デューンとイワンでハッピーハロウィン
この戦いで手に入れた掛替えのない存在といえば、新しく知り合ったイワンに他ならない。部下に囲まれて和気藹々の陽キャ生活を送っていたデューンからすると、団長なのに孤独という立ち位置に長く放って置かれたダークエルフは存在自体がレアだったし、そんな寂しい環境に置いておけない同情心や彼の実力への素直な感嘆、その他諸々の感情をぶつけた結果、向こうにも友人だと認識されるようになった。
今じゃ気安く肩など組んだりハグできるまでの距離感だ。
尤も仕掛けるのは、いつもデューン側であって、イワンは常に受け身である。
だから交互にハッピーハロウィンしようぜと約束を取り付けて、一週間が過ぎた――
陣営の至る場所がオレンジと緑のカボチャで彩られている。
それもこれも全て、ロイス騎士団の団長デューンがハロウィンをやろう等と言い出したせいだ。
今の妖精軍の浮かれっぷりを見たら、マギ軍も呆れかえるだろう。
重たい溜息を吐き出し、イワンは気持ちを入れ替える。
能天気にはしゃぐのは自分の柄ではない。しかし、親友には憂鬱な素振りを見せられない。
親友――そう呼べるだけの年月を過ごしたはずだ。自分とデューンは。
プレゼントの菓子は不慣れなれど、自分で作った。喜んでくれるといいのだが……
「ハッピーハロウィーン、イワン!」
緊張の面持ちで構えていたイワンは、うっかり背後からの奇襲を許してしまった。
ぎゅっと背中越しに抱きつかれて、思わず「うわぁ!」と叫んだ後、慌てて振りほどく。
「いやー抱き心地がスリムだなぁ、ちゃんと肉食べている?」
「た、食べている……それより人前で抱きつくのはやめてくれと何度言えば」
「オッケ、なら、ここからは人前じゃなくテントの中でやろうぜ!」
デューンは何年経っても二十代の頃のノリを維持しており、老いを全く感じさせない。
彼だけではなくロイス人は全員がそうだ。バカ王子もバカのまま歳を取ってしまった。
イワンは導かれるままにデューンのテントへ潜り込むと、彼には見えない角度で溜息を吐く。
「……では始めようか。Trick or Treat?」
「もちろんTrickで!」と間髪入れず返されて、イワンは「は?」と生返事。
「や、きみの悪戯って今まで一度も見たことないしさ。どんなもんかと思って」
デューンはニコニコしており、なんとなく馬鹿にされた気分になったイワンも、つい意地になる。
「どんな悪戯でも受けるというんだな?なら覚悟しろ」
「どんとこい!」
イワンは真正面に座り直すと、ぴたりと額をデューンの額へ重ね合わせて、呪文を唱える。
呪は形を装い、彼の脳内へと忍び込む――
一瞬の意識の途切れ。
目を開けると、そこはテントの中ではなく辺り一面が緑に包まれた森林であった。
「おわっ!すごいな、これ。幻術か?」と叫んでデューンは周りを見渡したが、イワンの姿はなく。
なんだ、独りぼっちなのか。せっかくの感動を二人で分かち合えないとは残念だ。
足元の花は、しっかり手触りがある。かすかに甘い匂いが鼻腔まで漂ってきた。
がさがそと藪をかき分けて、真っ白な兎が目の前を跳ねていった。
ぼーっと立っているのにも飽きてきて、デューンは、ひとまず兎を追いかける。
走っていくうちに、開けた場所へ出た。
「あっ!」
人影を見つけて立ち止まる。向こうも、こちらに気づいたようで振り返った。
「イワン……?」
ほっそりした身体のラインに褐色の肌、銀色の髪の毛は目を隠し、尖った耳。
だが、胸の膨らみが女性だと主張している。
「きみは?」と問いかけるデューンへ女性が笑う。
「わたしはイヴァンナ。あなたはデューンでしょう?この世界を魔族の侵攻から救ってくれる勇者」
「や、勇者じゃないよ。俺は只の騎士さ」と答えながら、デューンはモヤモヤ脳内で考える。
イヴァンナか。イワンが女性化したら、こんな感じになるのかな?
声は高いけれど、落ち着いた喋り方も彼と似ている。
「いいえ、勇者だわ。あなたの強さが、連合軍を導いているもの」
「そう言ってもらえると光栄だね」と無難に受け流しながら、そっと髪に触れた。
イワンのように、サラサラした髪質だ。漂ってくる匂いも彼と、そっくり同じなような?
