恋人って本当ですか!?

全学年の体育祭が終わった後あたりやろか。
校内で変な噂が出回るようになったんは。
坂下ちゃんと小野山くんが、つきあってるってゆぅ。
んなわけあらへん。二人と友達のウチやから言えるけど、完全デマや、デマ。
せやけど、この根拠のないデマを信じてる子の多いこと。
ぱぁっと広まって、あっちゅう間に、それこそ放課後も休み時間も、その話で持ちきりや。
ウチ、そうゆぅ恋バナは今も苦手で。
できれば他の話をしたいんやけど、みぃんな噂が大好きなんやね。
今日も友達の一人に「ねー!嘘でしょォ、小野山くんにカノジョが出来るなんてぇー」って泣かれたんで、ウチは素直に頷く。
「うん、ウソだよ」
「え?」
「だから。小野山くんにカノジョ出来たっていうの、ウソだってば」
「そうなの?」
なんて具合に、噂が出てから何度目やったかな、この会話すんの。
おまけに坂下ちゃんって、他の子からは誤解ぎょうさん受けとるらしくて。
ヤンキーだと思うてんのは、まだマシなほうで、酷いのになるとセンセに暴力ふるっただの、隠れて麻薬密売してるだの。
どうやったら、そないなふうに見えるん?
どう頑張って見ても、健全スポーツ少女やろ。
こないだの体育祭では大活躍やったし。
うぅん、きっと噂を本気で信じとる子はおらんのやろね。
ただ、気に入らない。だから根も葉もない噂をくっつけて叩く。単純明快や。
小野山くんに近づく女子は許さん〜っちゅう怨念みたいなもんが、ひしひし感じられて、怖ぁ。
「ありえないよね!なんで、よりによって、あんなのなのぉ?あの子ヤンキーでしょ〜?絶対似合わないよ小野山くんと!」
「ねー。髪ボサボサだし、ブサイクだし、口は悪いしィ。こないだなんかヤンキーの先輩と購買でやりあってたんだよ?怖いよねぇ」
今日も女子トイレは悪口の巣窟やった。
しかも個室に入った後でやられると、ウチ、出るに出られへん。迷惑。
声聞く限りだと、んー、ウチの知らないクラスの子やね。三人で、ずぅっと坂下ちゃんの悪口言うとる。
「やだー、そんなのと小野山くんが喋ってるって考えるだけでユーウツだよぉ!」
ウチは、この悪口大会のが憂鬱なんやけど。はよ終わらせて、出てってくれへん?
「小野山くん、絶対あの坂下って子に脅されてつきあってるんだよね?可哀想っ」
「なんとかしてあげたいよね……助ける方法ないかな?」
「無理ー、ヤンキーに話しかけるとか絶対無理ー」
「だよね、変に話しかけて粘着されても困るし」
あぁ、やっと声が遠ざかってった。
ウチはホッと溜息をついて、個室から抜け出る。
もぉ、どっちが粘着やんね。トイレにいる間、坂下ちゃんの悪口ばっか言って。
それよか、ウチにもできることないかなァ。
このままやと坂下ちゃん、ガッコに居づらくなりそやし。
さっきみたいに、友達だったら直接言えるんやけどね。
知らん子に、いきなり話しかける度胸はウチにもない。
昼休みも図書室の、ちょっと奥へ入れば、そこは女子の悪口ゾーンや。
やっぱ知らん顔の子が二人、ひそひそやっとる。
「ホントなのぉ?」
「ホントだって!空手部の先輩が言ってたんだからっ。ムリヤリ寝技に持ち込んで押し倒してキスしたって」
「え〜?でも空手に寝技なんてあったっけ?」
「ないよ、ないのにムリヤリ小野山くんを押し倒したんだよ……」
現場を見たわけとちゃうのに、なんでそんな自信満々言い切っとるん?
「しかもファーストキスだったんだって、小野山くん」
「うわー、やだぁー、可哀想……」
リアルに考えて、どないしたら、ちっちゃい坂下ちゃんが、でっかい小野山くんを押し倒せるんやろ。
逆なら判るんやけど。
そう。逆ならウチにも想像できるんや。あんま、しとぅないけど。
小野山くんは、そないなことせん。ウチには判る。だって、彼は紳士やもん。
小野山くんやったら押し倒したりせんで、キスしてもいいか?って聞くんちゃうかな。
けど、そう聞かれて目をつぶって待ち受ける坂下ちゃんが全然想像でけへん。無理あるわ、この妄想。
にしても、空手部?
空手部ゆぅたら二人が入ってる部やん。
噂の出どころ、意外と近くやったんね。
せやったら、この噂、先輩の逆恨みなん?
坂下ちゃん気が強いし、部活の先輩とも衝突してそや。
陰口大会やっとる二人組は小野山くんのファーストキスにめっちゃ執着してて、坂下ちゃん叩きにも夢中や。
小野山くんのファーストキス……
はぁ。
そこまで執着するもんなん?
ウチやったらキスより、そやね、同じテントで一晩過ごしてみたい。
寝顔どんなんかな。いびきとかは、かかなさそうなイメージなんやけど。
寝言とか言いそ。ふふ。想像したら、ほっこりくるわぁ。
小野山くんって、見た目は大人びとるけど中身は割とお子様やと思うんよね。
あ、悪い意味やなくて。純粋って意味で。
「確か一組だったよね、あのチビブス。机ん中の教科書、どっかに捨てちゃおっか」
「でも、どの席か判んないし」
なんか、とんでもないこと言うてる。
教科書やったら坂下ちゃんは置いとらんのとちゃうかな。ちゃんと宿題やる真面目さんやし。
や、それ以前に。嫌いやからって、そこまでやるぅ?
イジメやん。
このままほっといたら坂下ちゃんに本格的な被害が出そうやし、やっぱ誤解を解いて回らんとあかん。
けど、なんて声かけたらエェねん。
悪口言うてるとこに割って入るって、向こうからしたら変な子確定やん。
坂下ちゃんは助けたい。けど、ウチの肩身が狭くなるのもゴメンやで。

