合体戦隊ゼネトロイガー

Prologue

地下シェルターがあったって、人類が全て助かるとは限らない。
ベイクトピアだって、全ての人間がシェルターに入れるわけじゃない。
そう、貧富の差ってやつが、助かる人間を見殺しにしている現状なのさ。
そんな状況が嫌で、俺は研究者の道を選んだ。
ホントなら、親父の会社で社長の椅子が待っていたっていうのにな。
幼い頃から親に決められていた婚約者とも、縁を切ってしまった。
馬鹿な男だよ。
人類の未来の為に、てめぇの人生全てを棒に振っちまったんだから。

――でもな。
研究者になったことを後悔してばかりでも、ないんだぜ?
全てを捨てたかわりに、得たものも多い。

だから俺は、もう振り向かない。

俺は俺なりに自分の使命を、まっとうすることにした。
俺らしい、やり方で。

act1 ヒトガタ

空からの来訪者による空襲が始まったのは、昨日今日の出来事ではない。
対抗手段として人類が巨大ロボットを作り出すまでに、長い年月を要している。
にも関わらず、奴らの生態や思考は今日に至るまで何も判っていない現状だ。
世の研究者や軍人が奴らとコンタクトを取ろうとしてきたが、どれも不発に終わった。
奴らとの間には話し合いも何もない。一方的に空襲を仕掛けてくる。
そして、奴らは驚いたことに『人型』にも変身できると判明した。
ラストワンが空からの来訪者に襲撃された日、乃木坂とヴェネッサは街中で奴らの仲間と接触する。
別に、ヴェネッサは抜け駆けデートをしたのではない。
何しろ誘ったのは、乃木坂なのだから。
軍隊が来訪者の襲撃を予測している場所へ行ってみよう、と持ちかけられたのだ。
彼は軍の通信記録を傍受していた。
通信の盗聴は表向き、重罪ということになっている。
しかし今では殆どの民間施設が内密に行っていると皆、知っていた。
実戦をナマで見ておくのは悪いことではない。ヴェネッサは、そう判断した。
なので乃木坂と二人、こっそりラストワンを抜け出して見物にいったのだ。
そして、人型に遭遇した。

来訪者の撃退が済んだ後、すぐに乃木坂とヴェネッサは学長に呼ばれて研究ルームへ向かう。
御劔学長が個人で所有する、有人陸動機開発用の部屋だ。
部屋には学長の他に、剛助とツユが待機していた。
鉄男と木ノ下、それから後藤の姿はない。
それも当然だろう。
鉄男と木ノ下は一般公募採用の教員だし、後藤もゼネトロイガーの開発には関わっていない。
乃木坂とツユと剛助の三人は、御劔が学長になる前からの長いつきあいにして配下の研究員であった。
御劔が何故、唐突に研究者の身分を捨てて教育界へ転向したのかは乃木坂にも判らない。
しかし彼の推奨する感情機動の有人機案は乃木坂にとっても興味深く、それを教育でどのように扱うのかにも関心があった。
なので学校を作ると聞かされた時は、真っ先に教員を志願した。
結果として、研究者をやっていた頃よりも優遇された環境が待っていた。
すなわち、ハーレム。
ピッチピチの若い女子に囲まれて、教官と持て囃される毎日が乃木坂を待っていたのである。
「乃木坂、モンドロイ両名、只今戻りました」
扉をノックしてから入ると、笑顔の学長に出迎えられる。
「ご苦労様。さっそくだが、君達が街で出会ったという人型についての情報を提供してもらいたい」
「人型……?」と首を傾げたのは、同行していたヴェネッサだ。
「学長は、あれが何者か、ご存じなのですか」
乃木坂の反応はクールで、ふぅっと溜息を漏らすと肩をすくめる真似をする。
「……またやったんですね?オエライさんの電波受信」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。たまたま聞こえてしまったんだよ、電波が混線していてね」
屈託なく笑い、御劔は国家通信の盗聴を認めた。
「君達が出会った来訪者の地上襲撃は軍隊も予想していたものだった。ただ、その人数までは軍も把握できていなかったようだがね」
ツユも剛助も既に学長から、ある程度は聞かされているのか真面目に頷いた。
「軍隊と激突したのは三人……いえ、三匹だったって話よ、勇一」とツユが言い、目を伏せる。
「アンタ達と違って、向こうは大打撃を受けたみたいね。戦車隊は全滅、有人機も二体オシャカにされた」
「俺達は……運が良かったんだ」
あの時を思い出し、乃木坂は体を震わせる。
そうだ、運が良かったのだ。相手が逃げる二人を見逃してくれたから。
「何が起きたのか、何に遭遇したのか。詳しく話してくれるね?」
御劔に促され、乃木坂は頷いた。


