壱の陣:キョウ編
ラグナルのギルド員専用トラベータにより、グリフィルス達が飛ばされてきたのはキョウの外れも外れ、町の中心部から遠く離れた林の中であった。
だがギルド員の話によればキョウは今、ナゴヤに制圧されているはずである。
とすれば、町の中に出なかったのは幸いとも考えられる。
なにしろ彼らの出現方法ときたら、何もない空間から突然パッと現れるという大変に奇抜なものだったからだ。
林の向こうには町が見えている。少し歩けば辿り着けそうな距離だ。
「随分へんぴな場所に飛ばされたもんだな……ん?」
林の中でうごめく影を見つけたグリフィルスが視線を向けると、ボロをまとったジパン人と目があった。
ボロなのは衣服だけではない。
髪の毛はバサバサ、顔や手足も泥や垢で汚れている。
もう幾日も風呂に入っていないのだろう、体臭が臭ってくる。おまけに裸足だ。
「……ヒィ!」
様々な髪の色、おまけにケンタウロスという異種族が、何もない空間から突如姿を現した上に、その一行と目まで合ってしまったのだ。
よほど驚いたのだろう。ジパン人は短く悲鳴をあげると、一目散に走り出していく。
町ではない。林の奥へ奥へと走ってゆく。
「おい、待て!」
グリフィが声をかけるもワンテンポ遅く、ジパン人は走り去っていった。
「どうするんだ、追いかけるのか?」
同行者のシェスカに問われて一も二もなく頷いたのは、やはり同行してきたオーギュだ。
「当然だ!地元民だろ、話せばきっと判ってくれるっ」
「なら、二人とも俺に乗れ!」とグリフィに急かされて、シェスカ、それからオーギュも背中へ飛び乗った。
大地を蹴りつけて全力疾走。
馬の脚力で、あっという間に追いついた。
貧民は萎縮しきっている。
大木にしがみつくようにして、ぶるぶると震えていた。
「落ちついてくれ……誰も取って食おうとは思っていない」
馬男が一歩近づくと、貧民は喉の奥からか細い悲鳴をあげる。
「驚かせてしまってすまない。ジパンの現状を教えてくれさえすればいいんだ、頼む」
彼の背から飛び降りたシェスカも、極力優しい声色で説得に加わった。
更に一歩近づきかけた時、いきなり目の前で爆煙が上がる。
続いて獣の咆吼が煙の中から響き渡り、グリフィは慌てて二歩下がる。
風に流されて爆煙が退いた後には、全身を漆黒の毛で覆われた大きな異形の者が、貧民をかばうが如くの位置に立っていた。
「グオォォォォォォ!!」
二足歩行の巨大な真っ黒モンスターは、地の底から轟くような咆吼をあげている。
「な……何だ、こいつは!?」
聖騎士が槍を腰から引き抜いた、まさにその時。
グリフィの背後で構えたオーギュとシェスカの耳にも貧民の囁きが聞こえてきた。
「あ、あぁ……
貧民と、このモンスターは知り合いなのだろうか。
そればかりか、モンスターには、きちんとした名前があるようである。
もしや、このモンスターには言葉が通じるのか?
「おい、そこのお前!こいつは何だ?何か知ってんだろッ」
オーギュが貧民に掴みかかると、貧民は「ヒィッ」と悲鳴をあげ、必死に懇願する。
「お助けを、お助けをォッ……!」
「お助けしてほしいのは、こっちだ!お前の答え如何で戦闘が避けられるんだろ?そうなんだろ!?」
腕を掴む手に力がこもっているのか、貧民は泣き叫ぶばかりで会話にならない。
黒いモンスターも「ガアァァッッ!」と声を張り上げて、オーギュに襲いかかってきた!
