合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 再会

スパークランを飛び出した横溝杏は、見知らぬ少年と共にいた。
一時間後にはアベンエニュラが到着する。それまでには避難せねばならない。
木ノ下が「誰だ、君は!?」と誰何するのと、鉄男の脳内でシークエンスが叫んだのは、ほぼ同時であった。
――気をつけて、迂闊に近づいちゃ駄目!
「気をつけてって、えっ!?」と動揺する鉄男を振り返り、木ノ下も「えっ?」となり、少年が口元に嫌な笑みを浮かべる。
「敵に同種がいるというのは、面倒くさいね」
「同種!?」と今度は少年に振り向いて驚く木ノ下と比べると、デュランは些か冷静だった。
「なるほど、君は空からの――いや、シンクロイスの一人だね」
「シンクロイス!?」と慌てふためいたのは木ノ下だけではない。杏や鉄男もだ。
鉄男の脳内では、シークエンスが警告の続きを発していた。
――カルフ……案外早く次の体を見つけたのね。
カルフというのは、シークエンスの仲間だったシンクロイスの一人だ。
木ノ下や乃木坂の報告で何度か出てきた名前でもあり、人類家畜化計画の中心人物だと思われる。
そして、シークエンスが用心するからには相当強いと考えてよかろう。
「え……うそ……」
小さく呟き、杏が少年の側を離れようとする。
しかし少年は、それを許さなかった。
がっしり肩を掴んで自分の元へ引き寄せると、木ノ下に向かって言う。
「お前はアベンエニュラの中で散々暴れてくれた、キノシタって奴じゃないか。あの時は、よくも僕の可愛い顔を殴ってくれたね」
「え、あ、いや、え?どこかでお会いしましたっけ、っていうかアベンエニュラの中で?」
まだ把握がつきかねているのか、木ノ下の反応は鈍い。
――もう、鉄男!進に説明してやって。
シークエンスに催促された鉄男は、木ノ下の耳元で少年の正体を囁いた。
大声で「え!」と叫んだ木ノ下は目の前の少年をまじまじ眺め、「ちょっと老けたんじゃね!?」と叫ぶ。
間髪入れずに「寄生木を替えただけだろう」とデュランが突っ込み、カルフを威嚇する。
「三対一だ。その子を放してもらおう。シンクロイスと判った以上、只で返すわけにはいかんがね」
「生身で僕とやりあおうっての?やめといたほうがいいんじゃないか、元英雄さん」
カルフは軽口を叩いてきて余裕綽々だ。
三対一なんてのは、彼にしてみりゃ何の障害にもならないらしい。
「シークエンスから何か聞いたんだね?僕らは道具を生み出すけど、生身じゃ大したことがない……なんてね。しかし、彼女は一つ勘違いをしている。僕らは、僕ら同士で戦えば生身の戦力は大したことがない。だが、この星の下等生物よりは強いよ、ずっとね」
それにね、と邪悪な笑みを浮かべて杏の肩にかかった手に力を込める。
「痛っ……!」
苦痛にうめく彼女など目も入れず、視線はまっすぐデュランへ一直線なまま、続けた。
「僕らが作れる道具は、他生物にも有効だ。判りやすく言えば、他生物の体内に埋め込むことも可能なのさ」
「やっ、やめろ!!」と木ノ下が叫ぶ頃には、時遅く。
「うっ!」
小さく呻いて杏はその場に崩れ落ち、肩のあたりを強く掴んで苦悶の表情を浮かべた。
「なんだ、何をした!?」と叫ぶ鉄男の脳裏で、シークエンスも叫ぶ。
――なんてこと……あの子の体に爆弾を仕込むなんて!
