混乱しているうちに奪還するのが望ましい。
「さっと行って、さっと帰ってくりゃいいんだ」
ハルのモンスターで全力疾走すれば、往復でも徒歩の十倍ぐらいは時間が短縮できるはずだ。
全員の顔を見渡して、「俺達は、なんだ?」とイーが問う。
皆が声を揃えて答える。
「海賊だ!」
「奪われたものは、どうする?」
「取り返せばいい!」
ニッと笑って、イーは締めくくる。
「この船だって、奪われたら取り返せばいいんだ。そうだろ?」
そもそも、Oceansの船は特製だ。
動力は魔力、そのエンジンルームが何処にあるのかはマスターのしゅういちしか知らない。
メンバーでも長年見つけ出せない部屋を、赤の他人が見つけられるとは到底思えない。
船の心配は、ひとまずしなくていい。
それよりも心配なのは、拉致されたマスターだ。
しゅういちが何者か判った上の犯行だとしても、目的が見えてこないのは厄介だ。
海賊頭なんぞを誘拐したところで、身代金も取れやしない。
警備隊に引き渡したとしても、報酬は微々たるもの。手間賃のほうが高くつく。
「マスターは綺麗だから、きっといやらしい真似をしようと思ってさらったんだ!」
とはハルの推理だが、それにしたって何故がつきまとう。
連中は一体、どこでしゅういちの情報を手に入れたのだろうか。
顔を出さなければ、名前も偽名。端から見れば正体不明なギルドマスターの情報を。
「まぁ、考えていたって始まらねェや。犯人に直接聞いてみりゃ〜判るよな」
あっさりイーは考えるのを放棄して、ソルトへ振り向いた。
「あぁ、それと、こっから先はソルト、お前が音頭を取れ。サブマスターのお前が、な」
「えっ、どうしてだ?ここじゃイーサンが最古参なんだろ。だったら、イーサンがサブマスターなんじゃないのか?」
首を傾げるソルトに、イーが否定する。
「俺ァ最初にあいつの仲間になったってだけで、サブマスを名乗った事は一度もねーぞ。それにな、しゅういちがお前を恋人にしたってんなら、お前がしゅういちの片腕だ」
恋人。
その言葉が、改めてズシンとソルトの胸にのし掛かる。
俺は、しゅういちに恋人だと認められたんだ。
なら、しゅういちは俺が助けてあげなきゃ駄目なんだ。だって、彼は俺の大切な人だもの!
「よし、みんな!いくぞっ、海賊ギルドOceansはラグナラントに突撃だ!!」
ソルトの号令で全員が、そう、ハルまでもが「オーッ!」と片手を突き上げ気勢を上げる。
各々モンスターの背中へ飛び乗ると、砂埃をまきあげて港町を突っ切っていった。


"エッチな真似をしようと思って拉致した"というハルの推理は、当たっていたかもしれない。
しゅういちを誘拐したのは、彼のよく知る人物で、彼が最も嫌っていた人物でもあった。
吊り下げからは解放されたが、依然として囚われの身だ。
両手は壁に繋がれ、しかも服は全部剥ぎ取られた。
一糸まとわぬ格好に剥かれて、しゅういちは深々と溜息をつく。
しゅういちはラグナラントで育った。だが、本当の故郷ではない。
真なる故郷は光の森で、本名はカイといった。本当の両親がつけてくれた名前だ。
あの日、何が起きたのかは大人になってから真実を知ったのだが――
光の森を襲った事件。
銀狼の幼子が一人、海賊を装った軍団に誘拐された。
その子は二度と、光の森へ戻ってくることはなかった。
その子供こそがカイ。幼き頃の、しゅういちであった。
「ふふっ、落ち着いたようだな。落ち着き払っているお前も美しいぞ、カイ」
コツコツと、わざと靴音を響かせるようにして男が近寄ってくる。
「冒険ごっこも、お前の我が儘を許すのも、もう終いだ。大人になった以上、今後は私の伴侶として一生を終えてもらう」
しゅういちは黙って、男を睨みつける。
わがままが通った記憶なんて、一度もないじゃないか。
いつも頭ごなしの暴力で押さえつけていたのは、どこのどいつだ。
幼い頃は、ただの暴力であったのが、十を過ぎた辺りで性暴力に切り替わった。
他人に触られたくないような箇所を、この男は、わざと弄ってきた。
触ることで、嫌がるしゅういちの反応を楽しんでいるようにも見受けられた。
触られるたびに嫌悪感が、しゅういちの全身を走り抜け、一日たりとも一緒にいたくない想いが強まって、我慢しきれず、とうとう家を飛び出したのが十五になった頃だ。
その足で港町へ行き、密航して東大陸へ渡り、イー=サンをスカウトする。
彼には海賊の心得を教えてもらい、ギルドを結成して仲間を募った。
先々でイーがスカウトしたり、噂を聞きつけて参入してくる仲間を受け入れているうちに、ラグナルの家の忌まわしき記憶は脳裏の片隅へ追いやられていった。
だが、けして忘れたわけではない。
海賊になる前も、なった後でも記憶は悪夢となって、しゅういちを苦しめた。
この記憶から完全に逃れるには、あの男のいない場所へ行く必要があった。
ソルトに話した最終目的。
異世界へ移動しても戻ってくるとソルトには言ったが、本当は、そうじゃない。
異世界に逃げたら、二度と戻ってこないつもりだった。
だが今、ソルトと出会って彼を好きになって、しゅういちの決断は揺らぎ始めている。
ソルトが一緒ならば、過去の忌まわしい記憶を乗り越えられるのでは――?
