俺達マブダチ 渚のロックンロール!
港町ホレン。
一応"町"とつくだけあって、これまで回ってきた村とは規模が違った。
町の入口から続く表通りには、数々の店が並んでいる。
足下の道は綺麗に整備されており、煉瓦が規則正しく並べられていた。
クルズ宮廷に押し入った前後は、ごたごたしていて城下町を見渡す暇もなかった。
故に可憐がサイサンダラの町を見るのは、ホレンが初めてになる。
「どうだい?可憐。サイサンダラの街並みは」
ミルに尋ねられ、可憐は正直に感想を述べた。
「すごいね、ピシッと整備された点は都内に負けていないんじゃない?けど残念なのは、アニメイトがない点かな」
言ってから、ハッとなって口元を抑える。
「アニメイト?」とミルは首を傾げ、続きを促してきた。
「どんな店なのか全然想像つかないな。可憐のいた世界特有のお店かい?」
「え、えぇと、そうだね……筆記用具や衣類、娯楽品を売るお店だよ」
額に脂汗を滲ませつつ可憐が答えると、ジャッカーは前方を指さした。
「それなら雑貨屋がアニメイトに該当するんちゃう?」
雑貨屋とは、日常品から衣類、娯楽品まで何でも揃う店だとフォーリンが補足する。
アニメイトのようにオタクオタクしぃ要素は、全くない。
可憐の世界でいうと、雑貨屋はコンビニか百均に該当するのではなかろうか。
「ちょっと違うけど……ま、いいか」
「ふぅん」
ミルは何度も頷き「いつか可憐の住んでいた世界にも行ってみたいなぁ」と、ポツリ呟く。
ついでだからと可憐は彼女に聞いてみた。
「そういや召喚ってさ、こちらへ呼び出すだけなの?」
「うん。そうだね」と、ミル。
「別の世界へ移動する魔法は、ポトファトラムっていうんだけど……ボクにも、お母さんにも使えなかったんだ。あれは難しいよ」
腕を組んで難しい顔になるミルへ、可憐も相づちを打つ。
「あ、一応あるんだ。異世界へ移動する為の魔法が」
「うん、かつての大魔導士エクソスラムが――」
ミルの話は、まだまだ続きそうであったが、エリーヌがストップをかけてきた。
「ミル、我々は急いでイルミへ向かう手段を得なければいけません。魔導談話は、船の中で好きなだけおやりになると宜しいでしょう」
もう一度判ったとミルが頷き、一同は、ひとまず宿に落ち着いた。
部屋に荷物を置いてから、可憐達は一階の酒場に集まる。
「海路を取るって言ったけど、船の手配は、これからするつもりなんだ」
「せやけど今の時期、密入国に手を貸してくれる船なんておるやろか」
ジャッカーの懸念に、ミルも腕を組んで考え込む。
「そうなんだよね……イルミとクルズは、特に仲が悪いし」
では、最初の地はイルミにしないほうが良かったのだろうか?
「ですが」と二人の懸念に水を差すのは、目的地を決めた本人のエリーヌ。
「せっかくドラスト様という、交渉の架け橋を得たのです。イルミ最長老と話し合う機会を先延ばしにするわけには参りません」
「うん、それは重々判っているよ。だから、船を手配しようとしているんじゃないか。エリーヌ、キミの手持ち残額は、いくらぐらい?」
お財布を出したミルに、可憐が話を持ちかける。
「待って。無駄にお金を使うより、いい方法があるんだけど」
「無駄にって?お金を使わないで船を雇うなんて、出来るわけないだろ」
片眉を跳ね上げる相手に、可憐は堂々と言い放った。
「俺の役目が何だか忘れてしまったのかい?ここは俺に任せてくれ。交渉して、船を勝ち取ってくるよ!」
言うが早いか、クラウンの腕を取って走り出す。
「いこう、クラウン。船の手配をしにっ」
「え、ちょっ」とミルが止める暇もなく。
「ま、待ってくれカレン……ッ!俺に交渉など無理だっ」
クラウンの悲鳴を残して、男二人は宿を飛び出していった。
置いて行かれた女性陣は、ただ呆然とするしかない。
フォーリンが、ぽつりと呟いた。
「え……えっと……何故クラウンさんまで、つれていったんでしょう?」
ミルは残った面々を見渡して、ぽつりと言い返す。
「ここに残しても何だしってコトじゃない?」
「何だしとは、なんです」
全然判っていないエリーヌに、ミルは内心溜息をつく。
自分が可憐でも、クラウンを女だらけの中に残してはおかない。
彼は女性に、今まで散々なセクハラをされてきたのだから。
つれていったのは彼の心の傷を癒させる意味もあるのだろう、とミルは解釈した。
宿を勢いで飛び出してきたが、アテはあるのか?
