体育祭!
新学期早々の学校行事は体育祭だ!実を言うと俺ァ、走るのは割と得意でな……
部活でやっている奴には負けるけど、それ以外の奴が相手なら、そこそこイケると思うぜ?
ってんで、この行事は楽しみだったんだよな〜。臨海じゃ泳げなかった手の傷も、すっかり完治したしよ。
表坂の体育祭は学年単位で開催の、クラス対抗戦なんだと。
つまり、この行事で小野山をぶちのめしゃ〜俺がヒーローになれるチャンスも大!ってわけだ。
まっ、ぶちのめすっつっても、ぶちのめせそうな競技は少ないんだがよ。
女子は騎馬戦出られねーし、他の男女混合競技は綱引きと玉入れぐらいだし。
あぁ、あと男女混合リレーもあったか。
祭りの最後を飾る競技で、愛川センパイによると例年ほとんどのクラスが陸上部員をあててくるらしい。
けど、うちのクラスは陸上部員がいねぇってんで、俺がリレーの走者に選ばれたんだ。
ここまでの体育の記録を元に、速い奴から順に四人選出。
それも担任が選んだとあっちゃ、高柳のバカもグゥの音が出ないわな。
俺はアンカー、ラストランナーだ。
もし、この競技に小野山が出てきて、且つアンカーだったら勝負を仕掛けられるんだが、あいつ、どうなんだ?
足の速さは、やっちん達との話題に出てきたことがないんだよなァ。
あの図体から考えても、あまり足が速そうには見えねぇしなぁ……
なんて実際に体育祭が始まる前までは考えていたんだが、始まって早々、俺は驚かされた。
小野山のヤロウ、短距離走以外の五種競技に出る予定だっていうじゃねーか!
障害物、借り物、二人三脚、被り物、パン食いの五つで、別名『色物レース』とも呼ばれているお遊び色の強い競技ばかりだ。
情報元は、ほみほみ。開催式の後で本人をつかまえて直接尋ねたらしい。
なんだよ、短距離走に出てくるんだったら俺の完全勝利だったってのによ。
さては俺にタイムで負けるのが怖くて逃げたな、フフン。
俺は真面目にやりてぇし、そのへんの色物は他の子に譲って、短距離の50と100を選んだぜ。
ラスト競技までに体力も温存しておきたいしなっ。
あー、それにしても混合レースにゃ出ないのかよ……小野山。ガッカリだぜ。
まぁいいか。色物レースで実力を測ってやろうじゃないの。ハプニングがあったらスマホで思いっきり激写してやんぜェ!
50メートル走でぶっちぎりのトップを取って一組の点数を稼いだ後、皆で力いっぱい綱引きする。
んで、応援席へ戻ってきた俺の耳が『次は男子借り物競走です』のアナウンスを拾い、校庭を振り返ってみりゃあ、おーいるいる、二組走者にでっかい人影が。
うちのクラスは水村が、これの走者なんだっけか。
混合リレー選出でのタイムを考えっと、あいつがトップを取れる可能性は低い。
小野山のハプニングを撮ってやろうと思っていたけど、水村の泣きっ面を激写するハメになりそうだよな……
考え込んでいたら「小野山くーん、頑張ってー!」って大声が俺の隣であがって、えっ?いや、これもクラス対抗レースだよな?なんでやっちん、小野山を応援しているんだ?ここはクラス一丸で水村を応援してやんなきゃ駄目だろ。
俺が唖然とする間にスタートの合図がパァン!となって、全員が飛び出した。
いいスタートを切れたな、水村!紙を拾って、んん、難しい表情浮かべやがって、何が書かれていたんだ?