悶々悩んどる間に一週間経ってもうた。
幸か不幸か、今んとこ坂下ちゃんや小野山くんの耳に直接悪口は入っとらんみたいやった。
坂下ちゃんが女子のイジメにおうたーっちゅう噂も聞こえてこん。
ヤンキーっちゅう誤解のおかげかなぁ。
「嘘でしょ、小野山くんが、小野山くんに彼女ができるなんてェ……」
あぁ。
また嘆きの女子とトイレで遭遇や。
せやからぁ、ウチが個室入っとる間狙って悪口大会やるの、やめてくれへん?
「1−1ってヤンキーの巣窟じゃん?きっと、そいつもヤンキーの仲間だよ。だから小野山くん、むりやりキスされちゃったんだ」
「やめてぇッ、それ以上言わないで!お、小野山くんが汚されちゃったぁ……」
「アヤちん、泣かないで……!よし、こうなったら本人に直接言いにいこ!」
直接って何を言いに行くつもりなん?
個室のドア越しに、ウチは聞き耳を立てる。
「で、でも、ヤンキーなんでしょ……怖い……」
「大丈夫。ヤバイこと言われたら、うちらが言い返してあげる!さ、いこ!メソメソ泣いてるだけじゃ何も解決しないよ」
「もしさ、殴られたら、すぐ先生呼ぼう?そんで退学に追い込んじゃお!」
「うんうん。でも退学する前に、きっちり言っておかないとね。小野山くんと別れて、って!」
三対一で坂下ちゃんやり込める気満々やん。
ヤバイ。ウチの恐れてた展開が始まりそうや。
坂下ちゃん、まさか泣いたりせんやろけど虐められるんは可哀想やし、いざとなったらウチが加勢したろ。
三つの足音が出てった後、そっと後をつけてみる。
あれ?あの子、どっかで……そや。臨海学校で、ウチに喧嘩売ってきた子や。
ガチ泣きしてて、あらら、マスカラが流れ落ちてカブキ役者みたいな顔になっとる。
その顔で行って、小野山くんに見られたりしたら致命傷やん?
ま、えぇけど。根拠のない噂信じて、坂下ちゃん虐めるような子やし。
三人はまっすぐ廊下を突き進んでいって、1−1の前で立ち止まる。
ちょうど教室へ入ろうとしてた子を捕まえて「ねぇ、坂下さんいる?呼んでもらえると嬉しいんだけど」ってニコニコの笑顔で頼んで役者やねぇ。
「いいけど。坂下さーん、誰か呼んでるー!」
「おう!」と二つ返事で坂下ちゃんが出てきた途端、ニッコニコの笑顔が吊り目に変わって、豹変しすぎやわ。
「お?誰だ、俺に用ってのは……ゲェーッ!
坂下ちゃんも途中で悲鳴をあげてて、何なん?知り合いなん?
「お、お前はアヤチンじゃねーか!やっちんなら今いねーぞ」
「やっちん?違うよ、うちらはあんたに用があるの!」
アヤちんを庇う位置に出てきて、眦釣り上げた子が威勢よぅ吼える。
「あんた、今すぐ小野山くんと別れてよね!」
「は?」
「は?じゃないよ、とぼけないで!あんた、小野山くんとラブラブだって言うじゃない!」
「へ?」
「あんたみたいなのがカノジョヅラとか、ふざけないで!」
二人がかりで難癖つけられて、最初はポカンとしていた坂下ちゃん。
やっと言われとる意味が理解できたんか、苦笑交じりに笑い返した。
「いやいや、何言ってんだよ、二人とも?言っとくが、俺ァ小野山なんかとラブラブになった覚えは一秒だってねーぜ?」
そこに「なんかって何よぉ!」と割り込んだのはアヤちん。
まだ目尻には涙が光っとるけど、両目は鬼女の如し釣り上がり具合や。
「あんたなんかに、なんか呼ばわりされるほど気安くないわよ小野山くんは!」
「そうだよ、カノジョ気取り鬱陶しいー。もうね、そばにいられるだけで不快だし、小野山くんには二度と近づかないでくれる?」
「や、だからカノジョってなんだよ?俺と小野山はダチだっての」
「今更ごまかしたってダメだよ!もう皆、知ってんだから!」
「嘘じゃねぇっての!」
「それにしちゃあ必死じゃん!あんたがレイプ魔だってのも、こっちは知ってんだからね」
「はぁ!?」
「ぐだぐだ言い訳してないで、さっさと別れなよ!じゃないと警察にチクるよ、あんたの犯罪!?」
「や、犯罪って?待てよ、俺が何をしたって言うんでぇ!」
「もういいから!小野山くんとは別れて、お願い!これ以上、小野山くんを穢さないでェェェ」
がしっとアヤちんに肩を掴みかかられて、坂下ちゃんはバシッとその手を振り払う。
こころなしか、うぅん、間違いなく眉間には濃ぉい皺を寄せて。
「だーかーらー!違うって言ってんだよ!どこで聞いたんだ、その間違ったガセ情報をよぉ!」
今気づいたんやけど、なんや周りに人垣出きとった。
まぁね、これだけ大騒ぎしとったら皆も気になるんは当然や。
小野山くんに気づかれるのも時間の問題やし、そろそろチャイム鳴りそうやから、ウチは先に戻ろっと。
きっと小野山くんが喧嘩を収めてくれるやろ。二人は友達なんやし、ね。

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