10.狼がきたぞ
再び東京に戻ってきたダグーは、その足で御堂探偵事務所を訪ねる。事前に連絡を入れていなかったのだが、幸い、事務所には留守番がいて、中へ通される。
「すいません、所長も光一も今ちょっと出かけちゃってて……けど、ここで待ってれば、そのうち戻ってきますからァ」
一行を案内したのは、どう見ても女子高生。
高校の制服に身を包む少女だ。
しかし、ここにいるからには事務員か家族のどちらかであろう。
出されたお茶は無視して、キエラが彼女へ話しかける。
「ここって何人ぐらい働いてんの?事務はキミ一人?」
「え?誰が事務?違いますよォ〜。あたしは、ただのボランティアで」
きゃっきゃとはしゃぎだす少女を遮る形で、玄関からオッサンの声が割り込んでくる。
「うるせぇ、お前はボランティアでも何でもねーだろ、このお邪魔虫が」
ヨレヨレのコートに無精髭。
御堂は最後に別れた時と同じ、だらしない格好のままだ。
「何よぉ!こうやってお客を引き留めてやってたんだから、あんた達の代わりに」
所長が相手だというのに、少女も威勢がいい。
御堂の後に続けて入ってきた青年、彼が"光"だろうか?
清潔感漂う白シャツに整った顔つき、御堂とは正反対の印象を抱かせる。
こんな場末のしょぼくれた事務所には似合わないほど、さわやかな雰囲気を放っていた。
「おう、誰かと思ったらダグーじゃねぇか。お前、アキバを引っ越したって聞いたが戻ってきたのか?」
声をかけてきた御堂へ軽く会釈して、ダグーは単刀直入に本題を切り出す。
「お聞きしたいことがありまして、戻ってきました。正確には御堂さんではなく、"光"さんに……ですが」
「光ぅ?そんな奴ァ、ここにゃいねーよ」と首を傾げる御堂を押しのける勢いで青年が叫んだ。
「もしかしてライカンに登録している誰かなのか!?」
「あ?」「何よ、ライカンって」
御堂と少女の双方に怪訝な顔をされるのにもお構いなく、青年が一歩前に進み出てダグーへ手を差し出した。
「あなたも人狼なんですよね?初めまして、光こと妻賀光一です」
なんと堂々とした人狼カミングアウトだ。
呆気に取られて、ダグー一行は誰も言葉を発せない。
魔族はおろか当の人狼、ダグーとシヅでさえも。
「お、おい、いいのか?んなホイホイ、知らん奴に狼男だと教えちまって」
動揺しているのは御堂所長と少女もだ。
泡食う二人に光一は微笑んだ。
「俺が光ってHNで登録してんのはライカンだけだからさ。その名を知っているってことは、この人も人狼だよ」
「や、そもそも、そのライカンって何なのよ!」と少女が叫ぶのにも、光一はさらりと受け流す。
「SNSに決まってんだろ?も〜成実もさ、今を生きるJKなら、すぐにピンときてくんなきゃ」
前後の見えない話でピンとこれる奴がいたら、そいつはきっと超能力者か占い師だ。
光一曰くlycanthrope SNSは知る人ぞ知るアンダーグラウンドな存在で、検索では辿り着けないSNSなのだそうだ。
クチコミでURLが伝わり、現役メンバーに招待されないと登録できない。
光一がSNSの存在を知ったのは、名前に心当たりのない相手からの招待メールであった。
URLで飛んだ先には、SNSの新規登録画面が待っていた。
興味を持って登録してみたら、SNS内は人狼で溢れかえっていた。
「オメー、フィッシィングサイトって可能性は考えなかったのかよ」
呆れた表情の所長に突っ込まれても、光一は笑って首を振る。
「相手は俺を狼男だと断言した上でSNSを紹介していたからね」
「そのメール、まだ残してありますか?」とはクローカーの問いに、光一は「もう消しちゃったよ」と答え、lycanthrope SNSが人狼コミュニティーである決定打を出してきた。
「驚いたよ。皆、堂々と正体を明かしているんだ。明かされていないのなんて、本名と住所ぐらいかな?殆どが顔出ししているし、人狼化した自撮り写真をアップしている人も大勢いたし、どこそこで人狼を見かけた目撃情報もザラで、だから俺も投稿したんだ。所長が依頼で出会った人狼の話を。あなたはそれに興味を持った、そうじゃないのか?ダグーさん」
ちらりとダグーの背後に立つシヅへも目をやって、意味ありげに笑う。
「……それとも、そちらのお嬢さんに何か聞いたとか?」
「ちょっとーっ光一!あんた、またナンパしてたの!?」
シヅが何か答えるよりも先に何故か成実が怒り出し、光一はヘラヘラ笑って攻撃を受け流す。
「違う違う、見られちゃったんだって。変身するとこ」
「カァ〜、不用心だなァ!どこで変身してたんだよ、外か?」
たちまち喧々囂々と身内で騒ぎ出すのは、クローカーが止めた。