軍隊が来訪者の襲撃を予測している――
電波傍受で、それを知った乃木坂はヴェネッサを誘い見物に向かう。
戦闘する気はなく、全くの野次馬根性であった。
実戦の緊張をヴェネッサに見せてやりたい。それぐらいの軽い気持ちだった。
学校前の停留所で列車に乗り、終点で降りる。
更に中央街へ向かう切符を買って乗り継ぎ列車の停留所に立った時、ヴェネッサが先に、それを見つけた。
「――あら?あの子……」
「ん、どうした?ヴェネッサ」
彼女の視線を辿って乃木坂も見やる。
向かい側の停留所に、少女が一人立っていた。
普通の少女なら、ヴェネッサも気にしなかっただろう。
少女は白い帽子をかぶり、白いパラソルを差していた。
足下には異常に大きい鞄が三つ。
いつ空襲があるやもしれぬ日常で、大荷物を抱えているとは珍しい。
疎開してきたばかりか?
だが、少女には垢抜けない雰囲気など全くない。
ベイクトピアの洗練された衣服を身に纏い、早く列車がこないかと道路の先を眺めている。
耳元へ緩やかにかかる髪の毛は金色に輝いている。
ベイクトピアでは、さほど珍しくもない金髪だ。
「珍しいですわね。この時期に旅行でもするおつもりかしら?」
「まさか」と乃木坂は笑って答え、手を振った。
「今のご時世、のんきに旅行する奴なんて、この国にゃいないだろ」
クロウズやニケアとは違うのだ。
ベイクトピアは、最も来訪者に狙われやすい大都市である。
毎日空襲があるわけではないにしろ、爆弾の落ちてくる頻度は他国と比べものにならないほど高い。
たまの休みに外へ出る程度なら平気だが、長期に渡って見知らぬ場所をうろうろするなど自殺行為だ。
ベイクトピアの各地に設置されているシェルターは、誰もが自由に入れるわけではない。
事前に契約を必要とする。契約のない場所は当然立ち入り禁止だ。
気になるのか、ヴェネッサは少女を眺めている。
そのうちに少女のほうでも気づいたか、こちらへ向かって手を振ってよこしてきたので、乃木坂も振り返す。
ヴェネッサが声をかけた。
「ご旅行ですか?」
「えっ」と驚いた少女が、くすくすと苦笑する。
「いいえ、とんでもありませんわ。そう見えましたか?私」
「はい。だって、とても大きなお荷物ですもの。てっきり、どこかへご旅行なさるのかとばかり」
そう言って、ヴェネッサも微笑む。
「旅行ではありませんが……そうですね、見物へ」
「見物?」
反対車線に列車が来た。
だが少女は乗らずにやり過ごすと、ヴェネッサへ答える。
「えぇ。この先に、とても優れて変わった兵器があると友人から教わりましたの」
兵器見物とは穏やかではない。
しかも反対車線はパイロット養成学校が何校かある程度で、他にあるのは民間人の家と田畑ぐらいなものだ。
この少女の目的が、養成学校所有のロボットにあるのは明確だった。
彼女は「変わった兵器」と言った。だとすれば、目的はラストワンではなかろうか。
充実した設計スペースと優秀な開発者、そして開発に必要な資金を持っているのはラストワンだけだ。
「へぇ〜、そんなものがあるんですか!その噂、ご友人は何処でお聞きになられたんですか?」
そろりと乃木坂が切り出してみる。
少女は笑みを崩さずに答えた。
「レッセが、あぁ、レッセというのは、その友人ですけれど、彼が見たというんです」
「見た……?実物を、ですか?」
ゼネトロイガーが外に出たのは、これまでに一回しかない。
奇襲を受けた時、周辺に民間人がいたという報告は受けていない。
だが、スタッフが見落としたとも考えられる。あの時は全員がパニックに陥っていたのだ。
「えぇ。それで私、とても興味を持ちましたのよ」
涼やかに笑う少女へ、ヴェネッサがぽつりとやり返す。
「兵器に興味を持つなんて、変わった趣味ですこと」
「あら、そうでしょうか?」
「えぇ、あなたぐらいの年齢の女性にしては変わっていますね」と乃木坂も話を併せる。
中央街行きの列車が来た。
しかし、今は彼女が気になって乗るに乗れない。
この怪しげな少女はラストワンのある方面へ向かおうとしている。
しかも、目的はゼネトロイガー見物だ。
あの機体は、まだ民間レベルで噂が広まっていいものではない。
「やめたほうが宜しいのではなくて?」
やんわりと止めるヴェネッサに、しかし少女も退かずに聞き返す。
「あら、どうしてですの?変わったものがある、それに興味を持ってはいけなくて?」
「見にいっても、恐らく見せては貰えませんよ。勘ですがね」
列車が通り過ぎた後、少女が小さく囁く。
「……本当に、勘、なのでしょうか」
彼女の顔からは、完全に笑みが消えていた。
よく聞こえなくて「えっ?」と聞き返したヴェネッサが次の瞬間、見たものは、大きな鞄を突き破り、飛び出してきた三体の影。
そのうちの一体が自分に向かって襲いかかってくるのを、寸前で乃木坂が地面へ叩き落とした。
黒い影は地面で一回バウンドして、くるりと空中で体勢を立て直すと綺麗に着地する。
ゲッゲッゲッと耳障りな泣き声を発し、少女の周りに集まった。
「なっ……なんですの、それは!?」
三体の生き物は、どれも少女の腰ぐらいまでの大きさしかなく、皆、四つんばいで此方を見ている。
いびつな頭は髪の毛が一本も生えていない。
目のある部分には黒い空洞がぽっかりと空いており、その下に鼻とおぼしき穴が二つ、口は耳元まで裂けていた。
何より、肌が緑色をしている。どう見ても人間ではない。
加えて言うなら、他のどんな動物にも当てはまらない容姿だ。
「あなた方は、その兵器にお詳しい人間のようですわねぇ?案内して頂こうかしら」
「お前、何者だッ!?」
乃木坂の誰何に薄く笑うと、少女は名乗りを上げた。
「シャンメイと申します。もっとも、あなた方には『空からの来訪者』――とでも名乗りあげた方が宜しいでしょうか?」


