聡太の後日談
文化祭が終わると期末テストが始まる。そのテストも無事に終わり、あとは冬休みまでの終業式を待つばかりだ。
テストの結果は……うん、思っていたよりは良かったよ。これも坂下さんの家で勉強会をやったおかげだね。
僕達はテスト前に必ず誰かの家で集まって、勉強会を開くことにしている。
正直に言って、高校へ入るまでは思いつきもしなかったなぁ。こんなふうに誰かの家で集まって勉強するなんて。
あの日あの時、屋上へ行ったのは、ほんの思いつきに過ぎなかったけれど、行ってみてよかったよ。
そういや文化祭期間中、部活にも入ってみたんだ。
きっかけは林くんの「お前、部活なんにもやってないの?」ってネタ振りからだったんだけど、どの部活が面白いかって流れになって、熱烈な勧誘のもとに後藤くんと同じゲーム部に入ったんだ。
毎日ゲームで遊ぶ部なのかと思いきや、作る側だったのには驚いたけど、これはこれで、やり甲斐のある活動だ。
インターネットで検索すれば、いくらでも作り方講座は見つかるしね。
そうそう、後藤くんのゲーム知識の深さにも驚かされたよ。
いつも坂下さんとスポーツの話題で盛り上がっているから、運動系だとばかり思っていたんだけど。
その坂下さんは空手部に入っていて、小野山くんも一緒なんだそうだ。
いいなぁ。一瞬空手部への興味が沸いたけど、誰かを蹴ったり殴ったりなんてのは僕の性に向いていないから、無理かな。
ちなみに木村さんはバレーボール部、伊藤さんはテニス部、林くんはサッカー部に所属しているんだって。
勉強会を一緒にやる友達、桜丘さんは手芸部で佐藤さんは美術部。
つまり僕以外の友達は全員、部活に入っていたわけで……
もうちょっと早くに、この話をしておけばよかったと後悔したのは内緒だ。
ゲーム部は毎年ゲームグランプリっていう大会に出場していて、僕も今、後藤くんの手を借りてゲームを一本作っている。
後藤くんは全くの初心者な僕にも優しくしてくれる。
どんなに間違っても途中で教えるのを投げたりせず、僕が詰まっていた部分をネットの講座よりも判りやすく解説してくれるんだ。
ゲーム部での活動だけじゃない。
合同修学でも彼が声をかけてくれなかったら、きっとボッチで修学するハメになっていたはずだ。
改めて考えると、聖人君子並の良い人じゃないか。
こちらは何も返すものがないのにって言ったら、いいよ、今度勉強を教えてくれたらって笑っていたっけ。
二年にあがったら、後藤くんも勉強会へ誘ってみよう。桜丘さんが一緒だって知ったら、きっとビックリするだろうな。
桜丘さんと後藤くんは同じクラスなんだけど、後藤くん曰く桜丘さんは高嶺の花で、毎日大勢の友人知人に囲まれている上、同学年から先輩までモテモテの引く手あまた、蟻の子一匹入る隙間もないぐらい話しかけるハードルが高いらしいんだ。
そうかなぁ。
知り合って以来、ずっと勉強会を一緒にやっているけど、話しかけづらいと思ったことが一度もないや。
むしろ話しかけやすい、かな。いつも穏やかで優しいし、滅多に怒ったりしないし。
普段、勉強会以外で一緒に何かする機会はないけどね。
クラスが違うし部活も違うし、昼休みは全く捕まらないし。あぁ、こういうところが後藤くんのいう"高嶺の花"なのかな?
