白騎士団の憂鬱
「俺に続け!黒騎士団、全員突撃!!」
あの声は、聞き間違えようもない。黒騎士団隊長、アレックス=グド=テフェルゼン。
黒のテフェルゼンが到着したのだ!
先陣を駆る馬に乗り、黒い鎧に身を包んだ男のシルエットが明らかになる。
黒騎士団は数こそ少ないものの、志気が下がりつつあった白騎士団にとって、これほど心強い味方もない。
たちまち元の勢いを取り戻し、白騎士達は死にものぐるいで反逆者に斬りかかる。
「ハッ、馬鹿め。雑魚が何人来ようと、俺の敵では――」
言いかけるジェスターの頬を、一閃がなぎ払う。
寸でのところで彼は避けたが、その頬を一筋、赤い物が伝って流れた。
目の前に立ちふさがる、黒鎧の男。こいつがテフェルゼンか。
凛とした瞳がジェスターを睨みつける。その顔は怒りで静かに燃えていた。
油断無く身構えたテフェルゼンが、低く言う。
「勝負だ。反逆者、ジェスター=ホーク=ジェイト」
「……よかろう。噂に名高い黒のテフェルゼン、その腕前を見せてもらおうかッ!」
ジェスターも口元を歪ませニヤリと笑うと、テフェルゼンとは一定の距離を置いて身構える。
怪獣と騎士が斬り合い、激しい殴り合いを続ける騒ぎと混乱の中で、二人の空間だけは静まりかえっているようでもあった。
隊長の加勢せんとばかりにアレンは走り寄ろうとしたのだが、怪獣達に阻まれて、なかなか近づけない。
焦りと怒りで舌打ちする彼の腕を引っ張り、セレナは彼の耳元で囁いた。
「ボス格は隊長お一人に任せておくべきですわ。わたくし達は、雑魚を片付けましょう!」
「し、しかし……!あれは、あの男だけは、俺が倒さなくてはいけないんだッ!あの男だけはッ!!」
と、アレンは珍しく聞き分けがない。
その理由も知っているだけに、セレナは顔を曇らせる。
ジェスター=ホーク=ジェイトは、アレン=ホーク=ジェイトの兄である。
彼にとって、ジェスターは単なる反逆者というだけではない。
家族の信頼を裏切り、ジェイト家の名誉すらも地へ蹴り落とした張本人なのだ。
憎んでも憎みきれまい。
だが、それでもセレナは彼の腕を放そうとはしなかった。
ジェスターと戦えば、倒れるのはアレンのほうだ。
こうして離れて見ているだけでも、ジェスターの殺気は肌に突き刺さりそうなほど感じられる。
アレンには悪いが、ジェスターの相手が出来るのは、テフェルゼンかグレイゾンほどの腕がないと無理であろう。
「お願いだ、手を離してくれセレナ!ジェスターは俺が倒さなくては駄目なんだ!!」
「いいえ、アレン。貴方では彼の相手は――」
「アレン!お前は、こちらへ来るな。白騎士団の手助けをしろ、いいな!」
なおも哀願するアレンを制したのは、テフェルゼンの一喝であった。
怒鳴られた瞬間アレンの体はビクリッと跳ね上がり、続いて遠目にジェスターを見た時には、恐怖と絶望を顔に浮かべる。
兄は、笑っていた。
狂気に彩られた目が、アレンを嘲笑っていた。
それでいながら、鋭い殺気を放ってよこした。
それを受け止めた瞬間、アレンは全身から血の気が引いてゆくのを感じ取る。
テフェルゼンと向かい合っていながら、兄には余裕を感じられた。
何だ。何が一体、兄に、そこまでの自信を与えたというのだ――!?
