臨海学校・芽依と悠
夕飯時に小野山くんが泣いて退場した、次の日。あたし達は真っ先に彼の姿を浜辺で探したんだけど、どこにもいなかった。
まさか、夕べの出来事を苦に病んじゃったんじゃ……!?
「今日は他の子と遊んでいるのかも?」とは大弓さんの推理で、見れば森山さんや影谷さんも「彼、取り巻き多いもんねぇ」って納得していて、小野山くんを心配しているのなんて、あたしぐらいだった。
そうは言っても、砂浜の何処にもいないのよ?おかしいじゃない。
臨海学校なのに海で遊ばないで、どこで遊んでいるってーのよ。
「あっ、あそこにいるのって、望月さん達だよね。あの人達に聞いてみたら」なんて芦田さんが派手な水着の女子軍団を指差すもんだから、あたしは咄嗟に「え、無理」と答えちゃった。
うん、どう考えても無理。
一組に限らず、この学校のヤンキー勢って陽キャが多い上、全員が無駄にテンション高くて疲れるっていうか……
「あはは、エマっちは恥ずかしがり屋さんだな〜」とか言っている影谷さんも、自分が聞きに行く気は全くないみたい。
気を利かせてくれたのか、大弓さんが「私が聞いてこよっか?」と言ってくれたので、せっかくだからお願いしちゃう。
大弓さんはヤンキー女子の元へ走っていき、元気よく話しかける。
向こうも突然話しかけられたってのに嫌がったりせず答えちゃう魅力があるのよね、彼女には。
大弓さんのああいう物怖じしない処は本当にすごいと思うし、憧れるわ。あたしには真似できないけど。
ややあって戻ってきた彼女が言うには。
「小野山くん、今日は坂下さんと一緒にいるみたい。旅館で遊んでいるんじゃないかって言ってたよ、あの子達」
あー、そっか。坂下さん、手を怪我しているから海で遊べないもんね。
旅館で一緒に遊んであげるだなんて、小野山くん優しい。
それにしても、坂下さんと一緒にいるの?
てっきり昨夜は坂下さんと喧嘩したから、泣いたんだとばかり思っていたのに。
結局なんだったのかしら……小野山くんが泣いた原因。
「この旅館ってかホテルさぁ、ゲームコーナーあったよね!そこで遊んでいるんじゃない?」
「そそ、クレーンゲームとかピーンボールとか。坂下さんがいるってんなら、あたし達も行っとく?」
芦田さんと影谷さん、昨日、お風呂の後で旅館探索をやってきたのよね。
あたし達が今泊まっている旅館には、ゲームコーナーの他にもビリヤードやカラオケもあるんだって。
昨日は時間も遅いからってんで諦めたらしいけど、やっぱ気になっていたんだ。
「あー、でも二人で楽しんでいるんだったら、お邪魔かな」と、森山さんは何故か引け腰。
なんで二人っきりの部分に気を使う必要があるのよ。
坂下さんがヤンキーに小野山くんと遊ぶんだと断ったんだとしても、二人っきりとは限らないじゃない。
あの後藤とかいう男子も一緒じゃないの?なんか、いつも小野山くんと一緒にいるっぽいし。
「え、あの二人って、そーゆー関係なの?」
キョトンとする芦田さんに被せて、影谷さんが笑う。
「まっさかー。百億歩譲って仲良しのダチって感じッスよ〜?」
「そうだね、坂下さんが恋愛って言われてもピンとこない!」
芦田さんの言う通り、坂下さんほど恋愛の二文字が似合わない女子もいないわよね。
っていうか、小野山くんは坂下さんなんかにゃ渡さないわ!
