Infallible Scope

act1

仕事のない日は一番退屈だ。
趣味がある奴はいい。一日中、そればかりやっていればいいのだから。
表通りをアテもなく歩き回るのにも疲れたルクは、溜息をつく。
傭兵と言ったって、年がら年中戦っているわけじゃない。
彼の所属するチームも今は暇で、皆バラバラに休暇を過ごしていた。
ハリィ大佐は今頃、ボブ軍曹と一緒にいるのだろうか。
二人とも釣りが好きだから。
糸のついた棒を水に垂らして、あんなの何が面白いんだ。
カズスンとジョージ、それからモリスは小旅行に出かけると言っていた。
あの三人は、いつも一緒に行動している。
スクール時代からの友人だという話だ。
若い頃からずっと一緒だなんて、飽きちゃったりしないんだろうか。
カチュアは、お稽古事を幾つも学んでいる。
今はフラワーアレンジメントが楽しくて仕方がないそうだ。
花嫁修業と言っていたような気もするが、男なのに何処へ嫁ぐつもりなのやら。
バージニアも休暇中は連絡が取れない。
あの先輩の事だから、どこかの飲み屋に入り浸って女性をナンパしているのかも。
最後にレピアだが、彼女も休暇は忙しい。
理由は大体バージニアと同じで、ナンパだ。年上漁りというやつである。
いつもはハリィ一筋なんて言っているくせに、意外と浮気性だ。
ルクには、これといった趣味がない。
だからいつも、休暇の時間の潰し方には手を焼いていた――

『仕事だ、ルク。今から出られるか?』
通信を寄こしてきたのは、バージニアであった。
通称バージ、ルクから見れば先輩にあたる傭兵でもある。
「はい。で、今度はどんな依頼なんです」
やっと退屈な休暇を抜けられる。
それだけでルクはもう、ワクワク気分だ。
『聞いて驚けよ、亜人の島のドラゴンたちを助けるってんだ』
「ドラゴン達を?」
詳しく話を聞いてみれば、ハリィ大佐が拾ってきた依頼だと言う。
亜人の島に何にでも乗り移れ、何にでも変身できる怪物が出現したらしい。
しかも異世界人まで関わっているというのだから、二重に驚きだ。
「設定盛りすぎじゃないスかね」
ルクは思わず素直な感想をもらし、バージには苦笑された。
『俺も驚いたよ、また王宮未確認の異世界人と関わっている点に。ハリィさんって、よっぽど異世界との縁が強いのかな』
――以前にも、異世界からやってきた者達と関わったことがある。
あの時は未曾有の大混乱がワールドプリズを襲ったのだが、彼らの手を借りて魔を撃退できたのだ。
あの事件を思い出すと恥ずかしさで居たたまれなくなるので、ルクは思い出すのをやめた。
『俺達にはまだ指示が出ていないんだが、ハリィさんはカチュアを呼びに行くと言っていた。そのうち、お呼びがかかるだろうから今のうちに予定なんかあったらキャンセルしといてくれよ?』
ルクは即答した。
「あぁ、それなら大丈夫です。何も予定が入ってないんで」
この通信が単なる連絡事項であった事に、軽く失望してもいた。
バージの言い分だと彼はまだ、ハリィとは合流していないようだ。
一緒にいないのでは、待機だけで終わる可能性も充分ある。
だが『それで』とバージの話は、まだ続いていたようで。
『一応、俺とお前で一緒に行動していたほうが、招集しやすいんじゃないかと思ってな。今から出られるか、と聞いたのは、そういうことだ』
「あぁ、なるほど。判りました、今からそっち行きます」
またも即答し、ルクは荷物をまとめた。


実際に仕事が入ったのは残念ながらハリィの呼び出しではなく、バージの番号に直接入ってきた別件の依頼であった。
仲間が一人、誘拐されたので助けて欲しい。
そういった内容だ。
傭兵は民間人の仕事を引き受けることも多々ある。
しかし依頼してきたのは、ただの民間人ではなかった。
「驚きだな、たった一回会っただけなのに信頼されていたんだ」
そう言って、バージが笑う。
首都で出会った見知らぬ旅人に、ここで出会ったのも何かの縁と番号を教えた。
たったそれだけなのに依頼が来たというのだから、ルクも驚いた。
「しかも、驚けよ。相手はハリィさんの言ってた異世界人だぜ」
「なんで首都にいたんですかね、最初」
「さぁなぁ。俺が見つけた時は、びちょ濡れだったけど。だから海で遭難した旅行者なのかな?って思ったんだ、最初」
話している間に、用意が出来た。
トラップ道具と鍵あけ道具、それから銃の予備弾をバッグに詰める。
ライフルの入った筒を背負い、バージが確認を取ってきた。
「途中で軍曹とレピアも拾っていくぞ。場所はラムアージだ」
珍しく、バージにチャラけた様子はない。
美少女が誘拐されたというので、張り切っているのだろう。
あわよくば彼女のハートを独り占めにしたい欲望が、あるに違いない。
「大佐に協力、仰がないんスか?」
一応確認のためルクは尋ねてみたが、バージは渋い表情で腕を組む。
「それがなぁ、さっきからコールしてるんだけど全然出ないんだよ。カチュアの説得に手こずってんのかもな」
誘拐事件は一刻を争う依頼なので、ハリィを捕まえる暇はないかもしれない。
と、バージに言われてルクも立ち上がった。


⍙(Top)