7.闇の中で
夜は見回り、昼は聞き込み。言うのは簡単だが、警備員という立場上、おおっぴらな聞き込みはNGだ。
従って、生徒から話を聞き出すのは放課後に限られた。
手すきの生徒や、友達とおしゃべりしている子供達を狙って呼び止める。
一人で帰るような子は駄目だ。
警戒されてしまうし、独りぼっちは大抵周りの噂にも興味がないものだ。
「ねぇ、君達。ちょっといいかな」
今日もダグーが狙ったのは、下駄箱付近でおしゃべりしていた女の子達。
その中の一人がダグーを指さして、ケタケタ笑った。
「あっ、噂の警備員さんだぁ」
「噂の?」と首を傾げるダグーに向かって、彼女が頷く。
「そうだよ。最近イケメンの警備員さんが入ったって、噂になってるよ」
その子をきっかけに、他の子達も次々に質問を浴びせてきた。
「ねぇ、名前は?名前、教えてよ」
「どうして、ここの警備員になったの?」
「どこに住んでいるの?ガッコの近く?」
聞き込むつもりが聞き込まれて、ダグーは内心困惑する。
あまり目立つのは、よくない。
いじめっ子達にまで噂が広まったら、動きにくくなる。
いじめっ子達は全員男子だ。
男子の噂にのぼるのはまずいと思い、女生徒ばかりを狙って聞き込みしていたのが裏目に出たようだ。
女の子達の噂は水面下で広がり、今や新入り警備員は時の人らしい。
「名前は名札を見てもらうとして……この中で運動部に所属している子はいるかい?」
「だ~め、こっちの質問に答えるほうが先!」
女の子達は、けたたましく笑い、ダグーを取り囲む。
「いっぺんに聞かれちゃ答えきれないよ。誰の質問から答えればいい?」
とのダグーの聞き返しには、全員が揃って答えた。
「全部!」
やれやれ、だ。
ダグーは緩く頭をふり、一つ一つ丁寧に答えてやった。
おかげで、こちらが聞きたかった情報は殆ど聞けず。
下校のチャイムが鳴り終わる頃には、他の生徒達も皆、帰ってしまった。
それでも、ここ数日の聞き込みだけで、だいぶ情報は集まった。
まず、いじめっ子達のスペックだが――
淀塚龍騎、三年生。
クラスは一組。座席は窓側の前から三番目。
部活は剣道部に所属しており、主将を務めている。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と絵に描いたような優等生っぷりで女子の人気は高い。
好きな食べ物はアイス。嫌いな食べ物は明太子。
彼女は今のところおらず、フリー。
卒業後の進路は大学進学希望。
森垣正一、一年生。
クラスは四組、座席は秋吉の席の隣。
部活は剣道部で、毎日出席している真面目な部員。
大柄で怖い顔つきのせいか、女子には人気がない。
その代わり、多くの男友達に囲まれている。
学校へは自転車で通っている。
雪島仁志、三年生。
クラスは六組、座席は中央の列の一番後ろ。
部活は他二人同様、剣道部。
これといって問題を起こしたこともない。
女子からつけられたアダナは『ニキビ』
顔一面に残る痘痕から命名されたものだろう。
剣道部のマネージャーに片想い中であるらしい。
彼らの座席が判ったのは大きな前進だ。
これで、何かトラップを仕掛けることも可能である。
「最初に狙うとしたら、やはり……」
手の内でメモを玩び、ダグーは独りごちる。
「……雪島、かな?」
森垣は大柄だという話だし、体力勝負は後回しにしたい。
龍騎はボス格だ。だから、片付けるのも最後にしよう。
雪島の弱点を探すとすれば、片想い相手のマネージャーが鍵だ。
名前は真宮愛理というらしい。
彼女に、こっぴどくフラれてしまえばいい。
イジメとは毛色が異なるけれど、多少は心の痛みが判るだろう。
