二人の喧嘩!?
海行く行事やるーゆぅから、浜辺でヤドカリさん観察しよかなって思ってたんやけど。はぁ。
人生ままならんもんやね。
あっちゅう間に友達に囲まれて、泳ごー、肌やこー、スイカ割ろーってやっとるうちに日が暮れてもうた。
一週間ずっとこの調子やったらウチ、忙しすぎて死にそ。
明日は早くに起きて、誰もおらん秘密のヤドカリさんスポットを探さなあかん。
けど、早くに部屋をこっそり抜け出せるかちゅうたら……無理やろなぁ。
家と違うて他にもおるんやもん。ウチの友達数人が、同じ部屋に。
はぁ。
友達に両脇引っ張られながら食堂に向かう途中。
いきなり呼び止められたんや。
「ちょっとぉ〜、そこの女子ィ〜。あんた、四組の桜丘さんだっけェ?」
うっ。
近づかれた瞬間、濃ぉい化粧の匂いに包まれて、ウチは金縛りにおうてしもた。
この子、誰やろ。向こうはウチを知っとんのに、ウチには知らん顔や。
くっきり真っ赤な紅ひいて、今どき中年のオバハンでも、こんなドギツイ化粧してへんよね。
格好は紺色のワンピで地味やのに、顔が派手なせいで悪目立ちや。
その服に併せるんやったら、もっとナチュラルメイクにしたら似合いそうやけど。
「あんたぁ〜、最近小野山くんに近づきすぎじゃなぁい?困るんだけどぉ〜」
「なによ、小野山くんに近づいたら何が困るって言うのよ!」
あかん、ウチが考え事に浸っていたせいで梓ちゃんが喧嘩を買ってもうた。
「あんたには言ってないしぃ、引っ込んでてくれる〜」
「やだ!言っとくけど、悠ちゃんに喧嘩売る気なら許さないよ!」
無理したらあかん。ぶるぶる震えとるやん。ホンマは怖いんやろ?
ウチは、そっと梓ちゃんを後ろに下がらせると、彼女を庇う位置に出た。
「えぇと……すみません、小野山くんとは最近知り合ったばかりで」
「そ。なら、友達やめてもらえるぅ〜?あんたみたいなのがいると、迷惑なのよねぇ」
腕くんでウチをギロッと睨みつけてきて、あぁ、そっか。
この子、小野山くんが好きなんやね。
そこにウチが割り込んできて、友達飛び越えて恋人になったら嫌や思うたんやな。
面と向かって邪魔ゆわれたんは初めてやけど、こーゆー勘違いされるのは慣れっこや。
小野山くんとは友達になったけど、ただのムシ友やもん。
恋とか愛とか、そーゆー対象やあらへん。
「あ、私、ただの友達なので安心して下さい。他に好きな人もいますし……」
「え!!」と叫んだのは梓ちゃんだけやのうて、一緒にいた友達全員が叫んだ。
ま、そらそやろね。今まで全然そんな素振り見せへんかったし。
ついでにゆぅとくと好きな人も、おらんし。
とにかく今は、この子を安心させたらんと食堂にも行けへん。
「あら……そうなのぉ?」
「はい」
「なら、余計なお世話だったわね……じゃあね」
化粧臭い子は、そそくさと去っていきよった。
一件落着やね。
梓ちゃんが憤慨した様子でウチを慰めてきた。
「なんなの、一体!謝りもしないでッ。悠ちゃん、変なのに絡まれちゃったけど気を落とさないでね」
「大丈夫だよ。ああいうのは小学校にも中学にも、よくいたし」
「そうなんだぁ……悠ちゃん、モテるもんねー」
他の友達も会話に混ざってきてキャッキャ騒ぎながら、晩ごはんの時間までに間におうた。
配膳が来た後も、みんなの興味はウチの好きな人に集中した。
「ね、ヒント、ヒントだけでも教えて!判っても誰にも言わないから!」
特に梓ちゃんの食いつき、ホンマすごい。
せやけど好きな人なんて口からでまかせの口八丁やし、ヒントも何も思いつかへん。
適当に言うとく?けど、それでまた別の子に被害がかかっても困るやんなァ。
悩むウチの脳内に、ふわっとイメージが浮かんで、思わずポツリと口にしてもうた。
「……ちっちゃくて、細くて」
「え、年下?まさかの下級生!?」
下級生やのぉて、同級生やけど。
ウチの脳裏に浮かんだのは、一組の祐実ちゃんやった。
あの子は太った子や眼鏡の子と並んで座っとる。
あの二人とは休み時間もよく一緒におるし、仲良しグループなんやね。
ついでに食堂を見渡したら、あっ小野山くん見っけ。
坂下ちゃんが向かいに座っとる。あっちもあっちで仲良しや。
月見里くんは……ちょっと離れた列に座ってて、なんでかうちのクラスの後藤くんと一緒や。
正反対な性格に見えるけど、案外気が合うんかな。
ま、それゆぅたら坂下ちゃんと小野山くんも、そうやし。真正反対。
「おとなしくて、優しい。そんな人が理想かな」
「り、理想?今好きな人じゃなくて?」
「そ、理想。今好きな人はねェ……えへへ、いないの」
「は!?」
ごめんねぇ。
やっと嘘だと判って怒られるかと思うたんやけど、みんな笑ってる。
