十月三十一日は、ハロウィンの日。
今でこそ知名度は上がってきているものの、日本では、まだマイナーなお祭りである。
仮装した子供達が夜のご家庭を訪問し、お菓子をせしめる。
……という、子供が主役のお祭りだからなのかもしれない。
俺が子供の頃にも流行っていたらなぁ。
そんなことを考えながら、オレンジ色に染まった売り場を、須藤が見渡していると。
「せやけど、何も忠実にルールを守る必要なんかあらへんやん。なっ?」
傍らを歩く同僚が勝手な御託を、ほざき始めた。
警察官でありながら、天下無双の忘れ物キング。それが、この男。柳充である。
黙って立っていればイケメンなのに、一言話し出すと、おかしな方言が飛び出してくる。
聞けば、関西の生まれだという。
にしたって、関西弁とも京都弁とも違う方言だと須藤の耳は捉えたのだが。
「なら、大人のお祭りにでもしようってのか?」
「そや。トリック・オア・トリートやのぅて、エロス・オア・トリートやな!」
往来でするような会話ではない。
「え……えろ、すって、誰に何をするつもりだよ?」
耳まで真っ赤な須藤が問うと、うーんと柳は空を見上げて考え込む。
「内木はんは、おっかないからアカンやろな……そやな、やっぱ長田はん?」
「なっ!駄目だ!!長田さんに、これ以上迷惑をかけるなんて絶対許さないぞ!!」
須藤のあまりの剣幕に柳は、ささーっと売り場の中へ逃げ込み、棚の影から覗き込む真似をする。
「な〜んで、そないなまでに怒りよるんや。これは祭り、お祭りやで?」
「だっ、大体!長田さんは男だぞっ。お、男相手にエロスもへったくれもないだろ」
ぷんぷん怒る須藤と反比例して、柳はどこまでも冷静だ。
「あ〜。真ちゃんのアカンとこは、空想力がないトコやな」
「空想力ぅ?」
「そや。男があかんのやったら、女にすりゃ〜えぇやないかい」
「そ、それって……」
ごくり、と須藤の喉が鳴る。さも当たり前や、と言わんばかりに柳が頷いた。
「長田はんに女装さすんや。魔女コスやな!きっと似合うで〜」
男同士ならセクハラにならないし、お祭りの悪ノリだと説明すれば、彼なら、きっと許してくれるだろう。
なに、エロスったって本当にナニするつもりはない。
飲み会で男同士がチューするような、そんな軽いノリだ。
須藤の杞憂と反して、長田の反応は実にシンプルで。
「魔女……魔女ねぇ、まぁ、構わないけど」
魔女コス持参で現われた柳に対しても、あっさりOKを出して、割り当てられた更衣室へと消えていった。
却って須藤のほうがキョドり気味に「女装に抵抗、ないのかな……?」と呟けば、早くもドラキュラの仮装に身を包んだ柳が肩をすくめた。
「もっと嫌ごうてくれると期待しとったんやけど、拍子抜けたわ」
「嫌がるのを期待って、お前、何考えて……!!」
再び怒りが急上昇する須藤にも仮装をポンと手渡して、柳はニッコリ。
「ま、えぇから。真ちゃんも着替えてきぃや」
「お、お前なぁっ!」
「ほれほれ、はよせんと、長田はんと一緒に会場行かれへんで」
今回のハロウィンパーティーの主催は田沼さんで、一課や科捜研の一部も招待したらしい。
急に思いついた突発企画の割には、手回しがいい。
もう、須藤は呆れるやら感心するやら。
更衣室に入って衣装の包みを解くと、中からぼろぼろとトイレットペーパーが落ちてきた。
「……なんだ、これ?」
同梱の紙には、こう書いてある。
【これでミイラ男になったりぃや^^v】
「みっ、ミイラ男って……!トイレットペーパーが勿体ないだろぉぉぉっ!!」
やり場のない怒りを、思わずロッカーにぶつける須藤であった。
トイレットペーパーを体中にグルグル巻きした須藤がパーティ会場へ足を踏み入れると、すでに中は熱気ムンムン。
元が誰だか判らないような仮装だらけで、ごった返していた。
「――あっ」
その中でも、ひときわ目立つのが魔女コスの長田だ。
背が高い上に、すらっとしており、イケメンとあれば目立ってしまうのも無理はない。
「あ、須藤くん。その格好……もしかして、ミイラ男?」
長田のほうでも須藤に気がつき、駆け寄ってくる。
近くで彼を見た瞬間、須藤の心臓はドキンと跳ね上がった。
だって髪を下ろした長田なんて、初めて見たんだもの。
そればかりじゃない。うっすらと頬紅を差し、薄化粧を施しているようにも伺える。
それはもう、女物の服を男が着ました〜、といった生半可な女装ではない。
完璧だ。完璧な女装だ。気合が無駄に入っている。
それでいて、オカマみたいな笑えるキモさがない。
女性だよと紹介されたら信じてしまいそうな危うい色気を、女装した長田からは感じられた。
「あ、うぅ……」
