メイラのお誕生日
誕生日。それは年に一度、自分が主役になれる特別なパーティだ。
主役なんてのは本来、メイラの柄じゃない。
けれど、なれるなら中心に立ちたい願望ぐらいは人並みに持ち合わせている。
祝ってほしい人は決まっていた。祝ってほしい方法も。
夜食の時間帯、本来聴こえてくるはずのないヒーロー戦隊のテーマソングが大音量で流れ出す。
「えっ?何?」と驚く少年少女たちの前に「ウキッキー!時は世紀末、俺は女の子狩り部隊隊長のキーノシターだ!」とノリノリな台詞で姿を現したのは木ノ下だ。
椅子に腰掛けた子供たちへ向けて、手を差し出す真似をする。
「か〜わい〜い、ギャルが、いっぱいだァ!それっ!者共、掛れェ〜い!」
号令と同時に食堂へ飛び込んできたツユと剛助が、手前の女子を無造作に捕まえた。
何がなんだか分からないまでも、何かが始まったんだと察して、子供たちがキャッキャと喜ぶ中。
「あー。なんであたしがサルの部下扱いなのよ」と素で愚痴る同僚には、剛助の叱咤が飛ぶ。
「コラ、地に戻るんじゃない。これも遠埜の為だ、我慢しろ」
――なんで、このようなチープなお遊戯が唐突に始まったのか。
全てはメイラ本人至っての要求だ。
誕生会はヒーローもの調演劇で祝ってほしいと可愛くお願いされたんじゃ、お調子者の乃木坂が断れるはずもなく、彼の指導の元、配役を決められてのゲリラ演劇が始まったのであった。
絶対に嫌だと突っぱねて、演劇への出演を回避した鉄男は白けた面持ちで茶番劇を眺める傍ら、本日の主役メイラにも目をやった。
彼女は中央の列に座っていたが、そこまで入っていった剛助がメイラの腕を掴んで立ち上がらせる。
「キーノシター様、ここに抜群可愛いギャルがいたぞ、ウッホウホホ!」
「ウキャッキャー!でかしたぞ、怪人ゴスケー」
なんでか剛助はゴリラ語だし、木ノ下はサル語だ。配役に悪意を感じる。
「最高に可愛いじゃないですか。こりゃ今夜の晩飯にもってこいですね」
ツユに、くいっと顎を持ち上げられて、メイラが思いっきり芝居がかった悲鳴をあげる。
「キャーッ、誰かぁ〜助ぅけてぇぇ〜!」
ツユだけ何のキャラ付けもされていないのは、親友としての忖度か。
つくづく出演拒否してよかったと鉄男が考えているうちに、ヒーローが颯爽と食堂へ躍り出た。
真っ赤なマントを身に着けて、顔には黒の羽仮面。頭にシルクハットと、統一性のない格好で。
「ハッハッハ!平穏な食堂の場を乱す悪党どもめ、この乃木坂仮面が成敗してくれるッ。とぉっ!」
せっかく仮面をつけているのに、乃木坂と名乗っているんじゃ意味がない。
だが、そこは大した問題ではないのだろう。演出を頼んだメイラ的に。
目の前では勢いよく回し蹴りを叩き込まれて、「ぐはっ!?」と本気の悲鳴をあげる木ノ下がいる。
「ちょ、ちょっと、台本と違うじゃないですか。酷いですよ、マジ蹴りするとか」
慌てる木ノ下と反して周りの子供たちは「いいぞ、もっとやれ乃木坂仮面〜!」と煽りに煽って、超ノリノリ。
ゲリラ演劇はメイラ以外にも受け入れられたようで、やはりパイロットを志願するだけあって、どの子も勧善懲悪が好きと見える。
「ゴッホゴホ!キーノシター様をお守りするのは、この怪人ゴスケーが」と拳を握りしめて乃木坂に襲いかかった剛助は、拳が入る直前でツユにズボンを引きずり降ろされて転倒した。
「あ〜っと、ごめーん!うっかり躓いちゃった☆」
ツユは些かわざとらしく甲高い声を張り上げると、子供たち目掛けてお茶目にウィンクしてみせる。
途端に場はキャーキャー大歓声に包まれた。
「やだー、水島教官がカワイク見える!」
「かっわい〜い!あんな教官、ラストワンにいたんだ!」
今のはナイスフォローだったと、鉄男は安堵の溜息をもらす。
ここでゴリラ怪人が乃木坂をノックダウンしてしまったら、芝居がめちゃくちゃになってしまう。
アドリブを入れるのは正義側だけで充分だ。
「さぁ、今のうちに逃げるとしよう。可愛いお嬢さん」
