ドラストのお誕生日
これまでの誕生日は、ご近所一帯を招待しての豪勢なパーティだった。
だが、今年は違う。今年はクルズ国での、ささやかな誕生会を予定している。
戦争終結後に姉が結婚した。相手は草原の四騎士が一人、アレクサンドラだ。
それを見て、ドラストは決心する。
私もカレンと結婚して、フォーゲルの子孫を増やしてやる――!
まだ、つきあってもいないのだが。それどころか、カレンがドラストを好きかどうかも判らない。
それで結婚を決意したってんだから、気が早いにも程がある。
兎にも角にも彼女は荷物をまとめてクルズ国へと旅立ち、今はサーフィスというド田舎村で暮らしている。
ここは魔女の家に最も近く、魔女が月一で立ち寄る物資補給拠点なのだ。
魔女がくるとなると、当然同居しているカレンも同行してくるわけで、月イチの訪問は彼に会えるチャンスでもある。
なにしろ森にはモンスターが棲んでいる。
怖いわけではないが、戦うのは面倒くさい。よって、カレンを待ち構える作戦に出た。
彼女が現在住んでいるのは宿屋ではない。
先の世直し旅での仲間だったクラウンの家で、ご厄介になっていた。
狭い一軒家に男女が二人きりで生活して大丈夫なのか?
と言われたら、全く問題ないと言い切れる。
クラウンには恋人がいるし、ドラストはカレンしか眼中になかったので。
パーティのメインディッシュは、もう決めてある。
山羊の乳を煮詰めて固めたケーキに、家から持ち寄りし秘伝の薬を二、三滴。
これを一口食べれば、アラ不思議。カレンは彼の意思とは関係なしに、ドラストを好きになる。
注意事項があるとすれば、カレン一人に食べさせなければいけない点だ。
故に、今年の誕生会は二人っきりの密な時間にしなければいけない。
カレンと二人だけで祝いたいと断ったら同居人のクラウンには怪訝な顔をされたが、カレンにプレゼントされた服を人質、いや服質にとり、言うことを聞かねばコイツを破るぞと脅して、無理矢理納得させた。
残る問題は、カレンと一緒にくるであろう小娘と金魚のフン。
あれらを追い払う口実を、当日までに考えておかねば。
時は巡り、ドラストの誕生日がきた。
月に一度だけ村へ立ち寄る魔女は、今月に限って二度目の来訪である。
事前にカレンへ直接連絡しておいたおかげだ。
だが――
「ドラスト、今日が誕生日なんだって?可憐から聞いたよ」
ミルやフォーリン、エリザベートにまで目的を知られていたのは、誤算としか言いようがない。
魔女を騙す嘘を上手くつけなかったと見える。さすがはカレン、純情な魂の持ち主だ。
「お誕生日おめでとうございま〜す、ドラストさん!こちらを、お受け取りください」
フォーリンからのプレゼントは、両手いっぱいの花束だ。
色とりどりで綺麗だが、これをくれたのが可憐だったら、もっと良かったのにとドラストは独りごちる。
知らずについた溜息をミルにはバッチリ聞き取られ、冷やかされた。
「あ、ドラストがっかりしてる〜。やっぱ嬉しくないよね、ブヨブヨにプレゼントされたって」
「ブ、ブヨブヨじゃありませ〜んっ!」と涙ぐむフォーリンへ社交辞令程度にドラストは礼を言っておく。
「フォーリンはブヨブヨじゃないぞ。プレゼントもありがとう、大切に飾っておく」
「うぅ、お気遣いまで、ありがとうございます……」
フォーリンに謝るでもなく、ミルは、さっさとクラウンの家にあがりこむ。
「ほら、いつまでも、お客様を外に立たせていないで。どこがパーティ会場だい?」
だが待て、ダイニングテーブルには例のケーキが置かれている。
うっかりペロッと味見されたら、たまったもんじゃない。
「待て、今日の誕生会はカレンと二人だけでやる予定なのだ!」
しかし「二人だけ?いいじゃないか、せっかくだし皆で祝おうよ」と、ミルは当人の予定を聞く気なし。
おまけに可憐までもが、ミルと似たようなことを言う。
「ドラスト、ここはクラウンの家だろ?だったらクラウンを除け者にするのは可哀想じゃないかな」
「いや、俺は――」「既に約束は取り付けてある!」
クラウンとドラストの返事は重なり、クラウンが遠慮していると受け取ったのか、可憐は彼の腕を引っ張った。
「クラウンも一緒に祝おうよ。パーティは人数多いほうが絶対楽しいし!」
「い、いや、だから、俺は……」と尻込みするクラウンを睨みつけて、ドラストが再度叫ぶ。
「いいのだ、カレン!クラウンは今日、これからミラーとデートの予定があるのでな。そうだろう、クラウンッ!」
