十七周年記念企画・闇鍋if

ドキドキ☆闇鍋肝試し大会

5話 スピリチュアル大乱闘

闇に乗じて悪さをするのは、幽霊ばかりではない。
小学生の頃より何度となくパートナーには性的な悪さをされそうになったから、肝試し大会は軽くトラウマだ。
しかし、今年は違う。パートナーは兄だ。
護之宮倭月は浮かれ気分で、傍らを歩く兄――津山拓を見た。
「あ〜、くそっ。また刺されたッ。ここ、蚊が多いなァ」
「お兄ちゃん、刺されたの、どこ?薬塗ってあげる」
「なんだ倭月、用意いいな。んじゃ〜背中に塗ってもらえるか?」
用意というか、『脅かされ役待合所』に置かれていたのを拝借しただけだ。
ご自由にお持ち下さいと書かれていたから、持ってきて良かったんだと思う。
男らしく、バッと浴衣を半脱ぎする拓の背中へ、虫さされの薬をヌリヌリしてやる。
鼻にすぅっとくるミントの香りがした。
肝試しのルールは簡単。
二人ずつペアになって『平清盛』と書かれた墓石の上に、スタート時に渡された石を置いて戻ってくる。
リタイアは出来ない。
途中で失神しようと恐怖に竦もうと明日までかかろうと必ず往復しろと、スタート地点にいた係の人には言われた。
それを聞いた時には酷いルールだなと思ったのだが、今更肝試しでガチ気絶するほどには倭月も拓も純粋ではない。
むしろ、どんな脅かし役が出てくるのだろうと、二人とも内心ワクワクしている。
藪の中を無軌道に歩きながら、拓が倭月に話を振ってきた。
「んん、サンキュ。だいぶ楽になった気がする」
「ほんと?良かった」
「まぁ蚊はともかくとして、だ。全然出てこないよな、オバケ役」
「そうだね。もっといっぱい脅かされるかと思っていたのに、期待はずれだなぁ」
「なぁ、どんなオバケだったら、お前なら悲鳴をあげる?」
「悲鳴?あげないよ。あっ、でも背後から脅かされたら、声ぐらいは出るかも」
「そっか〜……わっ!」
「あはは、横で脅かされても驚かないって」
まるでバカップルみたいな会話を交わしながら歩いていくと、前方に、うすぼんやり輝くものと向かい合う二人組がいるのに気づいた。
うすぼんやりしたものは、拓の目にも倭月の目にも、ヤカンから立ち上った水蒸気に見えた。
しかし水蒸気なら、自然に消えていくはずだ。
湯気のような存在は、その場に留まって固形化しているように伺える。
「な、なんだろ?あれ。あれがオバケ役?」
「にしちゃあ、ちょっと様子がおかしくないか」
「そうだね……なんだか、緊迫しているみたい」
湯気と向かいあうのは、自分達と同じく浴衣を着込んだ男女の二人組だ。
男が女を庇う位置に立ち、何か叫んでいる。
声の届く範囲まで近づいてみれば、彼らが何を話しているのかも判って、倭月と拓の二人は仰天する。
「まさか貴様が現世に迷い出てくるとはな!だが、亡霊は墓場へ戻ってもらおうかッ」
「ふん……女連れでチャラチャラしていたとは些か幻滅したぞ、十和田九十九よ」
「ちゃっ、チャラチャラなど、していないっ!」
「それより、どうして亡霊化してしまったの!?それも、こんな見知らぬ場所で!」
「それが判れば、あたしも成仏できるんだがねェ……だが、どうせ蘇ったんだ。ついでに未練のある相手を倒しておいても損はなかろうよ」
なんと、湯気のようなものは幽霊だった。
ナチュラルに幽霊と会話をしているカップルにも驚きだ。
拓と倭月も、霊的なものが見える人間である。
しかし、幽霊と会話をしよう等と考えたことは一度もない。
言葉が通じるとは、それも驚きの一つであった。
「幽霊って、お話しできたんだねぇ……」
「ねー。しゃべれるってのに、まずビックリだよな」
ひそひそ話していたら、「誰だ!?」と幽霊に誰何されたので、拓と倭月は頭を下げる。
「あ、ども。津山拓です」
「ごっ、護之宮倭月です。こんばんわ」
「いやいや、そうじゃないだろ」
「でも誰だ?って聞かれたら、名乗らなきゃ」
男に突っ込まれ、すかさず拓はボケ倒す。
改めて幽霊を眺めてみた。
遠目には、もやに見えたが、近づいてみるとハッキリ判る。
女性だ、それも目つきの悪い。
髪はボサボサで、色落ちした古着に身を包んでいる。
霊体だから匂いはしないけど、生前は、さぞ臭かったのだろうなぁと余計な想いを馳せていると、当の幽霊に話しかけられる。