グラガンが全く効かなかった事と、何か関係しているのかもしれない。
呪術師カウパー。今回の事件の黒幕だと、謎の少女シェリルは言っていた。
奴が、兄に強大な力を与えたのだ。
グラビトンガンの衝撃に耐え、神級の腕を持つ騎士と互角に渡り合える力を。
混乱の城前とは反対側、城の裏側でも総攻撃は始まっていた。
赤や黄色の派手な魔術弾が、雨あられとばかりに怪獣達の頭上へ降り注ぐ。
当初の予定通り、壁際に並んだ魔術師達が攻撃を開始したのである。
効いているのかいないのか効果の程は今ひとつだが、降り注ぐ魔法の雨に怪獣達は足止めをくらい、それ以上進めない状態となっていた。
「魔力の切れた者から順に下がって!次の者、前へ!!」
指揮を執っているのは司祭のソフィア。
本来ならばレンかバラモンがやる役目なのだが、その二人は命令違反で飛び出してしまった後であった。
ヨシュアから連絡を受けた後、間髪入れずグレイゾンが走ってきて、そのままレン達の元へ向かうのを、ソフィアは複雑な心境で見送った。
命令違反を犯す輩など、放っておけばよいものを。
案の定レフェクトとミストは吹き飛ばされ、レフェクトは死んでしまった。
自業自得だとソフィアは思ったが、フィフィンまでもが襲われた時には目が離せず気をもんだ。
彼女はソフィア直属の弟子なのだ。
何を血迷って、レンと一緒に飛び出してしまったのかは知らないが。
そのフィフィンを庇ってグレイゾンが吹き飛ばされたのを見たソフィアは、思わず両手で顔を覆う。
こんなことで!
こんなことで、隊長を失ってしまうとは。
一部の馬鹿な魔術師はレイザースの、いやワールドプリズ世界史の中に名を残すだろう。
もっとも不名誉な嘲りをつけられて。
だが絶望に青くなる魔術師達を救ったのは、他ならぬグレイの大声であった。
ピクリとも動かなかった体が、ゆっくりと起き上がると、彼は渾身の力で叫んだのだ。
「魔術師団は、総攻撃を開始せよ!!俺達には構うな、全力で行けッ!」
躊躇する余裕などなかった。
怪獣達はグレイを乗り越え踏み越えて、城まで手が届こうかという範囲まで近づいてきていたのだから。
土煙と砂埃を巻き上げて、奴らが迫ってくる。
もはや周辺は一面土色の埃だらけ、姿も見えなくなったグレイ達の無事を祈りながらソフィアは号令を下した。
一斉に魔術師達が呪文を唱え始め、次々と炎やら雷やらの魔術を繰り出してゆく。
裏門もまた、正門と同じく阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
ただ、裏門が正門と決定的に異なっていたのは、阿鼻叫喚の地獄に見舞われたのは怪獣側だけだったという点だろう。
最初にやられた無謀な魔術師達の犠牲を考えないならば――だが。
何故助かったのか。
立ち上がった時、グレイの脳裏に浮かんだのは、その一言であった。
しかし、それよりも先に王国への忠誠心が彼を動かし、叫んでいた。
『俺達には構わず一斉攻撃しろ』と。
炎や雷撃が雨霰と降り注ぎ、グレイは今度こそ死を覚悟した。
だが、炎が彼に当たろうかという瞬間、見えない何かに当たって、それらは弾け飛ぶ。
振り向くよりも早く、背後から彼を侮蔑する言葉がかけられた。
「バッカじゃないの?自分を犠牲にしてまで、総攻撃を命じるなんて」
甲高い、少女特有の声。
レンだ、彼女が結界を張ってグレイゾンを守っている。傍らにはフィフィンの姿もあった。
「こういう戦いはね、生き残った上で勝ってこそ意味があるんでしょうが!」
「……すまない」
何歳も下の少女にどやされて、グレイは俯き加減に謝る。
謝っていながらも、口元には、ほんのりと笑みが浮かんでいた。
生き残った上で勝つのがレンの信条だというのなら、グレイなど放っておいてフィフィンと二人で逃げればいいものを、わざわざ戻ってきた上、結界で守ってくれるという彼女の優しさに心を打たれたのであった。
怪獣にブン殴られガタガタだった体に力が戻ってくる。
フィフィンのかけている回復魔法が、じんわりと効いてきているのだ。
怪獣の攻撃は凄まじい威力であった。
バラモンもレフェクトも一撃で死んでしまったが、グレイゾンは生きている。
これも着ている鎧と日頃の鍛錬の賜だろうか?
