二十四周年記念企画・if長編
夏の旅行は異世界トリップで決まりだね!【1】
真上に照りつける直射日光を浴びながら、彼らは池袋に出現した。無論、道の真ん中などにではない。
そこはちゃんと常識に配慮して、建物の影を出現位置にしてあった。
表通りまで移動して、紫髪の眼鏡青年が嘆息する。
「ふむ……ここが恥丘、いや地球と呼ばれる異世界か。ざっと見渡した限りだと、服装は俺達と変わらんようだが」
傍らでは、目にも鮮やかなピンク色の髪の女子も辺りを見渡す。
「そぉ?なんか皆、こっちを見ているような気がするけど」
気のせいではない。
確実に何人もの通行人が、ちらっちらと何度も、こちらを見ながら去っていくではないか。
何故だ。今、自分たちが身につけている衣類は、民族衣装でも軍服でもない。
何度も物珍しく見られるほど、珍しい格好でもないはずだが……
無言で汗するユンやキョロキョロするナナにツッコミを入れたのは、ひねくれた声の青年だ。
「や、あんた達が目立ってんのは、髪の色のせいだろ」
そういう青年も、髪に関しちゃユンたちに引けを取らない。
黒に所々紫が混ざる髪色は、サイサンダラでも、かなり目立つのではなかろうか。
それに彼は服装だって、他人にどうこう言えた格好じゃなかった。
袖なしの黒装束だ。周囲を見渡しても、彼と似たような服の人は一人も見当たらない。
先程から自分たちが目立っているのは、もしやこいつのせいではあるまいか?
キースたちに注目されて、ひねた声の青年が「なんだよ、まじまじ見ちゃって。俺に惚れんなよぉ?」などと寝言を宣い始め、「それより、早く移動しない?ここ暑いっしょ」と会話に混ざってきたのは、黒髪の青年だ。
服装も髪の色も、現地の人々と変わりない。
青年は笹川 修一と名乗り、歩道で棒立ちしていた面々を立体駐車場へと案内した。
「さっきも言ったと思うけど、皆さんには、この夏の企画として現代地球への異世界トリップを体験してもらいます。ホテルも都内に取ってあるんで、あとでご案内しますねぇ」
一番最初、建物の影に出現した時にも同じ話を聞かされている。
異世界トリップとは異世界への瞬間移動を指しており、ユンの世界では【召喚】と呼ばれる魔法と似たような手段を、目の前の男、笹川が使ったものらしい。
「行動範囲は都内に限定してもらいまぁす。つっても諸君らは現地の硬貨を持っていないから、ホテル周辺しか移動できないと思いますけどぉ。ホテルはビジネスなんでー、食事は外で取ってもらいます。食事代は、こちらで建て替えますので、食べたい時は移動前に申請して下さいねぇ〜」
「ね、レン。異世界トリップって遠足みたいだね」
こそっと親友ナナが囁いてくるのへはレンも頷き、興味津々町並みを見渡す。
キースは服装にしか目がいかなかったようだが――どうせ、いつもの調子で女性の胸にでも注目していたんだろう――初見で一番気になるのは、建物の構造だ。
どの建物も縦に細長く、天に向かって聳え立つ。
サイサンダラにも塔はあるが、一区域に集中して塔を建てたりはしない。
かと思えば、同じ並びで極端に背の低い建物が、お目見えしたりもする。
町並みに統一性がない。これも、この世界特有の文化なのだろうか?
「この世界は料金のかかる場所しかないと言っても過言じゃありませんので、常に何処かへおでかけなさる際には建て替え代の申請をお忘れなくぅ〜。他に判らないことがありましたら、遠慮なく俺に質問して下さぁい。では、ホテルにご案内しまーす!」
「あ、やっと移動するみたい」とナナに袖を引かれて、レンも旅行一同の列へ紛れ込んだのだが、真横をガッシャガッシャ派手な金属音を立てて歩く鎧甲冑に目を丸くした。
『うぅぅ、ここは黒魔境よりも好奇心旺盛な住民で溢れているような気がいたします、エイジ様ぁ』
その中から漏れる甲高い声を、真っ赤な髪の青年が短く叱咤する。
「わかったから、今は喋るな。これ以上、奇異の目で見られたくなければ」
いや、喋っても喋らんでも、充分奇異の目で見られる対象じゃないですか?
