二人の喧嘩!?

今年の夏は、カナヅチにとって史上最悪のイベントが始まった……
そう、何を隠そう俺は泳げない。
体育の水泳は、常になんやかんや理由をつけてサボッていたクチだ。
水の中は気持ちよさそうだけど、無理やり泳がされるのが精神的に苦痛なんだよなー。
浮力があるから何もしなければ浮くって先生は言うんだけど、何もしなかったら息が苦しくなって死ぬじゃんか。
それとも、先生は俺に死ねというんですか!?
……はぁ。
休むと単位に響くってんで、嫌々渋々仕方なく来たんだけども。
表坂の臨海学校は、俺が想像していた行事とは百八十度、全く趣の違うものであった。
現地到着後、無理に泳がなくていいと担任に言われて、俺は目が点になる。
泳げない子は砂浜で遊ぶもよし、半日スイカ割りばかりやっているも身体を焼くのもアリ。
この行事は海の怖さを座学、つまり食事中に先生が説明するので、そいつを覚えればいいんだそうだ。
一週間、海で遊び呆ける行事だと言って先生が笑うのにつられて、俺達クラスの全員が一緒に笑ってしまった。
なんだ。
そーゆー楽しい旅行事なら、最初に言っといて欲しかったぜ。
単位の件がなかったら、うっかり仮病で休んじゃうトコだったじゃんか。
俺は泳げないけど海に行くの自体は好きだし、綺麗な景色を探しに旅行へ出かけるのも大好きだ。
先生の話だと、夜は夜で参加自由のお楽しみをやるし、宿にはゲームコーナーやカラオケもあるらしい。
お風呂は大浴場と露天の二種類。どっちに入ってもいいんだって。
さすが私立、リッチな旅館を選んできたなぁ。
ってんで、今日の昼間は海の写真を鉄友数人と一緒にバシバシ撮っていた。
や、ホントは悠ちゅわん誘って背中を焼きたかったんだけどネ?悠ちゅわんってメチャ人気者だしね?
もー常に中村さんとかクラスの仲良し男女が彼女の周りにまとわりついていて、入り込む隙間もねぇ。
悠ちゅわんのスベスベな背中にオイルを……って思っていたのにーのにーのにー!(エコー)
……はぁ。
一日目夜、四組のお楽しみは百物語ならぬ十物語だってよ。
まるでキョーミねー。内田先生の初恋物語ってなほうが興味津々なんだけどなー。
うちの担任、内田っていうんだけど、ぶっちゃけ冴えないデブ無精髭のオッサンな癖して結婚してんだよね。
あんな不摂生デブオヤジでも恋愛ゴールインできるコツがあるんなら、是非とも教えて欲しいもんだぜ。
海の危険なんかよりも、ずっと役に立つと思うんだけどなぁ。
食事は食堂で一斉に取るスタイルだ。
席は自由に座っていいって言われたら、もう悠ちゅわんの隣を……っと、あーっ!
くそ、考えることは皆一緒か。悠ちゅわんの両隣は早くも友達の女子で埋まっちまっていた。
正面も当然のように女子が座ってやがる。そうだよな、席自由って言われたらクラスの違う友達が陣取るわな。
しょうがねぇから、俺も鉄仲間と手前の列の一番端っこ席に腰掛ける。
端っこの利点は、隣に知らないやつが座ってこない点。あと、トイレに行く時も便利。
……って、思っていたんだが。

ゲッゲェー!
小野山 育ゥ……貴様、どうして俺の背中併せ後ろの席に座りやがるんですか!?


もしや貴様、俺に気があるんじゃあるまいなッ!
なーんて、そんなわきゃねーよな。たぶん手前から順番に席を埋めていく派ってだけだろう。
小野山の隣には、やっちんグループの女子が次々着席して、レンカは小野山の真正面に座った。
レンカは小野山と、よくつるんでいるみたいだ。
うちのクラスの後藤も小野山のダチなんだが、あいつよりも一緒にいるのを見かける。
まぁ、小野山にしてみたら後藤なんてうるせーヤロウより、一応女子であるレンカのほうがいいに決まっているよな。
そう思ってチラッとレンカを見たら、あれ?右手に包帯……怪我してんのか!