――いや、直撃だったのだ。と、彼は思い直す。
あの一撃はハンマーで殴られるよりも、馬車で跳ね飛ばされるよりも、きつい一撃だった。
鎧はひしゃげ、首の骨は折れ、口から内臓を吐き出していても、おかしくないほどの衝撃だったはずなのだ。
それが何故、こうも軽傷で済んでいるのか。不思議では、あった。
ゆっくり身を起こし、完全に立ち上がってみる。
懸命なるフィフィンがかけた魔法のおかげもあってか、思った以上に体も痛くない。
「ちょっと!起き上がって平気なの!? 怪我してんだから無理すんじゃないわよッ」
「いや、ここは無理のしどころだろう。正門へ急ぐ。レン、お前達は裏門へ戻れ。ソフィアの援護をするんだ」
「せ、正門へ!? 無理です、隊長!」
歩きかけるグレイの服を、はっしと掴み、フィフィンは激しく首を振る。
彼女の見立てでも、グレイの傷の治りは七十パーセント。
とても走って正門へ戻り、反逆者の相手ができるほどには至っていない。
レンも勿論、全力で彼を阻止した。
「戻るって、どうやって戻るつもりよ!今、門を開けたら怪獣に攻め込まれちゃうじゃない」
「門を通るだけが戻る道じゃない。城を大きく迂回し、正門を目指す」
「それじゃ体力消耗が激しすぎます!戦いが終わるまで、隊長は休んで下さらないと危険ですッ」
「……大丈夫だ。お前の魔法が、よく効いている」
そっとフィフィンの頭を撫でてやる。
彼女は目に涙を溜めていたが、頭を撫でられると少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
彼女の指を服の裾から外させると、グレイゾンはレンを真っ向から見つめた。
「フィフィンを頼む。安全な場所まで逃がしてくれ」
「本当に行くつもりなの!?結界の外は地獄よ、死んじゃっても二度目は助けてあげないんだからね!」
「……二度も助けてもらうつもりもない。君の手を患わせるのは、俺としても本望ではないからな」
最後は言い方が少々悪かったようで、双眸に怒りを宿したレンに、ギロリと睨みつけられた。
「な、なによッ!せっかく助けてやったのに、そんな言い方しなくてもいいでしょ!?いいわよ、死にたければ勝手に行けば!? 最初から止めるつもりなんて、なかったんだから!あたし達は安全圏まで逃げるけど、ついてこないでよ?来たら、魔法をお見舞いしてやるからねッ!」
「れ、レン様!?」
金切り声で怒鳴るだけ怒鳴ると、すっきりしたのか、結界の威力を少しだけ弱めるとグレイを目で促した。
今の内に出て行け、そういう意味らしいと悟ったグレイは無言で頷くと、地獄絵図へ一歩を踏み出す。
そして彼は、炎や雷、竜巻に旋風が吹き荒れ、怪獣達が怒りで暴れ狂う中を、一気に駆け抜けていった。
レイザース王国の加勢に来たのは、黒騎士団だけではなかった。
黒騎士団もまた、怪獣を三匹引き連れてきていたのである。
アレン曰く、あれは味方だ……そう聞いて、白騎士団の志気は否応にも上がる。
怪獣の馬鹿力に対抗できる巨大な壁、いや、壁どころか強力な助っ人の誕生である。
怪獣同士が殴り合い、噛みつき、相打つ様を横目に、テフェルゼンもまた、反逆者ジェスターと互角の戦いを繰り広げていた。
「詛いを解くとは……騎士にしては、やるじゃないか」
「俺が解いたのではない。彼らは自力で目を覚ましたのだ」
呟くジェスターへ短く答えると、鋭い剣先を突き入れる。
だが敵も然る者、間一髪でジェスターはかわし、返す剣で斬りつけてきた。
しばらくまた、無限とも思える攻防が続いたが、体力の女神はテフェルゼンに輝いたようで、反逆者の動きに乱れが見られ始めた。ここぞとばかりに畳みかけるテフェルゼン。
しかし、必殺の一撃を入れようかという、その時。不意に彼は崩れ落ちる。
「ぐぅ……ッ」
重い。体が鉛のように重くなり、立ってもいられない。
それに何だ、この脱力感。全身から力が抜けていくようだ。
剣を持つ手にすら、震えが来た。膝から崩れるテフェルゼンを見、ジェスターは背後を振り仰ぐ。
道上に老婆が一人。黒衣のローブに身を包み、誇らしげに立っていた。
「遅いぞ、カウパーッ!」
「フェーッフェッフェッフェッ、すまんのぅ。マリエッタの死骸を回収しとったら遅くなってしもうたわ」
カウパーだと……?
