己キャラでMMO

14周年記念企画・闇鍋if


シン&リュウ

祭りが終わろうとしている。
うたかたの祭りだ。
終わってしまえば、形になるものは何もなくなる。
人々の心に、想い出だけを残して。

一つずつ照明が落とされて、最後は真っ暗になる。
サービス終了とは、そういうことだとリュウに言われて、シンは頷いた。
「2014年にリリース開始していたんですってね。随分長いサービスだったんだ」
情報源はRinkoだろうか。
シンが最後に接触したプレイヤーだ。
ゲームの中で楽しみたい。
そう言っておきながら、結局、彼は始終リュウと行動を共にした。
フレンドは、スキーイベントで知り合ったRinkoとリュウの二人だけ。
この世界は一見窓が広そうに見えて、狭かったとシンは言う。
「わりと閉鎖的なんですよね、皆。知り合いとしか話さないっていうか……町で棒立ちしている人が多くて何かと思えば、フレと対一チャットしているっていう。表で声を出す人が、どんどん少なくなっていったように感じました」
「そうだな」と相づちを打ち、リュウは、ちらりと相棒を見やる。
「見知らぬ者への恐怖心が、彼らを閉鎖的にさせたのだろう」
「でも、最初は誰だって見知らぬ同士じゃないですか?」と、シンが首を傾げる。
それにも頷いて、しかしとリュウは否定した。
「ここは治安が悪いからな。信用できる他人が少なかったのかもしれん」
治安が悪いのは、散々見た。
町の死角となる場所で初心者を襲う熟練プレイヤー。
武具資金を剥ぎ取る者もいれば、性欲を満たす為に女子供を襲う者もいた。
――何でもできる――
言い換えれば無法地帯でもありえる、ということだ。
「声に出して何かを言えば、それにケチをつける輩もいる。批判を恐れて声が出せなくなった、そんな者もいたのではないか?」
その件で一時期掲示板が荒れたのも見た。
公で声を出しての会話を全体チャットと呼ぶのだが、その全チャが批判の的になった。
全チャがうるさい――そういった内容であったように覚えている。
不特定多数の声がうるさく感じるようなら、無人島に住めばいい。
町にいながら人の声がうるさく感じるとは、おかしな人達だとシンは思ったものだ。
「根本的に争うのが好きだからな、ネットの住民は。君には理解できんかもしれんが」
ここへ来たばかりの頃、すでに弱い者を狙ったPEやPKが横行していた。
それでも、町や掲示板には比較的穏やかな空気が流れていた。
だが、終了間際の今は違う。
すっかり殺伐としている。
多くは運営への怒りだ。
横行する悪質行為と不具合を放置した運営への。
「今は怒っている輩も次の住処が見つかれば、ここでの記憶は忘れてしまう」
「まぁ……でも、不快な思い出なんて忘れたほうがいいんじゃないですかね」
シンの意見に、リュウの口元も綻ぶ。
「そうだな、その通りだ。どれだけ怨恨を抱いていても、運営は構ってくれん。サーバーを畳んで、それで終わりだ。解消されない恨みを抱き続けるよりは、共に遊んだ仲間を思い出すほうが前向きと言えるだろう」
遊んでいる間は楽しいけれど、終わってしまえば何も残らない。
ネットゲームとは、そうしたものだ。
ただ、それが良い想い出として記憶に残っているなら、プレイで消費した時間にも意味がある。
「シン」
名を呼ばれて小首を傾げる彼に、リュウは尋ねた。
「君は、ここでの記憶を消してしまいたいかね?それとも、覚えていたいか」
間髪入れずにシンが答える。
「もちろん、覚えていたいです。リュウさんが俺に嫉妬してくれたり俺のこと好きって言ってくれたの、忘れたくありません。それにリュウさんが実は寂しがり屋だってのとスキーは素人だったってのと、あとそれから」
これ以上の恥ずかしい記憶が掘り起こされる前に遮ると、リュウはシンへ手を差し出す。
「判った。では、記憶を保ったままで帰るとしよう」
その手を、しっかり握りしめ、シンが微笑む。
「リュウさん。俺が最初の頃に言った言葉、覚えていますよね?あれ、絶対諦めませんから。だから、リュウさんもいつか俺のこと……」
「……あぁ。理解できるよう努めるとしよう」
プロフィール画面を開くまでも、そしてレイドボスと戦うまでもなく、二人の前には、ぽっかりと大きな穴が開いている。
外から開かれた穴だ。
バグ、不具合と呼んでもいいだろう。
アカウント消失。
一般には、そう呼ばれている不具合だ。
この穴を通ればアカウントとしての二人は消え去り、亜空間への移動も自由自在になる。
「笹川さんですかね?穴、開けたの」
「そうだろう。奴は飽きたのだ。だから、全部壊して終わらせようと考えた」
「ひぇ〜。普通に終わらせたって、いいでしょうに……」
「あれの考えることは、誰にも理解できん。俺にもな」
ぽつりと呟き、リュウはシンの手を掴んだまま穴へ飛び込むと、古巣の亜空間へと戻っていった。


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