だが振り下ろされた爪の一撃は間一髪、グリフィルスが槍ではじき返す。
「おい、乱暴な真似はよせ!その手を離してやるんだッ」と怒鳴りつけた相手はオーギュで、オーギュが「だってよォ」と言い返すのへはシェスカが被せてくる。
「そこの、ヒチョウというのか?我々の言葉が判るなら、爪を収めてもらえるだろうか。我々は貴殿と敵対する意思はない」
「グルルルル……ガウッ」
こくりと頷いたかと思うと、モンスターは木々をかき分けて林の中へ入っていく。
呪言が低く聞こえてくると同時に、モンスターの姿が忽然と掻き消えた。
しばらくあって、一人の忍者が姿を現す。
深緑色の忍び装束に身を包んでおり、胸の膨らみを見るに中身は女性だ。
忍者は開口一番、挨拶もぬきに話しかけてきた。
「異国の者がジパンへ何用だ?」
「私はシェスカ、冒険者だ。キョウがナゴヤに襲われたと聞き、手助けができないかとやってきた」
彼女の後ろでグリフィも「俺は聖都の騎士で、グリフィルス=ジョアンダ=ライアント。こっちは俺の友人でオーギュってんだ。俺達も彼女と同じだ、キョウに義ありと見て助太刀にきた」と名乗りを上げる。
「冒険者……すると、あいつは無事にバラク島まで辿り着けたのか」
小さく呟いて何事か納得したように頷くと、改めて忍者が素性を明かす。
「いいだろう、助太刀なら大歓迎だ。私は降魔忍群が一人、飛鳥。見回り組がキョウ城を落としたのは知っているな?奴らは現在、キョウを我がものとし支配下に置いている。少しでも奴らに抗った民は、あらぬ罪をかけられて処刑されているのだ。我らは城が落ちた日、頭目とも離ればなれになり、戦える手数も足りず、どうしたものかと思案していた処へお前達が現れた。これを天の助けと呼ばず、なんと呼ぼうか。今すぐにでも手を貸してもらうぞ。まずは、キョウ城の奪回だ!ここに城の見取り図がある、見て欲しい」
口も挟めない勢いで一気に作戦まで話し始める飛鳥を、グリフィは慌てて止めた。
「ちょっと待て。頭目が行方不明だと?」
「そうだ。我らが殿をつれて城から脱出しようとした際、見回り組の連中が襲ってきて……な。殿を逃がそうとした頭目は、壬生を誘って自ら囮となったのだ。だが、せっかくの頭目の心遣いも、我らの失態で水の泡となってしまった……殿は捕らえられ、我らは命からがら山に逃げ込むだけで精一杯であった。くそぅ、これというのも奴らが聖なる魔術などを使ってくるから!」
悔しげな飛鳥へグリフィは首を傾げる。
「聖なる魔術?ジパンにも善教徒がいるのか」
「いや、おらぬ」
馬男の問いに、飛鳥はあっさり首を横に振る。
「しかし今、聖なる魔術がどうのと」との追求も、やはり彼女は否定した。
「我らジパンの民は本来、無宗教だ。だが、何故か見回り組には聖なる魔術を取得している者がいるのだ」
見回り組に荷担している冒険者がいるという事だろうか?
それとも、見回り組に協力する善教徒がいる……?
どのみち人殺しに協力とは、善の風上にも置けないやつだ。
「城奪回するにしても、そいつの対策が一番厄介だと思っていたところだ。お前達は冒険者、ということは魔法にも強いのだろう?奴が出てきたら、お前達に任せるぞ」
どうも、冒険者に対して語弊があるような。
それに聖なる魔術、つまり神聖魔法は回復が主体だ。
使われて何の不都合があるというのか。
しきりに首をひねるばかりでグリフィルスが何も言わないもんだから、シェスカとオーギュで反論しておく。
「冒険者が全員魔法に詳しいと思っているようだが、それは誤解だ。私は戦士だし、魔法など専門外だぞ」
シェスカが否定する横ではオーギュも「俺だって傭兵をやっちゃいるがよ、魔法に強いかって言われたら、さほどでもねぇな」と断る。
「なんの、お前達に過大な期待はしておらぬ」
一旦は拒否するようなことを言いつつ、飛鳥は意地の悪い目を二人へ向けた。
「だが、手は貸してもらう。当然だ。協力を申し出たのは、そちらなのだからな」
手伝いを求めている割には尊大な態度で、シェスカとオーギュはムッとなる。