「エマっち、どうする?海いく?ゲームコーナー行くんだったら、一緒に行こうよ」
影谷さんに誘われて、あたしは思わず「ゲームいこ!」と頷いていた。
いくら泳ぎを教えてもらったって言っても、たった一日じゃ、とても泳げるようにはならないわ。
だからって一日中、砂遊びするってのも、ねぇ。小学生じゃないんだし。
「じゃあ、今日は海やめてゲームやろっか?」と大弓さんが提案する。
「いいの?葵ちゃんは貝殻探したいんじゃ」と聞き返す芦田さんに、大弓さんは手を振って「一人で貝殻探したってつまんないよ〜。皆と遊ぶのが一番!」って、こっちに併せてくれて、ホントいい人なのよねぇ……
「祐実ちゃんも、それでいいよね?」
大弓さんの案に小川さんが反対するわけもなく、彼女はコクンと小さく頷いた。
ゲームコーナーは閑散としているかと思いきや、一定数の生徒が遊んでいた。
そりゃあね、カナヅチや生理で泳げないなんて子は、どの組にもいるわよね。
かくいう、あたし達だって似たようなもんだし。
「実をいうと、今日も小野山師匠に教えてもらおうと思ってたんだよね。で、アテが外れたっていうか」
ひそっと影谷さんが囁いてきたので、あたしも頷く。
そうなのよ、小野山くんがいないんじゃ海で遊んだってつまんない。
一心不乱に泳ぐ彼の肉体美を拝むチャンスさえ与えてくれないなんて、身持ち堅すぎるんじゃなくって?
「ん〜、でも、ここにもいないねぇ。さては、カラオケバーかビリヤードのほうかな」
「あれって学生は入れないお店じゃないのぉ?」
キョロキョロ見渡して、芦田さんと森山さんが、そんなことを言っている。
「バーは、そうかもしんないけど、ビリヤードは年齢制限ないでしょ。いるとしたら、ビリヤードかなぁ。だって、小野山くんがゲームって坂下さんの恋愛以上に想像できなくない?」
森山さんの言い分にも一理ある。
小野山くんは、どっちかってーとビデオゲームよりスポーツ寄りのものが似合いそうよね。
白と黒のウェアをビシッと着こなしてキューを弄る姿を想像しただけで、はぁん、クールな眼差し萌えるぅ。
ボーリングでは思いっきりボールをブン転がして、オールストライクを取っちゃうのよ!
なんならピンポンだって構わない。
旅館の浴衣に身を包んだ小野山くんがスマッシュを打つたび、袖の隙間から脇が見えちゃうのよ、キャッ。
「ゲェーッ、一回五百円だって!高すぎね!?」
UFOキャッチャーにお金を入れようとして、影谷さんが叫ぶ。
何これ、よく見たら全台五百円じゃない。旅先とはいえボッタクリすぎじゃないかしら。
「エアホッケーはタダみたいだよ」と、森山さん。
「よっしゃー、ゆかりん勝負だっ!」
さっそく芦田さんvs森山さんのアツイ戦いが始まったわね……!
ま、それはそれとして。
「一回二百円、なんだ、高いのはキャッチャーだけスか」
ポツリと呟いて音ゲーの筐体に陣取った影谷さんを横目に、あたしは尚も物色を続ける。
どうせなら、近所のゲーセンに置いてなさそうなゲームを遊んでみたいのよね。
このゲームコーナー、旅館の一角にしては筐体が多くて、手前にクレーンゲームとプリクラ、奥へ入るとビデオゲームが並び、その裏側にはメダルゲームもあって、エアホッケーやモグラ叩きは隅っこに押し付けられている。
エアホッケーは当分、森山さん達が占領しているとして、大弓さんと小川さんはプリクラの筐体に入ったきり出てこない。
影谷さんは音ゲーでハイテンション。
あたしは何で遊ぼう?
きょろきょろ見渡すあたしの耳に「小野山くん、部屋にいなかったねー。どこ行っちゃったのかなぁ」なんて声が聴こえてくる。
見れば女の子が二人廊下を歩いていくところで、お節介かもと思いながらも、つい声をかけていた。
「あの、小野山くんなら旅館の何処かで遊んでいるみたいですよ」
「え?」
一旦はキョトンとしたけど、すぐ、その子は「あ、そうなの?ありがとう」とお礼を言ってきて、良かった、邪険にされなくて。
「どこかって何処だろ」とも言っていたけど、一緒にいた子が「元気になったんなら、いいじゃないの」とフォローに回る。
そっか、この子達も昨夜、小野山くんが泣いたのを見ていたのね。
それで心配になって探していたってとこかしら。
「それを知ってるってことはぁ、あなたも小野山くんと友達なの?」
「あ、は、はい」
改めて二人と向かい合って、えっ……
あたしは一瞬言葉を失う。
隣にいる子、よく見たら滅茶苦茶可愛くないですか?
