芽依の後日談

文化祭当日――
うちのクラスは喫茶店をやることになったんだけど、当然のように抜け出して二組へ駆けつけたわ。
だって二組はミスターコンテスト、それも小野山くんの勇姿が見られるって開催前から噂になっていたんですもの!
それに、あたしは厨房でもウェイトレスでもなくて客の呼び込み担当だもんね。外へ自由に出歩ける身なのよ、最初から。
二組の演し物ミスターコンテストは、正確に言うとミニ運動会だったわ。
ボール運びや伝言ゲーム、お宝探しなどの室内で出来る簡単なゲームで得点を競いあい、総合得点の一番高い人が優勝。
競い合うのは二組の男子のみ。女子は司会やミニゲームの用意と片付けを担当しているみたい。
これ、今日一日いっぱいやるみたいで、二組の人達は他の演し物を見に行く暇もないのかしら……
でも皆、楽しそう!あたしの視線は当然、小野山くんに釘付けよ。
ボールを落としそうになって慌てる姿や、思わず声が出ちゃう場面もあって、あたしまでハラハラドキドキしちゃう。
周りの女子もキャーキャー騒いでいて、しかも音楽が大ボリュームなせいで、もう誰が何言ってんだか分かんない。
それでも小野山くんに心の中で声援を送っていたら、横合いからグイッと力強く引っ張られて教室の外まで連れ出されて、もう、何なのよ、誰なのよって影谷さん?
「エマッち、エマッち、ゲーム部の演し物すげぇっすよ!今日限定で有料ネトゲがやり放題だって」
ハァ?ゲーム部ゥ?そういや、あったわね、そんな部も。部員が男子ばかりだってんで入部はスルーしたんだけど。
「部員の作ったゲームも今日だけタダで出来るッスよ!ねね、エマっち一緒に行こ?」
影谷さんが一人で行かない理由も何となく判るわ。部室が男子だらけで入りにくいのよね、そうよね?
うーん……正直に言って、無名部員が作ったクソゲーにも基本有料のネトゲにも興味ないんだけど……
影谷さんには、なんだかんだで助けられることも多いし、仕方ないなぁ。
「いこっか」と答えたら、「わーい!やっぱエマッちは話が判るぅ」と影谷さんは大喜び。
いざゲーム部の部室へ入ってみると、うわ、予想通り男子だらけで心なしか室内の温度が廊下より高いようにも感じられるわ。
室内には所狭しとパソコンが置かれていて、どれもがゲーム画面を映している。
部室が暑いのは、これの熱量もあるのかしら?
ゲームによっては長蛇の列まであって、皆の無料プレイにかける熱意が凄いわね……
その熱意を課金や購入に替えてあげれば、ゲーム会社だって涙を流して喜ぶでしょうに。
影谷さんは、あたしをほったらかしに一台のパソコンへかじりついて、さっそくゲームで遊んでいる。
こうなった彼女は誰の話も素通りする集中モードになっちゃうってんで、あたしは、そっとゲーム部の部室を抜け出した。
悪いけど、やっぱり二組の途中経過が気になるし戻ろっと。
って、戻りかけたところで、またまた「あーいた、芽依ちゃーん!ちょっといーいー?」って大声で、あたしを呼び止める声が。
フッ……人気者は辛いわね。なぁに?大弓さん。
「ねぇねぇ、ミニオケいった?聴いた?すごいよ、二年のなんだけど!まだなら芽依ちゃん、一緒にいこ!」
ミニオケってミニオーケストラか、二年四組の演し物よね、確か。文化祭が始まる前、美術部の先輩が話していた気がする。
その時は全く興味がわかなかったんだけど、今こうして唾を飛ばして大興奮する大弓さんを見ていると聴いてみたくなってくるわ。
「えっとね、カンゲン部?」
「……吹奏楽部」と真横を歩く小川さんの訂正が入り、大弓さんは頭をかく。
「あ、そうそう、それ、吹奏楽部の人達プロデュースで本格的な演奏になったんだって!」
なにをどう間違えれば吹奏楽がカンゲンになるんだか判らないけど、演奏は上手いみたいで期待が高まってきたぁ。
二年四組の教室前に、えっあれ何?列が出来ているの?
