恋人って本当ですか!?
三年の体育祭が終わって、しばらくした頃だったかな。まことしやかに奇妙な噂が学校中で流れるようになったんだ。
坂下さんと小野山くんがつきあっている、っていう。
確かに今年知り合ったばかりにしちゃ、二人は仲良しすぎるというか距離が近いとは僕も思うけど。
ペットボトルの飲み回しは当然として、弁当のおかずを分け合ったりとか、夏の旅行ではソフトクリームを半分こしていたし。
友達のつきあいにしては不思議な距離感だよね、あの二人。
特にソフトクリーム。
坂下さんが差し出した舐めかけのやつを、小野山くんがペロリと舐めた時は、僕だけではなく桜丘さんや他の女の子達も驚いていたし。
舐める前に何度か「いいのか?」「いいって言ってんだろ?」って問答があったにしろ、さ。
僕だったら、きっと断固遠慮していたと思う。
女子だから嫌だっていうんじゃなくて、男子、小野山くんに誘われても無理かな。
誰かのくちをつけた食べ物を食べるの自体に拒否感があるんだ。
まぁ、これは僕が単に食べ物のシェアに慣れていないだけかもしれないけど。
それに僕が覚えている限りじゃ、あの二人は毎日お昼を一緒に食べて昼休みも一緒、さらには毎日一緒に下校している。
僕は帰り道が逆だから一緒に帰れないし、弁当持参ではなく学食の日もあるから毎日とまではいかない。
午後に雨が降った日、傘を忘れた坂下さんと相合い傘しているのも見たことがある。
これらのどれかを目撃した誰かが、二人を恋人だと勘違いしちゃうのも仕方ないか。
でも勘違いの噂が、ここまで広まるもんかなぁ。
僕のクラスでも休み時間は、その噂で女子グループが毎日盛り上がっている。
そう、噂で盛り上がっているのは女子だけなんだ。
男子は無関心と言っていい。少なくとも矢島さんの留年ほどの食いつきはない。
しかも、話題の大半が坂下さんへの好き勝手な悪口に集中している。
小野山くん側を悪く言う女子は全くいない。
うちのクラスの生徒は、ほとんどが双方を詳しく知らないはずだ。
なのに、悪口が片方に偏るのは何故なんだろう?
正直にいって友達の悪口が聞こえてくるのは、いい気がしない。
かといって、注意する勇気もない。聞いていたの?キモーイって言われて終わるだけだろうし。
坂下さん、大丈夫かな。
一組で虐められていないといいんだけど……
いや、彼女のことだから対等に喧嘩しているかもしれないな。
普段の坂下さんを鑑みるに、泣きながら落ち込むタイプじゃないもんね。
坂下さんのことはさておき、僕以外で二人と共通の友達は今の状況を、どう思っているんだろ。
昼飯時は二人も一緒だから聞きづらかった。
今日は部活が終わるのを待って、後藤くんを呼び止める。
「ん、なんだヤマナシ。お前が、この時間まで残ってんのって珍しいじゃん」
軽口の回る彼をつれて、誰もいない階段の踊り場で立ち止まると、さっそく本題を切り出した。
「あの、さ。後藤くんは聞いている?坂下さんと小野山くんの噂」
「あー、知ってる知ってる」と手を振り、後藤くんが頷く。
「二人が恋人だってやつだろ?うちのクラスの女子が話してたわ。つぅか、中身は坂下の悪口ばっかだけどよ」
やっぱり四組でも悪口を言われていたんだ。
「そんで?そのネタを振って、ヤマナシは俺にどうしてほしいんだ?」
「どうしてほしいっていうか、その、それとなく聞き出せないかな?二人が、噂をどう思っているのかを」
「や、小野山も坂下も何も愚痴らねぇし、あの二人の耳にゃまだ入ってないんじゃねーの?」
「そうなのかなぁ……」と僕は呟き、ちらりと後藤くんを見やる。
僕と坂下さんは共通の話題がないから、あまり喋らないけど、後藤くんはスケートボードの大会にも詳しくて、よく坂下さんと盛り上がっている。
だから、てっきり後藤くんも怒り心頭かと思っていた。
だけど今、こうして見た限りだと、あまり怒っていないみたいだ。
「どうせ噂立ててんのって、どっかの嫉妬深い女子だろ?小野山を好きだっつー。あんま気にしなくていいんじゃねーのォ」
うちのクラスの男子と同じで、噂には無関心と言っていい。
でも、六組の男子と違って後藤くんは坂下さんの友達なんだぞ?
