合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 六人の教官

この世で一番繁栄している国をあげるとしたら、誰もがベイクトピアを思い浮かべるであろう。
かつては大国と知られたモアロードも今は滅亡寸前にあり、ニケアは文明の遅れが激しい。
小国クロウズは問題外だ。
従って、外敵から身を守れるという意味でも、ベイクトピアを目指す者は多い。
外敵……
長らく戦争など起きることのなかった、この大地にて。
人類の敵となる存在が現われるようになったのは、数十年ほど前からだろうか。

空からの来訪者――

奴らは突如空から現われ、大量の爆弾を落としてきた。
奴らが何者なのか、それは誰にも判らない。
判らないが、しかし、やられっぱなしでいるのも我慢できず、人々は対抗策を練り上げた。
それが、巨大ロボットの製造である。
互角に戦えるほどの科学力を武器に、抵抗を始めた。
やがて、それを乗りこなせる者を求め、各地にパイロット養成所が作られたのだ。


「ネ、次に来る新しい教官って、どんな人か教えてもらった?」
パイロット育成学校『ラストワン』――ベイクトピアに位置する、養成所の一つだ。
候補生は総勢十八名、教官は六名と、同じ規模の学校と比べて、やや少ない。
教官一名につき三名までの候補生を受け持ち、より個人に近いレッスンを売りとしている。
「まだよ。でも、ニケア人だって噂してんのを先生達が言ってたのよね」
先ほどから廊下で立ち話をしているのは、ここの候補生達。
髪の長い、きつめな顔立ちのほうは、赤城まどか。
彼女へ盛んに話しかけている黒人の少女は、ニカラ=ケアといった。
「ニケア人?まった辺鄙な場所の田舎モンを採用したもんね〜」
横合いから軽口を叩いてきたマリア=ロクケイスを一瞥し、まどかが微笑む。
「あら、田舎モンのほうがいいじゃない。扱いやすくってさ」
「あんま田舎モンすぎても困るのよ」と、マリアは肩をすくめた。
「話が合わなすぎると、こっちとしても、やりにくいしね」
「そうね、マリアの教官になるかもしンない人だしネ。気になるヨネ〜?」
ニカラにジィッと顔を覗き込まれ、マリアは、そっぽを向く。
「まァね」
彼女に言われるまでもなく、新任教官は、ずっと気になっていた。
マリアの担当だった教官が辞めていったのは三週間前。
辞表を当日に突きつけられたという、まさしく青天の霹靂な辞め具合だったらしい。
そのせいで三日ほど御劔学長の機嫌も悪かったのだが、ある日、彼は唐突に言った。
新しい教官を雇う為に面接試験をしよう、と。
空襲だ何だで慌ただしい日常だが、教官になりたいなんて思う奇特な奴はいるもので。
面接に応募してきたのは、五名ほど。
どれも素敵な男性だった、とは覗き見していた学校お抱え女医達の噂。
面接官は、エリス=ブリジッドが担当した。
エリスはマリアと同じ候補生の一人だ。クラス担当は後藤教官。
これまでは学長秘書の相沢がやっていたのに、今回は違った方式を採ったようだ。
「エリスは何も言ってなかったの?」
マリアと同じクラスだった釘原亜由美が問えば、まどかは首を真横に振った。
「あの子も聞かされてないみたいだったよ。ただね」
「ただ?」
「シーラカンスが、なんとかって」
「……へ?」
唖然としたのは亜由美だけじゃない。マリアやニカラもポカンとしている。
「シーラカンスって絶滅した深海魚でショ?それがなんで、こんなトコで出てくるのヨ」
「知らないわよ、そんなの。ただ、そんなことを、あの子が呟いていたって話」
訳のわからないオチで謎は余計深まり、夕食のチャイムをきっかけに雑談もお開きとなった。


ラストワンは全寮制だ。従って、教官も寮での生活を強制される。
校門前、衣類の詰まったバッグを手にした鉄男が現われる。
時刻は夜。空には月が輝いている。
このような時間に来たのは、そのように指定されたからだ。学長に。
本日より、ラストワンの教官として働くことになる。
だが、鉄男の表情はイマイチ浮かない様子だった。
何故自分が此処へ来たのか、それすらも疑問だと言わんばかりである。
面接は絶対に失敗したと思っていた。なのに、届いたのは合格通知が一通のみ。
晴れて教官になったのだから喜んでもいい場面なのだが、鉄男自身は納得いかない。
合格理由を問いただす為にも、御劔学長には一度会っておく必要がある。
バッグを担ぎ上げると、鉄男は歩き出した。真っ直ぐ脇目もふらず、学長室だけを目指して。