唾を飲み込んだら、ごびり、と嫌な音が立ってしまい須藤は慌てる。
しかし長田は気づかなかったのか、全身トイレットペーパーでグルグル巻きの須藤を眺め苦笑する。
「それ、前は見えているのかい?しかし危なっかしいねぇ、一体、誰の案?」
「み、見えてます……これは、柳が用意して」
「やっぱりね。君ならトイレットペーパーじゃなくて、包帯を使うだろうし」
貧乏性まで見透かされている。
気恥ずかしくなって、須藤は目を逸らす。
その拍子にペーパーの端を自分で踏んでしまい、オットットッとよろけた。
「あっ、危ない!」
咄嗟に支えようと長田が手を伸ばしてくるも、彼をも巻き込み大転倒。
周囲からは、わっと歓声が上がり「やだ〜、真ちゃんったら大胆やねぇ」といったお馴染みの柳弁も聞こえてきた。
「ちっ、違!」
慌てて起き上がろうにも視界がトイレットペーパーで塞がれ、何も見えやしない。
「須藤くん、須藤くん、落ち着いて!」
バタバタ暴れる須藤を押さえつけ、ひとまず長田は彼の視界を塞ぐペーパーだけでも剥がしてやった。
「ぷはぁっ!す、すみません、長田さ……!」
目の前に、長田のドアップがある。
ちょっと顔を近づければ、唇が触れあってしまいそうなほどの距離だ。
――なんて意識しちゃったが為に、再び須藤は血の気が頬に一点集中。
ガチーンと固まる後輩を抱きかかえ、なんとか長田は身を起こす。
「やれやれ……ミイラ男は危険だね。来年も仮装するチャンスがあったなら、須藤くん、君がドラキュラをやるといい」
「は、はぃぃ……」
より密着状態にあり、須藤はもう、顔もあげられない。
「ほんでもって、このふつくし〜いウナジにガブッと噛みついたりするんでっか?」
真後ろに気配。
ハッとなった長田が振り向くよりも先に、ドラキュラに扮した柳が首筋に噛みついてくる。
痛くはない、甘噛みだ。
それを見た女性陣がキャーと黄色い声をあげる中、柳は後頭部を嫌と言うほど蹴りつけられた。
「あだッ!」
涙目で振り向けば、鬼の形相をした広瀬と目があう。
狼の皮をすっぽり被っていて、手に斧でも持たせれば、まるで、どこかの狩猟民族みたいだ。
「ドラキュラが噛みつくのは、女の首筋と相場が決まってんだろうが!」
「せやから、魔女っ子に噛みついたんやないですか〜」
「厚志は女じゃねぇっ、男だ!」
「せやけど、今は女でっせ。魔女やもん」
「大体ッ」
柳の襟首をグイッと掴みあげ、広瀬が睨みつける。
「テメェか?厚志に、こんな化粧をしやがったのは!」
「こんなって、そんなに似合わなかったかな……」
しょぼんと呟く長田。
本人的には、女装も化粧も抵抗なかった様子。
傍らではギリギリと首を絞められた柳が、顔を歪めて白状した。
「ちゃ、ちゃいまっせ、衣装渡したんは俺やけど、化粧したんは俺やない」
「じゃあ、誰だって言うんだよ!!テメェ以外に、こんな悪ふざけする奴がいるってぇのか!?」
怒濤の広瀬を遮ったのは、内木だ。
「女性署員全員で、お化粧してあげたのよ。どうせなら綺麗な長田くんを見てみたかったしね」
かくいう彼女の格好は、白い着物に素足。額には三角布を当てている。
やけにジャパニーズな仮装だが、一体何のコスプレなんだろう。
「柳くんも言ってくれれば、お化粧してあげたのに」
「お、俺はドラキュラやもん。化粧なんか必要あらへん」
解放され、げほげほ咳き込みながらも減らず口をたたく柳をジロッと睨み、続いて長田には優しい目を向け、広瀬は彼を立ち上がらせた。
「しっかし、魔女かよ。よりによって」
「……似合わないかい?」
項垂れる長田の肩へ手を置き、どこか明後日の方向へ視線を彷徨わせながら広瀬が答える。
「……いや、似合っているから困るんだ」
心なしか頬が赤らんでいるのは、けして須藤の気のせいではあるまい。
ふと、広瀬と目があい、笑われる。
「今日のMVPは、お前で決まりか?うまいこと、うまい位置でスッ転びやがって」
「えっ、えっ!な、なんの話ですか!!」
「皆の話題、総取りね。君にしては、やるじゃない」
内木にまで微笑まれ、先ほどの光景が脳裏にフラッシュバックしてきて、再びボッと真っ赤に染まった須藤を見て、長田が、やれやれとばかりに二人を諫める。
「須藤くんは純情なんだ、君達と違ってね。あまり、からかわないでやってくれないか?」
「何よ、心外ね。一番危なっかしい色気を振りまいていた人に言われたくないわ」
「色気?色気って、何の話だい」
長田は本気で判っていない。
本日の主役二人を差し置いて、皆は勝手に盛り上がる。
そうしてハロウィンパーティーという名の単なる仮装飲み会は、朝まで続けられたという……