「それよりも疑問なのは、何故メール主は光一さんを人狼だと決めつけた上でSNSを教えたのかです。シヅさんのように偶然見かけたのだとしても、脅迫に使うのではなく極秘裏SNSへ招待するメリットとは何でしょう?」
「lycanthrope SNSの管理人は誰だ?」とはクォードの疑問だ。
光一は少し考える仕草を見せてから答えた。
「管理者を名乗っている人なら知っているよ。HNだけどね、名前は"フェンリルの娘"っていうんだ。交流してないからフォローしてないけど。見てみる?」
「ふぇん……りる?」
場は一瞬静寂に包まれ――
すぐに各々の大声で包まれた。
「なんっだあぁぁ、そりゃあ!!まんまじゃねーか!」
もし本当にlycanthrope SNSを運営しているのがフェンリルの末裔だとすれば、メンバーが全員人狼なのは人狼同士で連絡を取り合う明確な意思があるとみてよかろう。
光一が身バレしたのは、たまたま別の目的で来日していたシヅに目撃されてしまう程度の遭遇率だから、他の人狼が目撃していたとしても、なんら不思議ではない。
「妻賀さん、あなたが連絡を取り合っていた"白狼"について、お聞きしたいんです。あなたはシヅに白狼がアイリーンを目撃したと教えたそうですが、それは本人から直接聞いたんですか?」
「連絡を取り合っていたっていうか……」
光一は、ほんの少し歯切れ悪く答える。
「数回リプで遣り取りした程度の仲だよ?顔は判らないし、写真も殆どアップされてないし。まぁ海外在住の外人かなぁとは思うけど、日本語じゃないし」
「なんでそんな怪しい奴に返信したんだ?」とクォードに問われ、それにも光一が答える。
「本当に人狼なのかな、と思って。だって彼ぐらいだったんだ、顔出しも変身後の写真もアップしていなかったメンバーなんて。俺はホラ、さっきアップした写真」
光一がスマホを差し出してきたので、全員で覗き込む。
そこには光アカウントのホームラインが表示されており、仁王立ちする狼男の写真がアップされていた。
「いい顔で写ってんだろ。疑ってくるメンバーがいたから証明としてアップしたんだ」とは本人談。
「それで……結局、白狼が人狼かどうかは分かったのか?」
白狼が本物かどうかを調べるついでに、何故アイリーンの話題になったのかの経緯も知っておきたい。
クォードに問われた光一は腕を組み、曖昧な答えを返してきた。
「本人は本物だって言っていたけどね。いやーここって基本、人狼が人狼にクチコミ招待して入れる場所じゃん?白狼はアイリーンって人に招待されたんだって。けどアイリーンなんて名前の人はSNSで検索しても引っかからなかったから、HNじゃなくて本名なのかもな」
ヴォルフをSNSに招待したのがアイリーンだったとは盲点だ。
アイリーンの名前なら彼に教えてあるから、向こうがヴォルフにコンタクトを取ってきたとなれば応じるだろう。
だがアイリーンは、どうやってヴォルフの存在を知ったのか。
考えられるとすれば、彼の通り名"白狼"の由来を知っていそうなトレジャーハンターが怪しい。
「あとで色々なメンバーに聞いたらさ、アイリーンって一部じゃ有名人なんだって?なんかの組織……なんだったかなぁ、ちょっと待ってて」
光一は手慣れた様子で画面をスクロールさせていき、目的の場所で指を止める。
「そうそう、ライカンスロープ・アクティベーションラボトリーだ。長ったらしいから、すぐ忘れちゃうんだよねぇ」
聞き覚えのない名称だが、これがABHWと敵対する組織であろうか。
ABHWだと言われなくて、ダグーはホッと胸を撫でおろす。
「アクティベーション……?人狼を活性化させる研究ですか。しかし活性化とは、人狼の何を?」
首を傾げるクローカーを横目に、キエラが突っ込んだ質問をかます。
「この白狼って奴さ、ほとんど使ってなくね?ただのモノグサかシャイってことも考えられるじゃん。なのに、光一は顔出ししてないってだけで人狼かどうかを疑ったのかよ」
「だって、このSNSは人狼同士で交流する場所だぞ」と光一もやり返し、首を傾げた。
「誘いに乗ったんなら、白狼だって交流する気で登録したんじゃないのか?なのにフォローもフォロワーもゼロでさ、だから試しに俺からリプを飛ばしてみたんだ。英語なら通じるかと思って、Google翻訳で」
ダグーが勢い込んで尋ねる。
「で、どんな返事がきたんですか?」
「誰の紹介で来たんだって尋ねたら、アイリーンだって答えて。アイリーンとはオフで偶然出会って、このSNSを教えてもらったんだって。でも彼女のアカウントを教えてもらってないから連絡が取れなくて困っているってのと、それから本当の人狼なのか、そのHNの由来は何だってのも尋ねたかな。そしたら毛が白いから白狼なんだ、自分は正真正銘人狼だと彼が答えて、今度写真をアップして証明するってのまで約束したのに、それ以降、全然音沙汰なしってわけ」