「爆弾!?」と思わず声に出して聞き返す鉄男に、木ノ下もデュランも仰天する。
「爆弾とは人聞きが悪い。ただの時限装置だよ。時が来れば、彼女は僕たちのコミュニティーへ運ばれる。解除するのは簡単さ。今のコミュニティーに彼女が自分の居場所を見つけさえすればいい。本人の話を聞いた限りじゃ、その子は自分の居場所が今のコミュニティーにないようだったからね。だから僕らのコミュニティーに招待してあげようってのさ。いらない奴呼ばわりされるよりは幸せだろ?」
爆発しないのは幸いだが、妙なものを埋め込まれたことには変わりがない。
「い、痛い……熱い……!」
うわ言のように呟いて、杏は肩を押さえている。
見た目は何ともない。しかし、放っておくわけにもいかない。
苦しむ杏に、頭上からはカルフの侮蔑が降り注ぐ。
「痛みは今日中に消えるから安心しろ。それにしても、君は不用心だな。知りもしない男に心を許してしまうんだから。僕らの集落で知らない奴とマッチングして、ぼこぼこ幼体を産み落とすに相応しい軽薄さだよ」
「やめろ!」と怒鳴って木ノ下がカルフへ殴りかかろうとするのは、寸前でデュランが食い止める。
「よせ、相手はシンクロイスだ!迂闊に近づくんじゃないっ」
「……貴様らの隠れ家は、どこにある?」と尋ねたのは、鉄男だ。
真っ向から睨みあい、カルフが軽く挑発してきた。
「聞かれて素直に教えるとでも?まぁ、ここにあるのは間違いないけどね。知りたかったら自分で探してみろよ、半寄生野郎」
「は、半寄生なのは鉄男じゃなくてシークエンスだろ!?」
声を裏返しての木ノ下の反論は、カルフよりシークエンスにダメージを与える。
――ひっどーい!進まで、あたしを寄生虫呼ばわりすんの?もう情報教えてあげないんだからっ。
情報を提供しなければ、シークエンスの未来も鉄男と共倒れだ。
心の中でシークエンスを宥めると、鉄男の視線は再びカルフへ向かう。
ここベイクトピアに隠れ家があるとヒントをよこしてきたのは、見つからない自信があるのだろう。
奴らは、こちらを下等生物と見下して侮っている。
油断を上手く利用できないものか。
鉄男は続けて、杏を見る。
泣いて学校を飛び出した少女は、もう泣いておらず、脂汗を流して座り込み、両手で肩を押さえている。
始終はぁはぁと苦しげな呼吸で、見ているこちらまで苦しくなってくる。
痛みは一日で消えるそうだが、装置は彼女の体に残る。
その時限装置とやらを分析できれば、奴らの隠れ家を突き止めることも出来るのではないか。
――あったまいいじゃない、鉄男!その通りよ、学校に戻ったら交代して!あとは、あたしに任せてよね。
俄然張り切りだしたシークエンスの声を脳裏に聞き、鉄男にも余裕が浮かんでくる。
表面上は難しい顔で、他の者同様、シンクロイスに恐れをなしているフリをした。
カルフもじっと鉄男を眺めていたようだが、やがて皮肉に口を吊り上げると、彼の中にいる同族へ語りかける。
「……あぁ、言っておくけどシークエンス?僕の道具が逆探知できるなどと思わないように。そこらへんは、きっちり完璧にコーティングしてあるからね。ま、その子がいなくなるか残るかは、あくまでも本人の意思次第だからね。無理にでも居場所を探すようなら、君達に未練たっぷりなんだと喜べばいいし、何もしないようだったら、君らとは決別したがっているってことだ」
遠くから、ゴンゴンと低い音が響いてくる。
カルフが空を見上げ、呟いた。
「そろそろアベンエニュラが到着だ。地上は危険だよ、シェルターなり地下街へ潜り込むといい」
「ち、地下街を知っているのか!?」
驚く木ノ下に、何を今更驚くのかと、カルフは肩をすくめてみせる。
「知っているに決まっている。だから地上を殲滅しているんじゃないか。爆撃を受けても地上に住み続けるような劣勢遺伝子は、僕らの牧場に必要ないからね。地下に潜った奴らは、地上に残った奴よりは賢い。あえて生かしてやっているんだよ」
「け、けど、爆撃に巻き込まれた中には地下街の住民も……!」
木ノ下の反論も「同じだよ。爆撃がいつあるか判らないのに、地上に出てくるようじゃ」と涼しい顔で受け流す。
そういや、と思いついたように付け足した。
「君達の学校、ラストワンは地上にあるんだね。何故地上を選んだ?危ないじゃないか。他の学校は地下街にあるってのに。君達の学長は、そうとうオバカなのかな」
ラストワンのみならず、全パイロット養成学校の場所まで知られていたとは驚きだ。
それでいて見逃しているのは、下等生物への余裕なのか、それとも別の思惑か。
「失礼だな、学長は馬鹿じゃない!そのっ、地上に建てた意味は俺も判らないけど!!」
「判らないんじゃ、君も同じオバカだよ」
カルフに木ノ下がやり込められるのを眺めながら、なんとか隙をつく方法がないもんかと鉄男は頭を悩ませる。
今のカルフは無防備だ。勢いよく懐に突っ込めばイケるんじゃないか?
