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降魔忍群・竜魔の章

過去の回廊

もうすぐ、ジパン祭が始まろうとしている。
建国を記念した祭りは毎年六月上旬から始まり、七月に最高潮を迎える。
この期間だけはオオエドの住民もナゴヤの住民もない。
全てのジパン人が首都であるオオエドに集まり、共に祝いをあげるのだ。
もちろん忍びの者とて例外ではない。
ただ、彼らは最初から祭りに混ざるのが許されていたわけでもなかった。
忍びを嫌う侍は多い。
それらの偏見を打ち砕いたのは、現城主である昴 頼智の一声だ。
彼のおかげで降魔は再び過去の地位、すなわち殿専属のボディガードへと返り咲けたのだ。


時は、竜魔が十五歳の誕生日を迎えた頃。
当時の頼智は、まだ元服前。
若様として、キョウ中の者から愛されていた。
やんちゃな子供であった頼智が城を抜け出すことなど日常茶飯事で、おつきの者や部下も、彼を取り押さえるのに一苦労していた。
――そんな ある日。
ジパン祭が始まろうという前日に、頼智の姿が城から消えた。
家老は血眼になって探したが、若様の姿は影も形も見あたらない。
当然、城内が大騒ぎになった。
侍まで総動員して城下町探索を始めた頃、頼智は森を走っていた。
頼智が城を抜けだしたのは、とある噂が気になっていたからだ。
なんでも、建国祭に参加しないジパン民が森に住むという。
建国祭はジパン中の民が祝う祭りだ。
民がいつまでも平和で暮らせるよう、そしてジパンという国が未来永劫あり続けるのを願う祭りでもある。
それを祝わないとは、ジパン人の風上にも置けない。
未来の殿様として一言叱りつけてやりたくなった。
だから城を抜けだした。
森に住む不埒者達の名は、降魔というらしい。
魔王マギューシオンを信仰する邪教徒と聞いている。
目に見えぬ者は信じられるのに、何故、目に見える祭りには加わらないのか?
若い頃の頼智には信仰など、なかった。
神などという、まやかしに頼る者を軽蔑していた。
若い頼智にとって、信じられるのは自分だけだったのだ。

「若様が向かってきておるぞ。」
「若様?若様ってぇと、お城の……ですかい?」
深い、深い森の中。
そびえ立つ杉に隠れるようにして、降魔の里はあった。
降魔の長、禅空は頼智の接近に気づいていた。
そして彼が里を目指して走ってくるさまを、じっと眺めていた。
禅空には眼がない。
両目は遠い昔、戦場で二つとも失った。
代わりに『千里眼』を授かった。降魔術のなしえる業である。
妖魔を体内に招き入れて魔の力を借りる、それが降魔術だ。
禅空は降魔術のおかげで、再び物を見ることができるようになった。
遥か遠く彼方までもを。
その眼で頼智の接近を知った。
禅空は「竜魔を呼んでこい」と傍らの腎蔵に命じる。
「竜魔様……を、ですか?しかし、どこにいるのかサッパリ」
「森じゃ。儂の言いつけ通り修行を怠ってなければ森におる」
さすが千里眼と言い残し、腎蔵の姿は消えた。

森へ入った頼智は、早くも道に迷っていた。
そもそも彼は、降魔が里の場所を正しく知っているわけではない。
漠然と『森に住む』というのでは、簡単に辿り着けるはずもなかった。
頼智が気づいたのは、森に住むモンスターと出くわしてからだ。
森に住むモンスターは強敵が多い。
そのほとんどが、草木に成りすまし獲物を待ち受けるタイプのモンスターだ。
運の悪いことに頼智が出くわしたのも擬態を使うモンスターであり、まんまと罠にハマッてしまったのだ。
走り疲れて岩に腰を降ろした途端、あっと思う暇もなく岩が怪物に化けた。
長く細い触手が、頼智の手を、足を絡め取る。
そいつは恐ろしい力で以て、いくら暴れようが一向に放そうとしない。
頼りの刀は最初の一太刀を振り下ろした時、触手に跳ねとばされてしまっていた。
周囲には、頼りになる部下の姿もない。
初めて死を覚悟した、その時であった。
森の中で何かが煌めいたと同時に、頼智の四肢は解放されて尻から地に落ちた。
尻をさすりながら起きあがってみると、続いて目の前に落ちてくるものがある。
それは、切り刻まれたモンスターの死骸だった。
先ほど頼智を襲ったモンスターが、バラバラになって落ちてくる。
「う、わわわわっっ」
頼智は、誰も見ていないのをいいことに、情けない悲鳴と共に後ずさる。
武士の子らしからぬ醜態っぷりだ。
「……誰だ?」
だが背後から聞こえてきた突然の声に、今度は前へつんのめった。
「お、お主こそ誰だ!俺はキョウ城が城主、昴 頼政が子息の頼智なるぞ!!」
地面にのめり込みそうになりながら、必死で叫ぶ。
背後の者が、微かに動揺したように思えた。
「頼智様……何故このような場所へ、部下もつれずにいらしたのでございますか。ここは我らが忍びの修行場。お一人では、危のうございます」
声の主は自分を知っているようだ。
頼智はゆっくりと振り返り、背後の者を見た。
背の丈は頼智と、そう変わらない。
声は低いが、まだ少年だ。
頼智が言い返す。
「お主だって一人ではないか」
「俺は……いえ、私は忍びですから」
微かに苦笑したようにも見えた。
濃い緑色の忍び装束。
家老から話は聞いている、彼は降魔忍群の一人に違いない。
「まずは名乗れ。俺は名乗ったぞ」
腰を抜かしたまま威張る頼智に、忍びの少年は膝をついて頭を垂れる。
「これは、とんだ御無礼を。私は降魔忍群が一人、名を竜魔と申します」

