Dagoo2 -Fenrir's Daughter-

ダ・グー2 -フェンリルの娘-

21.始祖の狙い

地面のあちこちに、大きな穴が開いた。
綺麗な彫刻を施してあった大きな柱は、全て倒れて粉々に砕けた。
左右の植木はバキバキに幹がへし折れて、無体な残骸を晒している。
二対の魔族がパワーセーブしないで戦えば、周囲が荒れ果てるのも当然といえよう。
警備していたはずの黒服軍団は建物の奥へ逃げ去って久しい。
やがて死闘を繰り広げていた相手に招かれて、クォードは神殿の中へ足を踏み入れた。
曰く、彼も生贄を奪還する為、ABHWへ加担するフリをした魔族であった。
クォードと戦ったのは派手に立ち回ることで、見張りを兼ねた黒服たちを追い払おうと考えたのだそうだ。
空間跳躍を邪魔して分散させたのも陽動役に使うつもりだったと言われて、クォードは複雑な気分になった。
「で、そいつを俺に話しちまっていいのか?」と尋ねると、男は顎で後方を示す。
「安心しろ。入口のカメラなら先ほど潰しておいた」
男の擬態は茶色に近い金髪で、クォードよりも背が高い。
大きな特徴がない平凡な顔なのは、わざとそうしているのだろう。
「生贄は中央に六人、左右五つの部屋に各五人ずつ集められている。表向きは救済所としてな」
「救済所?」と首を傾げるクォードに肩をすくめてみせる。
「そうだ。正体がバレて行き先のなくなった連中を保護する場所――という建前になっている」
部屋に収容されているのは救済を求めた者ばかりではなく、真実を知りたいが為に、あえて生贄となるのを了承した者や、何も判らないまま餌に釣られて来てしまった者など様々だ。
「お前は本当に始祖がフェンリルを降臨させると思ってんのか?」
男は「フェンリルはフェイクだ」と短く返し、ロゥイと名乗る。
「始祖はフェンリルよりも禍々しいものを降臨させる気でいる。胡散臭い祈祷や呪術、黒魔術まで学んで、な。しかし人の子では無理だと知り、かき集めた魔族にやらせる方向へ転換した」
魔を媒体に呼び出すとなると、範囲は限られてくる。
大方、凶悪な悪魔を呼び出して世界を混沌に落とし込めるといった、チープな望みであろう。
何を呼び出そうと一時的な衝撃に過ぎず、やがて打開策が練られて退治されるのが世の常である。
いつの時代も、そうして平穏を保ってきたのが人間の社会だ。
過去の出来事は神話や童話として語り継がれてゆく。後世の人間が同じ過ちを犯さないように。
だが人の子は全てが善良ではないから、神話や童話を逆解釈して悪利用する輩が現れてしまう。
彼らはフィクションと一笑せず、大真面目に異世界との干渉を試み、どこからか手段を調達してしまう。
どこからが、どこなのかは大体想像がつく。種族は異なれど同じ穴の狢がいるのだ、人間社会の内にも外にも。
「併せ鏡の悪魔か?」と尋ねるクォードに、ロゥイは両手を広げて誇張する。
「いや、もっとスケールのでかいやつだ。唯一無二の魔を呼び出すのだと聞いた」
「あー……大魔族か。だが、そいつは無理だな」と即座に却下するクォードへロゥイも頷く。
「だろうよ。数人足らずの生贄では媒体にもならん」
しかし「いや、そうじゃなくて」とのクォードの弁には眉をひそめて、先を促した。
「そうじゃなくて、とは?」
「いや、だから……そいつは、もう来ているから、呼び出しには応じないんじゃないか」
言わんとする意味が伝わらなかったのか、ぽかんとする彼にクォードは重ねて言う。
「召喚するまでもなく、いるんだよ。今の時代の、この世界に。一応伝えておこうぜ、始祖ってやつに。無理だってのを」
「待て、随分気安く断言しているようだが、かの者を知っているのか?俺と互角なお前程度が、おいそれと会える存在ではないと思うが」と追いすがってくるのへも、面倒臭そうに答えた。
「少し前まで一緒に住んでいたんだ、日本のマンションで。アシュタロスなんだろ?始祖が呼び出そうとしてんのは。唯一無二って言うからには」
「なん……だと……ッ!?」
ロゥイが心底驚いて絶句しているのを見る限り、この推測は大当たりだったようだ。
世界を股にかけた巨大サイコパス組織が一気にスケール縮小するのを、クォードは己のうちに感じ取っていた。
仮に、あれを呼び出したって世界は恐慌に陥るまい。
あれの手綱を取れるのは、あれ自身しかいまい。唯一無二だけに。
同居していたクォードにだって、たびたび理解の範疇を越えてきた相手なのだから。
あんなのを呼び出すぐらいだったら、億単位の魔を有象無象に呼び出したほうが、よほど混乱を招きやすかろう。
だが、何を呼び出そうと所詮は無駄な行為である。
先も言ったが、混乱は、いずれ鎮圧される。ここは、そういう世界だったじゃないか、いつの世も。
だからこそ、無駄だと伝えてやる義務がある。空想は、あくまでも脳内範囲で終わらせておくべきだ。