「まぁ……いい。それよりも城を奪回するのに、この人数でいくのは無謀すぎやしないか?」
疑問を胸のうちにしまい込んだのか、考え込むのをやめたグリフィが口を挟んだ。
「だから、お前達の力は期待しておらぬと申しているだろうが。お前達には陽動を任せるつもりだったのだ」
「陽動?つまり、囮になれと言うのか?」
グリフィに「そうだ」と頷き、飛鳥は言う。
「そうだ。お前達は目立つ。ジパンにおいて、異国の者は見物の人だかりができるほど珍しい。お前達の存在は、我らにとって最適の目くらましとなるだろう。これで、こちらの戦力を無駄にせずに済みそうだ。感謝するぞ」
捨て駒になれと言わんばかりの作戦に、ますますシェスカとオーギュは機嫌を悪くする。
だが、ここで腹を立てていたんじゃ、いつまでたっても内乱が終わらない。
それに向こうにしてみれば、こちらは完全に余所者。すぐに信頼されなくても仕方がないというものだ。
「そういや、さっき神聖魔法を使われたせいで不覚を取ったようなことを言っていたな。具体的に、どんな魔法を使われたんだ?」
オーギュの疑問に飛鳥は首を振り「魔術の名前など我らは知らぬ。ただ受けた途端、力が抜けていく……死の呪文だ」と答え、些かムッとなったグリフィが重ねて問う。
「神聖魔法が死の呪文なわけあるか。聖なる魔法をうけてダメージを受けるって、お前の体はどうなってるんだ?普通じゃないだろ」
彼の問いに、飛鳥は一瞬呆けた後に笑い出した。
「なんだ、助太刀する相手が何者かも知らずに来たのか?我ら降魔は邪教信仰、マギューシオン様に心身を捧げる者だ。降魔の術は魔の力を借りた術。善神は我らにとって害なのだ!」
グリフィルスが黙ったのを了解と取り、飛鳥は城奪回作戦の続きを再開する。
「見回り組は総勢五十八名の大所帯だ。城に詰めているのは、そのうちの半分という調べもついている。あの城は我らが育った城。城の内部は奴らよりも知り尽くしている。だが、道は判っていても二十余名の目をくらますのは難しい。そこで、お前達の出番となる。連中の前で、わざと派手に目立つ行動を取れ。要は、陽動だ。その間に、我々は領域境にある壁を乗り越える」
「壁を乗り越えるだぁ?そっちのほうが目立つんじゃねぇのか」とオーギュが突っ込むのへも飛鳥は冷ややかに答えた。
「何度言えば、お前の脳は理解するんだ?なんのために陽動を立てると思っている」
これみよがしに溜息をつくと、手の内を少しばかり明かす。
「我らの手勢は私を含めて六名だ」
「六人!?少なすぎやしないか」
驚くシェスカにも冷めた視線を向けて、降魔の忍びは言い放つ。
「少数精鋭という言葉を知らんのか?大勢で忍び込んだりしたら、見つかる確率が上がるだけだ。他に質問はあるか?ないなら、話を進めさせてもらうぞ」
そう言って、さっさとキョウの地図を広げた。
「城へ向かうのに一番厄介なのが、壁一面に取りつけられた呪符だ。これに触っただけで我らは力を失ってゆく。聖なる呪符だからな。お前達には呪符を剥がす役目も果たして欲しい。陽動は一人立てば充分だろう。なに、足がかりとなる場所だけ取って貰えればよい。後は我らで何とかする」
それまで、ずっと黙っていた聖騎士が口を開く。
「お前ら、本当にこいつの命令で動くつもりなのか?」
「何だと?我らの助太刀に来たのではないのか、聖騎士殿。ここへ来た以上は、我らの命令に従ってもらわねば困る。足手まといになられるのは困るが、邪魔をされても目障りなのでな」
グリフィは飛鳥を無視して仲間に話しかけた。
「こいつは俺達を盾にするつもりだぞ。俺はキョウヘ助太刀しには来たが、こいつらの為に死ぬつもりなんかねぇ」
「ならばどうするつもりだ?」との飛鳥に「陽動はする……が、俺は俺で勝手にやらせてもらう。陽動のついで城にも攻め上がってやる」と馬男は自信満々答える。
「奪回は一人で簡単に出来るものではないぞ。まぁ、せいぜい奮起すればいいさ。お前が暴れれば暴れるほど、敵の目はお前へ惹きつけられるだろう」
大きく出た彼を飛鳥は鼻で笑った。頭っから馬鹿にしている侮辱の笑い方だ。
そんな双方を見比べた後、ぽつりとオーギュが答えた。