ぶっちゃけアイドルかと思うぐらい、ずば抜けている。
ヤンキー女子とも異なるキラキラ感、いえ、清涼感とでも言うのかしら。
彼女の周りだけ、空気がきらめいて見える。こんな美少女、うちの学校にいたんだ。
「私達もだよ!へへ、私が友達になれたのは悠ちゃんのおかげだけど」と、最初に話しかけた子が笑う。
悠ちゃんって?目線で尋ねると、隣の美少女を紹介された。
「桜丘 悠ちゃん!私達、四組なんだけど、こないだの合同修学で二組と一緒だったから」
「えーっ!合同修学、小野山くんと一緒だったんですか!いいなぁ〜」
思わず叫んだあたしに桜丘さんも「うん、それで一緒にパッチワーク作ったりしたの」と微笑む。
クッ、こんな超高校級の美少女が、小野山くんと合同しまくったっていうの!?
合同で仲良くパッチワークを作ったりしたの!?
エェェ羨ましい、悔しいッ。口惜しいッ。
あたしも小野山くんに十八番の手芸を見せてあげたかったぁぁぁ!
誰よ、奇数と偶数で合同を分けようとか言い出した先生は!一生呪ってやる、ブツブツ。
けど、彼女をほっぽって坂下さんと遊んでいるってことは、それほど大事な友達でもないのかしら?小野山くん的には。
ちょっと安心したわ。
「ね、私は中村 梓っていうんだけど、あなたは?同じ小野山フレンズ同士、仲良くしよ!」
小野山フレンズって何。こっちはこっちで、やたら人懐っこい子ね。
その物怖じゼロな部分、大弓さんと似たスメルを感じるわ。とりあえず、悪い人じゃなさそう。
「え、と。佐藤 芽依っていいます、一組です」
「エマ?どういう字を書くの?」
中村さんにはキラキラした目で尋ね返されて、あたしは自分のスマホに打ちこんで見せてあげた。
よく訊かれるのよね、ご年配の人にも。そんなに珍しい名前でもないと思うんだけど。
「へー、へー、これでエマって読むんだ、格好いい!」
「あ、ありがとうございます……?」
なんてキャピキャピ騒いでりゃ、影谷さんや森山さん達も寄ってくるってもんで。
「え、何?エマっち、ソッチどなたさん?」
「小野山フレンズって聴こえたけど、何それ?私も仲間に入ーれーてー、なんちゃって」
「小野山くんの友達っていうなら、ウチらもそうじゃん?そんな感じじゃん?よろしくー」
ぞろぞろ三人が近づいてきたのをきっかけに、プリクラを満喫していたはずの大弓さんや小川さんも「あー、皆そっちにいたんだぁ!置いてかないでぇ」と走ってきて、なし崩しに自販機のある場所で落ち着いた。
「で、どうすんの?小野山フレンズ的に、小野山師匠探索いくっすか?」
くいっと眼鏡を押し上げる影谷さんに、すかさず中村さんのツッコミが入る。
「小野山師匠!?何の師匠なの?」
「ヌフフ、よくぞ訊いてくれた。あれは、そう、ワテが中二の頃やった……」
「え〜、中二の頃から一緒だったんだぁ、小野山くんと!」
「や、出会ったのは表坂が初なんスけどね?」
影谷さんの一人ボケツッコミと流れるような中村さんのボケ倒しとで思わぬ癒やしの時間を過ごしちゃって、なんだかんだで小野山くん探しがそっちのけになったとあたしが気づいたのは、夕飯アナウンスを聞いた後だった。
ま、いっか。坂下さんと遊んでいたってんなら。
彼女となら、そこの桜丘さんと違って、どう転んだって恋愛展開になりそうもないもんね。
あたし達はワイワイ騒ぎながら、新しく友達になった二人とも一緒に食堂へ向かった。