カァ〜ッ、よりによって行事期間中に怪我するたぁツイてないねー。泳げないじゃん。
飯が配られて、すぐに女子軍団はお喋りを始める。
この軍団は、やっちんがリーダーで、ほみほみ、まっつん、ゆーゆー、ふーみん、そこにレンカが加わって賑やかなこと、この上ない。
「ね、ね、小野山くんは今日何してたの?」
やっちんがキャッキャハイテンションなのに対して、小野山の返事は驚くほど少ない。
大抵ボソボソッと一言で答えるか無言の頷きだ。
お前なぁ、キャワイイ女子が話しかけてんだから、ちったぁ愛想よくしろよな。
……いや、これが逆にクールだってんで女子に人気なのか?
女子軍団は憧れの小野山くんに、あれやこれや他愛ない質問をしていたんだが、レンカだけは、さっきから何も喋ってねぇ。
かといって先生の座学()を真面目に聞いているでもなさそうなんだよな。むっつり黙って飯を食っている。
今日は何もすることがなくて、つまんなかったんだろうなぁ……
片手を怪我してたんじゃ、泳ぐことはおろか砂遊びもスイカ割りも、ままならねぇもんな。
かといって、大人しく肌を焼くようなタイプにも見えないし。
「……手、大丈夫か?水で濡らさなかったか」
不意にボソッと小野山がレンカに尋ねて会話が途切れる。
レンカは不機嫌全開な顔で小野山を睨みつけたけど、やっぱ何も言わねぇ。
「今日はレンカ、あたし達とおしゃべりしてたんだよ!ねー、レンカッ」
ほみほみがフォローに入っても、やっぱ不機嫌なまんまだ。
構わず、ほみほみは今日話したことまで語りだす。
「レンカねぇ、前のガッコじゃ清掃委員やってたんだって!清掃委員、ウチじゃ聞いたことないよねー。皆の掃除を監視する役なんだって」
「それとさ」と、まっつんが混ざってくる。
「天馬じゃ臨海学校なかったんだってー。手ー怪我してなかったら泳ぎまくれたのにねェ。残念」
「……そうか」とポツリ呟いた小野山が、レンカへ手を伸ばす。
「元気出せ、坂下。明日は怪我していても出来そうなものを探そう」
その手をレンカがバシッと払いのける。
「うっせぇ、余計な世話焼いてくんじゃねー」
アララ、小野山に向かって暴言吐くたぁ相当おかんむりじゃないの。
こういう時は、そっとしときゃいいのに、小野山ったら空気が読めないのか、なおもレンカに話しかけてやがる。
「だが……つまらないだろ。せっかくの行事で何もできないのは」
「ハ?イチイチうぜぇんだよ、お前は俺のおっかさんか?」
ピリピリするレンカのフォローに回ったのは、やっちんだ。
「そうだよ、せっかくの海なのにスイカ割りも遠泳も出来ないってレンカ今日ずっと言ってたじゃん!ね、明日は小野山くんと一緒に遊ぼ。そんで、レンカにも出来そうなやつ探そ?」
やっちんが小野山の名前をやたら連呼してんのは、自分が小野山と遊びたいが為だろう。
それでも傍目にはレンカを気遣う優しい私に見えるんだから、計算高いよな。
「……いいよ、俺に構わず、やっちんは小野山と遊びなよ」
やっちんが相手じゃ邪険に出来ないのか、レンカは、そんなことを言う。
「えー?でもレンカがいないと、つまんないよ。小野山くんも、つまんないよね?」
やっちんに促されて、小野山が頷いた時。
突然レンカが声を荒げるもんだから、俺も女子軍団と一緒にポカーンだよ、ポカーン。
だってレンカったら「俺なんかに構うほど暇じゃねーだろ、お前はッ。今日だって女子に囲まれてウハウハのハーレム水泳教室やってたそーじゃねーか!」なんて言い出すんだもん。
いや、ウハウハハーレム水泳教室って?今日そんなことやってたんだ、小野山。ギリィッ。
「……ハーレム、とは?」
首を傾げる小野山に、ご飯粒を飛ばしてレンカが激昂する。
「ごまかすんじゃねー!後藤が言ってたぞ、ハーレム教室に自分も巻き込まれたって。顎で後藤コキ使って自分は美少女に囲まれてウハウハたぁ、随分と良いご身分じゃねーかッ」