見渡せば小野山も、いや他の走者全員が紙を片手に困惑してんじゃねぇか。何なんだよ、この競技ィ。
こっちに走り寄ってきた水村が、やっちんの腕を取って言うには。
「も、望月さん、ガラ物のメンディングテープ持ってない?ほら、いつも休み時間に使っているやつ!」
「は?そんなの体育祭に持ってきてるわけじゃないじゃん!他の人に言ってよ」
「えぇーっ?」とがっかりされたって、やっちんの知ったこっちゃねぇよな。
いやホント、体育祭にメンディングテープを持ってくる奴って、それこそ何なんだ。
水村はレースに勝てるかどうか以前に、ゴールできるかどうかも怪しくなってきやがった。
コースでは小野山も軽く固まってやがる。あっちはあっちで尋ねる相手すら見つからねぇってか。
と思っていたら、突然大声で叫びやがった。
「この中で銀色のアクセサリーを所持している人がいたら、貸してくれ!」
銀のアクセ?あぁ、アクセサリーを女子っぽい持ち物だと判断したんで、尋ねるのを躊躇していたってパターンか。
けどよ、シルバーアクセだったら男子だって持っているもんだぜ。俺も持っているし、今日は手元にねぇけど。
小野山が叫んだ直後、ガタガタと席を立って女子の何人かが奴の元へ走り寄っていくもんだから、俺は脅かされた。
オイオイ、もう女子は誰もがクラス対抗だってのを忘れてんじゃねぇか?
水村も「メンディングテープは持ってないのにシルバーアクセは持ってきてんのかよ!」って突っ込んでっし。
だよな、そこは持っていても隠して欲しいもんだ。一組の勝利のためにも。
「これ、これぇ!私の髪留め、小野山くん、使ってぇぇぇー!」
大声で叫んで真っ先に駆けつけたのは、ゲゲッ、いつぞやの合同修学でやっちんと大喧嘩したアヤチンじゃねーか!
「こっちがいいよ!こっちのほうが小さいし!」
「何よ、あとから出てきて!私が貸すんだから、引っ込んでなさいよ!」
「そんな髪留め、チクチクして手に刺さりそうじゃん!危ないでしょ!?」
そこにやっちんが追いついて、派手な口喧嘩が始まった。
いいぞアヤチン、それからやっちんも!そのまま喧嘩を続けて小野山を拘束しちまえ。
だが、しばし戸惑っていた小野山は、差し出されたうちの一つを手にとって走り出す。チッ。
トップを走っていた三組ランナーを追い抜いて、逆転一位しやがった。へぇー、わりかし速いじゃねぇか、足。
もちろん応援席はキャーの嵐だ。きっと彼女たちは小野山がドベでもキャーって言うに違いないぜ。
まだ見つからなくてまごつく水村や他の走者へ向けてか、「誰も持っていなさそうな物なら、ここにあるぞー!」ってな大声が先生たちのいるテントから響いてくる。
あぁ、なるほどねぇ。生徒や観客の誰もが持っていなくても、あそこに一応救済のブツが用意してあるんだ。
なら二番手以降は、まっすぐあそこに向かやぁいいような気もすっけど、先生の声をかけたタイミングが一位入賞後だった点からして、いきなり救済に頼るのはNGなのかもしんねぇな。
「あ、次女子だ。行ってくるね〜」と足取り軽やかに、ふーみんが走っていく。
「おう、頑張れよ!応援してっぜ」
競技は基本男女の順でやって、借り物競争の後は玉入れ、障害物競争、女子の創作ダンス、男子騎馬戦、二人三脚競争、応援合戦の後に100メートル走、被り物競争にパン食い競争と続き、男女混合リレーで幕を閉める。
小野山が色物五種目出ると知って驚いたのは、被り物とパン食いが続けざまだったからなんだが、あいつ、体力持つのかねぇ?