「あれはね、教室に入り切らなくて廊下で聴いているんだよ」
大弓さんが、あたしの視線を辿って言う。言われるまでもなく、えぇ、ここへ来る前までにも音は聴こえていたわ。
へぇ……一クラスの急増仕立て演奏にしては、なかなか上手いじゃない。
学内BGMに採用しても良いぐらいよ。そんなのないけど。
上手いんだけど廊下で立ちんぼして聴くのは、少々足がつらいわね……
一曲終わった辺りで、あたしは二人に尋ねた。
「そういや二人とも客引きやった?」
「全然〜。っていうか呼び込まなくても、お客さんいっぱい来ているし」と、大弓さん。
あたしは「え?マジで?」と思わず素で聞き返しちゃった。
だって、うちの喫茶店ってウェイトレスが自作振り袖を着て接待するっつー、色物喫茶なんですもの。
ぶっちゃけオッサンしか来ないかと思ってた。
「マジで!廊下に列出来るほど大盛況だよ、見てみる?」
「うん!」
ってんで戻ってみたら、ヤダ本当に長蛇の列が出来ているじゃないのよ、廊下に!
並んでいるのは生徒だけじゃない。いわゆる近所の人達と思しき大人から子供まで、いっぱい来ている。
「ただいま最後尾は三十分待ちでーす!」って細川さんがプラカードを手に叫んでいた。
嘘でしょ、多少趣向を凝らしていると言ったって、所詮は高校文化祭の喫茶店よ。
それで三十分も並んで待つとか、ありえなくない?
まぁ、いいけど。あたしだって本当は一日中、二組にベッタリ張り付き観戦する予定だったもんね。
「ね、すごいよね。ほとんど学外の人なんだよ。高柳くんのアイディア力に脱帽だよぉ」と大弓さんは大絶賛。
あたしも正直ナメていたわ、あいつの案を。
最初に聞いた時は何それ?って思ったし、まさか望月さん達が食いつくとも思っていなかった。
あれよあれよという勢いで分担までもが決まっちゃって、他の案を出せなかったわ。
今は、これでいいと納得しているんだけどね。だって張り付き系演し物だったら、自由に他を見て回れなかったし。
あたしは大弓さんと小川さんを誘って、あちこちチラ見しながら二組へと舞い戻る。
入った直後に「キャー!」って女子の黄色い声が、あたし達の耳を直撃よ。
見なくても判るけどガン見しちゃうわ、小野山くんが何かのゲームで一位を取ったのね。
「うわぁ、すごっ。ねぇ、これ見ているの一年だけじゃないよね、二年と三年もいるじゃん!それも女子ばっか!」
大弓さんのスゴイポイントがズレているのもウケるわ。
そうね、女子が圧倒的に多いわよね観客。男子も一応いるけど。
全員が小野山くん目当てってわけでもなくて、いろんな名前を呼ぶ応援が飛んでいる。
多分だけど、部活の先輩なんかが見に来てくれているんじゃないかしらね。
ミニゲーム大会って普通は参加者募集でやるもんだけど、二組の生徒限定にする発想が予想外だったわ。
三組の振り子展示も、それぞれの振り子ごとに細かな解説が書かれていて、よく調べたなぁって感じだったし。
どこの組の演し物も一捻り加えてあって、ただ部員の絵を飾っただけの美術部が恥ずかしくなるレベルよ。
「ね、あとで、お化け屋敷いこ?あ、でも午後から体育館でミュージカルやるみたい!」
「なら全部回ろっか」と妥協して、あたしも一緒に見に行くことにしたわ。
小野山くんの勇姿を全部見られないのは残念だけど、本っっっ当に残念だけど!
あー、どうして文化祭って一日限りの行事なの〜。
一日じゃ、とても全部見て回りきれないし、一週間ぐらいの合宿行事にしちゃってもいいぐらいよ。
でも、いいもんね。前半戦の小野山くんハイライトは、ばっちり写真に収めたから。
たかがミニゲームなのに全員ガチで参加しているのが最高に萌えよね。あたしの中では二組がグランプリ決定よ。
まだ見ていない演し物を山と残しながら、あたし達は五組のお化け屋敷へと向かった――

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