「そ、そうだ。俺はデートなんだ、今から行ってくる。あとでな、カレン!」
可憐の手を勢いよく振りほどき、クラウンは村の出入り口へと駆けてゆく。
本当は今日、何の予定も入っていない。
しかし、いつまでも此処にいたら例の服をビリビリにされてしまう。
さっさと誕生会を終わらせて、服を返して欲しい。
今にも泣きそうな表情を浮かべながら、クラウンは村の外まで出ていったのであった。
「あれま。珍しいね、クラウンが可憐の提案に頷かないなんて」
脱兎の勢いで逃げ出されて、可憐は勿論、ミルも驚いたが、すぐに気を取り直す。
「まぁいいや、デートの約束があったんじゃ仕方ないか。さーてと、誕生日ケーキは、どんなのかな〜?」
「こ、こら、だから待てと言うに!誕生会はカレンと私の二人限定イベント、他の奴らは立入禁止だ!」
ミルを掴んで引き戻す間に、今度はエリザベートが家の中へ入り込む。
「おや、綺麗なもんじゃないか!真っ白だねぇ、材料は山羊乳かい?」
「コラー!」
魔女をとっ捕まえたら、今度はミルとフォーリンまでもが中に入りこんで、イタチごっこになってきた。
とても一人じゃ制止の手が足らない。
かといって可憐が手伝ってくれるでもなし、ミルやフォーリンと一緒にケーキを眺めて喜んでいる。
「ホントですぅ〜。綺麗ですねぇ、とっても美味しそう……」
「これ、誰が作ったんだ?ドラスト?それともクラウン?どっちにしても上手だね。店売りのケーキと遜色ないじゃないか」
ケーキを見つめるフォーリンの瞳はキラキラしている。
傍らのミルも、めったに訊けない褒め言葉のオンパレードだ。
作ったのはドラストだが、この二人に褒められたって嬉しくない。
いや、全く嬉しくないわけでもないが、そのケーキを食べてもらいたいのは可憐ただ一人だけなのだ!
「ケーキは私が作った!さぁ、満足したら早く外に出ていけッ」と騒ぐ横からエリザベートも戻ってきて、ひょいっと指を伸ばす。
クリームをちょいと掬い上げて、ペロリと舐めた。
「あら、甘いかと思ったら薄味なんだ。なるほど、イルミのケーキは上品な味わいなんだね」
「ちょ!オバハーンッ!!」
思わず地が出て魔女を怒鳴りつけるドラストに「誰がオバハンだよ!お母さんは、まだ若いんだぞ!?」とミルが怒る側で、エリザベートに劇的な変化が訪れる。
「ん、んんん……?」
魔女は小さく呻いたかと思うと、ぽわっと頬を薔薇色に染める。
続いてウルウルと視線が潤んできて、ぴたりとドラストに焦点が合わさった。
「はぁ……ドラスト……なんて麗しい子なんだい……」
口元からは涎が糸を引き、エリザベートは恍惚とした表情で小指を咥えて身体をよじる。
誰がどう見ても異常事態が彼女の身を襲っているというのに、ミルとフォーリン、可憐も全然気づいていない。
まずい。
効き目が如何ほどかかるか判らない秘伝の薬であったが、これほどまでに即効性だったとは。
ミルと喧嘩している場合ではない。
今すぐ逃げないと、えらい目にあってしまう。
踵を翻したドラストをミルの腕が捕まえて、「オイ、どこへ行く気だ?お母さんに謝れ!」と青筋立てて怒られたって、そんな暇はないというのに、この小娘が!
「お母さんもなんか言ってよ!って、うわっ!?」
振り返ったミルはエリザベートに突き飛ばされて、尻もちをつく。
「ミル!?」と驚くフォーリンと可憐を置き去りに、魔女はドラストを力強く抱きしめた。
「あぁ、ドラスト。世界で一番麗しいね、愛しい人。末永く愛を誓うとしようじゃないか」
「う、うわぁぁ、待て、待てぇぇ!」と泡を食ったって、ドラスト如き可憐な乙女の力で引きはがせるもんじゃない。
「う、むぶぅぅぅっ!!」
可憐たちが見守る前で、ドラストはエリザベートと濃厚なキスを重ねるハメに陥った。
「え……えぇぇ、お母さんが好きなのって可憐じゃなかったの……?」
ドン引くミルの側では可憐が打ち震えた様子で「おぉ……リアル百合の世界っ。これはエェもんを見せてもらいましたぁ……ッ」と喜び、フォーリンは双方を見比べて「え、え、お師匠様、いつからドラストさんを、そこまで?」と狼狽える。
この後、何度もぶっちゅぶっちゅとキス乱舞されて、くたぁっとドラストが酸欠で床に横たわるまで百合の世界は続けられて。
「あれ?どうしたんだい、ドラスト嬢ちゃん。誕生会は、どうなったのさ」
ようやく薬の効き目が切れてエリザベートが我に返ったのは、空が赤く染まり始めた夕方頃だったという――