合体戦隊ゼネトロイガー

act4 モアロード人

飛行船の存在は知っていた。
しかし、まさか自分の勤める学校の校長が所有していたとは思いもよらなかった。
「ひ、ひぇ~、ラウンジまで……これ、一体いくらかかったんです?」
先ほどから、ツユの親友は感嘆しか上げていない。
気持ちは判る。
御劔所有の飛行船は、豪華客船ばりに設備が整っているのだから。
ラウンジの他に客間が二つ、トイレや風呂に訓練室、それから遊戯室までついている。
とても一介の研究者如きでは叩き出せない費用だ。
ひょっとしたらツユが思っているよりも御劔は大物だったのかもしれない、ベイクトピア軍内で。
学長は軽やかに笑い、乃木坂の質問を「内緒だ」と受け流し、グラスにシャンパンを注いでやる。
「遊覧飛行、ではないが……つくまでの間、リラックスしておくといい」
「あ、はい。ありがたくちょうだいします」
カチコチに緊張して、シャンパンをちびちびすする乃木坂を横目に、ツユは窓の外を眺める。
空には障害物が一切ない。これなら一気に時間を短縮して、移動できるだろう。
中央のモニターには世界地図が映し出されており、常時赤い点が点滅している。
学長曰く、あれが候補生達の現在地を表している。
何故追跡が可能なのかというと、少女達の服には小型の発信器が織り込まれているのだそうな。
空爆の多いベイクトピア、そうでなくても生徒は思春期の好奇心旺盛なお年頃だ。
迷子や誘拐などのハプニングを避けるためにも、こういった対策は必要なのかもしれない。
――と、理性では判っていても、どこか割り切れない感情がツユの中にはあるのだった。
これじゃ、まるで二十四時間監視体制に置かれた囚人か、或いは良くてもペット扱いじゃないか。
自分のジャンパーにも、その発信器が織り込まれているのではないかと疑った。
候補生全員分の発信器に女医と整備スタッフ複数名待機、それからプライベートでの大型飛行船所持。
改めて思う。
これだけの財を持つ、学長は何者なのか。
乃木坂は、発想力だけで神と崇めて慕っているようだけれども。
「ふはぁー、タカさんはホントに何でも出来るし何でも持っているんですね!」
あぁ、もう一人いた。御劔を神と崇める奴が。
キラキラと瞳を輝かせて、両手に箱を抱えた伊能が戻ってくる。
どこへ行っていたのかと思えば、箱の中身を見れば一目瞭然。ゲームコインが山と積まれている。
「スロットやルーレットの出目率もタカさん仕様ですか!?最初は難しくて音を上げるところでしたが、やっとアルゴリズムが判りましたよ」
合流したばかりの頃は御劔さんと呼んでいたはずなのに、今じゃすっかりタカさん呼びだ。
あまり距離ゼロで接するのは、乃木坂のこめかみがピリピリしてしまうので、やめてほしいのだが。
御劔本人は、さして気にした様子もない。
伊能の父親は御劔の知り合いだそうだし、古くより親子共々から、そう呼ばれていたのかもしれない。
ツユはラウンジを、ぐるり見渡して、本郷と木藤の姿を確認する。
なし崩しについてきてしまった軍属の二人は、肩身が狭そうに隅っこの席で向かい合わせに座っていた。
出向時に一緒だったアニスの姿はない。
彼女は一人で車をぶっ飛ばして、どこかへ行ってしまった。
剛助もいないが、訓練室があると御劔が説明した途端ラウンジを出ていったから、そこにいるはずだ。
後藤は、というと遊戯室に籠もりっきりだ。
船に乗った直後、勝手にそちらへ向かったから、この飛行船に乗るのは初めてではないのだろう。
伊能は御劔の反対側にドスンと腰を下ろし、自分でシャンパンを注いで飲み干した。
「かぁーっ!」
「そんな一気に飲んでしまって平気かい?君を介抱する暇は、さすがにないぞ」
「いやぁ、酔いつぶれたら船の中に残してもらえば、自力で回復しますよ」
「飲み過ぎない、という選択肢も考えておきたまえ」
脳天気な伊能相手に苦笑する御劔、その反対向こうで険悪な表情を浮かべる乃木坂を、ちらりと眺めてから、ツユは再び窓の外に視線を落とす。
