デューンとアーリアでハッピーハロウィン
お菓子と悪戯の二択がハロウィンのメインといってもいい。少なくとも、今回開催されたデューン主催のイベントでは。
彼は、どちらを選ぶだろう?
アーリアは、お菓子作りには自信あったが悪戯のセンスには自信がない。
正しくは悪ふざけというのが苦手で、いつもおちゃらける恋人を叱る立場にあった。
デューンが悪戯を要求しようと、お菓子に渡して、そっちで夢中にさせてしまおう。
そう決めた後は、これまでに誰も味わったことがないであろう至高の菓子作りに没頭した。
そして一週間が過ぎた――
「イェーイ、アーリア。ハッピーハロウィン!」
差し出された手をパン!と併せた後、アーリアはデューンを上から下までじっくり眺める。
口元に食べかすなし、お腹いっぱいではない、他人の残り香なし。
「なに?」と首を傾げられたので、ひとまず「なんでもないよ」と笑顔で答えてから。
「それじゃデューン、Treatだよ!」
「え?」
ポカンとする恋人の手に小箱を乗せた。
「いやいや、Trickは?」
「あたしのハロウィンは二択じゃない。お菓子一択だよ」
「え〜?」
不満に眉をひそめる恋人を見上げて、アーリアが腕を組む。
「なんだい、あたしのお菓子じゃ不満かい?」
別にお菓子に文句があるわけではない。
だが、選択の余地なしというのはルール違反ではなかろうか。
実をいうと、アーリアにはTrickをお願いしようと思っていたデューンである。
騎士団に入って以降の長い付き合いだが、彼女のほうから冗談を放ってきたことは一度もない。
デューンの冗談にも笑ってくれるわけではなく、必ずツッコミ返しが待っている。
くすぐろうとしたら本気のメルダンが返ってきて、思わぬ怪我を負ったことも多々。
お祭りでぐらいは彼女の茶目っ気を見てみたいと思って誘ってみれば、屋台で勝負ばかり挑まれて、あぁ、この子は誰かとふざけあうのをヨシとしないんだなと判った。
デューン自身は、誰かとふざけあったり悪戯を仕掛けたり冗談を言い合うのが好きなタイプだ。
従って今日はアーリアと祝うのを回避しようと考えたりもしたのだが、ばったり出会ってしまったんじゃ、そうもいくまい。
「や、不服ってんじゃないけどさ」
「その割には顔に出ているよ?不満だって気持ちが」
ツンと額を人差し指で突かれて、たじろぐデューンの耳に意外な言葉が流れ込んでくる。
「いっとくけど、ただのお菓子プレゼントじゃないからね」
えっ?となってアーリアを見下ろすと、不敵な笑顔と目があった。
「ついておいでよ」と誘われて、アーリアのテントで腰を下ろす。
「ほら、膝枕したげる」
ぐいっと腕を引っ張られて、彼女の膝の上に頭を乗せた。
他の女性になら何度もしてもらった体勢だが、アーリアの膝は今日が初めてだ。
太ももと呼ぶには細いながらも、しっかり柔らかく、そして温かい。
この体勢で見上げるのも、つきあって以来初めての光景だ。
「こうやって見ると……いいねぇ」
「何が?」
「エルフやケンタウロスの中には、きみをキッツイ顔だって言うやつもいるけど、あいつらは全然判っちゃいないなってことさ」
予期せぬ賛美に、アーリアの頬はカァッと熱くなる。
いつもは他愛ない雑談ばかりなのに、時々いきなり甘い言葉をかけてくるから、この恋人は心臓に悪い。
思えば告白だって突然だった。突然、きみが好きだと言われて、返事に戸惑った。
しかも、押し倒された体勢での告白だ。
思わず抱きついてしまったけれど、彼が帰った後も心臓はバクバク鳴りっぱなしだった。
翌日から恋人としての交際が始まり、やがて騎士団でのデューンの地位があがると共に国内での人気もあがっていき、誰それと寝ただのキスしていただのといった噂がアーリアの耳にも入ってきて、本人を問いただしてもニコニコ笑って誤魔化されて……
思えば、よく、あの時点で別れようと言い出さなかったもんだ、あの頃の自分も。
とにかく誰に対しても愛想のいい男なのだ、デューンは。
彼が怒鳴っているところなど、妹のリューンとの喧嘩ぐらいしか見た覚えがない。
もちろんアーリアにも愛嬌たっぷりな態度を崩さず、笑いどころの判らない冗談や笑えない悪戯、そしてバレバレな浮気の数々に振り回されながら、今日までつきあってきた。
「で、サービスは膝枕だけなのか?」
今だって邪気のない笑顔が見つめてくる。
