act5 ピンチ、またピンチ
『いくよ、ミィオ!』ツユの号令に、ミィオが体をくねらせる。
『はい、お姉様!妄想、開始ィィィ~ッ』
モニターの向こうでの会話に「……お姉様?」と首を傾げるマリアへ、亜由美が囁いた。
「あのね、ミィオちゃんって水島教官の事、ずっと女の人だと思いこんでいるみたいなの」
「女の人って……そんなわけないじゃない!」
思わず大声で言い返すと、亜由美はヒャッと首をすくめる。
「わ、私達も、そう言ったんだけど、ミィオちゃん、全然信じてくれなくて……」
確かに水島ツユは女っぽい。女っぽいというか、ナヨッとしていてオカマくさい。
だが、いくらなんでも女性と間違える奴はいないだろう。少なくとも、この学校においては。
しかしモニターの向こうを見ると、ミィオは先ほどから、ずっとお姉様を連呼している。
亜由美の言うとおり、ツユを女性と信じて疑っていないようでもあった。
それでいてエッチな妄想で悶えているのだから、一般思考のマリアとしては納得がいかない。
ツユを女だと思っているのなら、何故エッチな妄想が出来るのだ。
「ふ、ふーん……そういう感情の表現、ってのもアリなのかな」
それでも己を納得させようと小さく呟けば、後藤には小馬鹿にされた。
「男とヤッた事もねーガキが、なぁに判ったようなツラして言ってやがるんだか」
「や、やったことがなくても判るもん、それぐらいはっ!」
ムキになってマリアが言い返した直後、モニターの向こうでドドンと派手な爆発音が轟く。
何事かとモニターへ視線を戻してみると、片足をつく来訪者の姿が見えた。
『やるじゃない、ミィオ。あんたのボンノー、最高だよ!』
些か興奮した調子でツユがミィオを褒めている。
頬を紅潮させ、額に汗を浮かべたミィオが、それに反応した。
『あはン……ツユお姉様の手ほどきが、素晴らしいからですわぁ』
己の上に跨ったツユの下腹部へ、自身の股間を擦り付けるように身悶えする。
『お、お姉様のペニスが……私のアソコを、ツン、ツンって刺激してますぅ』
直接な物言いに、かぁっとマリアの頬にも朱が差した。
「ぺ、ペニ……って!ちゃんと男だって認識してるんじゃ!?」
泡くってモニターを指さす彼女へは、まどかが呆れた視線で答えてやる。
「ふたなりだと思いこんでいるのよ。いくら違うって水島教官自身が否定しても聞かないんだから」
「そんな事は、今はどうでもいいだろう」と、鉄男も水を差してきた。
「それよりも、見てみろ。二号機のエネルギー充填が脅威の早さで進んでいる」
コクピット内部を映し出すモニターの横に表示されている赤いバー。
あれはゼネトロイガーのエネルギー充填量を示しているのだが、そのバーが、見る見るうちに黄色く染まっていく。
全てが真っ黄色に染まれば、ボーン発動可能を意味して警報が鳴り響くというシステムだ。
いや、しかし、水島組のゲージの上昇スピードときたら、石倉組なんぞメではない。
昴の時だって、これほど極端にゲージが上がっていただろうか。
否。昴と乃木坂の時は、比較的ゆっくり目にゲージが上昇していたように覚えている。
「す、すごい……」
ポカーンとするマリアの横で、亜由美が興奮気味に鉄男へ同意を求めてくる。
「特訓、まだ殆どやっていないんですよ?すごいですよねぇ!」
「……確かに」
鉄男は頷き、再び攻撃を受けて沈み込む来訪者の動きを目で追った。
必殺ボーンを使わずとも、この分ならば追い返せそうな気がする。
しかし真横で「……危険だな」と木ノ下が呟いたので、誰もが彼を怪訝に見やった。
「危険って、何が?」
そう尋ねたのは、マリアだ。
浮かない顔で木ノ下が答える。