ちなみに神隠しの件は、手がかりゼロ。
噂だけなら幾つか聞いたが、どれも信憑性に欠けている。
だが、これは後回しでいいだろう。
今はイジメ問題と不審者を、何とかしなくてはいけないのだから。
――見回りの時間になり、ダグーは用務員室へ戻る。
既に御堂や佐熊も待機しており、ダグーの姿を見て、大原が声をかけた。
「よぉ、今日は遅かったな」
「すみません」と素直に頭を下げるダグーに、山岸の冷やかしが飛ぶ。
「随分ヨロシクやってたみたいだが、程々にしとかねーと火傷すんぞ?」
「ヨロシクやっていた?何をだ」
首を傾げる大原には、にやにや笑って答えた。
「こいつ、女の子らをナンパしてやがったんですよ」
「違います」と慌ててダグーが否定するも、山岸の軽口は止まらない。
「連日、あっちこっちで女の子ばっか呼び止めて話しかけているっていうじゃねーか。すっかり女子の噂になってんぜ」
「へぇ……」「ほぉ」
佐熊が軽蔑しきった表情を向け、御堂は感心したように顎をさする。
「イケメン殿はJKが好みか。いいねぇ、俺と趣味が合うじゃねぇか」
「だから、違うんですってば!」
必死になって否定するダグーには「何が違うんだ?」と、大原。
「JKと話すのは楽しいからなぁ、お前が熱心になるのも判る。だがな、蔵田。仕事は仕事、遊びは遊びで区別つけにゃ~駄目だぞ」
犬神までもが冷ややかに加わった。
「随分と楽しげに話しておられましたよね、蔵田さん。年下の女の子と仲良くなるのは、お手の物でいらっしゃいましたか」
言葉の端々に鋭いトゲを感じるのは、絶対にダグーの気のせいではない。
明らかに、犬神からも軽蔑されている。
しかし昼間の聞き込みを提案したのは、他ならぬ犬神本人である。
言うとおりにやっただけなのに、何故軽蔑されねばならないのか。
ダグーは不服に口を尖らしたが、慰める者は一人もおらず。
「さぁ無駄口は、このぐらいにして。本日の見回りを始めるぞ」
場を大原が仕切り、一同は三手に分かれて仕事を開始した。
廊下を歩いている間も、一個一個教室を回る時も、犬神は無言だ。
沈黙の圧力に耐えかねて、ダグーのほうが先に折れた。
「……今日は一段と不機嫌だね。どうしたんだ?」
「別に」と、そっけなく答えた後。犬神は付け足した。
「あなたが仕事より遊びに熱心だったとは意外でした」
他の人に言われるならともかく、彼にだけは誤解されたくない。
ダグーは前に回り込み、犬神の瞳を覗き込む。
「違うよ。ナンパしていたんじゃない、聞き込みしていたんだ」
犬神もダグーの瞳を見つめ、ぼそりと言い返してきた。
「でも、随分と楽しそうに見えましたよ?」
「見えましたよって、見ていたのかい?」
ダグーが女子と話していたのは放課後、まだ生徒のいる時間帯だ。
すると夜になる前から、犬神は学園にいたことになる。
それを追及すると、彼は、さらりと答えた。
「見学許可は貰っています」
「いつの間に?」
「今日です。我が子を通わせるための下見だと言ったら、許可を出して下さった教師の方は、すごく喜んでいましたよ」
でも、と犬神は声のトーンを落として、心なしか寂しげに呟いた。
「いざ見学してみたら、女の子に粉をかける軽薄警備員の姿が……」
「だから、ナンパじゃないって言っているだろ!!調査だよ、いじめっ子の件に関する聞き込みをしていたんだ!」
つい大声で叫ぶダグーに、しーっと口元に指をあててから、犬神は、ようやく口の端を曲げて僅かに微笑んだ。
「判っています。今のは、あなたを少しからかってみたくて」
「からかってみたくて、だってぇ?」
素っ頓狂に声を裏返らせるダグーへ、犬神が頭を下げる。
「ごめんなさい。あなたの慌てる姿が、あまりにも可愛いから」