投稿には不熱心だったのに、見知らぬ人狼からのぶしつけなリプには親切に答えていたようだ。
光一はGoogle翻訳の怪しい英語で送ったのだが、白狼からのリプはGoogle翻訳の怪しげな日本語で書かれていた。
お互い気を遣ったせいで却って妙なやりとりになってしまうのも、SNSの醍醐味だと光一は苦笑いする。
怪しい言語なれども、意思疎通は出来た。
しかし、なんらかのトラブルが白狼側に生じて、約束は果たされず仕舞いになった。
なおもスマホの画面を覗き込んで、クォードが思いついた疑問を光一に尋ねる。
「このSNSにゃあ、総勢何名のメンバーがいるんだ」
「えぇっとね、それは検索すればすぐ」
光一が検索欄に"メンバー一覧"と入力する。
すると、画面には全メンバーのアカウントが表示された。
三ページに渡る量で、一ページ十人単位だと光一が説明する。
「三十人かぁ。多いんだか少ないんだか」とキエラが小さくぼやき、クォードの「全員とコンタクトを取ってみたのか?」との質問に、光一は首を真横に否定した。
「まさかぁ。パブリック見て、性格よさげな発言してた人としか交流してないよ」
新規登録したての頃はメンバー一覧で、ざっと見渡したこともあったらしい。
しかし二ページ目の半ばで力尽きてしまい、以降はパブリックを眺めて交流先を物色した。
白狼は性格よさげな交流先候補として、光一の目に留まった。
だが、彼のホームラインを見て驚いた。
誰もフォローしていないし、誰にもフォローされていない。
誰の発言もリツイートしておらず、お気に入り欄は空っぽ、誰にもリプを飛ばしていない。
かといって自身の投稿が活発かというと、そうでもない。
月に一回あればいいほうで、全て当たり障りのない独り言だけだ。
彼は何のために、この交流SNSへ登録したのだろう?
もしや人狼を観察する為に正体を偽って潜り込んできた、マスコミ関係者なのでは?
光一は疑い、思いきってリプを飛ばしてみた。
「向こうも俺に興味津々なのか、いろんなことを聞いてきたよ。俺の所在地とか人狼をオフラインで見たことはあるか、とか。現住所は教えてないけど、日本にいるってのは教えたかな。あと、そうそう、SNSの管理者についても知りたがっていたな。けどまぁ、俺も友達じゃないんで全然知らないって答えたら、ガッカリしてた」
白狼ことヴォルフがSNSに登録したのは、フェンリルの娘を調べる手掛かりとして――ではなかろうか。
フェンリルの娘についても、旅立つ前に彼へ教えた記憶がある。
もう少し早くこのSNSの存在をダグーが知りえていたなら、光一経由でログインできたのに。
ダグーは残念に思ったが、今更だ。
それより、突然のSNSアカウント放置によりヴォルフの足取りが途切れてしまった。
「フェンリルの娘、管理者にはリプできるのか?」
クォードに問われ「できるよ」と答えてから、光一が念を押す。
「俺がリプってやるけど、何を聞きたいんだ?あ、けど、あんま変な内容はやめてくれよ。垢BANされたくないし」
「それよりも、俺を招待してくれないか?直接聞いてみたい」とダグーが誘いをかけると、「あーごめん」と光一は下がり眉で断ってきた。
「今は新規登録を受けつけてないんだ。だから招待も無理」
「では、あなたのアカウントで突撃してください。質問内容は、ただ一つ。『アーティウルフをご存じですか?』」
光一に指示したのはクローカーだ。
仲間に一言も相談なしの決定には、キエラとダグーが反発した。
「えっ。クローカー、お前が勝手に決めちゃうのかよ、質問内容」
「それよりも先輩の、いや、白狼について聞いたほうが!」
感情丸出しな二人とは異なり、クォードはニヤリと口元を歪めてクローカーを見やる。
「アングルボザード・ホーリーウォーとの繋がりを調べるつもりか。しかし、管理者が素直に本音を教えるかねぇ」
「ここは正体を隠さない人狼のコミュニティーなのでしょう?」と、クローカー。
視線はまっすぐ光一を見据え、歌うように囁いた。
「答えさせるのです。光一さん、あなたの交流手腕に期待していますよ」
光一はゴクリと唾を飲みこみ、顎を引く。
「う、うん。頑張ってみる」
管理者アカウントのホームラインを開いてみると、最終投稿は十分前となっていた。
なら、まだログインしているかもしれない。
光一は、これまた手慣れた指遣いでスマホを操り、文字を打ち込み始めた。
21/09/01 Up