「始祖の目的が魔の召喚なら、ABHW自体も隠れ蓑だったのか?」とクォードが問うと、ロゥイは首を振る。
「他にも目的があると聞いた。人狼のプロセスを解明し、各国の軍へ売りつける算段だそうだ」
最初から改造人間を目標として結成された割には、成果を出すのが遅すぎるようにも思う。
ダグー達プロトタイプが誕生するのは、遠く未来の話だ。
「人狼どもの話じゃ大昔から存在しているような雰囲気だったが、違うのか?」と念を押すと、意外な答えが返ってきた。
「その人狼が覚えているのは、創始者が資金集めで手こずっていた頃だろうよ。組織活動を始めたのは近年、2000年以降だ」
宗教の形を取るようになったのは、政府の監視を潜り抜ける為であった。
信者の存在が本来の目的を覆い隠し、思想だと断っておけば誰にも深く踏み込まれない。一石二鳥だ。
「お前が探しているランカなら、中央の部屋に隔離されている。銀髪の少女は一人しかいない。かりそめの名前に全く馴染まず、自由を満喫している」
何も知らないで餌に釣られたパターンだ。
洗脳された線は捨てていい。
一応、北海道支部での出来事について尋ねると、ロゥイは考える仕草で天井を見上げてから答えた。
「あぁ……マインドコントロールに見せかけた、あれか。あれは教祖がやっている。何度も睡眠下に覚えさせて、特定の合図で発現させる。ここぞという時に使えば脅し程度になるパフォーマンスだ」
主に部外者を追い出したい時に使うのだと説明されて、クォードは腑に落ちる。
信者は一斉に騒ぎ立てていたけれど、直接の危害を加える素振りは見受けられなかった。
きっと同じ言葉を繰り返すだけの簡単な暗示なのであろう。
暴力を振るわれずとも、大勢に周り一帯を囲まれた状態でワァワァ騒がれれば、それだけで人は委縮してしまう。
実際、シヅの助けが入るまで、ダグーは一歩も動けず縮こまっていた。
臆病者を追い返すにあたり、最も有効なパフォーマンスといえよう。
「中央の部屋へ行くなら案内しよう。だが、あの部屋はトラップだ。入っても即退場を命じられる。それで俺も手をこまねいていた」
「どういうことだ?」と聞き返すクォードに、ロゥイは、どうもこうもないと首を振り、判りやすく言い直す。
「扉は外から鍵をかける仕組みだ。だが、警備員は鍵を渡されるから自由に入れる」
そう言ってスーツの内ポケットから取り出したのは一枚の磁気カードだ。
「しかし入った直後に暗示が発現して、長居できずに終わるのだ。何度も試したから間違いない」
何度やっても、部屋に入って数分後には自ら退室して部屋に鍵をかけてしまうのだという。
何度も試して失敗したのに、よく始祖や黒服仲間に疑われなかったもんだ。
そう突っ込むクォードに「何度も違う言い訳を添えて誤魔化してきたからな」と、ロゥイは顔を曇らせる。
「俺の嘘は見抜けない癖に、俺にも睡眠学習を施している。用心深いんだかそうでもないのか判りがたい奴だ、始祖は」
始祖と会ったことがあるのか?といった質問にも、あると答えて彼は口を折り曲げた。
「始祖の部屋は二階の離れだ。しかし、そこも即退室の暗示が働いた。だから俺は長居できないし、お前を案内すれば始祖の部屋へ閉じ込めてしまう」
本拠地に採用された警備員でも、他人の部屋での長居は原則禁止なんだろうか。
あてがわれた宿舎にしか行動の自由がないのでは、こいつも一人で手をこまねくしかない。
「部屋に警備は必要ない。監視カメラがあるのでな。お前のツレが先ほど中央の部屋に閉じ込められたようだが、どうする?」
どうするもこうするも中央の部屋にランカがいるというんなら、捕まったマヌケ人狼共々助けるに決まっている。
誰が捕まったのかも、クォードには判る気がした。
消去法で考えて、あいつしかいない。あの中で一番捕まりそうなマヌケは。
「どうするって行くに決まってんだろうが、さっさと案内しやがれ。そんで部屋に入ったら磁気カードを即、俺に渡すんだ。そうすりゃ暗示が働いても扉をロックできねぇだろ」
滅茶苦茶上目線でお願いするクォードを見下ろして、ロゥイが苦笑する。
「そうか。判った、案内しよう。やはり一人よりも二人、仲間がいるのは素晴らしい」
踵を返して歩き出したロゥイへクォードは尚も尋ねた。
「というか、お前も仲間を連れてくりゃ良かったんじゃないか?そのほうが、一人で潜入するよか動きやすいだろ」
「いれば、そうしていた。俺はお前と違って、行動を共にしてくれる友人など一人もいないのでな……」
なんとも寂しい発言が返ってきて、クォードは多少言葉に詰まりつつ、無言で歩く背中を追いかけた。

22/02/21 Up


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