故郷にて
機械都市での戦いを終えて、故郷チャイナロウスへ戻った後――「……で、何の用なんだ?天善。こんな時間に呼び出して」
明け方も明け方、空がまだ暗い時刻に外へ呼び出された。
呼び出したのは天善だ。
熟睡中を叩き起こされて、まどかは先ほどから欠伸が止まらない。
「ンンッ」と咳払いで、天善が話を切り出した。
「お前に俺の現住所を教えとこうと思ってよ……お前は、す~ぐどっかに出かけちまって音信不通になっからな!」
機械都市へ行ったっきり音沙汰がなくなった件を指しているようだ。
まどか本人にしてみりゃ、そんなのは日常茶飯事だし、周りも気にしていないとばかり思っていたのだが……
「実はな、帝都からお呼びがかかったんだよ。警備の仕事をやらないかって」
「へぇ。暗殺練気団での仕事か?」
天善はフリーの傭兵団に所属している。
暗殺練気団は彼の流派だが、同時に傭兵団の呼称でもあった。
「あぁ、そうだ。長期になりそうだってんで、住居も構えたんだ……酒場兼宿屋をな」
「酒場?誰か雇うのか」
驚くまどかにチッチと指を振り、天善が言い直す。
「俺がマスターをやるんだ。まだ要改良の段階だが、つまみレシピも幾つか作ったんだぜ」
天善が料理の作れる男だとは知らなかった。
いや、彼とて一人暮らしが長いのだから、作れて当然ではあるのだが。
「それで、だ。お前にも試食してもらいたくてよ……こうして呼び出したという次第だ」
「こんな朝早くに?」と大欠伸するまどかの腕を掴み、天善が念を押す。
「こんな朝早くにでも捕まえとかなきゃ、お前、すぐどっかへ行っちまうだろうが」
一理ある。
明日はインディゴの奥地辺りに、修行と称して出かけようかと考えていたのだ。
「そうか。まぁ、それで、どこで試食すればいいんだ?」
「俺の店でに決まってんだろ!」
テレポットを使えば、ファルゾファーム島までの道のりは一瞬だ。
ファルゾファーム島は世界地図でいうと、東大陸と西大陸の間に挟まれる島である。
まわりを海に囲まれており、海鮮物が豊富に取れる。
東に聖都バンバーグ王国、西に帝都西シルダ王国。
この二つの国は大昔から、聖と闇の派閥争いを続けていた。
天善の構えた店は、帝都の大通りにあった。
「酔いどれ麒麟亭、か……」
まだ真新しい建物だ。看板には想像上の動物、麒麟が描かれている。
「そういや帝都には、もう一軒酒場があるんじゃなかったか」と、まどか。
まだ薄暗い表通りをチラリと見て、天善が答える。
「あぁ、哀憐の雌山羊亭だろ?あっちは一般大衆酒場ってんで、こっちは傭兵を狙った酒場にする予定だ」
「どういった違いが」と首をひねるまどかの肩を、さりげなく抱いて店へ通した。
「傭兵のくちにあうような料理をって考えてんだ。試食してみて、お前の正直な感想を聞かせてくれや」
カウンター席は五つの椅子が並んでいる。
テーブル席は手前に三つ、奥に四つ。そこそこ広く、悪くない作りだ。
まどかはカウンター席へ腰掛けて、メニューを見た。
パッと見ジパンにはない料理で溢れかえっており、名前だけでは、どんな料理だかも判らない。
「それじゃ……このブウラのカマチ割りってのを一つ」
「おう、ちょっと待ってろ!」
しばらくして、天善が食料庫から引きずってきた材料を見て、まどかは腰を浮かしかける。
なにしろ、どでかい。
四ツ足の大きな獣で、耳のあたりまで長く伸びた鋭い牙を生やしている。
こいつがブウラなのか?
「こいつをな、ハァッ!」
天善が包丁で獣をブツ斬りにしていく。
そいつを片っ端から鍋へ放り込むと、足元の棚から酒や調味料を取り出してドボドボ鍋に注ぐ。
手際の良さもさることながら、調理手順に迷いがない。
「っと、こんなふうにチョイと味付けして、ほいっと出来上がり!」
勢いよく置かれた皿を覗き込んでみると、赤茶けた色に煮上がった獣肉が綺麗に盛り付けてある。
「へぇ……酒が欲しくなる色だな」と呟きながら、まどかは一切れ頬張った。
それほど調理に時間がかかっていないにも関わらず、こってりとした味が染み込んでいる。
いや、これは肉そのものの味かもしれない。
噛めば噛むほど肉汁に混ざって、甘じょっぱい味が口の中に広がった。
くっちゃくっちゃと噛みしめて、ごくんと飲み込んだまどかに天善が感想を求める。
「どうだ?お味は」
「あぁ、うまい。これで25Gは安すぎるんじゃないか」
「なぁに、売上は期待しちゃいないんだ。所詮は帝都で暮らすついでの余興だからよ」
材料はどうやって調達しているのかと問うと、自力で捕まえてきたのだと言う。
そのうち狩人へ正式に依頼するようにしたいと話す天善に、まどかは重ねて提案した。
「だったら、価格は今のうちに変更しておけよ。この料理なら50取っても文句言われないぜ」
「ふぅん。まぁ、お前がそこまで太鼓判を押すってんなら50Gに書き換えとくか」
残りを頬張るまどかを、天善は黙って見つめる。
こいつは何でも美味そうに食べる。