あの男が攻めてきてもソルトやイーがいれば抵抗できるのでは、と考えるようになった。
しかし、現実はどうだ。
二人が仲間にいても、しゅういちは囚われた。
引き戻されてしまった、この忌まわしい屋敷へ。
「私を睨みつける目つきも、成長した今は凛々しくなったものよ。昔から気の強さだけは直らなかったお前だが、今は直らなくて良かったとさえ思う」
ニヤニヤと薄笑いを浮かべた顔に覗き込まれ、しゅういちは顔をそむけるが、すぐに顎を掴まれ無理矢理男と向かい合わさせられた。
多少の年月が毛髪や顔の皺に見られるものの、男の本質は何も変わっていない。
意地悪く歪んだ口の端も、値踏みするかのようにネチネチまとわりついてくる視線も。
「頭ごなしに伴侶になれと言われたところで、お前は抵抗するだろう。だが折檻と違って、婚姻は押しつけても意味がない。お前が自分で望まなければ、心からの伴侶にはならぬのだ」
だとしたら一生頷く事などないのだから、早く解放してほしいものだが。
なおも反抗的な目で睨みつけ、黙りこくったしゅういちに男がねっとり囁きかける。
「少し、抵抗する気力をなくさせてもらう。フフ、強気なお前も可愛いのだがな……これをつけて、どれだけ耐えられるかが見物だ」
拘束されて動けないのをいいことに、男の片手がしゅういちの尻へ回る。
何かを突っ込まれたと思った直後、しゅういちの体を電流が駆け抜ける。
「ひァッ!?」
たまらず、悲鳴をあげていた。
正確には電流ではない、振動だ。
ブルブルと激しく連続した振動が、尻の内側の肉を抉ってくる。
これまでにも尻穴へは指を突っ込まれてかき回されたり、舌で舐められたりもしたが、それとも違う感触だ。
「や、あ、ああッ……」
逃れようと、しゅういちは無意識に体を丸めるが、振動は肉を伝って奥へ奥へと入り込んでくる。
誰にも入られたくない己の深層が、汚されていくように感じた。
尻に突っ込まれた何かを引き抜きたくても、両手は不自由だ。
足が虚しく、床をかく。男の声が、どこか遠くで響いた。
「強気で反抗的なお前が涎を垂らして、私に、その立派なモノを突っ込んでくれと乞う。お前が淫らに甘えて尻を振る姿を想像するだけでも、興奮するというものだ。さぁ、できるだけ長く耐えた上で崩壊し、私を楽しませておくれ」
足音が遠ざかる。この状態で放置する気か。
このまま放っておかれたら、気が狂ってしまいそうだ。
振動は、今や気持ちの悪い不快を通り越して、ジンジンと内側の肉に訴えかけてくる。
振動だけでは我慢できない。もっと奥を引っかき回して欲しい。
そんな感情が己の中に芽生えて、しゅういちは動揺する。
これが"乞う"へ繋がるのだというのなら、あいつの思い通りに状況が収まってしまうのは絶対に嫌だ。
だが、囚われて拘束された身では如何とも防ぎようがない。
誰か、誰か、助けて。
頭の中が真っ白になる寸前、しゅういちの脳裏に浮かんだのは、ソルトの眩しい笑顔だった――


せめて形だけでも来訪を歓迎していれば、続く惨劇は回避できたのかもしれない。
「しゅういちを返せェェー!」とモンスターごと突進してきたソルトを見て、「海賊の襲撃だーッ!」と叫んでしまった民衆の、なんと哀れで愚かなことか。
「海賊の、襲撃?なんで俺らが海賊だって知ってんだ。要するに、海賊に襲われる原因が思い当たるってこったな!なら、てめぇらも立派な共犯だ!」