「や、調子がいいのは構わないんだけどよ。どうせなら、一気に仕留めた方が面倒にならなくて済むんじゃないか?」
「面倒って――」
さらにマリアが聞き返そうとした瞬間、モニターが激しく白光りし、辺り一面、爆風と閃光で何も見えなくなる。
「なッ、何!?何が起きたの!」
慌てるマリアの腕を引っ張り、亜由美が驚愕の声をあげる。
「み、見てッ!マリアちゃんッ」
言われるままに天井を見上げると、なんとポッカリ穴が開いている。
ガラガラと瓦礫が崩れて落ちてきたので、皆は慌てて飛びずさった。
「野郎ッ、こっちを攻撃してきやがったのか!?」
同じく泡食う木ノ下を制したのは、鉄男だ。
「違う、二匹いるッ!!」
これには全員が「二匹だとォ!?」と大きくハモり、真っ先に我へ返った学長がスタッフへ命じた。
「石倉に退却を命じろ!急ピッチで交代、いくぞッ」
かと思えば、背後を振り返る。
「乃木坂、ヴェネッサ!二人とも行けるな!?」
えっとなってマリアも振り返ってみると、戸口には乃木坂教官と最上級生ヴェネッサの姿があった。
何を何処でどうしていたのやら、二人とも衣類がボロボロに破けており、乃木坂に至っては腕に怪我まで負っている。
「きょ、教官っ!」
メイラが悲鳴をあげた。
「ど、どうしたんですか、その傷は!」と昴が駆け寄ってくるのを手で制し、乃木坂が頷く。
「どうもこうもねーよ。街で突然襲われたんだ、人間のフリをしていやがる来訪者にな」
瞬く間に格納庫内は皆のざわめきで包まれ、誰が何を言っているのかも聞き取れなくなる。
「に、人間のふりッ!?」
「来訪者って、小さくなれるのぉ?」
だが乃木坂の衝撃的な告白にも、一人驚かぬ者がいた。
御劔学長、その人である。
「ここを襲っている奴らとは別口か……まぁ、いい。街に出たんなら、そちらは軍が対処するだろう。我々は、ここを守るので精一杯だ」
軍が駆けつけない理由も、そこにある。
街が襲われている以上、軍が街を優先するのは仕方がないのだ。
『ゼネトロイガー一号機、帰還するッ!』
石倉の声が響き、彼らの駆る機体が走り出す。
その上空に、ほんのチラリと映った影を見つけて鉄男は叫んだ。
「一号機の上空に異物を発見しました!追って下さいッ」
すぐさま御劔が反応する。
「カメラ班、上空を映してくれ!」
果たしてカメラがゼネトロイガーを離れて上空を映し出すと、そこに映ったのは巨大な影。
いやさ、マリア達が街で目撃した、あの巨大物体がラストワンの上空に空中停止しているではないか。
「う、ウッソォ!?」
メイラの悲鳴、そして驚愕、混乱、騒動の中で、ひときわ大きくサイレンが鳴り響く。
誰かが叫んだ。
「ボーンだ!ボーンの発射準備が完了したぞ!!」
――だが、どうする?
上空の巨大物体と、目の前の来訪者。
一体どちらに向けて発射すれば、より効率が良いと言えるのか。
悩んだのも数秒で、すぐに御劔学長は判断を下した。
「水島!照準を上空へ合わせろ!目標、頭上の巨大物体だ!!」
『あんな遠くまで、届くんですか!?』
間髪入れずツユが叫び、身を伸び上がらせる。
その衝撃で『ふァンッ!』とミィオも全身を震わせ、涙に滲んだ双眸で水島のシャツを握りしめた。
『お、お姉様、動いちゃダメ……ッ。わ、私、果ててしまいますわぁ』
『待て待て、果てるのは発射してからだよ、ミィオ!』
ひとまず彼女を宥めておいてから、ツユは再度、空飛ぶ巨大物体へ視線を走らせる。
恐ろしく大きい。長身のツユが大きく伸び上がっても、全身像を掴めないほどだ。
いくら必殺砲といえど、あんな巨大な物体に当てたとして、効果があるのだろうか?