「よかったー、友情がおしまいになるかと思っちゃった!」
「え、なんで?」
「だってカレシできたら、そっちにばっかベッタリになる子っているじゃん。悠ちゃんが、そんなふうになっちゃったら悲しいなって思って」
なんて悲しげに言われたら、フォローするしかなくなるやん。
そもそもが杞憂やし。
ウチはまだ、恋愛よりも虫さんが好きなお年頃や。
「ならないよ〜。もし恋人ができても、皆とは遊ぶから安心して」
「ホント?本当に本当だよ、約束して!」
「うん、本当に本当。指切りする?」
「あはは、そこまでしなくても大丈夫!私は悠ちゃん信じてるから」
「あ、あたしも、あたしもー!」「私だって!」
むしろウチに想い人がいないと判って、みんな喜んどる。
女の子の友情は、どっちかにオトコが出来たら終了するっちゅうのが世間一般暗黙のルールなんやね。
せやけどウチに恋人ができたとして、そっちにベッタリになる自分像が全く思い浮かばんのやけど。
恋人ができてもウチはウチや。やっぱり虫を愛でて、友達と遊びに行く自分しか見えてこん。
一安心の後は明日の予定に話題が移り、あぁ、これ、一週間みんなと遊ぶスケジュールでぎっしりになりそ。
うーん。なんとかしてヤドカリさん探す暇を見つけたらんと、ウチ自身が欲求不満になってまうで。
ヤドカリやのぅてフジツボでも何でもえぇねん。要は海の生き物観察したいんや。
そや。
明日は小野山くん誘ったろ。
小野山くんなら生き物観察ゆうても断らんやろし、梓ちゃんも喜ぶしで一石二鳥やね。
そんなふうにウチの脳内で明日の予定が固まった時やった。
急にガタン!と大きな音立てて誰かが立ち上がったんは。
「え?何?」って友達が見た方向ウチも見て、坂下ちゃんが立ち上がったんと知る。
『こらー、そこ!うるさいぞ、食事中に席を立つんじゃない。それともトイレか?トイレなら食堂を出て右に』
センセがマイクでガンガン怒鳴って、坂下ちゃんが大声で答える。
「うっせーよ!お先にゴチソウサマ!!」
『うるさいとは何だァ!?勝手に食事を終わりにするんじゃない、まだ座学は終わってないぞ!』
そや。食事中はセンセが海の怖さっちゅう講座を開いとったんや。
みんなとばっか話してたせいで、ぜーんぜん耳に入ってこんかった。
坂下ちゃんの友達っぽい子、名前なんゆぅたっけ?が大声でセンセに叫び返す。
「坂下さんは、お腹が痛くて部屋で寝ていたいそうです!」
そうなん?元気いっぱいっぽかったけど、さっきの態度見た感じやと。
『そうか、なら仕方ないな。えー、では、何処まで話したかな……よし、次は海に潜む海洋生物の危険だ!』
センセのお話はネットで調べたら出てきそうな内容やけど、せっかくやし聞いとこ。
『いいかー、お前ら!深くまで潜らないから大丈夫だと油断するなよ?浅瀬にも危険な生物は、いっぱいいる!その一例がウニだ!』
ゆぅて天然のウニなんか人工の海水浴場におるわけないやん。
あかん。あのセンセの海知識はネットの受け売りの可能性大や。聞く価値あらへん。
ウチの興味は、みんなとの雑談に戻り、しばらくそっちで盛り上がっていたんやけど。
また勢いよく席を立つ音に邪魔されて、センセの話とウチらの雑談も途切れてもうた。
『こら、そこ!またか!?まだ座学は終わってないぞ!』
ま、飽きて席立ちたくなる気持ちは判るんよね。
ずっと聞いてたら眠くなるもんねぇ、この自称座学。
せやけど、勝手に戻ったらまずいんちゃう?
何気なく立ち上がった人を見てウチはビックリした。小野山くんやん。
や、ウチだけやのうて食堂にいる全員がびっくりして彼に注目しとる。
「センセー、小野山くんは気分が悪いので部屋に戻りたいそうです!」
さっきの子が叫んで、言われてみれば小野山くん、ずっと下向いとるもんね。如何にも気分悪そや。
立ち去ろうとする背中に「待って、部屋に戻るなら僕が送っていきます!」と叫んで立ち上がったのは月見里くんやった。
勉強会で知り合ぅたウチの友達でもあるんやけど、真面目でえぇ子や。
「お、小野山くん、大丈夫かな……」
梓ちゃんまで、つられ泣きしそうや。
「部屋で休めば、きっとよくなるよ」
肩を優しく撫でてあげたら、梓ちゃんは目に浮かんだ涙を拭って頷く。
「う、うん……大丈夫、だよね……」
さすがにテンション全快とまでは、いかんかったけど。
梓ちゃんをこないに心配させるとは罪深きオトコやんな、小野山くん。
「そうだ、おくすり持っていってあげようよ!」「けど、何の薬が効くのかも判らないし」
あれこれ心配する他の友達をも宥めながら、ウチの脳裏にピンと閃く予定が立った。
せや、明日は小野山くんのお見舞いに行ったろ。
あんま大勢で行くと迷惑やし、梓ちゃんだけ連れて、ね。