Un-known

乙女ゲームのヒロインに転生した、しゅういち

空は雲一つない快晴。
眼の前には、見知らぬ少年が立っている。
黒でありながら、光の当たる部分は青い輝きを放っている不思議な髪の色だ。
やや吊り目気味で、服装は至ってラフな黄色のシャツと擦り切れたズボン。
「やぁ、おはよう。今日は君と一緒に遊園地に来られるなんて、最高だなぁ!」
しばし見つめ合うこと、数秒。
手を取られて、ようやく彼が俺に言っていたのだと気づく。
辺りを見渡すと、少年少女や親子連れ、誰もが笑顔で歩いてゆく。
だが、そのどれもが見知らぬ顔ばかりだ。
――ここは何処だろう?
何故、俺は此処にいる?
「何をキョロキョロしているのかな?俺以外の男に目移りしちゃ嫌だよ。なんちゃって!さぁ、まずは何に乗る?」
少年に尋ねられた直後、俺の脳裏にパッと文字列が浮かび上がる。

1.まずはジェットコースターかな
2.コーヒーカップでグルグルしよう
3.観覧車でイチャイチャしよう

いやいや。
ジェットコースターだのコーヒーカップだの訳のわからないものを選ぶ前に、待ってほしい。
まず、自分の置かれた状況を整頓しようじゃないか。
前日まで俺は船にいた。
いつものように略奪行為を重ねて、戦利品を調べた後はソルトとベッドの中で語らいつつ、んん、コホン。
とにかく、いつもどおりに寝たはずなんだ。朝起きた記憶もないまま、何故、見知らぬ場所にいる?
眼の前の少年は辛抱強く返事を待っているようなので、俺は、ひとまず答えた。
「え、と。まず君に聞きたいんだが」
「よーし、ジェットコースターだな!風切るスピードを満喫しよう!」
「えっ?ちょ、ちょっと」
有無を言わさぬ勢いで手を引っ張られ、もつれる足で彼の後を追いかける。
突っ立っていた男性に切符を渡すと、彼は俺を先に座席へと押し込んだ。
これはなんだ?トロッコ?
いや、これはジェットコースターだったか、そいつがガタンゴトンと空に向かって登っていく。
「ヒャッホー!」
隣の少年は早くもテンションが高い。
彼に気を取られていたら、ガクン、と一回の衝撃をきっかけにジェットコースターが猛烈な勢いで急降下する。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
知らず俺の口からは悲鳴が飛び出し、景色が恐ろしい勢いで流れていったかと思うと、ひぇっ、一回転した!?
俺の本能が告げている、この乗り物はヤバイ。このまま乗っていたら、辿り着くゴールは地獄だと!
逃げようにもベルトは、がっちり俺の体を固定し、逃げられない。
否、恐ろしいスピードで動いているんだった。今ここで飛び降りたら、大怪我確実だ。
正気を失いそうになる景色を見まいと俺は両目をつぶる。
どさくさに紛れて誰かが俺の手を握ってきたが、それどころじゃない。
ゴーッと耳元で唸る風の音を聴きながら、動きが完全に止まるまで待った。
――完全に止まるまで、何分要しただろうか。
目を開けると、隣の少年が優しく微笑んでいる。
「ジェットコースターが苦手なのに、俺と一緒に楽しむために乗ってくれたんだね」
こっちは恐怖に縮こまって楽しむどころではなかったんだが、自分に都合よく受け取ってくれたようだ。
未だ名前も判らない彼が俺に対して、えらく好意的なのは何故だろう?
お互い無言で見つめ合っていると、遠くから甲高い声が呼びかけてくる。
「リョウくーん!こんなとこで会うなんて、すっごい偶然!」
真っ赤な髪の毛を後ろで一纏めに結んだ愛らしい少女だ。
健康的な褐色に焼けた肌が青空に映える。
だが走り寄ってくると同時に俺の存在に気づいたのか、彼女は露骨な声色で吐き捨てた。
「なにー?しゅういちも一緒じゃん、まさかジェットコースターでリョウくんの隣に乗ったのー?」
初めて出会った少女が俺の名を知っているのもさることながら、敵意を持たれているのにも驚きだ。
言っちゃなんだが、俺は海賊の中では無名も無名、超のつくほど無名なはずなんだ。
思わぬ憎悪を向けられて、腰が引ける俺を庇ったのは、なんとリョウ少年であった。
「アキナ、俺達今日はデートなんだ。悪いけど、邪魔しないでもらえるか?」
見れば彼の眉間にも皺が寄っており、これ以上ないってぐらいの不快感を示している。
というか、デート?
俺と彼とでか?
デートを承諾した覚えはないし、ここが何処なのかも判明していない。
アキナは俺を憎々しげに睨んでいたが、やがてパッと踵を返して「ごめんねリョウくん、また明日!」と叫んで去っていった。
ふぅー、よかった。取っ組み合いの喧嘩は好きじゃないし、知らない相手じゃ尚更だ。
「今日は楽しかったね!またデートしよう」
おっと、リョウが今日の〆に入っている。
結局三つのうちの一つにしか乗らなかったんだが、彼は充分楽しめたみたいだな。
リョウと別れ――どうやって自分の船に戻ればいいのかが判らず、俺は途方に暮れる。
だが、それも一瞬のことで。
一歩も動いていないというのに、真四角な建物の前に立つ自分に気づいて、唖然となる。
俺の肩を気軽にポンと叩いてきたのは、さっき別れたばかりのリョウじゃないか。
いつ着替えたのか、青い縦縞の長袖シャツに黒いズボンを履いていた。
「やぁ、おはよう。俺はアクション映画が好きだけど、君の観たいやつは、どれかな?」
アクションエイガ?
ぐるっと周囲を見渡すと、壁のあちこちに色彩鮮やかなポスターが貼られている。