僕から言わせてもらうなら、小野山くんのほうが、よっぽど高嶺の花だ。
いや――"だった"というべきか。
ある時期を境として、休み時間に小野山くんを探す手間が省けるようになった。
必ず二組の教室内にいるから、呼び出しやすくなったんだ。それまでは、ほとんど誰かに呼び出されていて不在だったのに。
これも同時並行で流れた噂のおかげかな。彼が硬派だっていう。
硬派ね、確かにその通りだ。僕の目から見ても小野山くんは硬派だよ。
顔良し性格良しで皆に好かれているのに特定の恋人はいないっぽいし、自ら女子へ下心満載で近寄っていったりしないし。
出会った頃からシャイを貫いていて、僕のネタ振りに無言の頷きか一言二言でボソッと答えるのも相変わらずだ。
まぁね、性格って、そんな簡単に変えられるもんじゃないしね。
逆にハイテンションな彼を想像できないから、三年間シャイでもいいや。
そうだ、明日は、その小野山くんと二人で出かける予定なんだ。
坂下さんを誘わないでの外出なんて初めてで、僕の胸は既にドキドキ高鳴って期待が膨らんでいる。
彼の使っていた室内用運動靴が壊れたから、新しいのを買いに行くのにつきあうだけなんだけど。
待ち合わせの三十分前に到着した僕は、そわそわと小野山くんを待つ。
何度も腕時計を見ちゃったりして、他の子と出かけても、こんなふうにならないのは自覚しているつもりだ。
今の僕は、自分の気持ちに気づいている。
小野山くんが好きだ。
ただの友達っていうんじゃなくて、なんていうのかな、もっと深い仲になりたいと思っている。
そう――例えば親友、といった立ち位置ぐらいには。
今のところ坂下さんがそのポジションにいるみたいだけど、僕にだってチャンスはあるはずだ。
根拠は合同修学で彼のほうから僕に興味を持ってくれた、その一点だけなんだけどさ。
後藤くんから僕の噂を聞いたのかもしれない。
そういや、後藤くんは何故僕が帰国子女だと知っていたんだろう?
六組以外で帰国子女だと名乗った覚えは、ないんだけどな……
まぁ、いいや。今は後藤くんより小野山くんだ。
時計の針は五分前を切った。まだかな、まだかな。
何度も改札口を振り返っては、吐き出されてくる人混みの中に彼を探す。
小野山くんは、あまり時間厳守ってタイプではなくて、桜丘さんに誘われた夏の旅行でも遅刻してきた。
でも、今日は向こうが誘ってきたんだ。まさか遅刻なんてしないよね?しないと信じたい。
そう信じて、三十分経過後。
やっと改札口に、ひときわ背の高いシルエットを見つけて、僕の口からは思わず溜息が漏れる。
遅いよ、もう。五分十分なら許容範囲だけど、三十分は大遅刻じゃないか。
しかも小野山くんは一人じゃなかった。隣に林くんがいて、なんやかんやと話しかけている。
なるほど、大遅刻の原因は彼か。振り切ろうにも振り切れなくて、結局一緒に来ることになってしまった、と。
「すまない、盛大に遅刻した」との小野山くんの謝罪に林くんが被せてくる。
「なんだ、待ち合わせって月見里だったんだ。てっきり坂下かと……あ、そうそう、後藤や渡辺も来るんで、もうちょっと待ってもらえるか?」
休み時間の告白がなくなったからって、そう簡単に二人きりになれるはずもなく、二人っきりの買い物だと浮かれた僕が馬鹿だった。
そうだよね、恋人がいなくても友達は山程いるんだったよね、小野山くんには。
林くんの追跡を振り切れなかったのは、大方いつものシャイを発揮して、うまく説明できなかったのもあるんだろうな。
ま、いいや。そういう彼を気に入っているんだからね、僕も。
渡辺くんっていうのは、いつも休み時間にて後藤くんと雑談に興じている四組の子で、ゲーム部の部員でもある。
多少距離は遠いけど、僕とも顔見知りだ。林くんが彼を知っているのは後藤くん繋がりで、かな?
こんな大勢になると判っていたんなら、坂下さんも誘えばよかった。
そんなふうに考える僕の耳に、林くんの携帯を借りて何処かへ電話していたらしい小野山くんの言葉が流れ込んでくる。
「坂下も出られるそうだ。皆が来るまで、どこかで時間を潰そう」
あはは。
やっぱり本音じゃ坂下さんを誘いたかったんじゃないかー。
シャイなのは可愛いけれど、たまには、ちゃんと本心を伝えてくれないと妙な期待でヤキモキしちゃうよ。
こうも坂下さんへ矢印が一直線なんじゃ、小野山くんの親友ポジは諦めるしかないか。
けど一番が駄目でも二番三番の席は、林くんにも後藤くんにも渡さないからな。
「あ、じゃあスタバいこうぜ」と林くんに促されて、僕はさり気なさを装いつつ小野山くんの真正面の席へ腰掛けると、あとは他愛ない雑談で時間を潰しながら後藤くん達の到着を待った。