全身鎧って、今どきサイサンダラの宮廷でも見ませんよぉ……
そう突っ込みたくてたまらなくなったレンだが、同じく奇異の目で全身鎧を見ていたナナに「早く行こ?」と急かされて、慌てて横に細長い箱――笹川曰くの【バス】へ乗り込んだ。
部屋も笹川の手配により、有無を言わさず全員が見知らぬ同士で振り分けられる。
「まぁ、全くの見知らぬ顔ばかりでもなくて安心したよ。久しぶりだな、元気でやっていたか?」
まるで十年来の親友が如く距離感でジェナックに話しかけられて、ソロンは思わず「ハァ?」と感じ悪く反応してしまった。
だが、仕方あるまい。
彼と出会ったのはワールドプリズへゲート移動した時で、しかも、たったの一回きりだ。
魔族との戦いで大活躍したソロンを向こうが覚えているとしても、仲良くやった覚えは全くない。
「そう険悪な顔で睨むんじゃない。この旅行は三日間、同じ部屋割りで過ごすそうだし、仲良くやろうじゃないか」
ジェナックには威嚇も通じないのか、ニコニコしている。
かわりに同部屋の数人がビビッてしまい、めちゃくちゃ腰が引けた様子で隅っこに固まっている。
緊張の三日間を過ごさせるのは可哀想だと思い直し、ソロンは愛想よく、そいつらに笑いかけた。
「悪ィ、久々の異世界移動で緊張しちまッたンだ。俺はソロン=ジラード、仲良くやろうぜ」
「ひ、久々の異世界移動?」と首を傾げた栗毛の少年に「あァ。前にも依頼で異世界移動したンだ。その時出会ったのが、そこのジェナックでな」と教えてやった。
「す……すごい!そんな何度も異世界にポンポン移動できるなんて!」
同部屋メンバーの尊敬を一身に浴び、ソロンは「よせよ、そこまで褒められるようなこっちゃねェや」と、照れくさそうに視線を外したと思えば、話題を今の世界へ振り直す。
「それよッか、この地球……って世界に見覚えある奴いるか?この中で」
「いえ」「見たことないです!」「異世界に来たの、初めてだよぉ〜」
次々首を真横に否定する中、「俺も初めてだ」とジェナックも答えて、メンバーの顔を見渡す。
「それと、できれば全員の名前を教えてもらえるか?三日一緒に過ごすんだ、名前が判らんと困るだろう」
「あ……すみません。ぼ、僕はシェンフェン、月路地で薬を作っている薬師です」
真っ先に名乗りを上げたのは栗毛の少年で、背の丈はソロンの腰ほどもない。
「何、謝ることはない。俺も名乗っていないしな。俺はジェナック=アンダスク、ワールドプリズの住民だ。向こうじゃ海軍兵士をやっている」
「か、海軍……なんか格好いい!」と叫んだピンク色の髪の少年が、ペコリと頭を下げる。
「僕はジャック=セロン。リックス兄ちゃんと傭兵やってたこともあるけど、今は農夫だよぉ」
「海軍が何か判るの?」とのシェンフェンの問いには首を振り、「知らないけどぉ〜、言葉のニュアンスが格好いいよね」と、ぼんやりした答えをよこす。
ジャックも、やはり背丈が低い。せいぜいソロンの胸あたりまでか。
残る一人は他の二人と違って、ソロンと同じぐらいの上背だ。
もっとも、メンタルは少年二人と同じぐらい臆病なようだが。
黒髪の青年は姿勢を正して直立不動になると、よく通る声で自己紹介した。
「僕は神矢倉 一朗と申します。ここは、僕のいた時代よりも遥か昔のようですね……」
「え?」
全員の時が止まり――すぐにピーチクパーチク大騒ぎになった。
「ちょ、まて!?時代?ってことは同じ世界線の住民ではあるのか!」
神矢倉を指さし泡くうジェナックの横では、シェンフェンも突っ込みに回る。
「さっき、地球なんて知らないって言わなかった!?」
「言ってません」と手をパタパタふって少年の突っ込みを否定した神矢倉は、「この時代は見覚えがない……そういう意味で、いいえと答えました」と補足した。
じろりと彼を睨みつけ、ソロンが質問を変える。
「なら、改めて尋ねるが……この時代の文明はテメェが生きる時代と比べて、どうなンだ?」
三白眼に藪睨みされて、ビクッと一歩下がった神矢倉は、極力ソロンと視線を併せないようにしながら答えた。
「あ、はい……僕の住む時代は、異能力者とそうでない者とで今なお戦争中ですので。このような平和な時代とは、状況も文明も全く異なります」
「戦争中なんだぁ……苦労しているんだねぇ」と、あきらか年下っぽいジャックには慰められ、シェンフェンにも「ぱっと見ただけで、ここが平和かどうか分かるんだ……すごいね、神矢倉 一朗は」と敬われた。
「僕のことは神矢倉、または一朗とお呼び下さい」と断った上で、神矢倉は座布団に腰を下ろす。
「それで……今日は何をしましょうか?たった三日間のバカンスです、部屋でお喋りだけというのも味気なくありませんか」
「え?全員で同じとこ行くの?」とジャックに尋ねられて、ジェナックも「そりゃ、できるだけ同行したほうがよかろう。一人で出かけて困った局面に出くわしても、切り抜けようがないぞ」と答えるのを見ながら、ふわっとソロンの脳裏で疑問が浮かぶ。
同じ世界線だと神矢倉が感じたのは、恐らく住民の髪の色で判断したのだろう。
だが何故、奴は過去の世界だと推測したんだ?
脳内で笹川の説明を思い返す。
奴は、この世界を何と説明していた?確か2025年、地球の日本、東京都――
「なるほど、納得だぜ!」と叫んだソロンに少年二人が「何が!?」とビビる中、神矢倉は池袋マップと書かれた紙を机の上に広げて苦笑した。
「ひとまず周辺の地図をもらってきましたので、これを見ながら散策してみますか?」
「そうするか」とジェナックが立ち上がり、右に習えで全員が部屋の外へ出ていった。
つづく