act6 狼少年
決意しての一週間、鉄男は、彼にしては積極的に受け持ち生徒の情報を集めた。三人の好物や趣味、おでかけスポットの好みなどには、だいぶ詳しくなったように思う。
聞き出す相手は三人の他にカルフと相模原もいるのだが、そちらは後回しだ。
デュランの発言は木ノ下も含めていたし、友情の類だと受け止めた。
カルフを説得するのは、一番最後になろう。一番厄介な相手だけに。
今日も昼休みを有効的に使って、三人から情報を聞き出していた。
「共通の遊び場?う〜ん、全然考えたことなかったなぁ」
鉄男に話題を振られて、マリアは腕を組んで考え込む。
言われてみれば、三人で遊びに出かけた記憶が一日もない。
マリアが出かける時の同行者は大抵、モトミやユナといった他クラスの子ばかりだ。
行き先もゲームセンターや運動施設など、アクティブな場所が多い。
亜由美は自然に触れられる野外が好きだし、カチュアは出歩くのが好きではないときた。
これじゃ一緒に出かけられるはずもない。
趣味を一つあげるにしても、マリアはおしゃべり、亜由美は手芸、カチュアはお絵描きと、てんでばらばらで、三人一緒に何かをやるといった行動そのものが、ありえなかった。
「教官を交えて一緒に出かけるのは、新しい発想だと思います。どうでしょう?今度の週末、そうしてみるってのは」
亜由美に振り返され、しばし悩んだ鉄男は首を真横に拒否した。
「……いや、今週末は他にやることがある。すまないが、俺は参加できそうにない」
「あ、すみません。ただの思いつきなので、謝らなくて大丈夫ですよ」
亜由美には気を遣われ、マリアには「チェッ、せっかく楽しくなりそうだったのに〜」と露骨に残念がられる。
カチュアは、じっと無言で鉄男を見つめるだけで、賛同も否定もしてこない。
こうして四人で話していても聞かれたことにしか答えないし、雑談も苦手分野なのだろう。
ふと会話が途切れ、「そういえば……」と亜由美が思い出したように言った。
「アベンエニュラさん、でしたっけ?あの、大きなシンクロイス……死んじゃったんですね」
「あ〜それそれ!マジバナなの?なんか皆、嘘ニュースじゃないかって疑ってるけど」
けたたましく騒ぐマリアへ頷き、亜由美は鉄男の顔色を伺う。
「うん。体内に焼け焦げた跡がいっぱいあって、体中の細胞がボロボロになっていたって」
アベンエニュラがクロウズの山中で発見されたニュースは、全世界範囲で流された。
生物だとも発表され、現在も、あちこちで嘘か本当かの討論が交わされている。
「アベンエニュラさん、も、辻教官のことが好きだったんですよね……」
「だから、どうだって言うの?」
鉄男が答えるよりも先に、マリアが亜由美を咎める。
「あいつが死んだのは鉄男が悪い、鉄男を好きになったから死んだって言いたいの?」
「ち、違うよ。教官を責めるつもりじゃなくて……す、すみません。ただ、ちょっと、死んだってニュースを見た時に思い出しただけなんです」
予想外の反応に泡を食ったか、亜由美が鉄男とマリア双方に頭を下げる。
激しい口調に驚いたのは鉄男もで、いきり立つマリアを宥めに回った。
「誤解するな、マリア。釘原は俺を慮ってくれただけだ。アベンエニュラ死亡のニュースは俺も聞いたが……仲間割れで殺されたのではないかと思う」
「仲間割れ……」と呟いて、三人は思いを馳せる。
鉄男一人を呼び出すが為だけに、アベンエニュラがラストワンを爆撃した事件。
あれが原因で仲間と喧嘩した可能性は充分ある。
シークエンスも言っていた。
勝手な真似をすれば、ベベジェやカルフに制裁されるのだ。
直接の死因は仲間割れだとしても、原因は鉄男への恋だ。
鉄男が気に病んでいるのではないかと、亜由美が心配するのも当然であろう。
「全く気にしていないと言えば嘘になるが、釘原が心配するほどには落ち込んでいない」
きっぱり断言してやると、亜由美の顔に差した陰も消えて笑顔が戻る。
「だよね〜!」とマリアの調子も戻ってきて、ついでにベッタリ抱きつかれた。
「鉄男に似合うのは、可愛い女の子だもん」
マリアが鉄男への恋心を隠そうともしていないのは、鉄男が三人への情報収集する際にあたり、全員の恋心が三人それぞれにバレたからだ。
個人情報を聞き出そうとする鉄男を怪しんだマリアの自爆とも取れる。