この船は豪華だけど、自分には退屈だ。早く目的地に到着してほしい。


どうやって、この施設へ辿り着いたのか。
そして、どうやってエレベーターのからくりを解いたのか。
それらは全て、エリスの口によって語られた。
「カチュアが!?」
驚いた目で彼女を見たのは、木ノ下だけではない。
本人とエリス以外の全員だ。
施設に到着できたのはデュランの推理通り、気配を探れる者――エリスの能力のおかげであった。
だが施設に入り込むまでの手順と、入り込んでからの道のりは、なんとカチュアが切り開いたというではないか。
以前も来たことがあるのか?と尋ねる鉄男に、ナンセンスとばかりにエリスが否定する。
「ここへ来たのは全員が初めてのはず。だって、ここは軍事機密の一部ですもの。そうでしょう?デュラン=ラフラス」
過去の英雄を呼び捨てる学友には皆も仰天したが、呼ばれた当人は、さして驚きもせずに頷き返す。
「その通りだ。ついでに言うと、軍属でも限られた人物にしか教えられていない秘密の施設だったのだがね」
「作った人物は?」と、エリス。
デュランは、かぶりを振り「さぁ、そこまでは知らん」と答え、まっすぐエリスを見つめる。
エリスは大人が相手でも、全く気後れしていない。
今だって挑戦的な目をデュランから向けられているというのに、凜とした表情で見つめ返している。
普段学校で見かける彼女とのイメージ差に、候補生は戸惑いを隠しきれない。
「え、え……エリスちゃんって、あんなハッキリ言う子だったっけ?」
ひそひそと囁いてくるメイラを「しっ」と制して、昴も会話に加わった。
「それよりラフラスさん、お聞きしたいことがあります」
「奇遇だな、俺も諸君らには聞きたいことがあった」と笑い、それでもデュランは先を促してやる。
「何を聞きたいんだ?」
「辻教官と木ノ下教官を拉致した理由です。どうして二人を」と言いかける彼女を遮って、木ノ下が割り込んできた。
「違うんだ、俺達は誘拐されていない。俺と鉄男は、自発的についていったんだよ」
「えっ?」だの「どういうことなの」と戸惑う皆にも、改めて説明する。
「俺達は、軍から逃げるためにデュランさんの手を借りたんだ」
「どういうことなの?鉄男も進も、軍に捕まるような罪を犯したワケ!?」
いきり立って詰め寄るマリアを横目に、エリスが頷く。
「そう……辻教官の身の安全を確保する為に、逃げ出したのね」
「えっ、どうして?辻教官、軍に恨まれるような真似をしたんですか?」
驚くメイラの横では、まどかが判ったような顔で「シークエンスだから?」と推理を披露する。
「バカね、辻教官が悪さなんてするはずないじゃない。イケメンに悪者無し、よ!」
相模原が素っ頓狂な擁護を飛ばし、エリスは、じっと鉄男を見つめてから、カチュアに視線を移す。
正確にはカチュアの視線の行き先を見た。
まっすぐデュランに向けられている。憎悪の入り交じった、複雑な視線を。
そのデュランが、言葉を発した。
「言ってもいいだろうか?」
言葉の向かう先は、鉄男だ。
鉄男はコクリと頷き、木ノ下へ小さく囁く。
「……いずれは伝わる話だ。今のうちに理解を広めておこう」
「け、けどよ」と木ノ下は何か言いかけたのだが、そこへマリアの癇癪が被さってきた。
「何よ、学長だけじゃなく、鉄男や進まで隠し事をしていたってぇの!?」
乃木坂誘拐事件以来、ラストワンの信頼性が候補生の間で下がったと鉄男は感じていた。
はっきりそうと文句を言ってきた者はいない。
だが、そうした雰囲気は空気で何となく伝わるものだ。
乃木坂の消息が判るまでの時間稼ぎであったが、生徒を騙していた事に変わりない。
嘘をつかれるのは、誰だって嫌だ。鉄男だって快くは思わない。
これ以上、嘘で塗り固めるのは、候補生にとっても学校にとっても良い方向へは転がらない。
全てを話してしまおう。
今、自分が判っている範囲だけでも。鉄男は、そう決心した。
デュランも頷き返すと、再び候補生へと向き直る。
「さて、エリスくんと言ったかね。君も気配を感じ取れるなら判っているだろう、彼の正体が」