霞む目でテフェルゼンも地平線を見やる。
しわくちゃの老婆、あれが憎むべき今回全ての張本人。
シェリルの言っていた呪術師カウパーだというのか。
俺の体が重たくなったのも奴が何か魔法を仕掛けたせいかとテフェルゼンは悟ったが、そうと判ったところで魔法は解けるものでもなく。
身動き取れぬ彼の元に、影が落ちる。
反逆者ジェスターが勝利の確信と共に近づいてきたのだ。手には抜き身の剣をぶら下げて。
「黒騎士テフェルゼン、魔法の前に破れる……か。いいざまだな?」
「全ては……呪術の力だと、いうのか」
「そうだ。カウパーは俺に力を与え、怪獣を狂わせ、お前から力を失わせた」
「馬鹿な。たかが呪術に、そのような力、あるわけが」
「呪術そのものに、それほどの威力はなくとも、そう思わせる力はある。そういうことだよ」
体が重たいと感じるのも、怪獣達の脳裏でレイザースを滅ぼせという声が聞こえるのも、そしてグラガンがジェスターに効かなかったのも、全ては術にかかった者の思いが、そういう効力にしているのだ――と、彼は言っているのである。
なるほど、それで呪術者ドンゴロは世界最強の術師と呼ばれるわけだ。
呪術を侮っていた自分を、テフェルゼンは恥じた。
細長い影が、彼の頭上に落ちる。
ジェスターの掲げた剣がテフェルゼンの首を切り落とさんとばかりに、日を浴びて煌めいていた。
口元に嫌な笑みを張り付かせ、反逆者が朗々と尋ねる。
「さぁ、お祈りの時間だ。死ぬ覚悟は出来たか?」
「……たとえ我が命が尽きようと、レイザース王国は滅びない。後に残る者がいるかぎり」
「それも時間の問題さ。さようなら、黒のテフェルゼン」
剣が振り下ろされ、テフェルゼンは諦めに瞳を閉じる。
悔しい。
剣で負けるならば納得もいこうが、呪術で力を奪われ動きの取れぬ状態で殺されるとは。
だが剣が彼の首を切り落とす瞬間、煌めく何かが、それをはじき、死の直前にあったテフェルゼンを救った。
「どうした!諦めるなんて、君らしくもないぞッ!テフェルゼンッ」
土埃や血で多少薄汚れてはいるが、元は白く輝く鎧であったと思わしき白いものが視界に入り、テフェルゼンは安堵の溜息を漏らす。
かけつけたグレイゾンは大きく息を乱し、手には何も携えていなかった。
というのも愛用の剣は、たった先ほどテフェルゼンを助けるため、反逆者へ投げつけてしまったのだから。
「黒を消せると思えば、今度は白の登場か。二人がかりとは卑怯じゃないか?白騎士殿」
「怪獣軍団を引き連れてきた貴様に言われる筋合いはないッ。それに」
グレイゾンに助け起こされ、テフェルゼンもジェスターを睨みつける。
「国の存亡をかけた戦いだ。我等は一丸となって、お前達を倒す」
「戯れ言を!カウパー、白騎士にも詛いをかけてやれッ!!」
カウパーが呪詛に入る。
それを黙ってみているわけにはいかぬ、とばかりにグレイゾンは走り出すが、前方をジェスターに塞がれた。
抜き身のジェスターに対し、グレイは素手だ。
完全に分が悪い。彼の愛用剣は、今や反逆者の手の内に収められていた。
「グレイゾン……ッ、術を受けたら終わりだ、急げ……ッ」
判っている、だがこのジェスターという男。そう簡単に振り解けるほど弱くない。
なんと言っても、テフェルゼンと互角に斬り合える実力なのだ。
そうでなくても無手のグレイでは、激しく斬りつけてくる切っ先をかわすので精一杯。
そうこうしているうちに術が完成したのか、カウパーが両手を天へ捧げる。
老婆の顔が邪悪な笑みで歪んだ。
――来る!