ツユは怪訝に眉を潜めたが、あまり悩んでいる時間はない。
二号機の中核、ミィオは今にも果てそうだ。
御劔とツユの遣り取りに影響されたか、つられ大声で乃木坂もモニターへ向かって喚く。
「剛助、早く戻ってこい!」
しかし彼の焦りほど石倉組の歩みは芳しくなく、一号機は地上の来訪者に足止めをくらっていた。
――このままでは、駄目だ。
ボーンがもし巨大物体に効かなかったら、ここで全てが終わってしまう。
踵を返して走り出した鉄男に気づき、マリアと木ノ下が同時に声をかける。
「鉄男、どこ行くんだ!?」
「ま、待ちなさいよ!ドコ行くつもり!?」
だが待てと言われて待つ相手ではなく、鉄男はダッシュで格納庫を飛び出してゆく。
仕方なく、木ノ下とマリアの二人も後を追いかけた。
鉄男の足は速く、格納庫を抜けたと思ったら、今度は上へ昇る鉄梯子をカンカンと登り始める。
「ど、どこ行く気なのよ、あいつ本気でっ」
息を切らせて喚くマリアへ、「わ、わかんねぇっ」と同じく息を切らせた木ノ下が応える。
判らないが、しかし上へ向かっているのだということだけは、ハッキリ判った。
「この上って、何があんの?」
再びのマリアの問いに、木ノ下はピンとくる。
「わ、わかった!」
「判った!?」
立ち止まりかけるマリアの手を引っぱって、木ノ下の走るスピードが増してゆく。
「屋上だ!屋上へ出るつもりなんだ、奴らの気を惹く為に」
「はぁッ!?屋上!? あいつ、正気なの!?」
マリアが素っ頓狂な悲鳴をあげるのも、無理はない。
屋上は、今まさに巨大物体の攻撃によって爆撃されたばかりではないか。
そんな場所へ飛び出していくなど、自殺行為でしかない。
だが鉄男の足は、まっすぐ屋上へ向かっており、木ノ下とマリアは更に足を速める。
「鉄男、おい待てよ、鉄男ッ!」
「待ちなさいよ、このバカー!」
あと少しで、木ノ下の手が鉄男のシャツを掴む――そんな距離まで達した時。
『いくよ、ミィオ!BOORN発射ァァッ!!』
『あはァンッ!お、お姉様ァ~』
ツユとミィオの声が絡まり、空を見上げた二号機の頭部がチカッと目映い光を放つ。
そこから一直線に光の線が伸びてゆき、前方を飛ぶ巨大物体へと吸い込まれた。
誰もが次の爆発を待って沈黙する中、木ノ下の手を逃れた鉄男は一人、屋上へと飛び出した。
「鉄男ォ!」「鉄男!!」
木ノ下とマリアも後を追いかけようとするが、眩しい光に目を焼かれて立ちすくむ。
一方、格納庫では新たな動揺が広まっていた。
「……爆発、しない……?」
最初に呟いたのは昴で、納得いかないという顔で小首を傾げる。
「外れたのか?」と皆もざわめく中、学長の小さな呟きが亜由美の耳に届いた。
「ち、違う……外れたんじゃない、吸収されたんだ」
その顔は青ざめており、尋常ではない。
つられて不安になった亜由美が「ボーンのエネルギーを吸い取られちゃったってコトですか?」と尋ねると、独り言を聞かれていたと気づいた学長は慌てて前言撤回してきた。
「い、いや……私の勘違いかもしれん。今のは聞かなかったことにしてくれ」と言われても、とてもスルーできる内容ではない。
御劔と同じぐらい、いや、それ以上に青ざめて、亜由美は傍らのマリアへ救いを求める。
だが「ね、ねぇ、どうしよう。マリアちゃ……」と言いかけて、呆然とする。
さっきまで側にいたはずのマリアが、どこにも見あたらない。
いや、いないのはマリアだけじゃない。辻教官と木ノ下教官も行方をくらましていた。
「あ、あれ?マリアちゃん?マリアちゃんは?」
キョロキョロする亜由美へ教えてくれたのは、飛鳥だ。
「マリアなら、辻教官を追いかけて、木ノ下教官と出ていったみたいだけど」
「……え?出ていったの?どこに?」
「格納庫の――」