「――お、来た来た」
廊下で鉄男を待ち伏せしていたのは、乃木坂勇一だ。無論、教官の一人である。
一番年季が長くもあり、今年で四年目を迎える。
どことなく性格の軟派加減が伺える、優男風味の顔立ちであった。
いわゆる、チャラ男タイプである。
「よぅ、新人くん。はじめまして。俺は乃木坂、君の先輩にあたる」
話している間も、鉄男はズンズン歩いていく。
立ち止まる気配など一ミリも見えず、乃木坂は話しながら追いかけた。
なんだ、こいつ。先輩が話しかけているんだから、少しは立ち止まれっての!
「ちょ、ちょっと待てよ、辻君。君が新任だろ?新任の教官っ。俺と話す時間の余裕ぐらい持ってくれなきゃ、とてもココの生徒とは判りあえないぜ?」
呼び止め、肩に手をかけるも、鉄男の足は止まらない。
乃木坂を引きずる形で歩いていく。
「お、おいっ、おいってば!聞こえてんのか!? 辻鉄男ッ!」
何度か呼びかけるも全く応答無しで、ついに乃木坂は諦めた。
肩を放すと、ごめんの一言もナシに鉄男は歩き去り、乃木坂は一人廊下に取り残される。
「……ったく、なんだ?あのヤロウ。先輩を完全無視たぁ、いけすかねェ」
乱れた息を整える。猪突猛進な相手を追いかけるだけで、息が上がってしまった。
運動不足じゃない。あいつの足が、速すぎるだけだ。
「ホント、いけすかないわねぇ」
ひょいっと曲がり角から顔を出した人物が、乃木坂へ労りの声をかける。
「勇一、大丈夫?」
えらく長身で、しかも髪が長く、真っ赤な髪の毛を後ろで一つに束ねている。
男だか女だか、イマイチ判りかねる中性的な顔をしていた。
コイツも教官の一人で、名を水島ツユという。
「あ、あぁ。平気だ。これくらいで、へたばるほど」
「そうじゃないわよ、こっちのほう」
ツンツンと胸の辺りを突かれて、もう一度、乃木坂は頷く。
「平気だ。これぐらいで凹むほど、やわな精神の持ち主じゃないよ」
でも、と相手を見上げて微笑んだ。
「心配してくれてありがとうな、ツユ」
「何言ってんの。長いつきあいじゃない」
ツユも、クスリと笑って乃木坂を見つめ返した。