ソース:後藤か。あいつなら小野山のやることなすこと全部関わりたがりそうだし、信憑性高いな。
それにしても顎で使うってこたぁ、後藤は小野山のダチじゃなくて子分だったのか。後藤も情けねぇなぁ、同い年相手に。
「美少女〜?レンカ褒めすぎィ」
ふーみんがプッと吹き出して、その横じゃゆーゆーも苦笑いで付け足した。
「ねー。水泳教えてもらってたのってウチのクラスのオタ女子グループだったよね」
あー。一組にいる数少ない地味生徒だったのか。今日、小野山と一緒にいたのは。
一組はヤンキーが幅を効かせているせいで、まともな生徒は影が薄い。
俺も全員は覚えてねーけど、オタ女に美少女がいるとは思い難いし、レンカの嫉妬は見当違いだろ。
「うちのクラスのオタグループって、もしかして佐藤さん達?」
やっちんに聞かれて、ゆーゆーが頷くのを横目に、小野山は尚もレンカへ話しかける。
「明日は俺も予定がない。坂下が一緒に遊んでくれると嬉しいんだが」
その直後、レンカが大声で吠えた。
「あぁぁぁぁぁ!もぉ、うぜー!お優しいハンサム様演出に俺を使うなっつってんだろ!」
なんと、やっちん達と一緒だってのに堂々と小野山disを放ちやがった。
その鋼鉄の神経に痺れる、憧れるゥ!
いや、ホント今日のレンカは荒れ模様だ。手を怪我したのが相当ストレスになってんのか。
もしや、その怪我の原因に小野山が関わってたりすんじゃねーだろーなー?
うん、ありうる。大いにあり得る。
レンカは確か小野山研究するために空手部入ったんだし。
また無茶な挑戦ぶちかまして、そんで小野山と組み手した際に、手加減しそこねて怪我させたなんてことも……
「ちょっとレンカ、小野山くんに酷いこと言わないで!」
さすがにやっちんもキレたわ。そうだよね、やっちんはいっくん大好きっ子だもんねぇ。
「だってよ、やっちん!こいつ今日だけじゃなくて毎日そうなんだぜ!?」
え?何が?
「なにが毎日そうなの!?」と、激怒するやっちんにレンカが言うには。
「こいつ、毎日美少女とイチャイチャラブラブハイスクールライフを送ってやがるんだ!」
えー。まー、毎日誰かしら小野山んトコへ告白しに行っているらしいし、その中には美少女もいるだろうから、美少女と会っているって点は間違っちゃいないっちゃいないけど。
ただ、それをイチャラブハイスクールって言われると、違うような気もすんぞ。
イチャラブってのは、誰かとつきあっている前提だろ?
小野山は今んとこフリーに見える。だからこそ、いろんな子がアタックしてんだろ。
「なにそれ、レンカの勘違いじゃないの!?ねぇ、小野山くん、小野山くんはカノジョなんていないよね!?」
ぶっちぎれにキレまくりなやっちんに問われて、小野山はコクリと頷く。
だがレンカの勢いは止まらず、「いるだろ!桜丘さんっつー美少女がよぉ!」と叫んだ。





は?






俺が知る限り、"さくらがおか"という苗字の生徒は一人しかいない。
そう、我がクラスの悠ちゅわんしか。
まさか、まさかだよね?悠ちゅわんが小野山のカノジョだなんて、嘘だ絶対レンカの勘違い!そうだと言ってよ神様!!
「違うよレンカ!桜丘さんは友達でしょ!?レンカが自分で言ったんじゃない、彼女は小野山くんのダチだって!」
そうだよ、百億歩譲って悠ちゅわんが小野山のダチィィィ?嘘でしょ、やっちん!それもレンカの勘違い!!
よくあるやつでしょ、たまたま同じ場所にいただけで仲良しだと勘違いしちゃうやつ!
大体、小野山は今日オタ女と一緒にいたって話だし、絶対違う。悠ちゅわんが小野山なんかのモノになるはずがない!!
「やっちんは知らねーだろうが、勉強会の後、桜丘さんちで続きやった時に確信したんだよ!ずっとべったり小野山にマンツーマンで、ありゃー恋人の距離感だったぜ!ちくしょー、俺が先に出会ってりゃ俺のほうが仲良くなったのに、桜丘さんと!」
なななななななーんですってぇ!