被り物競争ってなぁ、へんなハリボテやら着ぐるみやらで走るって愛川センパイが言っていたぞ。
今日の気温は残暑がきびしく、シャツが汗で背中に貼りつくぐらいだってのに着ぐるみで走らせようってんだから、先生も鬼だ。
うちの女子の走者は、ほみほみだ。走り終わった後はタオルなど差し出しつつ、脱ぐのを手伝ってやるつもりだぜ。フヒヒッ。
野郎が汗だくなのは気持ち悪いだけだが、ほみほみの汗で透けるブラジャーを妄想しただけでフヒヒヒヒッ。
「なぁに?ニヤニヤしちゃって、レンカってば。今のレースで面白いものでも見ちゃったの?」
ゆーゆーに突っ込まれて、俺は「何でもねぇよ」と軽く手を振って誤魔化した。やべぇやべぇ、下心が表に出ちまっていたわ。
それはそうと、表坂の体育祭にゃフォークダンスがねぇんだな。天馬は春に体育祭があって、そん時にゃ踊ったんだけどよ。
まぁ〜ヤンキー男子諸君が手に手を取り真面目にフォークダンスってのも、想像つかねぇけど。
女子の創作ダンスは、皆で動きを合わせる地味な踊りだ。格好も短パンだし、誰も得しない先生の自己満足を感じるぜ……
全クラス一斉の玉入れは必死の形相でぶん投げて、応援席に戻った俺はタオルで汗を拭う。
どんだけ拭っても汗が出てきやがる。もういっそ頭から水をぶっ被りたい気分だ。
続く障害物競争じゃ小野山は四位でパッとしない順位だったんだが、やっぱ応援席はキャーの嵐だった。
さっきのレース、ハードルで足を取られちまったよな。つーかハードルが苦手なのに、なんで障害物走へ出たんだ?
もしや、大人しいからってんで押しつけられちまったのか?色物レースを全部。だとしたら恐ろしいクラスだな、二組ッ!
女子障害物を挟んで、お次は創作ダンス。
黙々と曲に合わせてダンスしきった俺を「よー坂下!お前も女子だったんだな」なんてフザケたこと言って呼び止めたのは誰だ?
「そう睨むなって、お前の勇姿を写真に収めてやったんだし!な、小野山。お前もバッチシ撮っただろ?」
は!?
俺を呼び止めたのは後藤で手にスマホを持っていたんだが、小野山が持ってんのは、ありゃあ懐かしの使い捨てカメラじゃねーか!
「そんなの持ち込んでいいのかよ!?」
驚く俺に小野山が言うには、保護者が持ってくる分には、お咎めなしらしい。
や、だからって何も俺のダンスを激写しなくったってよぉ。第一、なんでダンスを撮ったんだ?俺の保護者でもねぇのに!
問い詰める俺に、小野山がボソッと答える。
「格好良かった……だから、写真に撮ったんだ」
自分で言っといて照れながら視線そらしてんじゃねーよ!
ほら、後藤が俺とお前、双方チラチラ見て驚愕してんじゃねぇか!!
変な誤解を受ける前に、俺は二人まとめて挑発してやった。
「お前らがそう来るなら、俺もお前らを激写してやっからな!覚えてろよ、二人ともっ」
「へへーん、俺もう後は個人競技ないもんね」と後藤が余裕風を吹かせてきて、ムキーッ!
小野山は数秒沈黙した後、ボソッと「なんでもいいが、パン食いだけは撮らないでくれ」って言ってきやがって、あぁん?なんでパン食い限定なんだよ、撮影禁止。
「あー判る!パンに食いつく瞬間って、どうしても間抜けな顔になるもんな」とは後藤の弁。
そういうもんなのか?
なら……がっつり連写してやるぜぇ、パン食い競争をな!
「それよっか騎馬戦の勇姿を激写してくれよな!」とか抜かして後藤は走り去っていった。ケッ、誰が撮ってやるかってーの。
「お前は馬役か?なんだったら撮ってやってもいいぜ」
小野山はいいとも悪いとも答えず、無言で走っていった。
なんなんだよ、へんなとこでノリが悪ィなぁ。
男子の競技なんざ全く見る気もなかったんだがよ、こうなったら後藤と小野山を探してやる!
って思ったんだが、なにしろ六クラス合同競技だろ?