「見物客か?見せ物じゃないんだ、とっとと失せな」
「え〜、でも」
「何が『でも』なんだい」
「あなたの他にも、おしゃべりできる幽霊っているんですか?」
「知らないよ。あたしだって、あたし以外の幽霊とは出会ったことがないんだからね」
「そっか〜。あ、現世の事って、どれくらい覚えているもんなの?」
「全部覚えているよ。記憶に新しいのは、そこの猶神流に破れたことさね」
「そこのなおがみりゅう?」
「霊媒師さ。なんだ、そんなのも知らないのかい?」
「あ、はい。私達の住んでいる街には、いませんので」
緊迫した場面だったのが嘘のように、なごやかな会話を繰り広げる拓達には、カップルもポカンとなっていたようだが、やがて男のほうが我に返り、再び突っ込んできた。
「お前ら!お前らも、そいつが見えているのか!?」
「え、はい。はっきりと」
「他の奴らにも見えているようだよ、あたしは。ここは霊感の強い奴のたまり場かねぇ」
「なら、話は早い!手を貸してくれ、こいつを成仏させるッ」
「え……どうして?」
「どうしてって、そいつは悪い奴だからだ!」
たった今会ったばかりの相手を倒せと言われても困る。
彼女が生前、何をどう悪さしてきたのかも判らないし、第一、カップルの身元も判明していないのでは、どちらが正しいのかも判らない。
拓と倭月は顔を見合わせ、ひとまず拓が男へ尋ねてみた。
「えっと。まずは名前ぐらい名乗ってくれなきゃ」
「名前だと!?今、この瞬間において必要な情報か?」
「だって、名前も知らない人なんて信用できないし」
「あたしは暁永禮だ。これで信用は事足りるかい?」
「暁さんですか。素敵なお名前ですね」
「ありがとうよ」
「幽霊さんの名前は判ったとして……さってと、どっちに味方しようかな〜」
「まっ、待て!」
拓がチロリンと迷うフリをしただけで、カップルも慌てて名乗りをあげてくる。
「猶神流霊媒師、十和田九十九だ!」
「わ、私は南樹芳恵、同じく猶神流の霊媒師よ」
「ふ〜ん、二人とも霊媒師ってやつなのかぁ」
「あれっ?じゃあ、暁さんを倒したのは、あなた達なんですか?」
「そうだよ。さっきも言っただろうが、そこの猶神流に倒されたって」
「あぁ、そう、そういう意味での『そこの』だったんだ」
「なんだ、どういう意味だと思っていたんだい?」
「そこのなおがみりゅう、までが一つの名前なのかと……」
「ボケ倒しまくるのも、いい加減にしろ!」
九十九に怒鳴られて、拓は心の中でアカンベーする。
やたら怒りっぽい人だ。
これがGENさんなら、『そんなわけないだろ』ってにこやかに笑って、軽くおでこを小突いてくる程度なのに。
さて、それはいいとして、双方の名前も判ったことだし、どうするべきか。
「正確には猶神流の他の奴に倒されたんだがね」
「どうして倒されちゃったんですか?」
「そりゃあ、敵対していたからだよ」
「どうして敵対なんか?」
「どうして、どうしてって、そんなに気になることかい?変わった小娘だねぇ。あんたにゃ関係ないだろうに」
「そりゃあ、関係ないですけど……でも、気になります。だって人間同士で敵対なんて、してもいいことないと思うんです」
「そうかい、だがね。大人には敵対せざるを得ない状況だってあるんだよ」
「そんな……そんなの、悲しいです」
しょぼんとしょぼくれる倭月の肩を、優しく叩いてきたのは南樹と名乗った女性だ。
「優しいのね、あなたは」
「優しいとか、優しくないとか、そういうんじゃないです……人間なのに分かり合えないなんて、悲しいと思いませんか?」
「だそうだ、闇陰庵。貴様らが俺達に牙を剥いてこなければ、源太だって、貴様を倒さずに済んだはずだがな」
「フン。揃いも揃って霊能者が、あたしに説教かい」
ふてくされた幽霊を横目に、今度は九十九が拓達に問いかける。
「霊媒師を知らないそうだが、お前達は霊が見えるだけの体質なのか?それとも」
「あ〜、一応、依頼が来たら、幽霊を倒す事もあるけど?でも、俺達どっちかっていうと悪魔祓いがメインなんだよね。エクソシストだしさ」
「悪魔祓い?悪魔とは、その……宗教で問われる、あの悪魔か?」
「宗教が何なのかは知らないけど、俺達の住んでる処じゃ悪魔が人間に悪さをするんだ。言葉は、まぁ、通じるこた通じるんだけど、だからってこっちの言う事を素直に聞いてくれるわけでもないから、結局は戦って殺すしかないんだよね」