なんで、ここまで無関心でいられるんだ。
「でも、坂下さんが悪く言われているんだよ。後藤くんは悔しくないの?」
「え?なんで?」
なんでって、そんなキョトンとされたら僕まで困ってしまう。
「小野山が謂れなき悪口言われてるってんだったら助けるけどよ、坂下なら自力で何とかしそうじゃん。んな心配するこっちゃねーって」
うーん。これは後藤くんが坂下さんによせる信頼感……なのかなぁ。
いや、ちょっと待って。
謂れなきというんだったら、二人が恋人だという誤解だって謂れなき悪口になるんじゃないか。
これは坂下さんだけの問題じゃない。巻き込まれた小野山くんの問題でもある。
僕がそう問うと、後藤くんは、あっけらかんと笑って答えた。
「え?別にいいんじゃねーの。小野山は恋人がいるってことにしといたほうが」
「え?」
思わずポカンとなる僕へ、重ねて後藤くんが言うには。
「だって小野山、困ってたみたいだしよ。下校時に突撃告白かましてくる女が多くて」
そ……そうなんだ?
孤立ボッチよりは誰かに構ってもらえるほうが、と僕なんかは思うんだけどね。
僕と違って小野山くんはシャイだし、自分から友達や恋人になりたいと思った人にしか心を開かないのかもしれない。
けど小野山くんは、それでいいとしても坂下さんは、どうなるんだ。
知らない女子の悪意に晒されたまま、ほうっておくのか?
僕の憤りをどう受け取ったのか、後藤くんは肩をすくめた。
「どうしても気になるってんなら、お前が自分で聞けばいいじゃん」
そりゃそうなんだけど、さっきも言ったように僕は坂下さんと、それほど近しい友達じゃない。
小野山くんとも、多少距離がある。
その点、後藤くんは僕よりも前から小野山くんと友達だし、坂下さんとの距離も近く見える。
でも噂に全く興味がないみたいだし、これ以上は頼んでも無理か。無理強いも、したくないしね……
「う、うん。そうだね。そうする」
結局、僕が折れて後藤くんとは「そっか。んじゃーな!」と別れた。
はぁ……どうしよう。
どうしても気になるんだけど、僕が聞いていいものかどうか。
「どうして、そこまで気になるんだ?」
いきなり低い声に尋ねられて、僕はビクッと跳ね上がる。
慌てて振り返った視線の先にいたのは、同じクラスの矢島さんだった。
「あ、えっと。だ、だって友達が悪く言われていたら、気にならない……ですか?」
「タメでいい」と断ってから、矢島さんが僕の側へ近寄ってくる。
「噂は、いつも独り歩きして誰かを傷つける。だが、事実無根なら無視しろ。いずれは消えてなくなる」
それは自分のことを言っているのかな。
矢島さんが留年した理由。
入学当時はクラスの中でも、あれこれ言われていたんだ。
単位が足りないっていう予想はマシなほうで、同学年の女子に性暴行をふるっただの、学外のヤンキーと派手に喧嘩しただの。
でも決定打となる話が何処からも出てこなくて、いつの間にか誰も噂しなくなった。
「義勇は時として友を余計に傷つけることにもなりかねない。気をつけろよ」と言い残して矢島さんは去っていった。
僕の、友達の悪口への憤りが行き過ぎた正義だと言いたいのか?
あぁ、でも、もしかしたら、矢島さんの友達が暴走して余計に悪く言われるような過去があったのかもしれない。
そうだ。この噂は事実無根なんだ。
なら無理に封じ込めようと躍起になるよりも、話題にしないほうがいい、のか……?
うーん。
でも、それって友達として、本当に正しい行為なんだろうか。
友達の為に怒っちゃ駄目ってのも、何か違うと思うんだけどなぁ。
こうして僕は悶々悩み続けたんだけど、ある日、別の噂が流れてきたんだ。
もちろん情報源は、クラスの女子グループだ。
小野山くんと坂下さんは単なる部活仲間の友達で、二人の恋人疑惑は空手部の先輩が冗談で言ったif妄想だったんだって!
噂の出どころ、空手部だったんだ……まさに灯台下暗しだね。
けど噂が嘘だと判った途端、坂下さんの悪口も言う子もいなくなって、めでたしめでたしってとこかな。
まったく、人騒がせな先輩だなぁ。
無事に収まったから良かったけど。
僕の悩みも解消したし、再び胸を張って二人と友達だと言えるようになったよ。やれやれ。