Un-known

2019・ifハロウィン

秋の末日、人々は仮装で街を練り歩き、子供達は菓子をせびり、時にイタズラをする。
そういう祭りが異世界にあるらしいと、しゅういちは文献で知り得たのであった。
知ったからには真似したくなるのが人のサガ。
さっそくギルドメンバーを食堂に集めて提案した。
三日後、仮装パーティを開催する。
各自は手作りなり既成品なりでいいから、お菓子を用意しておくこと。
誰かの部屋を訪問する時の合言葉は、【トリック・オア・トリート】だ。
部屋主がトリックを選んだならば悪戯を、トリートならば、お菓子を頂戴する。
こうして三日後には、Oceans流ハロウィンが開催された――


開始のベルが鳴った直後、イーの部屋の扉がドガドガ手荒くノックされる。
お菓子をもらいに出かける暇もありゃしない。
チッと小さく舌打ちし、イーは続く合言葉を待った。
「イェーイ、イー様、俺だぜゴロメだ!トリック・オア・トリート!?」
予想通りの来訪者に、再びイーの口からは舌打ちが漏れる。
イーは細く扉を開け、クッキーの詰まった小袋をゴロメに投げつけた。
「はいはい、トリートトリート。おら、菓子くれてやっから、とっとと帰れ」
「あっ、なんか扱い酷い、イー様!俺が一体なにをしたと」
「うるせぇ、お前の訪問なんざ期待しちゃいねぇっての」
「そんな!?せめてイー様の為に頑張った仮装ぐらい見てくれても」
それには答えず二個三個と小袋を投げつけているうちに、ゴロメの声は遠ざかる。
やがて、しんとなった廊下を見てみると、小袋だけが床にちらばっており、来訪者の姿は、とうになく。
「なんだよ、大サービスでくれてやったのに、持っていかねぇってか?」
菓子袋を回収したイーは、どこか満足気な溜息をもらすと、部屋を後にしたのであった。

しゅういちの部屋にも開始直後、続々訪問者がやってくる。
「マスター!トリック・オア・トリート!いや、むしろトリック一択で!!」
「てめぇ、なに言ってんだ!?マスターにおかしな真似したら、許さねェぞ」
「お前に命令される筋合いなんざねーよ、ハル。てか、お前だってトリック一択なんじゃねーの?」
「ななな、なにを言って……違いますよ?マスター、違いますからね!」
とまぁ、扉の前で喧嘩を繰り広げてしまうほどメンバーが密集している有様だ。
なんせ、しゅういちの作るお菓子は美味しい。
ファーストエンド産の材料は当然として、異世界の食材でも彼は上手に取り扱った。
文献知識の賜物もあるかもしれないが、元々のセンスが良いのだろう。
しかも、しかもだ。
普段真面目なマスターに『悪戯できる』というんだから、これはもう、乗るっきゃない。
お菓子をもらうにしても悪戯するにしても、メンバー得なイベントだ。
ぜひ毎年定着させてほしいと、ハルは大いに思うのであった。
「一人ずつ、順番に言ってくれ。大丈夫だ。お菓子なら、いっぱい用意したから」
扉の向こうからは、こんな気遣いまでが聞こえてきて、扉の前に集まった全員が緊張する。
お菓子はほしい。だが、悪戯もしてみたい。
お菓子が品切れになれば、マスターは悪戯しか選択できなくなる。
どっちを取るのが得なのか。
「トシ、お前マスターのお菓子が大好きだろ?一番手は、お前に譲ってやるよ」
「いやいや、お前だって昨日あんなに楽しみにしていたじゃないか……俺は最後でいい」
扉の前は、譲り合いの気遣いで満たされた。なかなか一番手が決まらない程度には。