「いや、けど、助太刀するって言った以上は、なぁ?手伝うっきゃねーだろうがよ」
オーギュがシェスカを見やると、彼女も相槌を打ってくる。
「そうだ、冒険者が一度言い出したことを覆すのは信用問題に関わる。私はキョウに助太刀する、その気持ちは変わらない」
彼女や飛鳥には聴こえないよう、オーギュはグリフィへ小声で耳打ちした。
「もしかして、降魔が暗黒信仰だからってヘソを曲げてんのか?けどよ、善だとか闇だとか気にしてどうにかなる問題じゃないだろ、内乱は。あいつの態度が気に入らなかったとしても、ここは我慢しようや」
グリフィも小声で言い返す。
「自分の信じる神を侮辱されたら、そりゃあ、な……だが、お前の言う通りだ。悪い、前言撤回させてくれ。気に食わんが明日は精一杯、奴らの手伝いをしよう」
冒険者から目を外し、飛鳥は空を見あげる。
辺りは、すっかり暗闇に包まれていた。
「もう、こんな時間か……作戦会議もお開きだ。襲撃は明日だ。明日に備えて眠るとしよう。ついてこい」
飛鳥に連れて行かれたのは林の中に作られた、ぼろっちい小屋が並ぶ場所だった。
丸太や落ち葉、木ぎれを組んで作られた小屋の中には、それぞれキョウの流民が寄り添うように集まっていた。
一行は、そのうちの一つに案内される。
落ち葉で作られたベッドは、けして寝心地が良いとは言えないだろう。
しかし決行は明日だ。少しでも寝ておかないと……
次の日。
一行は、日が昇ってまもなくの時刻に叩き起こされる。
起こしたのは飛鳥ではない、内股気味の男ニンジャだ。
「作戦決行の日、いざ!でござる。起きるでござるよ。飛鳥が作戦小屋で待っているでござる。準備が出来たら参られよ」
シェスカは身体についた葉っぱを、ぶるぶるぶるっ!と身震いで振り落とす。
「私の準備は、いつでも万端だ」
「そういう落とし方すんのかよ……」と傍らでドン引きしていたオーギュは、友人の姿がないのに気がついた。
先に行ってしまったんだろうか。
キョロキョロする彼へ内股忍者が「お連れさんを探しているのでござるか?馬の御仁なら、裏の水置き場で行水していたでござるよ。朝焼けにキラキラと輝く見事な筋肉が目に眩しかったでござる、うっふん」と意味もなく気持ち悪さを付加して教えてくれた。
「お、おう。ありがとよ」
深く関わるまいと適当に返事を濁して立ち上がったオーギュは、戻ってきたグリフィルスと鉢合わせる。
本当に水浴びしていたのか、髪の毛が濡れていた。
「すっきりしたみたいだな、身体も心も」と茶化すオーギュへ頷き、グリフィは二人を促した。
「待たせるとまた文句を言うだろうからな、さっさと行くぞ」
急ぎ足で小屋へ向かったというのに、飛鳥は既にイライラしていた。
「遅い!遅いぞ。さっそくだが作戦会議を始める。城は高い城壁で周りを囲まれている上、深い堀が待ち受ける二段構えになっている。橋は二箇所にかかっている。我らが侵入する予定の、壁の穴に近いのは上の橋だ。従って陽動は正門を突破し、西の橋から名乗りと共に参上してもらう。幸い、この橋は城の入口にも近い。せいぜい騒いで注意を引きつけてくれ。我らを隠すように南回りで敵を引きつけながら移動しろ、いいな。見張りが移動したら、札剥がし組と我らが入る。剥がして貰いたいのは、橋の先にある城壁。ここの呪符だ」
地図を確認しながら、シェスカが最終確認を取る。
「陽動は一人だけでいいんだな。残り二人は壁の御札を剥がす、と。それで……誰が陽動役をやればいい?」
「そりゃあ、お前……この中で一番目立って、且つ強いっつったら」
オーギュの目がグリフィルスを捉え、グリフィも頷き返す。
「あぁ、陽動は俺に任せろ。お前らは上手いこと目立たないように札を剥がしまくれよ」
出発の合図がかかるまでの間、グリフィは天に祈りを捧げる。
善神ゼファー様、レナ団長、どうか俺の活躍を見守っていて下さい――
瞼に浮かぶのは凛と佇む聖騎士団の女団長。彼が、この世で最も尊敬する存在だ。
ちっぽけなこだわりや蟠りを捨て去り、気持ちを切り替えた。
-弐の陣へ続く-