ソルトに続いて突進してきたマーダーのナイフがキラリと閃き、次の瞬間には断末魔さえあげる暇なくバタバタと逃げ遅れた人々が倒れ込む。
胴体が倒れた後に切り離された首が時間差で降ってきて、テンテンと地面を転がったものだから、たまらない。
混乱が恐怖に代わり、恐怖は波のように伝わって、街中が大混乱になった。
「うっ、うわぁぁぁっ!」
手に鉈を持って振り回してきた住民の頭を、斧で叩き割ったのはミトロンだ。
ぶしゃあっと飛び散る返り血を器用によけて、彼は気さくに笑った。
「逃げる奴は無理に追わなくてもいいよね、めんどくさいし。まぁ、襲ってきたら殺すけど」
「おぅ。逃げる奴は、ほっといても平気だろ。だが」
前方を睨みつけ、レッドは唾を吐く。
逃げまどう群衆とは別に、早くも大通りを塞ぐ集団が出現した。
黒い服を身に纏った黒めがねの連中だ。
しゅういちを誘拐した屋敷の仲間で間違いない。
「道をふさぐ奴は全員どけ!アンバーの家を庇う奴は皆殺しだ!!」
吼え猛る仲間へ「気をつけて、あいつら銃を持ってるぞ!」と、ミトロンの忠告が飛ぶ。
「銃?」と呟いた直後に、イーの姿が消えた。
かと思えば、「ぐはっ!」と叫んで黒服の一人が崩れ落ちる。
「銃なんて関係ねェ!元暗殺者をナメんなよッ」
仲間でさえも動きを見失っていたが、イーの姿を黒服軍団の壁の内側に発見した。
黒服の一人が「いたぞ!」と叫んだ側からイーに蹴っ飛ばされて、ありえない方向に首がひん曲がる。
イーは目にも止まらぬスピードで、次から次へと黒服を血祭りにあげてゆく。
さすが、元暗殺者は伊達ではない手際の良さだ。
素手だというのに、確実に相手の目を抉り、首をねじ折り、股間を蹴り潰す。
あちこちで悲鳴があがり、しかも密集した状況で銃を撃つ奴までいたせいか至る所で血しぶきも舞い、黒服の壁はイーの攻撃と味方の誤射で崩壊寸前だ。
「よーし、イーサンが囮になっている間に駆け抜けるぞ。全員突撃ーッ!」
ソルトの気合いに、ミランダが呼応する。
「オーケー、雑魚をぶっ飛ばすのは後回しだ!まずはマスター奪還を急ごうじゃないの」
バシバシとモンスターの背中に檄を入れると、モンスターも『ブォォォ!』と鳴いて彼女の期待に応えてやる。
風切る勢いで速度がグンとあがり、もはや銃で狙っても当たらないであろう。
いや、銃で狙える元気のある奴は、もういないかもしれない。
突っ込んだ際のついでに何人か撥ねてやったし、まだイーやゴロメが黒服の元に残っている。
「オイ、あんま酷使すんなッ」とミランダ達の背中に向かって怒鳴るハルへは、カーリーの冷やかしが飛んだ。
「普段無駄飯食らいって呼ばれてんだ、こういう時こそ活躍させてやるべきじゃねぇの?」
「無駄飯食らい、だとぉ?誰がンなこと言ってんだ」
「俺が」と片眼をつぶってオチャメにウィンクするカーリーを、ハルが追いかける。
「このぉっ!」
途中、「う、うわぁぁぁ!」と奇声を上げて襲いかかってきた住民を、いとも簡単に斧で叩っ斬りながら。
「うるせぇ、何がウワアアアーだ、邪魔すんな!」
「おいハル、ハル、早く追いかけねーとソルトにおいしいとこを奪われっちまうぞ?」
そこへ、またまたカーリーの挑発が飛んできて、「てめぇ、あとで覚えてろ!」の一言を残してハルを乗せたモンスターも爆走していった。


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