小野山ァ、貴様、一番仲良しの中村さんですらできない悠ちゅわんの独占を貴様がやってのけただとぉ……!
「……俺は」
キンキン声の喧嘩に囲まれる中、ボソッと小野山が吐き出す。
「桜丘よりも、お前の役に立ちたい」
だが、そいつも「うっせぇ!」とレンカの怒号が断ち切った。
「桜丘さんとベッタリなら、俺なんか必要ねーだろ!それにな、俺のほうじゃお前なんか必要としてねーんだ!」
「レンカ!言い過ぎだよ!!小野山くんに謝って!」
やっちんが金切り声をあげたって、今のレンカにゃ通じない。
ガターン!と大きな音を立てて椅子を蹴ったおしたレンカに驚いたのか、食堂が一瞬にして静まり返る。
「え?何?」「どうしたの?」
ざわめく皆に注目される中、レンカが食堂を出ていこうとするもんだから、すかさず先生の叱咤が飛んできた。
『こらー、そこ!うるさいぞ、食事中に席を立つんじゃない。それともトイレか?トイレなら食堂を出て右に』
先生にも「うっせーよ!お先にゴチソウサマ!!」と怒鳴り返して、アララッ、ホントに出ていっちまいやがんの、レンカ。
『うるさいとは何だァ!?勝手に食事を終わりにするんじゃない、まだ座学は終わってないぞ!』
マイクで怒鳴る先生のフォローには、やっちんが回った。
「坂下さんは、お腹が痛くて部屋で寝ていたいそうです!」
直前まで喧嘩していた相手を庇ってあげるなんて、優しいなー。さすがグループリーダーは伊達じゃない。
『そうか、なら仕方ないな。えー、では、何処まで話したかな……よし、次は海に潜む海洋生物の危険だ!』
誰も聞いていなさそうな座学が再開する中、やっちんは小野山も慰める。
「……ね、小野山くん。レンカは、しばらくそっとしとこ?なんか今日は、ずっとご機嫌斜めだったし」
「ほーんと、手、どうしたんだろうね。聞いても、ちょっとなばっかで全然教えてくれないし。小野山くんは何か知ってる?」
ゆーゆーの質問にも、やっちんの慰めにも、小野山は無言で返す。
ずっと俯いてっけど、そんなにレンカに怒鳴られたのがショックだったのか?
レンカって、あーゆー短気なとこがあると思うんだよねェ。実際に話したことがなくってもサ。
「ねぇ……小野山くん、元気だして。レンカには私が、きっちり怒っとくから」
やっちんに返事をするでもなく、小野山が勢いよく席を立つ。
『こら、そこ!またか!?まだ座学は終わってないぞ!』
先生が怒鳴っても言う事聞きゃしねぇ。棒立ち無言の小野山にかわって、やっちんがフォローに入った。
「センセー、小野山くんは気分が悪いので部屋に戻りたいそうです!」
「小野山くん……」と呟いて、まっつんが絶句する。
ちょこちょこ背後をチラ見していた俺も言葉を失ったのにはワケがある。
小野山……もしかして、泣いている?泣いてやがんのか、女友達に怒鳴られたってだけで?
メンタル超ヨェー。そんなヤツでもやっていけるのかよ、空手って。
「え……小野山くん、泣いてんの?」と俺の鉄友まで驚いた目で見てやがるし、いい加減泣き止めよ。
黙して立ち去ろうとする小野山の背へ「待って、部屋に戻るなら僕が送っていきます!」と叫んだのは、俺の知らない男子だ。
後藤と一緒で数多くいる小野山の友達の一人かな。
てか、こういう時こそ付き添ってやれば株が上がるのに、後藤ときたら他の友達同様ポカーンとしてやがんの。
だからオマエはモブ子分で終わっちまうんだよ。
小野山の退場後、あちこちで「私もお腹いたーい!」だの「あぁー、気分悪ーい。夕飯にあたったかもー」だのと皆が好き勝手に騒ぎ出して、先生の声も聞こえづらくなってきた。
俺も、お腹いたーい。主に横腹が。
同学年女子に怒鳴られた程度でガチメソる高校生男子、初めて見たー。
「なー、アオ。なんだったんだろうね、小野山くん」と友人に話題を振られて、俺は「さーな、変なもんに当たったか?」と適当に答えながら、残りの飯をかっこんだ。

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