超至近距離で乃木坂に顎クイッされたメイラはポヤァと頬を赤らめる。
「は、はい」と演技を忘れて、うわずった返事をする暇もなく、ひょいっとお姫様抱っこされて「ひゃあ!」と素で驚いた。
顎クイまではあったけれど、お姫様抱っこするなんてのは台本に書いていなかった。
本番でアドリブ多発とは、さすが私の王子様。
「あ〜!待てー、逃がすかウッキャキャ!」と叫ぶ木ノ下や「ウホホホ、ゴリ!」と意味不明なゴリ台詞を宣いながらズボンを履き直す剛助の横を走り抜けて、乃木坂は高らかに「では、さらばだ諸君!よい夕餉を」と言い残してメイラと共に去っていき、唐突に始まったゲリラ演劇は唐突に幕を閉じる。
巻き込まれた他の候補性は、続けて去っていく木ノ下や剛助、ツユ達にも「ブラヴォー!」と歓声を送り、しばらくは今見たばかりの小芝居への話題で騒ぎが収まりそうもなかった。
教官室まで戻ってくるや否や、木ノ下が大きく息を吐き出す。
「いや〜、もう、こんな冷や汗かいたの初めてですよ、誰かの誕生日で!」
「けどメイちゃんが楽しかったんなら、いいじゃない。どうだった?あたしらの演技は」
ツユに尋ねられたメイラは、満面の笑顔で答える。
「すっごく良かったです!アドリブもいっぱいあって面白かったです、ありがとうございますっ」
「いや、でもホントにこんなプレゼントで良かったのか?」と乃木坂にも尋ねられて、頬を紅潮させたメイラは頷く。
「こういうプレゼント、一度もらってみたかったんです……まさか本当にやってくれるとは思ってもみませんでした」
それもそうだろう。こんな大掛かりなプレゼント、複数の協力なしでは実行できまい。
メイラは教官室をぐるっと見渡して、ぽつりと呟く。
「……辻教官が出てくれなかったのは、残念でしたけど」
「あー、あいつぁ付き合い悪いんだ。何度俺が頭を下げても頑として拒否しやがって……ごめんな、メイちゃん」
メイラは、すぐに「あ、いいんです」と手をパタパタ振って乃木坂の謝罪を受け流す。
「こんな無茶ぶりに答えてくれる人が私の担任で良かったって、今日、とても感動しましたから!」
確かに。メイラの興奮を聞きながら、ツユと剛助と木ノ下は密かに同感した。
自分の受け持ち生徒に同じ真似を頼まれたとして、乃木坂と同じ反応ができるかどうかは三人とも疑わしい。
多分嫌だと突っぱねて、それっきりになるだろう。受け持ち生徒の喜びより、自分のプライド最優先だ。
そんな三人が何故乃木坂に協力したかというと、ツユは親友のやることなら何でも見てみたかったし、剛助はスパークラン教官との強制飲み会の代行を乃木坂に頼めたし、木ノ下は乃木坂に来月分の足りないお金を借してもらう約束だ。
「そんじゃ改めて十六歳、おめでとうメイちゃん!」
乃木坂の号令で一斉にパチパチ拍手が鳴り響く中、ガラッと扉を開けて入ってきた奴がいる。
誰かと思えば鉄男で、片手にケーキの乗った盆を持ってきた。
「遠埜、俺からも誕生日祝いだ。受け取ってくれ」
「なんだよ、ケーキ用意するぐらいなら演劇にも出ろっつーの!」
即座に乃木坂からはブーイングが飛んできたが、当のメイラは不機嫌に返したりせず、笑顔で鉄男のケーキを受け取った。
「ありがとうございます。でも、辻教官の悪役も見てみたかったですよ?」
「……勘弁してくれ」と顔をそむけて恥ずかしがる鉄男は、乃木坂ナンバーワンなメイラが見ても初々しくて可愛い。
まぁケーキに免じて、このへんで弄るのを勘弁してあげよう。
鉄男の悪役というのも正直な処、イメージと合わないんじゃないかとメイラには思えたので。
「辻教官も一緒に食べませんか?夕飯、まだでしたら」と誘って木ノ下の隣へ誘導すると、メイラはコップに並々ジュースを注ぐ。
今日の夕飯は、乃木坂が用意してくれた出来合いのパーティセットだ。
「よっしゃ、カンパーイ!」「かんぱーい!」
ラストワンの教官に囲まれて今日一日だけの特別感に包まれながら、メイラは誕生日を満喫したのであった。