「か、可愛いって……」
意表をつきまくりな一言に、思わずダグーは絶句する。
絶句している間に、犬神の調子はいつも通りに戻っていた。
「女の子達に話を聞いたのは正解だと思います。彼女達は情報通ですからね。それに口も軽い」
「うん、そう思ったからこそ女子に話を聞いてまわったんだ」
相づちを打つダグーを横目に、でも、と犬神が釘を刺す。
「あまり親密になりすぎませんよう、お願いします。それが目的だと学園長に勘違いされると、解雇されかねません」
「判っているよ」
ムッとするダグーを見て、犬神はクスリと笑った。
「今日は、いつもより時間をかけてまわってみましょうか。何か見つかるかもしれません」
これまでは、全て空振りに終わっている。
このままだと、大原や山岸には嘘つき扱いされてしまう。
今日こそは、何か怪しいものが見つかるといいのだが――
ダグーがクローカーなる人物と出会ったのは、図書室の見回り後だ。
あの日は知佳と話しこんだ為、だいぶ時間をくってしまった。
その時間帯まで学内にいれば、何者かとの遭遇率も高まるのではないか。
犬神の持論は間違っていなかった。
ただ、それを証明したのは彼ではなく、御堂と山岸のコンビであった。
彼らの担当は西校舎だ。
こちらには二年の教室や図工室、調理実習室などがある。
「こっちも異常なしっと」
ぐるりと懐中電灯を回し、山岸が投げやりに呟いた時だった。
「待て」と低く囁いた御堂が、黙って廊下の先を見据える。
「あんだぁ?」と聞き返す山岸を手で制すると、暗闇へ向けて怒鳴った。
「おい、そこの白髪野郎!どっから入りこみやがったァ!?」
「シラガ野郎?どこに?」と山岸は目をこらすが、何も見えない。
廊下の向こうは真っ暗闇、懐中電灯を向けても何の影も浮かび上がらない。
しかしながら御堂には何かが見えているらしく、彼は突然走りだした。
「うぉぉいッ、どこへ行く気だよ!」
これには山岸も慌てて追いかけるが探偵の足は思いのほか速くて、あっという間に置き去りにされ、息せき切らせて廊下で蹲る。
「ったく、何なんだよッ、あのオヤジ」
山岸だって警備員をやるぐらいだし、体力には自信のあるほうだ。
その山岸をブッチして廊下の彼方に消えるとは、あの髭オヤジめ、侮れない。
肩でぜいぜい息をしていると、どこかから風の唸りが聞こえてきた。
続けて御堂らしき大声が「てめぇ、チョロチョロすんな!」と騒ぐのも。
仕方ないとばかりに山岸が廊下を走っていくと、足に何かがこつんと当たる。
拾い上げてみれば、それは御堂の持っていた懐中電灯だった。
「灯りナシで捕物帖かよ……見えてんのか?」
見えているのだろう。
なにしろ真っ暗闇に人影を見つけて、疾走していった男だ。
探偵ってのは、よっぽど脚力と視力の鍛えられる職業らしい。
また何かが足下に当たって懐中電灯で照らしてみると、ゴミ箱が倒れている。
いや、あるのはゴミ箱だけじゃない。
廊下の至る場所に、チョーク、黒板消し、画鋲、カバンなどが散乱していた。
「な、何だこりゃあっ!?」と驚く山岸の視界を何かの影が横切って、そいつが人影だと判る前に彼の体は大きく吹っ飛ばされた。
「ほぎゃっ!!」
情けない悲鳴と共に宙を舞い、山岸は壁にぶつかり気を失う。
彼を吹っ飛ばした人影は、追ってきた御堂と向かい合った。
「おぅ、白髪野郎。チョコマカチョコマカ逃げやがって。逃げ足だけは最強だな!」
常人には見えないが、彼には、はっきりと相手の姿が見えている。
黒いTシャツに身を包み、下は黒のスラックス。
髪の真っ白な男だ。白髪だが、まだ若い。
顔だけで判断するなら、年の頃は二十代前半ぐらいか?