乃木坂を存在ごと無視して歩いてきた鉄男は、学長室と書かれた部屋の手前で停止する。
扉の前では見覚えのある男が、鉄男の到着を待っていた。
「よぉ!」
気さくに片手をあげられて、鉄男はガラにもなく動揺する。
「あ……っ」
「あれ?忘れちゃった?俺だよ、俺、木ノ下進!」
無論、忘れてなど、いない。
彼がいなかったら、鉄男は危うく面接に遅刻するところだったのだ。
だが、しかし何故彼が此処に?訝しがる鉄男の前で、木ノ下が軽く頭を下げる。
「あの日会った時から、俺、お前が合格するんじゃないかって何となく思っていたんだよ!けど、ホントに合格するたぁ〜な。驚いたぜ!あ、そうそう。お前の部屋、俺と同室だってさ。あとで合い鍵渡しとくから、無くすんじゃないぞ?」
「……合い鍵?」
聞き返す鉄男に、強く頷き返す。
「あぁ。そうだけど、それが何か?」
同室?
ということは……
「教官、だったのか!?」
驚く鉄男に木ノ下は、あっけらかんと「あれ?言ってなかったっけ」と言い返し、改めて自己紹介する。
「俺こと木ノ下進は、正真正銘ラストワンの教官だぜ。あ、お前から見ると一年上の先輩って事になんのかな?」
屈託なく笑う木ノ下に、鉄男はビシィッと踵をつけて直立不動の姿勢を取る。
「本日付で教官となりました、辻鉄男です。宜しくお願いします、木ノ下先輩!」
「え……?」
ポカンとしたのも一瞬で、すぐさま木ノ下は笑顔に戻り、ひらひらと手を振ってみせた。
「あ、いいって、いいって。俺相手に畏まる必要ないって、なんか気持ち悪いしな。呼び捨てでいいよ、どうせ歳も、そんなに変わらないんだろ?」
「しかし、先輩は先輩です。馴れ馴れしく話しかけるなど、言語道断ではありませんか」
鉄男は大真面目だ。
とても乃木坂をスルーした人物と同じとは思えない。
ニコリとも笑わぬ鉄男には木ノ下も閉口したか、しばらく黙って見つめた後、ガリガリと頭を掻いて妥協した。
「んー、じゃあ、まぁ、最初のうちは鉄男の好きにしたらいいよ。徐々に慣れていってくれればいいから、さ」
かと思えば、不意に何かを思いついた調子で、鉄男に尋ねてよこす。
「……ん、そういや、お前、乃木坂先輩とは会ったのか?」
キョトンとした様子で、鉄男がオウム返しに繰り返す。
「乃木坂……さん、ですか?」
鉄男の表情に嘘はない。乃木坂という名前に、本気で覚えがないようだ。
……そう、彼は無視したのではない。
気がつかなかったのだ、乃木坂の存在そのものに。
緊張していたせいもあるが、あまりにも自分の考えに没頭していて。
「うん。こう、髪の毛がぼわっとした感じでさ、真ん中分けでスケベそうな人」
「スケベで悪かったな」
木ノ下の説明を遮って、やってきたのは乃木坂本人。ツユも一緒だ。
「あ、乃木坂先輩いたんスか」
悪びれもせぬ木ノ下を軽く無視し、乃木坂は鉄男を睨みつける。
「俺のことは無視する癖に、木ノ下とは随分仲が良さそうじゃないか」
いきなりの喧嘩腰、しかも謂われなき言いがかりだ。
無視する、だって?
無視するも何も、鉄男には、とんと相手に対する記憶がない。
なので、鉄男もムッとなって言い返した。
「木ノ下先輩には、面接会場でも世話になった。下衆な詮索は止めてもらおう」
「あー、あー、そうかよ。けど、俺の世話にはなりたくないってわけね」
どこまでも喧嘩腰な相手に、鉄男の不快も増すばかり。
この男、どうして俺に突っかかってくるんだ?
乃木坂は木ノ下よりも先輩のようだが、こんな男に敬意なんて払えない。
「いつまで戸口で話し込んでいるんだ?」
不意に扉が開いたかと思えば、やたら体格の良い巨漢が顔を出す。
四角い顔、そう称してもいいだろう。見るからに、何か武術をやっていそうな男だ。
「学長がお待ちだ。辻、早く入れ」
無言で会釈し、鉄男が扉をくぐると、木ノ下らも後からついてくる。
ここで他教官との顔合わせも、済ませてしまうつもりだったのだろう。
「やぁ、表で話していないで入ってくれば良かったのに」
そう言って立ち上がったのは、まだ年の頃二十代と思わしき男性。
ラストワンの学長、御劔高士だ。
一口にいえば、御劔は美麗な男であった。
街に出れば、数多の目を惹くほどの美しさを漂わせている。
彼の容姿を見ただけでは、学長と言われてもピンと来まい。
端麗な顔に加え、すらりとした体格。モデルか俳優と言われた方が、ピッタリくる。
容姿を褒め称える言葉を、鉄男は、あえて回避した。
お世辞は学長だって聞き飽きているだろうし、この場には、そぐわない。
そう、判断したのだ。
「初日早々、遅れて申し訳ありません」
「何、気にすることはない」
容姿に似合わず気さくに笑うと、御劔は鉄男の側へ歩み寄り、肩に手をかける。
続けて、腕、腰、尻とベタベタ触ってくるもんだから、鉄男は慌てて身を退いた。
「い、一体何を?」
綺麗な顔だと思っていたら、ソッチの気でもあるんだろうか。
警戒する鉄男に、学長は軽く肩をすくめる。
「いや、なに。武術が得意と聞いていたんでね。どの程度鍛えているのかと、実際に触って確かめただけだよ」
何か言いたそうにしている木ノ下へも目をやって、意味深に笑いかけた。
「木ノ下くん、君も試してみるかね?」
「い、いやぁっ、お、俺は、別にっ!?」
途端にアワアワと辞退する木ノ下の代わりに、先ほどの巨漢が一歩前に出てくる。
「じゃあ、俺が代わりに見てやろう」
彼の太い二の腕をジッと見つめ、鉄男も受け答える。
「触らなくても見れば判るだろう、それほど鍛えている者ならば。俺の筋肉は人並みだ」
「ほぅ?」
片眉をつり上げる大男の目を、真っ向から見据えて鉄男は言い放った。
「だが筋肉だけで武術を語る奴は、相手の力量も計れぬ大馬鹿者だ」
「……なるほど」
なにがナルホドなのか、巨漢は判った顔で頷いている。
判らない顔の乃木坂が尋ねた。
「何がナルホドなんだよ?剛助」
剛助と呼ばれた大男は、乃木坂へ振り返ると大真面目に答えた。
「ニケアには古来より返し術と呼ばれる武術がある。肉体的に劣る者が編み出した、必殺技といっても過言ではない。辻は、それを体得している……そう捉えて、よいのだな?」
後半は鉄男への質問であり、ハイともイイエともつかぬ頷きで鉄男が返す。
乃木坂は判っていないようであったが、「ふぅん」と気の抜けた声を発して黙り込んだ。
武術に元々関心があるわけでもなし、どうでもよくなってきたらしい。
気の抜けた乃木坂とは対照的に、生き生きとしてきた巨漢が名乗りをあげる。
「挨拶が遅れたな。俺は石倉剛助。皆と同じく、ここの教官をやっている」
あちらにいるのが、と、乃木坂の後ろにくっついて入ってきた長身の赤毛を指さした。
「水島ツユだ。彼も我々と同じく教官を勤めている」
男だったのか、と思いながら鉄男はツユへ会釈した。
「辻鉄男です」
しかし、ツユは全くの無反応。
くちをへの字に曲げたまま、黙って鉄男を見下ろしている。
乃木坂といい、こいつといい、感じの悪い教官が多い学校だ。
反面、学長と木ノ下。それから石倉は気を許してもいい相手だろう。
少なくとも此方に対して敵意を抱いていない分、つきあいやすそうに思えた。
と、鉄男が考えていると、不機嫌な顔で黙っていたツユがくちを開く。
「アンタ、ちゃんと挨拶できるんじゃない。どうしてさっきは、勇一をシカトしたの?」
まただ。
乃木坂と同様、おかしなことを言う。
怪訝に眉を潜める鉄男を見て、乃木坂は何かを察したようだった。
「おいおい、勘弁してくれよ。あんだけ話したのに、まさか気づいてなかったってオチか!?」
叫ぶ友人を振り返り、ツユも呆れた目で鉄男を見やる。
「アンタ鈍くさいわねェ。見たまんまじゃないのォ」
みたびムッとする鉄男の背中をポンポンと軽く叩き、木ノ下が仲裁に入ってきた。
「ま、ま、いいから、いいから。学長の前で喧嘩とか大人げないマネは、やめよーぜ?誰だってボーッとする事ぐらいあるし、鉄男は今日が初めて、いわゆる初日ってやつだ。緊張してて、気づかなかっただけだよな?」
ベラベラと語る木ノ下にツユも勢いを削がれたのか、チッと舌打ちを一つして、あとは元のようにダンマリを決め込んだ。
一触即発のタイミングで割り込んでくれた木ノ下に、鉄男はホッと安堵する。
やはり木ノ下は信頼しても良さそうだ。
「あ……ありがとうございます」
少し照れてお礼を言うと、木ノ下は一瞬言葉に詰まり、グビビッと唾を飲み込んだ後。
「や、お礼の気持ちがあるんなら、ゴザイマスは禁止!」
鉄男の鼻先に指を突きつけ、ニッコリと微笑んだ。
「しかし……」
「俺、お前とは友達になりたいんだ。いいだろ?」
今度は鉄男が言葉に詰まる番だ。
産まれて一度も言われたことのない台詞に、かぁっと頬が赤らむのを感じながら、鉄男は目を伏せる。