嘘をつけないド直球な性格の男ゆえ、鉄男は正直に答えた。
自分へ好意を寄せてくる者に対して何も知らないのは、失礼だ――と。
そこから先は恋心のカミングアウト大会となり、友情も含める意味で言ったつもりの鉄男は内心驚いたのだが、三人の思うがままにさせてやった。
三人とも鉄男が好きと判って険悪になったかというと、それはなく。
隠し事が明らかになって逆にホッとしたとマリアは喜び、マリアがキレなかったことに亜由美とカチュアもホッとしているようであった。
これからは未来のパイロットでも恋でもライバルだよと宣言され、場が和んだほどだ。
「辻教官、が、気にすることじゃない……と、わたしも、思う」
ぽつり、ぽつりとカチュアが言う。
「でもアベンエニュラ、より……カルフ……どうするの?」
痛いところを突いてくる。
じろっと鉄男を睨みあげ、マリアも威嚇してきた。
「関係ないよね?カルフだって別に好きじゃないでしょ、鉄男は」
「好きか嫌いかで問われれば、現状では好きと言い難い」と答えてマリアの腕から逃れた鉄男は、しかしとも首を振って続ける。
「それは、俺があいつを殆ど理解していないからだ。あいつとも理解を深めるべきだと考えている」
この考えは余程マリアの意に沿うものではなく、「え〜〜っ、どうしてぇ!?」と大声で叫ばれて、鉄男が答える。
仏頂面ではなく、比較的温和な表情を浮かべて。
「俺は、お前たちについて全く理解していなかった……だからこそ、着任当初は衝突も起こした。理解なくして和解は出来ない。カルフは現状で唯一対話できるシンクロイスだ。奴がこちらに興味あるというのなら、俺も腰を据えて奴の考えを理解してみせよう」
なんでもかんでも突っぱねていた初期の鉄男を思い返せば、マリアも納得せざるを得ない。
鉄男が歩み寄りを見せたからこそマリアにも彼の側面が見えてきたし、授業にもやる気が出てきたようなものだ。
シンクロイスだからと頭から突っぱねていたら永遠に話し合えないし、戦いも終わらない。
だが――カルフは、それでいいとしても、残りはどうするつもりなのか。
アベンエニュラが死んで、爆撃の心配がなくなった。
だからといって地上が完全に安全になったかというと、そんなことは全然ない。
カルフ以外のシンクロイスは、どこにいるのかも判明していない。
誘拐されたり行方が判らなくなった人々の安否も不明だ。
そして誘拐される危険は、まだ去っていない。残りが見つからない限り。
「ね、カルフは何か聞いてないの?仲間だった人たちの引っ越し先を」
「軍には知らないと答えたそうだ」と答え、鉄男は眉間にしわを寄せる。
ここ一週間、カルフは大人しくしていた。
杏に埋め込んだ装置を取り出したことで候補生との距離が縮まり、何人かの少女と親しく話している姿も目撃した。
最初の約束通り、ここにいる連中には一切手を出していない。
鉄男にもアプローチを仕掛けてこず、今週は全く彼と話をしていない。
ベタベタされたいわけではないのだが、何もされないというのは却って不安になる。
鉄男とするのは口実で、他に目的があったのでは?
極秘裏に仲間とは繋がったままなのでは?と、よからぬ想像をしてしまう。
器工場の捜索も空振りだったと人づてに聞いた。
やはり、そちらも、もぬけの殻。シンクロイス残党は煙の如く消息を絶ってしまった。
しかし完全に去ったと確認できない以上、油断は禁物だ。
シンクロイスは必ず、もう一度襲ってくると鉄男は睨んでいる。
カルフとシークエンスが、ここにいる限り。
その時までにカルフを味方に引き込んでしまえば、或いは形勢逆転できるかもしれない。
カルフとベベジェの関係についても、本人から詳しく聞いておかねば。
報道話に花を咲かせる三人を眺めながら、鉄男は今週末の予定を脳内で固めた。
一方。
思わぬタイミングでニカラに秘密を知られたユナは慌てて彼女を追いかけたが、途中からはグングン距離を引き離される。
こんなに足の速い子だとは知らなかった。足が速いのは昴だけの特権かと思ったが。
あの様子だと、全生徒にバラす気満々だ。
男だと判った瞬間、殺されるんじゃないかってほどの敵意を感じた。
日頃カレシが欲しいと、まどかと一緒に廊下で騒いでいたくせして、なんなのだ。
全部嘘だったのか。本当は男が大嫌いだったのか?