皆がお菓子だ悪戯だと盛り上がっていた頃、ソルトとシュガーは自室を離れて、甲板で暇を持て余していた。
お菓子なんて急に言われても作れないし、見た目だけでは、どれが美味しいのかもソルトには判らない。
「しゅういちの部屋には、行かないの?」とシュガーに問われ、ソルトは首を真横に振る。
「行ってみた。けど混み合っていて、入れそうもないんだ」
「そっかー。私はクックの部屋でコレ、もらってきたよ」
彼女が見せてくれたのは、透明なラップに包まれた焼き菓子だ。
「マドレーヌっていうんだって。異世界のお菓子を見よう見まねで作ったって、クックが言ってたよ」
異世界のお菓子が作れるのは、しゅういちだけの特権かと思っていたソルトは驚いた。
「あいつが作れるの、料理だけじゃないのか!」
「お菓子も得意なんだって。でも、しゅういちのは、もっと美味しいとも言ってたけど」
包みをといて、シュガーがマドレーヌを一つ、ソルトにも手渡してくる。
「ちょっと食べてみて。これより美味しいお菓子って、どんなんだろ?って、きっと思うから」
「そうなんだ……」と呟きながら、ソルトは手渡されたお菓子を口に放り込む。
香ばしい匂いが、ふわっと口の中一帯に広がり、続けて甘味が舌の上を転がる。
さくさくとした食感、これは外側の焼けた部分だ。
内側の柔らかさと相まって、二重にも三重にも旨味を引き出している。
思わず「うまい!」と叫んだソルトを見、シュガーは、にっこり笑う。
「でしょー?でも、これより美味しいんだよ、しゅういちのお菓子。食べてみたいよね」
「ううぅー、食べたい!」
だが、開始直後に見たしゅういちの部屋の前には長蛇の列が出来ていた。
あの様子では午前中だけで品切れ完売になっても、おかしくない。
ハルは、もう食べたのだろうか。彼のことだから、いの一番に並んでゲットできたかも。
そこへ、ふらりと近づいてきたのは黒いフードローブを身にまとい、大鎌を担いだ風だ。
「ソルト、シュガー。二人とも仮装が、よく似合っている」
シュガーの仮装は黒のスカートに黒のシャツ、黒一色で固めた魔女っ娘で、ソルトの仮装はハルのモンスターを参考に自前で作り上げた、黄緑色のモフモフした着ぐるみだ。
「えへ、そぉ?カゼのも、いいんじゃない?派手で」
はにかむシュガーの横で、ソルトも尋ねた。
「それ、何だ?何の仮装なんだ」
風はニコリともせずに答える。
「死神だ」
「シニガミ……よく判らないけど、カッコイイな」
素直な感想を二つとも聞き流し、風はチラリと二人の手元を見やる。
「菓子は一つしか貰ってこなかったのか」
「んー。クック以外、持っていない人が多くて」と、シュガー。
「ほしいけど、しゅういちのは競争率が高いんだ」
しょげるソルトの目の前に、ぬっと包みが差し出される。
なんだろう?と首を傾げてみれば、やはり一ミリも笑わない真顔で風が答えた。
「これを二人にやろう。マスターの手作りチョコパイだ。俺の残りで、すまないが」
「え」「いいの!?」
二人同時の驚愕にも、こくりと頷く。
「あぁ。俺は少量で充分だったのだが、一枚サイズで貰ってな……だが、残すのも失礼に当たる」
パイというのは丸い生地を薄く伸ばして焼いたもので、それにチョコレートを塗るか挟むかしたお菓子だ。
海賊は大食漢が多い。とはいえ、風もそうだとは限るまい。
手渡されたパイは二分の一サイズだった。残り半分は、風が頑張って食べたのか。
「うん、ありがとう」「いただきまーす」
ソルトとシュガーは、二人で綺麗に半分こすると、かぶりつく。
そして同時に「うまーい!」「おいしい!」と声をあげた。
「やばい、こんなの食べたら、もう他のお菓子食べられなくなっちゃう!」と叫びつつも、シュガーはパクパク食べる口が止まらない。
さくさくのふわふわで、落ちるカスも全部舐め取ってしまいたいほど絶妙な焼け具合の生地も、さることながら、中に挟まったチョコレートが、まろやかに甘すぎず苦すぎず、パイ生地との相性もバッチリだ。
「んんー、駄目だ、美味しすぎる……しゅういちってホントに何でも出来るんだなぁ」