友達。

聞き慣れない、だけど聞き心地のよい言葉。
「友達か。そうだな、木ノ下くんとは寮も同室だし、仲良くしてやってくれたまえ」
学長にも重ねて言われた鉄男が顔をあげて、真っ直ぐに木ノ下を見つめた。
「……宜しくお願い……する」
敬語をやめた鉄男に木ノ下も「おぅ!」と破顔して、ぐっと手を握りかわす。
「おぉ、さっそく友情の誕生だな!」
喜ぶ剛助、学長の影に紛れて「お友達ゴッコかよ」と呟く乃木坂や舌打ちをする水島には気づいていたが、鉄男は、あえて無視を決め込んだ。
ここで蒸し返していては、木ノ下の計らいを無駄にしてしまう。
「では木ノ下くん、さっそくだが辻くんを寮へ案内してやってくれ」
「ハイ。……あれ?」
そういや、と周りを見渡して、木ノ下が思い出したように尋ねた。
「後藤サンは?」
「……あぁ。あいつか」
心なしか、学長の表情が曇る。
「あいつのことは、後回しでいい」
「恒例の、さぼりッスか」
「そんなところだ」
まだ、ここへ来ていない教官がいたのか。しかもサボリときた。
「んじゃま、鉄男を部屋へ案内してきます。皆との顔合わせは明日ッスか?」
「そうだな……今日は遅いし、明日でいいだろう」
後藤とは何者なのか?そう尋ねてみたかった鉄男だが、学長の許可を得た木ノ下に背を押されるようにして、共に廊下へと出て行った。


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