その割には乃木坂教官や辻教官に色目を使ったりして、訳が分からない。
あぁ、いや、辻教官にアピールしていたのは、まどかだけだったかもしれない。
ニカラとユナに接点は一つもない。
同じ学校の違うクラスの子ってだけだ。
個性あふれるファッションは目を惹くが、仲良くする機会がなかった。
だからと言って嫌いなわけでもなく、きっかけさえあれば友達になりたいと思っていた。
ユナがラストワンを選んだ一番の理由は、自分を知る同年代がベイクトピアなら少ないと踏んだからだ。
地元クロウズでは、ちょっとした有名人であった。
男のくせに、女の服を着る変人として。
可愛いものが大好きなんだから、可愛く着飾って何が悪いのだ。
しかし世間の同世代は、そうは思わなかったらしく、ユナは変人の烙印を押された。
ベイクトピアにあるパイロット養成学校を全て調べ、一番新しいラストワンに決めた。
女子校とは書かれていなかったが、パイロットを目指す男子なら、よりよい高みを目指すだろうとも考えた。
よりよい高みとは、歴史の浅い新設校より歴史ある古株学校を指す。
逆に新規を選ぶメリットとしては、先輩男子が幅を利かせていない自由度がある。
きっと女子も、そちらのほうが入りやすいに違いない。そう考えての選択だ。
女子は、いい。
男子と違って同性であればあるほど、必要以上に踏み込んでこない。
不干渉というやつだ。
その代わり仲良くなればベッタリな距離感になるが、それはそれで回避方法があった。
足を止め、乱れた息を整えると、辺りに誰もいないのを確認してからユナは携帯電話を取り出した。
短縮ボタンを押してかけた先は、二回のコールですぐに出た。
『なぁに?こんな時間に珍しいな〜、また突発身体検査でも始まった?』
呑気な返事を、ユナは尖った声で封じる。
「ラナちゃん、緊急事態だよ!今すぐスパークランのビルに来て。男だってバレちゃった子がいるの」
『ありゃ〜何やってんの、ユナちゃん。マヌケェ〜』
「他の人にバラされちゃったんだから仕方ないじゃない……それより早くしないと全員に言いふらされちゃう」
『判った判った、ここはアタシに任せなさい。あんたは裏口で待っていて、すぐ行くから。あぁ、それとバレちゃった子の写真も転送して?』
メールを打って送信する傍ら、なおもユナは小声で電話に話しかける。
「今送ったよ」
写真を見たのか、電話口の向こうからはヒュ〜と下品な口笛が聞こえてきた。
『あ〜、この子かぁ。なるほど、納得だ。や、身体検査の時もさ、いろんな子の体眺めて品定めしては、何点って点数つけててさ。オッサンみてぇなやっちゃなぁって』
ラナは自分と瓜二つで可愛い外見なのに、口を開くとオッサンみたいな口汚さが飛び出てしまうのが唯一のネックだ。
ユナは眉をひそめて、一応忠告しておく。
「ラナちゃん。緊急事態とはいえ、いつものようにやってよね?絶対、可愛いユナのイメージを崩しちゃ駄目なんだから」
『オーケーオーケー、過剰なぐらい乙女チックな悲劇の冤罪少女を演じてやんよ。お礼は、いつものように、あんた宛の仕送りから差っ引かせてもらうね。あ、そろそろ、そっちにつくわ。裏口待機、よろしくゥ』
「え、もう?早いね!わ、判った、今すぐ行く」
電話を切り、ユナはビルの裏口を目指して走っていった。
ニカラが教室へ駆け込んだのは、放課後の授業が始まった直後であった。
昼休み終了までに辿り着く予定だったのに、少し時間をオーバーしてしまった。
慌ただしい足音に、一番端のパーテーションから乃木坂が驚いた顔を出す。
「なんだ、どうしたニカラ。遅刻か?大丈夫だ、授業は始まったばかりだし」
一番奥の仕切りを目で示し、「ラフラス教官なら怒ったりしないだろ」と微笑んだ。
教官も全員いるとは誤算だが、この際、仕方あるまい。
知っていて入学させたのなら弁解が必要だし、皆に責められるのも、いい気味だ。
