相模原のお誕生日
佐貫 飛鳥は、その日、少々不機嫌になっていた。クラスメイトの相模原が今日は誕生日だというから、盛大にパーティーを開いて祝ってやろうと思っていたのに、本人に断られてしまったのだ。
なんでも、『好きな人と二人っきりで祝いたい』んだそうだ。
好きな人ったって、彼女の好きな相手は全員片想いじゃないか。
どうせ玉砕するんだから、素直に友達に祝われておけっての。
要は友人よりも男を選んだ彼女に憤慨して、不機嫌になっているのであった。
そんなクラスメイトの些細な怒りなど、相模原自身は知ったこっちゃなく。
まずは第一候補の鉄男を求めて放課後の寮を彷徨っていた。
真っ先に部屋へ突撃するも彼は留守、さては食堂かとアタリをつけても空振り、お風呂タイムかと考えて小一時間待ったが、戻ってくる気配がない。
どんな用事があれど就寝時間までには必ず教官寮に戻ってくるはずなのに、一向に戻ってこないのは変だ。
「キィー!辻教官は、どこ行っちゃったのー!?」
廊下で騒いでいると、ガチャッと隣のドアが開いてスパークランの教官が顔を出す。
「おい、うるさいぞ。って、君はラストワンの生徒か。駄目じゃないか、女子が夜遅くまで、こんな場所をウロウロしていちゃ」
「あのぉ〜。辻教官は、どちらへおでかけかご存知ですかぁ?」
コビッコビに媚びた上目遣いで尋ねる相模原に、教官は少々考えてから答えた。
「あぁ……もしかしたら、アレかもしれないな。ランドルク教官が飲み会をやるってんで、ラストワンの教官を何人か連れて行ったんだ」
週末でもないのに外へ飲みに行った教官がいるようだ。
そこへ廊下を歩いてきた別の教官が口を挟んでくる。
「飲み会は中止になったよ。御劔氏に止められてね」
「あー、帰りが深夜にかかるから無理だって?」
「そうそう。真面目だよなー。少しぐらい遅れても、っと」
やっと相模原に気づいたのか、口を滑らせかけた教官は口元を抑える。
エリート校だから教官もエリートばかりかと思っていたが、案外そうでもないらしい。
最初の話し相手だった教官は天井を仰ぎ、相模原へ向き直った。
「なら、誘われた連中も部屋へ戻ってくるだろう。だが君、生徒はもうすぐ就寝時間だ。部屋へ戻りなさい」
「少しぐらい遅れてもいいんじゃないんですかぁ〜?」とカワイコぶっても、彼らには通用しない。
いや、これが亜由美やメイラだったら、彼らもグラッときたかもしれないが、やったのは相模原だ。
ぽっちゃりを通り越した超肥満体に、ねちっと微笑まれたって、下心が動きようはずもない。
「俺たち教官は、な。だが、生徒は明日も授業がある。寝坊して授業を受けられなくなったら困るだろ?」
野良犬を追い払うが如くの仕草で追い払われてしまった相模原は、次のターゲットへ切り替える。
早く寝ろと言われたって、実際の就寝時間までには一時間ほど早い。
先ほどの教官の話だと、御劔学長は玄関付近にいると思われる。彼を探そう。
廊下を走って、急いで玄関へ駆けつけた。
――彼女にしては、だが。
しかし、すでに玄関先には人影一つなく、徒労に終わった。
「キィー!なんなのよぉ、私が到着するまで待ってくれたっていいじゃない!!」
地団駄を踏む彼女へ話しかけたのは、木ノ下だ。
「相模原、こんなところで何やっているんだ?今日は、お前の誕生日じゃなかったっけ。おめでとう、十七歳」
担当じゃないのに何故か、こちらの誕生日を知っている。飛鳥辺りが教えたのだろうか。
だが、祝ってほしいのは彼じゃない。鉄男or御劔or乃木坂だ。
そうだ、乃木坂教官は何処だ?彼も探さないと。
キョロキョロ挙動不審に周辺を見渡す相模原に、木ノ下が声をかけてくる。
「誰か探してんのか?けど、こんな時間だ、今日は誰も外出していないぞ。週末なら、ともかくな」
中止になった飲み会の話、彼には伝わっていなかったのか。
いや、それよりも。
「木ノ下教官、辻教官は何処ですか!」
鬼気迫る相模原の様子に押されたか、一歩引いてから木ノ下が答える。
「い、いや、知らねぇ。さっきまで一緒に風呂に入っていたけどよ、そこからは別行動で」
「ウソじゃないでしょうね!?」
「嘘じゃないって。つぅか、お前相手に嘘つくわけないだろ、この俺が」
割と大雑把な教官が多いラストワンにおいて、木ノ下は誠実な男だ。
生徒に嘘をつくような奴じゃない。
普段なら、相模原も判っている。
探し人が一人も見つからなくてイライラするあまり、つい八つ当たりしてしまった。
「す、すみません。つい」
「あぁ、誕生日は今日中だもんな。祝ってほしいんだろ?鉄男に。なら、俺も一緒に探すよ」
今も笑顔で探索協力を申し出てくれて、本当に申し訳ない。
じゃあ俺はコッチを探すからと木ノ下は学舎方面へ駆けていき、相模原は教官寮へUターン。
地響きを立てる勢いで廊下を走って、乃木坂教官、御劔学長、辻教官の部屋を順繰りにノックして回ったが、どれも返事がない。
腕時計を見ると、針は十一時五十七分を指していた。
候補生の就寝時間を、ぶっちぎりで過ぎている。あと数分で今日が終わってしまう。
「あんぎゃー!どうして三人とも部屋にいないのよー!んぎゃあぁぁぁー!」
「廊下で騒いでいるのは誰だ、うるさいぞ!って、あぁ、また君か!部屋に戻って寝なさいと言っただろう!」
また辻教官の隣の部屋に住む教官に怒られたって、相模原の涙は止まらない。
「うおぉぉーん!辻教官ー!乃木坂教官、御劔学長でもいいけどー!お誕生日おめでとうって、ホッペにキスしてくれたっていいじゃないのよー!うわぁぁーん!」
世迷い言を叫ぶ少女には、どう対処したらいいのやら、スパークランの教官も眉をひそめるばかり。
管理人に連絡して引き取ってもらおうかと考えた辺りで、廊下を歩いてくる人影に気づいた。
「あっ、ラフラス教官。いいところへ」
「どうしたんだい?」と応えたデュランは、背中に誰かをおぶっている。
よくよく顔を眺めてみれば、背負われているのは辻教官ではないか。
「どうしたんです、そちらこそ?」と聞き返す同僚へ、デュランが片目をつぶって答えた。
「うん。俺の部屋に引っ張り込んで飲んでいたんだが、途中で夢の中に入ってしまってね。俺の部屋で寝かせるのもオツだが、朝起きた時に誤解が生じるのは良くない。従って、部屋まで送り届けようと背負ってきたところだよ」
鉄男を拉致していたのは、デュランだった。
考えてみれば、真っ先に疑うべき相手だったとも言えよう。
「デュラン教官、酷いですぅー!そっちに辻教官がいるならいるで、どうして教えてくれなかったんですか!?」と相模原がデュランに掴みかかった時、カチッと時計の針が動いて午前零時を告げた。
「あぁ、もうこんな時間だ……ほら、君。早く生徒寮へ戻りなさい」
終わってしまった。
今年の誕生日が――
その夜、スパークランの教官は泣きわめく相模原を宥めすかして生徒寮まで連れていくのに、大層難儀した――