白髪男がフンと鼻を鳴らして、口の端をねじ曲げる。
「真っ向からやりあったら、うっかり殺しちまうかもしんねーだろ?優しい俺に感謝しろよ、ヒゲモジャ野郎」
逃げ回っているにしては、えらく強気な発言だ。
「ケッ、弱い奴ほどよく吼えるってなァ。不法侵入罪で逮捕してやんぜ」
両腕を大きく振り上げて謎のポーズを取る所長に、青年も言い返す。
「不法侵入は、お互い様だろ」
「ほぉ、なんで知っていやがんだ?」
尋ね返した御堂へ、不敵に微笑んだ。
「警備員は常に三人しか雇わないんだ、ここの学長はケチだからな」
「よく調べてんじゃねーか」
俄然、この不審人物に興味が沸いてきた。
じりじりと摺り足で移動しながら、御堂は奴との間合いを計る。
近すぎても遠すぎても駄目だ。一発で仕留められる位置にならなくては。
「お前らの目的は何だ?JKのナンパってわけじゃあんめぇ」
白髪男は軽蔑の眼差しを御堂へ向けた。
「ナンパしてんのは警備員のチャラ男二人だろ?俺達は違う」
「じゃあ、何が目当てだ」
「魔力さ」
誤魔化されるかと思ったが、案外相手は素直に答えた。
しかし、魔力だって?
聞き違いかと御堂は眉を潜めるが、青年の態度に変化はない。
「このガッコで魔力のある奴らを探して、吸い取るのが目的だ。誰にも邪魔はさせねぇ。もしもアンタが邪魔するってんなら、それ相応の対応はさせてもらうことになるけど、どうする?」
魔力なんてもんが、普通にあると思っている処が凄い。
こいつは黒魔術マニアか、ファンタジーオタクか。
どっちにしろ、まともな思考回路の持ち主ではなさそうだ。
「おめぇ、相当イカれてんな。魔力なんてもんが、現実にあるわけねーだろが」
鼻を鳴らす御堂に対し、謎の白髪男は肩をすくめた。
「そう思いこんでいるのは人間だけだよ」
まるで自分が人間ではないような言い方をする。
『特別な自分』にでも酔いしれているのだろうか。
特別といったって、髪が白い以外は普通の青年に見えるのだが。
こいつは、とんだ厨二病だ。
「まァ、魔力集めでも何でも好きにやりゃあいいさ。だが、おめぇらにウロチョロされっと困る奴がいるんだよ」
「そいつはナンパな警備員?それとも教師に頼まれたのか?」
いや、とすぐに白髪男は自らの発言を否定する。
「教師どもは、まだ何も気付いていないはずだしな……となると、やっぱアイツか。クローカーが出会ったっていう警備員」
「クローカーだと?」
クローカーの名前はダグーから聞かされている。
彼が出会った不法侵入者だ。
その名前を出したコイツも当然、そいつの仲間ってわけだ。
「手っ取り早くいかせてもらうぜ?てめぇを吹っ飛ばし、気絶させて取り押さえる」
御堂のあげた両腕に力がこもる。白髪男が、せせら笑った。
「さっきの妙な技か。その辺のモノを吹っ飛ばす威力はあるようだが、俺に通用すると思うなよ」
「通用するかどうかは、実際にくらって確かめやがれ!」
言うが早いか御堂を中心に突風が巻き起こり、壁に貼ってあったポスターを画鋲ごと吹き飛ばす。
廊下に散乱していた物も再び舞い上がり、風に押されて白髪男の元へと飛んでゆく。
「ごめんだね!くらって威力を確かめるなんざッ」
それらが当たるよりも先に、男も行動を起こしていた。
体当たりで窓ガラスを割ると、サンに飛び乗り名乗りをあげる。
「俺の名はキエラ!ヒゲモジャ野郎、お前に俺は捕まえらんねーよ。だが、やりあうのは先送りだ。まだ魔力が不足してっからな」
また、魔力か。
本気で脳味噌がお花畑なのか、それとも御堂が知らないだけで魔力ってやつは、実は現代にも存在するのであろうか。
……いやいや。
厨二病の言うことを真に受けて、どうする。
「逃げんのか、この野郎!」
御堂の吼え台詞を背に、キエラの姿が窓の外に消える。
三階から飛び降りたのだ。クローカーの時と同じように。
御堂が窓の外を見下ろすと、走り去っていく奴の後ろ姿が見えた。
「なんだろうなァ、魔力ってなぁ。ダグーの奴、俺達に話していない事実があるんじゃねーか?」
完全に見えなくなるまで見送ってから御堂は呟くと、おもむろに懐から煙草を取り出し、ぷかりと煙を吐いた。