「え……あー、他に何かしてほしいんだったら言いなよ。常識の範囲でやったげる」
テレて視線を外しつつも寛大な答えに満足して、デューンは、ここぞとばかりに甘えてみた。
「頭を撫でてくれよ。子どもみたいに」
「こ、こう?」
前髪をかきあげる指が冷たくて気持ちいい。
額に掌を乗せた状態で頭を撫でられた。
「うーん、そうじゃないなぁ。掌で頭を撫でるんだ。小さい子供の頭を撫でるみたいに」
「難しいね……子どもの頭なんか撫でたことないからさ」
そう言いつつも途中で投げたりしない彼女の真面目が好きだ。
掌が頭へ移動して、頭を掴む形で前後に動く。
膝の上からのアングルだと、頭を撫でられるたびに彼女の胸がプルンプルンと揺れて、う〜〜ん、グッド。
アーリアは同世代の女性と比べると些かスリムだが、出るとこは出て、引っ込む場所は引っ込んでいる。
抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な胴体と強気な性格のアンバランスに惚れて、デューンから告白した。
当初すでにアーリアは真面目人間を通していて、同僚から少々距離を置かれていたように思う。
最初は孤独な人を孤独のまま捨て置けない義理人情で友達を申し出た。
それが恋愛に変わったのは、彼女がお堅いだけの人間じゃないと判った瞬間だ。
人懐っこくて無邪気な面もある。
年下なのに姉御肌というべき母親性があり、彼女と一緒だと何でも出来るような安心感を抱いた。
これから先も様々な出会いがあるだろう。
それでもアーリアが一番愛すべき相手であり、最後には必ず帰ってくる場所になる。
「ん、もう。何を考えてんだい?」
ぎゅっと突っ張ったイチモツを握られて、デューンはだらしなく笑った。
「きみのことに決まっているだろ」
「それにしたって頭を撫でただけで、こうなっちまうなんてさァ」
「きみの太ももが柔らかいせいだよ」と付け足して、デューンは起き上がる。
「膝枕もいいけど、もっといいことを考えたよ」
「え、なに」と言いかけるアーリアの目の前に、クッキーを差し出した。
「え?あっ、これ、あんたが作ったの?」
「うん。きみに教わったとおりにやってみたんだけど、我ながら会心の出来でね」
「食べていい?」と尋ねられたのでデューンは頷いたのだが、アーリアがクッキーにさくっと齧りついた瞬間を狙って、同じクッキーの反対側へ齧りついてアーリアを驚かせた。
「んが!?ふふぁふぁふぁっ」
「んにゅうにゅふふぁふふぁ」
お互いクッキーを咥えて言葉にならない言葉を発しながらクッキーを食べ進み、中央で唇を重ね合う。
唇が離れた途端、アーリアの「今の一枚は、くれるんじゃなかったの!?なんであんたまで一緒に食べているんだっ」といった文句を右から左へ聞き流し、デューンがニッコリ笑う。
「こういう食べ方だってアリだろ?俺達、恋人なんだし」
「こっ……この、やろう」と言葉尻を小さく呟いて、それっきりアーリアは黙ってしまう。
頬が熱い。彼の顔を、まともに見られない。
恋人としてのつきあいは長いけれど、アーリアは何年経ってもイチャイチャってのが得意じゃなくて、未だに甘えるのすら苦手だ。
どうしてもアレコレ考えてしまい、テレやプライドが邪魔して自然に甘えられない。
デューンのほうが年上なのに年下みたいな真似をしてくるなんて、ずるい。
それでいてベッドの上での行為は若い頃からずっと、彼がリードしてくれている。
大体彼は何をするのも上手くって、友情が尊敬に替わり、告白から愛も発生した。
デューンは永遠の憧れであり、全てだ。
別れるなんて考えたくもない、たとえ浮気性が激しかったとしても。
後ろから抱きしめられて、首筋へのキスを受けながらベッドへ連れ込まれて、今はデューンの腕枕で身を横たえながら、そういや彼のTrickやTreatを選び損ねたとアーリアは気づいたが、まぁいいやとも考える。
きっとクッキー半分こが彼のTrickでありTreatだったんだ。
この可愛い年上は、これからもアーリアの斜め上をいく活躍と行動を見せてくれるのだろう。
彼と死ぬまで一緒にいられたら――
いや、その前に戦争終結まで生き延びられるよう考えよう。
いつか彼の横で真っ白なスーツを着て、笑顔で祝福を受ける自分の姿を脳裏に描きながら、いつの間にやら、すやすや寝息を立て始めた恋人の懐でアーリアも身を丸くした。
End.