――冗談やめてよ。あいつが、そんなマヌケじゃないことぐらい察しがつくでしょ、あんたにだって。
鉄男が何か思いつくたびにシークエンスが駄目出ししてくるもんだから、やろうという気力も削がれてしまう。
ゴンゴンと次第に近づいてくる重低音を頭上に、デュランが二人に撤退を促した。
「そろそろ空襲が始まる、学校へ戻ろう。悔しいが、今の時点で我々がこいつを捕獲できる手段はない」
杏を探すのに手間取ったおかげで、今頃は皆も心配していよう。急いで戻らねば。
鉄男と木ノ下が頷くのを見、カルフはクルリと踵を返す。
「走って戻れば充分間に合う。それじゃまた、いずれどこかでお会いしよう」
去っていく背中を最後まで見送らず、鉄男とデュラン、そして杏を抱えた木ノ下は地下街への階段を走り降りた。


ぴったり一時間後には空襲が始まり、その頃には鉄男もスパークランのシェルターに避難完了していた。
地下深くのシェルターにいるのだから、普段ならマリアやモトミなどは平常心でいられるはずなのだが、今は全員で息をひそめて苦しむ杏を見守っていた。
肩を氷嚢で冷やしてみたが、関係なく痛むのか、杏は額に汗をびっしり浮かべて唸っている。
最初は自業自得と罵っていたモトミも、今では杏の傍らに寄り添い、心配そうな目を向けていた。
「ほ、本当に一日で痛みがひくんでしょうかぁ……?」
甲斐甲斐しく額の汗をタオルで拭ってやりながら、レティが心細げに呟く。
「敵の言い分だし、信用できないよな……でも学校に戻って女医さん達に診てもらえば!」
木ノ下の弁は根拠のない励ましに過ぎない。
それでも今の杏には心の支えになったのか、彼女は教官を見上げると弱々しく微笑んだ。
「き……木ノ下、教官……すみません……私、私……また、心配かけちゃって……」
「いいんだ、無理すんな。謝らなくていいから、できるだけ痛くない格好で休め」
木ノ下に支えられて床に横たわると、多少は痛みが和らいだのか、杏が静かに息を吸う。
「傷跡を残さずに体内へ道具を埋め込むだなんて……恐ろしい奴らですね」と呟いたのは、正治だ。
眉をひそめ、視線は床に落として悩ましい溜息をつく。
午後までには家に帰る予定だったのに、帰るに帰れなくなってしまった。
デュランは、わざと「なんだ正治、震えているのか?大丈夫だ、こちらへ来い」と明るく励まし、彼を抱き寄せる。
いきなり抱き寄せられても嫌がることなくデュランに抱きつく正治を横目に、ひそひそとマリアが亜由美に囁いた。
「メイラがいたら、大騒ぎになってたね」
「マリアちゃん、今はそれどころじゃないから」
場を和まそうと冗談を言ったのに、亜由美ときたら、眉間に縦皺を寄せてのお説教だ。
まったくもって、シェルター内部の空気は重苦しく息苦しい。
これというのも、杏が怪我を負って帰ってきたりするからだ。
勿論マリアとて、彼女の容態が気にならないわけではない。
しかし自分勝手に飛び出した末、余計な心配を皆にかけさせた杏に一言物申したい不満も、いっぱいあった。
飛び出す原因を作ったモトミは今、憎まれ口を叩くでもなくレティと一緒に杏を心配している。
杏に対してモトミは皆が驚くほどの拒絶感を示していた。
にも拘わらず杏の容態を心配するのは、怪我の原因が自分にあると自覚している証拠だ。
早くシェルターを出て、ラストワンに戻りたい。
そうすれば、この嫌な空気も多少は薄まってくれるだろうか。
モトミも多少は、杏との歩み寄りを見せてくれるだろうか……?
空襲が終わるのを、これほどイライラしながら待つのは初めてだ。
マリアは苛立つ頭で考えた。
「ラストワンへ戻る際には、俺も同行して構わないだろうか」とデュランが発し、その場にいた全員が彼に注目する。
「ラフラス教官!危険です」
真っ先に心配する正治にはキラリと歯を見せて微笑み、黙らせると。重ねてデュランは鉄男に許可を求めた。
「俺は元軍属だ、自分の身は自分で守れる。それよりも、杏さんに埋め込まれた時限装置だったか、それの構造、及び取り出す方法を知っておきたい。いつ何時、うちの生徒が狙われるやもしれないんだからね。連中が子供たちに接触してくると判った以上、放っておけない事態だ」
カルフの話を信用するのであれば、杏の心変わり如何では奴らの隠れ家へ瞬間移動してしまう装置らしい。
しかも奴は悩み事を抱える杏の前に、わざと姿を現して、愚痴まで聞いてやっている。
同じような状況下にある他の子が狙われる可能性は高い。
思春期の子供は、多くが悩みを抱えているのだから。
「判りました。一緒に行きましょう」と鉄男は頷き、空襲が終わるのを待った。


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