1.恋愛映画なんて、どう?
2.ホラー映画を観よう!
3.リョウくんの好きな映画に併せるよ

まただ、また俺の脳内に文字の羅列が浮かび上がる。
一体なんなんだ、幻覚なのか?今の俺は正気じゃないんだろうか……
「映画を一度も観たことがないなんて、しゅういちってば箱入りなんだな!よし、それじゃ今日は俺のオススメ恋愛映画を観ようか」
どれかを選ぶ暇は俺に与えられず、リョウは勝手に話を進めてゆく。
真っ暗な部屋で手探りに椅子を探し出して座った途端、リョウが俺にのしかかってくるもんだから心底驚いた。
「しゅ、しゅういち……っ!恋愛映画を観ると、どうしても恋人を意識しちまうよなっ」
ぐいぐいリョウの蛸口が迫ってきて、待て、まだそのエイガを一秒たりとも観ていないぞ!?
精一杯両手で押し戻したら、腕を掴まれて引き倒される。
「しゅういち、うぅぅ〜ん、ちゅぅ〜」と間抜けに唇を突き出して、リョウが覆いかぶさってきた。
こいつ、何が何でも俺にキスするつもりか!
こんな真似をされたら、やつを、記憶の奥に封印した、あの男を否が応でも思い出すじゃないか――
「そのへんにしておけ」
俺の両目に涙が滲むのを待っていたかのようなタイミングで低い声が止めに入り、リョウが背後を振り返る。
「誰かと思ったら風太郎じゃねぇか。こちとらデート中なんだ、邪魔すんじゃねぇぜ」
リョウの肩越しに俺も風太郎とやらを見る。
長い黒髪にシャープな瞳、上から下まで真っ黒な格好には見覚えが……あれ、もしかしてカゼじゃないか?
「無理やり関係を迫るのはデートとは呼ばぬ。強姦と呼ぶのだ」
風太郎は、いとも簡単にリョウを押しのけて俺を救い出してくれた。
抱きしめられたついでに間近でジロジロ眺めたが、やはり間違いない。彼はカゼだ、俺の海賊ギルドに所属する。
「リョウ、貴様は泣かれるほど嫌がられている己の所業を反省しろ。しゅういち、行くぞ」
あんな真似さえしてこなきゃ、リョウも良い奴で終わったんだけどな。
俯いて立ち尽くす少年を置き去りに、俺はカゼと一緒に暗い部屋を出た。
「ありがとう、助かったよカ……いや、風太郎」
お礼を言う俺に風太郎ことカゼは微笑み、ぼそっと耳打ちする。
「しゅういち、お前に似合うのは恋愛SLGじゃない。冒険RPGだ」
恋愛シミュ……なんだって?
首を傾げる俺をカゼが「さぁ、家まで送ってやろう」と急かしてきて、背を押される形で一歩前へ踏み出した直後。


――あれ?
いつの間に起きて、通路に出たんだろう。
それまで部屋で何をしていたのか思い出せない。
まぁ、いいか。さて、朝食を食べたら、さっそく今日の獲物を探さなきゃな!


Topへ