それも早食いってんじゃない。食材そのものの味を楽しむタイプだ。
「……おっと、顎に煮汁がついてんぞ」
さりげなさを装って天善は指を伸ばすと、まどかの顎をぬぐってやった。
「口の中に入れると、どうしても垂れてくるよな」と笑い、自分でも口元を拭う彼を見ながら、天善はぎこちなく笑い返す。
「けど肉汁が溢れるぐらいが、ちょうどいい味加減になるんだ」
「へぇ。煮ないと、どうなるんだ?この肉」との疑問には「カチカチで歯が立たねェんだよ」と答え、くるりと背を向けた。
まどかの顎を拭った指をぺろりと舐めて、すぐに向き直る。
「煮ると、ちょうどいい柔らかさになるんだ」
「つまり何回も試食したのか。余興の割には本格的だな」
まどかにちょっと褒められただけでも、どうしようもなく心拍が早まる自分を感じる。
高鳴る鼓動を片手で抑えつつ、天善は棚を漁った。
確か、だいぶ前に買っておいた秘蔵の酒があったはずだ。
客に出す用じゃない。いつか、まどかと二人で飲もうと思っていたのだ。
「どうしたんだ、胸なんか押さえて」と尋ねてくる彼の前に二つコップを置き、酒を注いでやる。
「どうもしやしねぇぜ。俺が持病の癪なんか持ってねぇってのは、お前も知ってんだろ」
軽口でごまかし、コップを手に取った。
「さぁ、乾杯だ。祝・機械都市暴動終結ってな!」
カチンとコップを併せてから、まどかが悪戯っぽく微笑む。
「だったら、祝・英雄誕生にしよう」
「英雄?誰がだ」
「天善に決まっている」
「俺がぁ?」
まどかが「そうだ」と頷き、じっと見つめてくるもんだから、天善としちゃあ落ち着かない。
あの暴動で誰が英雄かと言われたら、間違いなく目の前にいる男がそうだ。
たった一人でSSAの機人どもを片っ端からブッ壊し、総帥をタイマンバトルで破った人間――
桜まどかこそ、英雄と呼ぶのにふさわしい。
なのに、そのまどかが天善を英雄視してくるのは、どうしたことか。
一口煽ってから、まどかは理由を述べた。
「お前は俺より先にミストたちへ自ら助力を申し出て、生身で機人に立ち向かった。けして機人に有効な流派でもないのに、だ。訊けば、サイバーノーツも素手で倒したというじゃないか?こいつを英雄と呼ばないで何とするんだ」
「いやぁ、まぁ、そりゃまぁ、助力は申し出たし、ノーツも倒すにゃ倒したけどよ」と天善の歯切れは悪い。
なんせ、あの暴動での自分は及第点と言ってもよく、本人の納得がいく戦いではなかった。
ノーツとの戦いでは足を骨折してしまったし、その前だって、ほとんどの活躍を、まどかに取られたようなもんだ。
むっつりへの字に口を結んだ天善を見上げて、まどかが苦笑する。
「全然納得いっていないみたいだな。けど、ミストから話を聞いた時、俺はそう思ったんだ。お前こそが語り継がれる真の英雄だ……ってな。天善、英雄ってのは結果じゃない。誰かが見て、その行為を称えた時こそが英雄誕生の瞬間なんだ」
「だったら」と天善は酒瓶を取り、空になったコップ二つへ乱暴に注いだ。
「俺が考える暴動終結の英雄は、お前だ。いいか?生身の格闘家が、たった一人でラボを壊滅させた、一人で大量の機人を倒した」
「ラボは俺一人の力で壊滅したんじゃ」と言いかける口元を指で封じ、なおも天善は、まどかの武勇伝を語り続ける。
「乗り慣れねぇノーツを動かし、慣れているはずのベテランをぶっ倒した。どうだ、お前こそが英雄だろうが」
まどかは腕を組み、じっと考え込んだ後。
「なら天善の中では、そういうことにしておけよ。俺も俺の中で、お前を英雄視しておく」と妥協して、くいっとコップを空にした。
「なんだよ、お前。ホンット強情だな!いいか、客観的に見たって、お・ま・え・が英雄なんだよ、あの戦いでの!いい加減認めろって、自分の功績を」と天善。
まどかも「お前だってそうだろ。何度言っても自分の功績を認めないんだから」とやり返し、注がれた酒を一気に飲み干す。
そんなやり取りを七、八回は繰り返した頃だろうか。
「あー……駄目だ、目が回る」と告げて、まどかが降参の意を示した。
「わかった、もういい、もう俺が英雄で……」との呟きを最後に、カウンターに突っ伏して寝入ってしまった。
「なんだ、もう酔っ払ったってか?」
口では軽く言いつつも、天善の喉はゴクリと唾を飲み込む。
今、目の前には意識を失ったまどかがいる……
だらりと下げた片腕、袖の隙間から見える脇の下……
真っ赤に染まった頬、半開きの唇が天善の欲望を誘ってきて……
「うぉぉぉぅうう!!」
勢いよくブルブル首を振って、煩悩を振り払った天善は誰もいない店内で叫ぶ。
「よ、よーし!布団でも持ってきてやるかー!」
二階から毛布を持ってきて、背中にかけてやりながら、ちらちら様子をうかがった。
……大丈夫。すっかり酔いつぶれて、毛布をかけられたことにも気づいていない。
まどかが目を覚ますまで、願わくば誰にも邪魔されたくない。
天善は店の表へまわり、クローズと書かれた下げ札を扉に引っ掛けたのであった。
END.
