己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


ダグー&ヴォルフ

本当は、もう、判っていた。
いや、最初から判っていたのだ。
ここを出る方法など。
それでも出ようと言い出さなかったのは、現実では会えない相手――
先輩と、離れたくなかったから。

夢は、いつか覚めるものだ。
そろそろ目を覚まさなくては、いけないのかもしれない。


「先輩、今日まで一緒にいられて幸せだった」
その日の朝。
二人のマイハウスで語られる会話とは、少し違っていた。
「そうか」
言葉少なに頷くと、ソファーに腰掛けたヴォルフがダグーを見上げる。
「また旅立つ決心がついたと、そういうわけだ」
「うん」
ダグーの本当の旅は、まだ終わっていない。
いつまでも仮想の世界で遊んでいられるほど、のんびりした旅でもない。
命の恩人を捜す旅。
元々その為に、先輩の元を離れたのだ。
「俺も楽しかった。昔に戻ったようで。だが、俺にもやらねばならんことがあるんでな。そろそろ戻るとするか、現実に」
「やらねばならぬこと?先輩、現実では何をしているんですか」
好奇心に駆られてダグーは尋ねたのだが、ヴォルフは片眼を瞑っただけで答えてくれず。
代わりにプロフィール画面を空に開いた。
プロフィール画面の一番下、設定の項目の中に"ログアウト"メニューがある。
というのは、他のプレイヤーから聞き出した"ログアウト"の方法である。
しかし今までは、そこに実際ログアウトの文字を見たことが一度もなかった。
自分の環境がおかしいのかと首をひねったりもしたが、やがてヴォルフは考えを改める。
メニューが出ないのは、自分がまだ、この世界を出たいと本気で思っていないからでは?
そう考えたのである。
今開いた設定画面には燦然と輝く"ログアウト"の文字。
前は表示されなかったものだ。
ダグーが出たいと願ったから、それに自分も同意したから、表示されたのかもしれない。
ダグーにログアウトのやり方を教え、ヴォルフは今一度彼の顔を覗き込む。
「……後悔しないな?」
「しないよ。先輩とは、いずれ現実でも再会するつもりだから」
意外やダグーは涙ぐんでおらず、笑顔でこちらを見上げている。
むしろ、ずっと見つめ合っていたら、こちらのほうが涙ぐんでしまいそうだ。
「あぁ、約束だ」
ダグーの頭を撫でてやると、ヴォルフはログアウトの文字を指で示す。
ダグーも同様に文字を示した途端、辺りは一気に真っ暗になった。
まるでパソコンの電源をシャットアウトしたかのように。


目が暗闇になれてきた――と思うと同時に、視界に色が戻ってくる。
ダグーは一人、アパートの一室に立っていた。
傍らには、気を失って倒れているクォードの姿もあった。
『お帰り、ダグーちゃん』と話しかけられてダグーが其方を振り向くと、キエラが座っている。
『お前は戻ってこられたみたいだけど、クォードがまだなんだよね。どうしたもんかなぁ』
クォードは、まだログアウトしたいと願っていないようだ。
戦争イベントで別れたっきり、彼とは一度も再会していない。
ひとまず何が自分の身に起きたのかを、ざっと話して、ダグーも座り込む。
『ふーん、ゲーム世界にトリップねぇ。で、クォードちゃんは向こうで消息不明になっちまったと』
信じてもらえないかと思いきや、キエラは素直に頷いている。
ダグーは思いきって尋ねてみた。
「外から干渉する事って出来ないかな?」
『それな、クォードちゃんの知り合いだっつー奴も試したんだわ。したら、あーなっちまって。ミイラ取りがミイラになるってやつ?』
キエラの指さす方向には、見知らぬ男が倒れている。
髪の長い男だ。
ゲーム世界では出会っていないが、本人がクォードの知人だと名乗っていたのなら、そうなのであろう。
「困ったね……」
四方八方ふさがりでダグーも考え込む。
どうにかしてクォードを助け出したい。
しかし、ログアウトは本人の意思次第で出来る物だと判っている。
本人が出たいと思わない限りは、無理なんじゃなかろうか。
「クォードが元の世界へ戻りたくなるよう仕向けるってのは?」
『それも考えた。けど、俺とクローカーじゃ干渉できないんだ』
「どういうこと?」
キエラはパソコンのキーボードを何度か指で弾くと、肩をすくめた。
『登録できねぇ。俺とクローカーは、お断りらしいぜ』
「あー……」
こんなことなら、出る前にクォードを探しておくべきであった。
と、今更後悔しても遅いのだ。
後悔しないか?と先輩に聞かれた時、なんで一ミリもクォードを思い出さなかったのか。
ダグーもキエラ同様、腕組みをして考え込んだが、何も思いつかなかったのである……


Page Top