「それで、三体の生き物と戦ったのか」と尋ねる学長へ頷くと、乃木坂は肩をすくめた。
「どうやって生き延びられたのか自分でも判らないぐらいですよ。圧倒的な強さでした」
「シャンメイは、どうして勇一達を見逃したのかしらね」
首を傾げるツユには、ヴェネッサが憶測で答える。
「恐らく……私達を泳がすつもりだったのではないかと」
「じゃあ、後をつけられたってのか?それで、あの時ラストワンが襲われた!?」
乃木坂の予想に、すかさず剛助が突っ込みを入れる。
「いや、それだと順番がおかしい。ラストワンが襲撃されたのは、お前達が帰ってくるよりも先だ」
「それじゃ先回りして……あぁ、いや、それは無理か」
言いかけて即打ち消すと、乃木坂は頭を抱える。
「それよりも驚くべきは、人型が我々の言語を理解していた点だろう」
御劔が言い、嘆息する。
「言語を理解していながら、コンタクトを無視していたってわけだ。彼らには明確な攻撃の意思がある。何故だろうね?我々は彼らに何もしていないというのに」
「そんな事は学者が考えればいいんですよ、生物学や空想学の連中がね」
ナンセンスとばかりに否定したツユが、続けて言った。
「ゼネトロイガーの情報が漏れている。我々が心配しなきゃいけないのは、こっちだと思いますよ」
「その情報漏れなんだが」と学長は咳払いを一つしてから、受け応える。
「最初の来訪者が情報を持ち帰ったとは考えられないかね?」
「えっ?で、でも一番最初の襲撃では、私達が跡形もなく倒したはずです!」
ゼネトロイガーの奥の手ボーンにより、来訪者は光と共に四散した。
やつが粉々に砕け散る様を、あの場にいた全員が目撃している。
狼狽えるヴェネッサを手で制し、尚も御劔は続けた。
「最初の奴が持ち帰ったというのは正しくないな、訂正しよう。正確には、最初の奴が死ぬ間際に他の仲間へ伝えたのではないか……と、私は考えているんだ」
「あぁ、なるほど。それで」と乃木坂が頷く。
「レッセが見た、に続くんですかね」
「いや、それならばレッセが聞いた、というのではないか?」と混ぜっ返してきたのは、剛助だ。
「レッセとやらが何者なのかを調べる術はありません。ですが、これは警告とも言えます。ゼネトロイガーへ対する」
「というと?」
御劔に促され、剛助が断言する。
「奴らを粉々にしても、死亡したとは限らないという事です」
「つまりボーンを強化ないし改良しろと、君は進言したいんだね」
剛助が「はい」と頷いた。
学長は、おもむろにテーブルの上に設計図を広げる。
「どのみち大破した機体の替わりを早急に組み立てる必要がある。この際、思い切って大改良といこうじゃないか」
「具体的には、どこを?ボーンの他に、ですが」と、これはツユの質問に。
御劔は顎に手をやり、もう片方の手で設計図を指さした。
「足まわりと関節部の強化、それから装甲も分厚くしておくか。その分スピードは落ちるけど、どうもゼネトロイガーは奴らの攻撃に対して脆いようだからね」
口々に判りましただの了解だのと頷く部下を満足げに見渡していた御劔だが、「あぁ、そうそう」と思い出したように付け足した。
「新型機は感度と反射速度も上げておこう。それと、そろそろアレの実験ができるかもしれない」
「アレ、と申しますと……?」
首を傾げる乃木坂へ片目をつぶって微笑むと、長は、くるくると設計図を丸めて仕舞いこんだ。
「シークエンスの発動モジュールだ。我々は可能性が少しでもある限り、常に挑戦していかねばならない。人類の未来の為に……ね」