四分の一じゃ足りない。もっと食べたい。
口の周りをチョコでベタベタにしながら、ソルトの瞳が野望で輝く。
ハロウィンだけといわず、しゅういちには、いつでもお菓子を作ってもらわねば!
そう考えていたら当のしゅういちが、こちらに歩いてきたので、二人揃ってキラキラした瞳を向けた。
「やぁ、こんなところにいたんだ、ソルト。探したよ、部屋にいないもんだから」
「ん、ごめん。お菓子用意できなかったから、部屋にいるのもマズイと思って……」
言い訳するソルトをチラリと見、口の周りがチョコでベタベタなのを確認すると、しゅういちは傍らで黙していた風に尋ねてくる。
「俺のお菓子、君がソルトに分けてくれたんだな?手持ちが切れてしまって、どうしようかと思っていたんだ」
用意していたお菓子が全部なくなったので、さっさと部屋を出てきたのだとは本人談。
悪戯しようと期待していた連中は、さぞガッカリしただろうと、廊下の騒ぎを知る風は内心ほくそ笑む。
だが表面上は黙って頷いた風に、しゅういちも頭を下げる。
重ねて「ありがとう」と間近で微笑まれ、笑顔の眩しさに風は目を細めた。
眩しいのは笑顔だけじゃない。
しゅういちの仮装は、空想世界の王子をモチーフとした王家の礼服だ。
正視するのも恐れ多いぐらいに輝いており、眩い。死神の自分とは、まるで正反対すぎて。
「やだー、もーカッコイイ、しゅういち……尊い」と、シュガーは頬を赤くして見とれている。
ソルトも改めて、しゅういちの格好をしげしげと眺め、ポッと赤く染まった。
「しゅういちは、何を着ても格好いいんだな……」
「そこまで褒められると、恥ずかしいよ。少し派手かなって思っていたから」
テレるしゅういちに「そうだな、お前にしちゃー派手すぎじゃね?」と追い打ちをかけてきたのはイーサンだ。
イーの仮装は、これまたクラシックな海賊スタイルがモチーフと思われる。
頭にはバンダナを巻き、片目に髑髏のマークがついたアイパッチ。
袖を破り捨てたシマシマシャツ、そして腰のベルトには短剣が挟んである。
今でも僻地に行けば見られないこともないが、この近辺の海域では滅多にお目にかけないファッションだ。
いや、ギルドに参入したばかりのゴロメが確か、このような格好だったと、しゅういちは不意に思い出した。
今日のゴロメは赤いスカートに赤い頭巾をかぶっており、少々不気味であったが……
「面白い題材を選んできたな、イーサン。君らしいとも言うか」
「まーな。キラキラもキュートもスマートも、俺にゃあ似合わないと思ったんでね」
ギルドの古参同士でニヤッと笑いあい、かと思えば、しゅういちがソルトへ振り返る。
「ソルトの仮装も可愛いね。それ、ギルモースだろう?」
ギルモースというのはハルの連れているモンスターの名前で、緑色の毛がモサモサ生えている。
大正解だ。パッと見ただけでわかるとは、さすがマスター。
「んなら、さしずめシュガーは魔女ってとこか。うん、お前ら自分に何が似合うのか、よく判ってんじゃねーの」
イーは満足そうに顎をさすり、何度も頷いている。
二人の仮装は彼の好みに直撃だったようだ。
「あ、それで、お菓子と悪戯なんだけど……俺、お菓子持ってないから」
俯き加減に何か言うソルトを遮って、しゅういちは、よいしょっと彼を抱きかかえあげる。
「大丈夫大丈夫、ソルトには最初からトリートよりもトリックが目当てで」
「おいおい、ハルみてーなこと言ってんじゃねーぞ?しゅういち」
傍らで呆れるイーにも構わず、しゅういちは、さくっと目的を達成する。
抱きかかえあげられて面食らうソルトの唇に、むちゅっと自分の唇を重ねてチョコを舐めとった。
「……ハッピーハロウィン。お菓子は、君自身で決まりかな。ソルト」
「うわ〜、そういう気障なところも、さすがイケメン王子様って感じ!」
すかさず飛んできたシュガーの冷やかし、及びイーと風の凝視を身に受けながら――


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