クラウンに尋ねられ、可憐は満面の笑みで答える。
「全然。まず、船が何処にあるのかも判らない」
「……よく、それで任せろと……」
手で顔を覆うクラウンの態度にもめげず、可憐はあちこちを見渡した。
「港町っていうからには、船が何処かにあるはずだよね。よし、まずは海岸沿いを目指して出発だ!」
「……いや、それよりも」とクラウンに遮られ、ん?となった可憐が振り向いてみると、彼は視線で一つの建物を示した。
「船乗りの集まる店で情報を集めたほうが早い」
「あそこが、そうなの?」
「あぁ」と頷く側から可憐には肩を抱かれて、クラウンはギョッとなる。
「よーし、いってみよう!」
元気よく号令をかける彼に、待ったをかけた。
「な、なんで、肩を……?」
「ん?いやー、だって俺達もう友達じゃん?友達って、こういう風につきあうもんじゃないの?」
ニコニコと邪気のない様子で尋ね返されては、距離が近すぎると拒否するのも躊躇われる。
「いや、その……」
「ん?もしかして恥ずかしい?駄目だなー、クラウン。そんなんじゃ、またいやらしーババアに目をつけられて虐められちゃうぞ?君は見た目体育会系なんだから、もっと体育会系らしくガハハでいくべきだと思うんだよ、俺は」
ガハハ、とは。
それに体育会系と言われても、全く意味が判らない。
可憐が前に住んでいた世界での人種か何かであろうか。
難解な言葉に頭を抱え、肩を抱き寄せられた格好で、為す術もなく店へ向かう途中。
クラウンは自分達に向けられた視線に気づき、ハッとそちらを振り返る。
――焼け付くほど熱い視線を向けていたのは、女の子の二人組であった。
「ちょ、ちょっと見過ぎ!ほら、向こうも気づいちゃったし!」
銀髪の少女が咎める横で、こちらを食い入るように眺める茶髪の少女が呟く。
「たまりませんわぁハァハァ。イケメン×マッチョでイケメン攻め?しかもマッチョが初々しいとか新しいパターンじゃないの、メモメモ」
……また、わけのわからない奴が一人増えた。
関わらないほうがいいに決まっている。
しかし無視しようとした矢先、可憐が二人に気づいてしまった。
可憐は笑顔で近寄ると、十年来の知人の如き気安さで少女達へ話しかける。
「やぁ君達は、この町の人?俺達、イルミ国へ行ってくれる船を探しているんだよね。最長老に会うために。君達は、そういう船、知らないかな」
密入国する旨を、堂々と往来でアピールだ。
クラウンは慌ててガバッと可憐に飛びつき、彼の口元を塞いだ。
「か、カレンッ、そういう話は内密にやってくれ!」
忠告してから、二人を見やる。
彼女達が警備隊などに通報するのであれば、止めなければいけなかった。
だが。
少女二人は、ぽーっとなっている。
先ほどの可憐の笑顔に当てられたか。
初めて彼に微笑まれた者は、あまりの美しさにポーッと見とれてしまう。
さながら天使の微笑み。そう形容してもいいだろう。
かくいうクラウンも、初めて可憐に微笑まれた時には見とれてしまった。
彼こそは奇跡によって生まれた、生ける芸術品だと感動したものだ。
ややあって、茶髪が口を開く。
頬を真っ赤に上気させ、まだ夢を見ているかのような、恍惚とした表情で。
「はぁぁぁ……天使だ、天使が舞い降りてきおった……!」
隣の銀髪も、ほぅっと満足の溜息をもらし、改めて可憐の質問に答えた。
「……えぇと、すみません。反応が遅れてしまって。船ですか?でしたら、私達の造船所で手配できるかもしれません」
「えっ、造船所?」
驚く可憐の横で、クラウンも驚いた。
まるっきり平凡な町娘にしか見えない二人の家が、船を造っていたとは。
「はいな。うちは二人揃って、アンナと」
ビシッと茶髪の少女がポーズを決める。右手を差し出し、掌を上に向けて。
「ミラーでぇ〜す!船のことなら私達に、お任せっ♪」
銀髪の少女も、それに併せて左手を差し出し、同じようなポーズを決める。
こちらは、心なしか恥ずかしそうでもあったが。
「アンナとミラー?」
繰り返す可憐へ二人は頷き、アンナと名乗った少女がグイグイ腕を引っ張ってくる。
「そぉでぇ〜す。さぁさ、お客さん。うちの船を見ていって下さい?お客さんでしたら、イケメン効果で多少の割引も致しますゆえ〜」
「え〜ホント?嬉しいなぁ」
褒められてデレデレする可憐とは違い、さすがにクラウンには突っ込む頭があった。
「い、いや、待て!割引の前に、あんたらは俺達の目的を本当に理解しているのか?」
「もちろん、判っていますよぉ〜」
ミラーと名乗った少女が、クラウンの顔に口を寄せてくる。
またしても距離の近さにビビるクラウンには、お構いなく、囁いてよこした。
「うちは、どんな船の手配でも万全です♪ですから内密なお話は、私どものお店で致しましょう?」
クラウンと可憐の二人は言われるがままに、二人の店へと連れて行かれたのであった……