少女はポツポツ話した後、じっと自分を見上げてくる。
目元は髪の毛に隠れて見えないけれど、口元が僅かに開いていて、そんなところも似ている。
背だってデューンのほうが高い。二人で話すと、いつもイワンが見上げる形になる。
イワンは初めて出会った時から現在に至るまで全く外見が成長せず、若々しさを保っていた。
エルフや獣人は大体が年齢不詳ではあるが、彼は小柄なせいか見た目が儚げで庇護愛を誘ってくる。
「わたしが、気になる?」
「まぁね」
唇を指でなぞってもイヴァンナは嫌がる素振りさえ見せない。
イワンは人前で触れられるのを、ものすごく嫌がる反面、二人っきりだとスキンシップOKで、そのギャップに心を擽られる。
今日だって彼が悪戯を選んでくれたら、思いっきりベタベタ触りまくってやるつもりだった。
「いつも、そうやって女の人を口説いているの?」
ドキリとした。
「え、いや、いつもじゃないよ?」
焦って言い返すデューンに、やはり見上げた格好のままでイヴァンナが繰り返す。
「唇を触って、相手をその気にさせて奪うのね。唇も、心も、身体も」
助平心を見透かされたようで、デューンは指を引っ込める。
そうした動きにも驚いたり悲しんだりといった反応を見せず、イヴァンナは淡々と続けた。
「ファインド騎士団の女性で、あなたに口説かれた女性はいないって聞いたわ。いいえ、男性でもベッドで夜を共にした人は多いんですってね。わたしとも、そうしてみたいの?」
イワンそっくりな外見で、なんちゅ〜ことを尋ねてくるのだ。
そりゃあ、したくないって言ったら嘘になる。
男にしては細い腰、薄い胸、筋肉が全くついていない手足まで含めてデューン好みのスレンダーな体格。
普段はシャイな一匹狼でありながら、戦闘では強気な姿勢。
からかうとムキになって反論してきて、けして此方を無視したりしない律儀で生真面目な一面もある。
何から何まで常にデューンのハートを貫いてくる萌えキュン対象なのに、やりたくないわけがない。
だが。
それ以上の友情、そして庇護愛が己の劣情を邪魔してくる。
それにファインド騎士団の至る面々に尋ねたのだがイワンに恋人がいた様子なし、住み込み執事のカムイや義妹のディーナでも見たことがないんじゃ過去にも恋愛経験はないのであろう。
そんなピュアな彼を己が毒牙にかけていいのか?いいわけがない。
デューンの僅かに残った理性が告げている。
イワンは遊び相手にしていい対象ではない。彼が好きになった相手と成就させてやるべきだ。
「い、いや、その、出会ったばかりじゃさすがに」と視線をそらして答えるデューンに、イヴァンナが口元で笑う。
「なら、出会って十年過ぎた後なら、どう?」
「いやいや、何年経っても駄目だって。きみはきみが好きになった人と――」
言葉が途切れる。
むちゅっと柔らかい感触がデューンの唇を塞ぎ、すぐに離れた。
くすっと小さく声を漏らして、褐色の少女が幻惑を終わらせにかかる。
「わたしに気遣いできるなら、恋人にも同じ真似をしてあげられるよね。奔放な浮気でアーリアを悲しませちゃ駄目だよ」
「……えっ、え?い、今、キスした?え、ちょっと待ってイワン、これ、どういう意味」
ふわっと意識が遠のきかけて、デューンは気絶するまいと半分白目になりながら、目の前が暗雲に包まれた。
「きみは少々恋愛を自重するべきだ。俺の騎士団内では、きみを取り合って部下が殺伐としていたぞ」
起き抜けに説教をくらい、デューンは泡を食って言い返す。
「そっそれよか、今の何だ!?最後のキス!きみも俺を好きだと受け取っていいのかッ!?」
「なんの戯言だ。先程きみにかけたのは、理想の相手に己の心理を問わせる幻術だ。きみの深層にもあっただろう?恋人に申し訳ないと考える罪の意識が」
しかめっ面な親友の弁によると、さっきの夢は自問自答を誘導する術だったらしい。
本来は罪人にかけて、己の犯した罪の重さを自覚させる。
他人が相手だと強情になるが、愛する者や理想の相手だと素直になる。
言い換えれば、自分の中にある良心と夢の中で話し合う形になろう。
人の心理を利用した、お手やわらかな尋問だ。
ということは、だ。
俺の理想像ってなぁ、イワンなのか?
や、ずっとアーリアが理想の女性だと思っていたんだけど!?
しかも最後のキスまで自分が妄想した幻だというんなら、俺はイワンとチューしたい願望があったのか!
じっとイワンの唇を見つめる。夢の中のイヴァンナ同様、柔らかそうだ。
そっと触れたら「うわっ!?」と驚かれた挙げ句、一歩引いて「何の真似だ!?」と取り乱させてしまった。
「いや、柔らかそうだと思って」
「唇が柔らかいのは普通だろう!」とも怒鳴られたが、テレる姿が愛おしくて反論のタイミングを逃した。
まぁ、唇を触って、この反応じゃ、自分にも脈がないのは重々判る。
イワンが誰かを好きになるとしたら、どんな人を好きになるんだろう。
その時がきたら、目一杯応援してやりたい。そう、恋愛の先輩として!
「次は、きみの番だぞ。Trick or」
「Treatだ、菓子をよこせ」
デューンは最後まで言い終わらせてもらえず、さっさと小袋を奪われる。
「え〜?悪戯させても貰えないのかよ」
「きみの悪戯なら大方ろくでもないだろうって予想がつくからな。それよりは予想のつかないTreat、きみの手作り菓子を食べてみたいんだ」
「そりゃないぜ、せっかくアレコレ考えてきたのに〜」
まだ未練がましくしがみついてくるデューンに苦笑しながら、振りほどいたりせずイワンも言い返す。
「悪戯はおしまいだ、一緒にお茶しないか。きみの菓子をもらうかわり、俺の菓子も食べてみてくれ。つたない出来だが、食べられない代物じゃない」
どこか嬉しそうな、それでいて照れくさそうな感情を混ぜて。
End.