魔法を予期して、グレイは身構える。
しかし――魔法のかわりに響いたのは、カウパーのあげた絶叫であった。
「ぐっぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
真っ赤に燃える炎。
炎が彼女の体を包み込み、熱さと耐え難い苦しさで、老婆は地面を転がった。
体を大地になすりつけ炎を消そうとするのだが、まるで生きているかのように炎は勢いを増し、カウパーから更なる絶叫をあげさせた。
グレイゾンとテフェルゼンは、本能的に空を見上げる。
地上を、いやレイザース城全てを覆い隠すほどの巨大な影。
影が、サァーッと上空を旋回する。
見上げた先では巨大な生き物が、地上を見下ろしていた。
「み……見ろ、あれを!」
「ドラゴン……ドラゴンだ!?」
「馬鹿な、どうしてドラゴンが此処にいるというんだ!」
騎士達が、口々に声をあげる。怪獣達もまた、空を見た。
暴れている奴らも、味方となった奴らも、同様の表情を浮かべる。
すなわち、怯えるといった仕草を。
ドラゴンが咆吼をあげる。
悲しく、それでいて雄々しい怒りの咆吼であった。
銀のドラゴンは、ぐるりと大きく城の上を旋回すると、地上目指して急降下してくる。
「うわぁ!逃げろ――ッ!!」
「もう駄目だ、うわぁぁぁぁッッ!」
騒ぐ人間達の頭上をかすめて飛び、大きな口を開いた。
ブレスを吐くつもりだ。
グレイにもテフェルゼンにも判ったが、どうすることもできない。
ドラゴンは大きく息を吸い込むと、力一杯ブレスを吐き出した。
炎のブレスは暴れていた怪獣をまとめて包み込み、瞬く間に老婆カウパーと同じ運命を彼らに辿らせる。
空を振り仰いでいたテフェルゼンは、再び安堵の溜息をつく。
どうしてか判らないが、彼には判ってしまったのだ。
あのドラゴンは人間を襲う気などない、ということに。
ふと気づけば、ジェスターも空を見上げている。
こんなこと、あるはずがない。
ドラゴンがレイザースに、いるはずない。
今は亜人の島に住んでいる、それがドラゴンの定説だった。
ジェスターも多くのレイザース人と同じように、その顔は驚愕と恐怖で凍りついていた。
グレイとテフェルゼンは無言で頷きあう。
先に攻撃を仕掛けたのはテフェルゼンで、腕を切り裂かれ、ようやくジェスターも我に返る。
「くぅっ……ドラゴンを味方につけるだと!?一体、どうやって」
「そんなのは我々にだって判らん。だが一つだけ判っている事がある。それは、貴様の敗北だ!」
二対一。
いや、怪獣達が消し去られた今、騎士団全てを相手にしなければならない。
加えて、カウパーの援護もなくしてしまったことが、ジェスターから気力を奪ってゆく。
勝ち目はない。
レイザースへ対する復讐心は薄れていないだけに、彼は引き際を考えた。
ここで命を落とすのは、あまりにも惨めすぎる。
今一度、協力者を得て、再戦できるようになるまで身を隠すしかない。
身を翻し、走り去るジェスターを、白と黒の騎士団長が追いかける。
追いつきそうで追いつかない。
テフェルゼンは詛いの効果が、まだ抜けきっていなかったし、グレイゾンには怪獣に殴られた後遺症がある。
ジェスターはテフェルゼンと斬り合った時の体力が回復していないとはいえ、まだ二人よりは怪我も軽い。
次第に二人との距離を離していき、ついには森の木陰へと身をくらましてしまった。
「くそ……ここで逃がしてなるものかッ!」
「グレイゾン、傭兵部隊に連絡を取るんだ。彼らに包囲網を敷かせろ」
「……判った」
どうして傭兵部隊をグレイが使っていたとテフェルゼンが知っているのか。
グレイは少し不思議に思ったが、聡明なテフェルゼンのことだ。
彼なら簡単に考えつく事なのかもしれない。
急ぎ通信機を取り出そうと懐をまさぐったが、ない、どこにもない。
そうだ、通信機はヨシュアに渡したままだった。
頭上をぐるりと旋回したドラゴンが咆吼をあげる。
ドラゴンは何度か旋回していたが、やがて大きな羽ばたきと共に、雲の向こう側へと遠ざかってゆく。
ドラゴンが去ると同時に、裏門からは勝利の歓声が聞こえてきた。
裏から攻めてきた怪獣軍団を討ち滅ぼした魔術師達、彼らのあげる勝ち鬨であった。
こうして。
負けはしなかったが、完全勝利とも言えないレイザース軍の戦いは幕を閉じた。
その被害はけして軽くなく、黒騎士、白騎士、双方に多大な被害が出た。
特に優秀な魔術師を失ったのは、レイザースとしても痛恨の失態と言えるだろう。
バラモン、レフェクト。
そしてミストもドラゴン来襲の後、受けた傷が元で亡くなった。
レイザースの民は彼らの死を嘆き、国は悲しみの色で染められた。
それは、けして勝利と呼べるものではなかったのである。