ニカラは、すぅっと息を大きく吸い込むと、力いっぱい叫んだ。
「ミンナ、聞いてェ!ユナってば、男の子だったんだよ!!」
――数秒の間をおいて。
「な……なんだってぇ!?」と叫んだのは、目の前の乃木坂だけではない。
あちこちのパーテーションで「うそォ!」だの「マジで!?」といった驚愕が上がり、真ん中の仕切りをぶっ倒して飛び出してきたのは木ノ下組だ。
「嘘やろ!?ユナが男って、下も見たんかっ」
食ってかかるモトミに、ニカラが強い視線で言い返す。
「それはまだッ。けど、カルフが男だって断言したんだヨ!」
情報元はシンクロイスか。
シンクロイスは他生物に乗り移る能力を持っている。
寄生事故以外の面々は、性別を選んで乗り移っているようにも思われた。
となれば、たとえ服を着たままでも、奴らは男女を見分けられると考えてよかろう。
カルフが断言するからには、ユナも男の子なのだ。
断言したというニカラの証言を信じるならば、だが。
「けど、本当に?」と、どの少女も困惑を隠しきれない。
「ユナが男の子って、ありえないよ」とはクラスメイト、拳美の感想だ。
「だって、あの細っこい手足!はっきりいって、スパークランの男子より細いよ!?筋力だって、スパークランの男子と比べたら全然じゃないのォ?」
比べる対象と女子であるとする理由が、どこまでも脳筋だ。
一貫してブレないのは感心するが、それだけでは証拠として弱くもある。
現に香護芽は、スパークランの男子をも余裕でぶっちぎる握力の持ち主だろう。
香護芽が女子なのは判明している。以前、ミィオは彼女の裸を風呂場で見た。
腕や太腿は逞しい筋肉で覆われていたが、意外や腹筋や胸筋は女性の面影が残っていて、印象深かったのを覚えている。
「そうだよ、それにユナは身体検査にもいたじゃない!あの時、ちゃんと胸があったよ!」と叫んだのは、飛鳥だ。
「胸ったってツルペタじゃない」と、すかさず横にいた相模原に突っ込まれ、むっと頬を膨らませる。
「そういうこと、言わないの。そりゃあ、あんたと比べたら多少は小さいかもしれないけど……けど、あんただって嫌でしょ?ユナより、お腹が出っ張っているって言われるのは」
多少どころかナイムネと称してもいい大きさだったようにミィオも拳美も記憶しているのだが、あえて飛鳥のお説教を妨害することもあるまい。
とにかく胸は多少なりとも膨らんでいた。それは確実だ。
しかし胸だってブラジャーに詰め物をすれば、あるように見せかけられる。
男の子だとは到底信じられない。
さりとてユナを女の子だと断言できる証拠もなく、少女たちは困って顔を見合わせる。
候補生も動揺しているが、もっと動揺したのは教官だ。
「ユナが男?ありえんな。我が校は女子しか入学を許可していないはずだ」
受け持ち担任たる剛助が何度も首を振り、乃木坂に確認を取られる。
「そうだ、それに、お前何度か触ってんだろ?上も下も」
「あぁ。体技訓練じゃ、下に異物などついていなかった」
頷く剛助に「けど、それってスーツの上からの感触ですよね?もしパッド等を仕込まれていたら、判んないんじゃあ」と混ぜっ返したのは木ノ下で、たちまち受け持ち生徒のレティには「じゃあ、じゃあ、木ノ下教官は女性のアソコに直接触った経験が!?さっすが、オットナ〜!キャピーン☆」と騒がれて、教室内は騒然としてくる。
混乱の中、鉄男は当のユナを探す。
もう授業は始まっているというのに、彼女が見当たらないじゃないか。
鉄男の視線に気づいたか、拳美も周囲を見渡した。
「そういやユナ、まだ戻って来てなかったんだ。放課後はサボリかな……」
拳美がボソッと呟いた直後、「どうかしたの?皆、何かあったの」と入口で声をかけてきた人物を見て、全員あっとなる。
疑惑の人物、ユナだ。
授業に遅れたのを詫びもせず、ニコニコと微笑みながら教室へ入ってきた――