エリスは僅かに顎を引き、でも、と首を振る。
「私に判るのは、気配だけ――辻鉄男が何者なのかまでは言い当てられない」
「そうか」と頷き、デュランは一歩彼女に近づいた。
「実は俺も、その能力を持っている。そして、気配の違う者が何なのかも判っているつもりだ」
「え、えぇと?」と、判らないのは他の候補生で。
「気配が違うって何なんですか?もしかして、それがシークエンスってやつですか?」
戸惑いを浮かべながら会話に混ざってきたのは、メイラだ。
彼女もシークエンスという言葉だけなら知っている。
以前遊園地で謎の黒いモヤが発したのだ、シークエンスという単語を。
意味は判らない。
ただ、辻教官を指していたように思う。判るのは、それだけだ。
「その推理は正解のようでいて、正解ではないな」と、デュラン。
さらなる疑問が飛んでくる前に、皆の知りたい回答を出した。
「シークエンスは個体名だ。空からの来訪者――真名シンクロイスの、ね」

一拍の間を置いて。

「え~~~!?」と一斉に叫んだ少女達は、次々騒ぎ出す。
「鉄男って来訪者だったの!?」
「えっ、嘘!」
仲間の動揺収まらぬうちに、今度はエリスが発言する。
「そう、シークエンスとは人の名前だったのね。それが、辻鉄男に混入している?」
「その通りだ。君にも混ざりあう気配が判るんだね、よしよし」
デュランに頭を撫でられても、エリスに動じた様子はない。
「だって、人と人ではない気配を同一人物から感じるなんて、おかしいもの。同じ器に違う気配が同居している、或いは寄生していると考えるのが正しいでしょう?」
「魂の器か。その発想は、どこから?」という質問にも、能面で答える。
「御劔高士から。肉親でも信じてくれなかった私の能力を、彼は肯定してくれたのよ」
気配が判る者の存在は、一般にはシークレットとされている。
デュランの場合は、軍に籍を置いていたからこそ能力を否定されずに済んだ。
エリスは、きっと苦労したのであろう。理解のない周囲の人々に。
「ねぇ、二人だけで判っていないで私達にも説明して?」
鼻息荒く割り込んできた相模原をチラリと見て、エリスは素直に頷いた。
「簡潔に言うと、辻鉄男は空からの来訪者ではない。彼の中に、空からの来訪者が混ざりあっている――つまり、体内に寄生されている」
厳密にいうと体内ではなく精神内なのだが、混ぜっ返せば、また訳が判らなくなってしまう。
そう思った鉄男は、黙っている事にした。
心の中では、先ほどからシークエンスの憤りの愚痴が響いていた。
――なんなのよ、寄生、寄生って!人を害虫みたいに言っちゃって。
被害が出たという意味では、寄生で間違っていない。
鉄男は、むっつりへの字に口を折り曲げた顔で、そんな風に考えた。
「えーっ!どうして、そんなことに!?」
仰天するマリアに「シンクロイスは、人間の体に乗り移る生物らしい」と答えたのは、デュランだ。
「完全に乗り移られると人格や肉体までシンクロイスに成り代わってしまうんだが、肉体に宿る元々の人格が何らかのきっかけで乗っ取りを免れると、寄生という形で共存するようだね」
「そうなの?鉄男ッ」とマリアに尋ねられ、鉄男は仏頂面で頷いた。
「あぁ。信じられないかもしれんが、俺の中には、もう一人の人格がいる」
「二重人格というのではなくて、ですか?」と尋ねたのは亜由美で、それにも鉄男は答えた。
「違う。全く別の人格、女性だ」
「えぇぇ~!」と、またまた少女達は大合唱。
中には、ひそひそと「女風呂に入るフラグ?」と憶測を唱える者もいて、信じてもらうのは容易ではない。
だが、彼女達の反応は正常だ。
鉄男だって、自分が傍観者側だったならば到底信じられないだろう。
それでも話すと決めた。嘘や隠し事は、もうまっぴらだ。
「その別人格って表に出せるンですカ?」と興味津々に尋ねてきたのはニカラだ。
鉄男は何と言おうか躊躇したが、結局のところ正直に答えた。
「……あぁ。俺が、気を失いさえすれば」
「わ~、やってみて!」と無慈悲にも歓声をあげたのは、レティ。