竜魔と名乗った少年は頼智と、そう変わらない歳に見えた。
大人びた顔の中にも、子供らしいあどけなさを残している。
「竜魔というのか。良い名だ」
「ありがたきお言葉を頂き、光栄でございます」
「竜魔、お主が俺を化け物から救ってくれたのだな?」
あまり見たくもなかったが、そろそろとバラバラの死骸に目をやる。
モンスターは完全に息絶えていた。
光るものは一つしか見えなかったのに、あの一閃だけで退治してしまったというのか。
城の侍でも、こうはうまくいくまい。
竜魔が静かに応えた。
「襲われている者があれば、助けるのが人というものでございます」
「お主は、邪教徒ではないのか?」
ふと思ったことを素直に尋ねてみた。
降魔忍群は邪教信仰のはずである。
邪教信仰については、よく知らない頼智だが、噂だけなら耳にしている。
あまり、よくない噂だ。
彼らが信仰する邪王は、自由を司る神様である。
従って信者は他人から幸せを奪ってでも幸せになろうとする、らしい。
強欲な奴らだとも聞いた。
目の前にいる少年とは、結びつきもしない。
「邪教徒は、自由を得る為の手段を選ばぬ者達と聞いておるが?」
悪意のない顔で尋ねる頼智を見つめ、竜魔は悲しそうに視線を背けた。
「……頼智様は、邪教信仰を誤解しておられます。ですが、頼智様のおっしゃるような信者もいるのは事実でございます」
頼智は、もう一つの疑問についても尋ねた。
この森へ来ることになった、本来の理由だ。
「それ故に、降魔が民はジパン祭を祝わないというのか。城主が定めた祭りなど、他人の幸せを祝う祭りなどは祝ってられぬと?」
竜魔が背けていた視線を戻した。
真摯な眼差しで、ひたと頼智を見つめる。
「いいえ。降魔が民は一人として、そのような考えを持っておりませぬ。我らが城下町へ降りられぬのには理由がございます」
「降りられぬ、理由だと?」
オウム返しに聞き返す頼智へ、竜魔が強く頷く。
「はい。我ら忍びは主の命令に絶対服従を誓っております。故に武家には、我らが殺戮と血に飢えた獣のように見えるのだとか。我らといると恐怖を感じるのだと、申されるのです。我らは先代の殿に城を追われ、この森へ身を隠しました。以来、町へ降りることもままならず、祭りへ混ざることもできぬのでございます」
「なんと」
頼智の知らない過去だ。
降魔の民は祝う気がないのではなく、祝いたくても祝えない。
その原因を、まさか城の殿様が作っていようとは。
頼智の顔は真っ赤になった。
祭りを祝わぬ不届き者が、などと憤っていた自分が恥ずかしくなったのである。
「なぁ、竜魔」
「はい」
腕を支えられ、立ち上がりながら頼智は尋ねる。
「祭りを、祝ってみたいか?」
「はい」
「なら、今年からは共に祝おう」
えっ、と驚く彼の手を握りしめた。
「竜魔は俺の恩人だからな。父上も文句は言うまい。いや、言ったら俺は、また城を出る。断じて文句など言わせないぞ」


祭りの笛の音が聞こえる。
この年、祭りを楽しむ若様の傍らには彼の御身を守るかのように、ひっそりと佇む忍びの姿が見えたという。
城仕え復帰を祝う笛の音は、森を越え、里にも届いたであろうか。
復職に一役買ってくれた頼智には、礼を言っても足りない。
頭の固い侍、老中、そしてキョウの民全てに降魔を説いてまわり、ついには父をも説き伏せた。
侍は皆、若様の情熱に負けて降魔が忍びを受け入れたのだ。
竜魔は心に決めたことがあった。
これから先、何が起ころうと自分は頼智を守ってゆこう。
それこそが自分の尽くせる最大の礼なのである……と。


おしまい