ワチャワチャ蠢く中から後藤を探すのは困難を極めたし、小野山は予想通り馬役だった。
騎馬戦ってなぁ上に乗っている奴じゃなきゃ写真に撮っても映えねぇんだよなぁ……
俺の隣じゃ、やっちんがキャーキャー言いながら小野山のいる方向へスマホを掲げて写真撮ってたけど。
二人三脚での小野山は、えらくちっこい男子と組んでいて、これがまた全然息のあってねぇこと。
あいつと組んだ奴が気の毒すぎて写真に撮れねぇぜ、こんなの。
被り物は誰が誰なのか、さっぱり判らないまま終わっちまった。
どうも小野山の出番ばかりに目がいっちまうのは、やっちん達が真横で騒ぐせいだ。
俺が100メートル走で一位を取った時よりも大騒ぎで喜ぶってんだから、やってらんねぇぜ。
二組の応援席では、小野山がしきりにタオルで顔や腕を拭っている姿が見える。
このクッソ暑い日に五種目参加だもんな……さすがに汗びっしょりにもなるわなぁ。
さっきの被り物は、どいつもこいつも見るからに蒸し暑そうだったし。
『次の競技は男子パン食い競争です』
「きたぁ!本命中の本命競技、パン食い競争ーっ!」
おわっ!いきなり叫ばねぇでくれよ、やっちん。
って、なんだ、その手に持ったカメラは!望遠レンズつけてんじゃねぇか、何を撮るつもりなんだぁ!?
「やっちん、そのカメラは?」
「え?これ?これで小野山くんのアップをバシバシッとねぇ、撮っちゃうの!」
は?
「もぉ〜、パンに噛みついた瞬間の、ちょっとエッチな表情をアップで撮ろうって、ずっと考えてたんだから!今日はパパに無理言ってカメラ持ってきてもらっちゃった!」
ちょっとエッチな表情?
や、後藤は間抜け面になるっつってたけど?
男子と女子じゃ、ずいぶん差があるんだな……パン食い競争のイメージ。
ずらっとコース上に並んだ走者は全員デカブツで、明らかなチビを出してくるクラスは一つもねぇ。
うちのクラスの走者は高柳だ。隣に小野山が並んだって、身長だけなら負けてねぇぜ。
あいつを応援すんのは癪だけど、一組が負けるのは、もっと嫌だしなァ……
仕方ねぇ、うちの女子は全員小野山親衛隊だし、俺ぐらいは応援してやんなきゃな。
「いっけぇーバカ!」と叫ぶ俺を見て、ゆーゆー達が「バカって誰ぇ」と笑う中、スタート合図が鳴り響く。
デカブツどもは一斉にパンの元に辿り着き、袋に噛みつこうとしてるんだが、この袋がまた絶妙な縛り具合でプラプラ揺れて、走者の必死具合も相成って、端から見てっと間抜けな競技だなぁ……
が、俺以外の女子の反応は異なった。
「あぁん、小野山くんの表情すっごくイイ、えっちぃ〜」「舌で舐め回しているよぉ、ドキドキするぅ」
カメラ片手に小野山をガン見、あちこちシャッターが切られる音に包まれて、やっかましいったらねぇ。
「あのパンになりたい!」「ねーっ!」
ははは……パンになりたい、デスカ。
やっちん達には悪いが一ミリも共感できねぇぜ。
つぅか、なかなか噛みつける奴が出てこなくてイライラしてきたんだけどよ。
おっ、五組の奴がガブッと紐ごと噛みちぎって前に出たァ!
へー、紐はぶった切っても構わねぇのか。
他の走者も前に習えで紐ごとパンを食いちぎって、あぁっ、四組が落として『四組失格です!』あぁ、落としたら駄目なんだ!
逃げる五組、追う二組と一組、それから三組がやっと噛みついた!
「いけぇーバカ!」「だからバカって誰なの〜」
俺の応援虚しく、高柳は三着だった。
一位は五組の走者で、小野山は二位だが、応援席は小野山が一位になったの如し盛り上がりだ。
やべ、手に汗握るデッドヒートに見入っていたせいで、写真撮るの忘れちまった。
ま、いっか。次はラスト競技、やっと出番だぜ。
「頑張ってねー、レンカ!」との声援を背に、俺はコースへと歩いていった。