「ふむ……では、幽霊相手に戦えぬわけでもないのか」
「まぁね。で?この暁さんって人は何して倒されたの?」
「人に害を及ぼしていたから、退治依頼が出たのだ。あいつの操る虫の被害で、死人も出ている」
「そうなんだ……虫に襲われて死んだの?」
「あぁ。あいつが虫をけしかけ、よその流派の霊媒師を殺した。他にも民間人が何人か犠牲になった……許し難き存在であったのだ」
じろりと倭月を一瞥し、九十九は続けた。
「お前のツレは人間同士で争うのは不毛だと言う。だが、人殺しを野放しにしておくのは良いことなのか?」
「ん〜、良くないねぇ……」
「人同士が争うには、争うだけの理由がある。その理由も判らぬのに安易に否定するのは、どうかと思うがな」
「す……すみません……」
すっかり落ち込んでしまった妹を背中に庇いながら、拓は冷静に考える。
結論からいうと暁は生前悪者であり、九十九は善人側、つまり自分達と似たような立場にあるのだろう。
味方するのであれば九十九達に、となるのだが……だが、しかし。
九十九の態度が気に入らない。
何も上から目線で偉そうに言わなくたって、こちらは言葉の通じる人間なんだから、もっと優しく教えてくれたっていいじゃないか。
「よーし、わかった!ここは俺に任せて、暁さんは逃げろぉぉ!」
「はっ!?」
「なんで、そうなる!?」
「お、お兄ちゃん……?」
「感情論で考えた結果、どっちも味方しないで、どっちも邪魔する事に決めたッ!」
「なんだと!?単なる野次馬の分際で邪魔する気か、小僧ッ!」
「そうだよ、単なる野次馬だから戦いを滅茶苦茶にしてやる!」
滅茶苦茶な俺様論を振りかざされ、全員が当惑ないし激怒する。
一番頭にきたのは暁で、せっかく蘇ったというのに、脇からちょろっと乱入してきた子供に邪魔されてなるものか。
猶神流への復讐は悲願だ。
生前為し得なかった事でもある。
「邪魔立てするというのであれば、小僧ッ!貴様から滅してやる!!」
ごぉっと襲いかかってきた幽霊へ、間髪入れずに拓は拳を叩き込む。
無論、ただの鉄拳ではない。霊気を込めた拳の一発だ。
一体いつの間に霊気を貯めていたのか、それすらも倭月は気がつかなかった。
叩き込まれた霊気は強力で、たった一発で暁を消滅させるに至る。
当然だ。
霊体なんかに手こずっているようでは、肉体のある怪物とは渡り合っていけない。
「ヘン、挑発に乗りやすい幽霊なんて俺の敵じゃないよ」
「お兄ちゃん、すごーい!」
霊とはいえ、暁は現世へ憎悪を抱いた悪霊であったはずだ。
それを一発で昇天させてしまった拓には、九十九も南樹も開いた口がふさがらない。
猶神流で一番霊力が高いとされる源太でも、一撃必殺できるかどうか。
「す……すさまじいな」
「どう?エクソシストも、なかなかやるでしょ」
「あぁ。しかし、どちらにも味方しないと言いつつ、幽霊を攻撃したのは何故だ?」
「どっちにも味方しないで、俺は俺で好きに動こうと思ったんだ。だから、攻撃した」
理には適っている……のだろうか?
首をひねる九十九の前で、拓が屈託なく笑う。
「それより幽霊が悪い奴って判っていたならさ、さっさと倒さなきゃ駄目じゃん。暢気におしゃべりしている場合じゃないでしょ」
「む……確かに、その通りだな。すまない」
「じゃ、俺達は奥へ進むね。倭月、いこうぜ」
「う、うん。それじゃ、お先に失礼しま〜す」
無邪気に駆けていく少年少女の後ろ姿を見送りながら、九十九がぽつりと呟く。
「エクソシスト、か。世の中には隠された強者が山といるもんだ」
「そりゃそうだよ。でも、十和田くんだって充分強いと思うよ?」
「はっ?……いや、ここは俺を褒める場面じゃないぞ、南樹。ここは『そうね、私達も頑張らなきゃ』と同意する場面だ」
「ん、もぅっ。落ち込んでいると思ったから、励ましてあげたのに」
「落ち込んで?いやいや、落ち込んでもいないぞ!?俺は、ただ、素直な驚愕をくちにしただけで」
「もう、いいから。私達も早く戻ろ?また、おかしな幽霊に絡まれても困るし」
ぐいぐいと南樹には腕を引っ張られ、九十九はよろけながらも拓達とは逆方向へ走り去った。

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