戸口を振り返る飛鳥、そして亜由美達の耳にも、はっきりと鉄男の声が轟いてきた。
『空から、こそこそ爆撃するだけが貴様等のやり方か!この、卑怯者がッ!!』
外に設置してあるモニターカメラが、彼の姿を映し出す。
鉄男は屋上で仁王立ちしていた。後方には木ノ下とマリアの姿も映っている。
「なっ、なんで屋上に出てんの!?危ないよ!」
仰天する生徒達。
学長も予想外の行動には驚いたが、そこは機転の早い彼のこと、すぐさま二号機へ命令を飛ばす。
「ツユ、聞こえるか!?石倉を早急に撤退させろ、来訪者の進路を妨害するんだ!」
そして同じく一号機へも指示を伝えた。
「石倉、お前は屋上へ近づくんだ!空の物体は気にするなッ、屋上の穴に飛び込んで、ここまで降りてこい!」
スロープや下降用のエレベーターを使わず、直接、格納庫まで落ちてこいと言っているのである。
「危険です!」
当然ながら反対の声がスタッフや教官からもあがり、しかし学長は一歩も退かずに叫び返す。
「時間が惜しい!それに、辻君に危険な時間稼ぎをやらせるわけにはいかんッ」
「辻が飛び出していったのは、奴の判断による勝手な行動だろ!?」と、乃木坂も抗議する。
「あんな奴の為に、ツユを危険にさらそうってんですか!」
学長が、それに対して答えるよりも早く、ゼネトロイガーが二機とも動いた。
一号機は再び全力疾走を始め、行く手を遮ろうとする来訪者の足に二号機が飛びついて転倒させる。
頭部を殴られても蹴りつけられても、水島組の乗る二号機はスッポンの如く離れようとしない。
見る見るうちに頭部の鉄板がひしゃげ、変形していくのを、乃木坂は青ざめた顔で見守った。
畜生、無茶させやがって――
辻も学長も、ツユが無事に戻ってこなかったら、酷い目に遭わせてやる!
屋上へ飛び出した三人は、ずっと上空を睨みつけていた。
鉄男が罵倒しても、巨大物体に動きはない。
すぐさま怒って爆撃してくると思っていたマリアにしてみれば、拍子抜けだ。
もしかしたら、鉄男の声が聞こえていないのかもしれないが。
ゼネトロイガー一号機が、こちらへ向かって疾走してくる。
地上の来訪者を妨害しているのは二号機だ。
タックルの要領で飛びついた後は、されるがままに殴られているが、中の二人は大丈夫だろうか?
ウンともスンとも応答のない巨大物体に対し、鉄男が、もう一度叫んだ。
「降りてこい、卑怯者!それとも、降りて俺達と話をする勇気もないというのか!?」
その背後では、オロオロと木ノ下が止めにかかる。
「お、おい、よせよ鉄男……ホントに降りてきちまったら、どうすんだ」
そこへ『辻、木ノ下、マリア!そこを離れろ!!』と大声が飛んでくる。
この声は石倉だ。一号機の音声を外部に切り換え、直接指示してきた。
「な、なんで、こっち向かって走ってきてんの?降下用スロープって、海沿いにあるんじゃ」
言いかけるマリア、それから鉄男の腕も片手で捉まえ、木ノ下が急いで回れ右する。
「直接ここに飛び込むつもりなんだよ!この穴にっ」
「え、えぇっ?この、穴ぁ?」
屋上に空いた穴を見つめて、マリアは驚いた。
確かに、ここを降りれば一直線で格納庫につくけれど、ゼネトロイガーの脚部は落下の衝撃に堪えられるのか?
――等と危ぶむマリアの腕を引っ張り、木ノ下が走り出した。
「急げ、鉄男も急いで逃げろ!落下に巻き込まれたら、俺達ペッチャンコになっちまうぞ!!」
「放せ木ノ下、俺はまだ言い足りないッ!」
文句を言う鉄男の腕も強引な力で引っ張ると、木ノ下は屋上の扉へ転がり込む。
間一髪。
飛び込むと同時に一号機が屋上へ突っ込んできて、風を切って落ちていく音を体で感じた。
ややあって、物の落ちる衝撃音が建物全体を激しく揺るがす。
その轟音の激しさは、ゼネトロイガーが一番下まで落ちたことを証明していた……