すぐさま「それって辻教官が痛い思いするってことでしょ?酷いこと言わないで」と、亜由美の待ったがかかる。
「けど、やらないと証明できないでショ」とニカラはレティを擁護して、鉄男を守る派と実証しろ派で揉め始める。
近づく足音に気づいたのは、カチュアが一番最初だった。
「誰か、くる」
しかし呟きは、小さすぎて誰の耳にも聞こえなかった。
すぐに、どたばたと忙しなく入ってきた大勢には、少女の誰もが驚いて振り返る。
「貴様ら、ここで何をしている!」と叫んだのは先頭に立つ、眼鏡をかけた白衣の男性だ。
周りに大勢黒服SPを引き連れての参上に、デュランが肩をすくめる。
「大勢引き連れてのご登場ということは、力づくで鎮圧に来たのですか?ドクター桐本」
「えぇいっ、デュラン貴様、教えてやった情報を悪用するとは正義の風上にも置けない男め!」
白衣の男性はヒステリックに叫ぶと、ジロリとその他一同を睨みつける。
「貴様ら、民間人だな?何故ここにいるッ」
怒鳴られて怯む少女達を庇う位置に飛び出したのは、木ノ下だ。
「そうです、民間人です。けど、この子達は悪くないんです。俺達を追いかけてついてきてしまっただけなんです!」
咄嗟の判断で、よく生徒を守ろうと考えられたものだ。
咄嗟には体が動かなかった鉄男は、密かに木ノ下へ尊敬の念を向ける。
木ノ下を見、続けてデュランも見た後に、桐本と呼ばれた白衣の男が吐き捨てた。
「なるほど、民間人が入ってきてしまったのは全てそこの英雄気取りが原因か」
「その通りです」と悪びれずに頷くデュランへ指を突きつけると、またしてもヒステリックに怒鳴った。
「その通り、じゃあ、ないッ!何のために、よりによってこの施設なんかにおびき寄せた!?」
淀みなく、デュランが答える。
「全ては彼を、そこの辻鉄男くんを守るためですよ。それには、ここが一番うってつけだ」
さらにカチュアを視線で示して、こう続けた。
「エレベーターの順番を、私は辻くんと木ノ下くん以外には教えておりません。それでも辿り着いたのは、その子がモアロード人であるが為でしょうなぁ」
「モアロード人、だとッ!?」と桐本には目を見開かれて、カチュアはビクゥッと身を竦ませる。
今度こそ体の動いた鉄男はカチュアを背に庇い、桐本を睨みつけた。
「この子がモアロード人で何故驚く?いや、モアロード人だと辿り着けるというのは、どういう意味ですか」
後半の質問はデュランへ向けたものだったが、答えたのは手前の桐本だ。
「モアロードの民は、皆、先天性な能力を備えている。機械の仕組みが直感で分かる、という能力をな……そいつがモアロード人ならば、入り組んだエレベーターの正解も容易く見破れただろうよ」
そうなの?とばかりに学友達にも見つめられて、カチュアは所在なく項垂れる。
誰に聞かれたって、判らない、答えようがない。
見えただけなのだ。エレベーターの示す道が。
それが直感的に分かるという意味なのであろうか。
「それよりも!」と桐本の大声で、全員現実に引き戻される。
「貴様!デュラン、そこな来訪者を庇うというのであれば、いくら貴様といえど容赦はせんぞっ」
桐本率いる黒服SPは完全に鉄男を敵視しているのか、銃を構えているではないか。
「お待ち下さい、ミスター桐本。辻くんは来訪者ではありません。彼は」と言いかけるデュランと、「混ざっている気配も判らない人が、辻鉄男を見つけてしまったの?軍の情報網も、意外と脆弱なのね」といったエリスの辛辣な毒舌が重なった。
「なんだと、貴様ァ!」と、桐本の興味はデュランからエリスに移って怒声が飛ぶ。
「おいおい、君。無意味な挑発は、やめてくれ。今ちゃんと彼らに説明する処だったんだから」
苦笑するデュランを無視し、エリスは真っ向から桐本と見つめ合う。
「幼子にも判るよう、かみ砕いて言わないと駄目なのかしら?空からの来訪者は、人間の中に混ざりあって存在できる。この危険性が判らないような軍隊では、地上の滅亡も秒単位ね」
これまでに誰も見たことのないような、ふてぶてしい笑顔を浮かべて。