デューンとリューンでハッピーハロウィン
「えー……やだ、ちょっとシブオジ、イケメン。こんなの反則だよねぇ」召喚魔法で呼び出されて、何十年ぶりかに兄と再会したリューンの反応が、これだった。
シブオジ?と周りの面々が首を傾げる中、デューンは「フッ、我が妹よ。久しぶりだな。お兄様が格好良くなったからって惚れるなよ〜?」と、いつものノリで流したつもりだったのだが――
「よし、始めるか。リューン、Trick or Treat?」
「結婚してください!」
勢い込んで告白されて、数秒後。
硬直が解けたデューンは苦笑いで妹の告白を受け流す。
「いやいや、なんだ結婚って……お前が選ぶのはTrickかTreatの二択だぞ?」
「そんなのいいから、結婚してください!」
我が妹、リューンは頬を薔薇色に染め上げて潤んだ瞳で此方を凝視してくる。
とても実兄に対する態度ではなく、デューンは次第に居た堪れない気分になってきた。
「全然笑えない冗談は、もういいから。大体お前は王子が好きなんじゃなかったのか」
「あ〜……王子ィ?王子ねー……なんかさ、期待ハズレでガッカリ」
一体なにが期待外れだったのか問うと、リューンは口を尖らせる。
「ほら、十五年ぶりの再会でしょ?さぞかしダンディに成長したのかと思いきや、若いままなんだもん。一緒に並んだら親子だよ?しかも、私が親!」
王子の外見が若い頃と全然変わっていないので不満だと言う。
アイルに老けが来ないのは、恐らくだが半分妖精の血が混ざっているせいだろう。
思えば彼の母親アンテローザも、初めて王国へ嫁入りした頃から全く歳を取ったように見えない。
「いいじゃないか、ハゲ親父や三段腹親父に劣化しなくて。中身も若い頃のままだし」
「若いままって、じゃあ、まだ『でちゅまちゅ』喋りなの?」
「まぁな」と視線を逸らす兄に、リューンの奇声が突き刺さる。
「マジ!?ピュア天使すぎる……さすが私の王子様っ」
皮肉かと思いきや頬に手をやり満面の笑顔、本気で喜んでいる。
たちまちデューンの調子も戻ってきて、「だろ〜?何十年経っても王子は王子のままなんだよ。だから、お前も見た目なんか気にしなくていいって!」と二人でキャッキャしあった後、話をハロウィンへと戻した。
「アイル王子とは後でハッピーハロウィンを謳歌しといてくれ。今は俺とハロウィンしようか、リューン。てなわけでぇ、どっちか選べTrick or Treat?」
「そんじゃ〜、私のお菓子とTrade!」
「はぁっ!?」
またしても選択肢にない答えが返ってきて、デューンの声は裏返る。
この妹は何年経っても、兄の思い通りに動いた試しがない。
というか、今、地獄の宣告が聴こえたような。
きっと聞き間違いだ。そういうことにしておこう。
「なるほど、そうか、Trickがお好みかッ」
「違うよ、トレードって言ったの!ほらほら早くアーリアさんが作ったお菓子をよこしなさいよ、楽しみにしてたんだからぁっ」
ぐいぐい腕を引っ張られ、デューンも意地になって小袋を握りしめながら拒絶する。
「この菓子は俺が作ったんだっつ〜の!あと、お前の菓子とのトレードは絶対にお断りだ!!」
「はぁ〜?兄貴がお菓子作り?作れたの、お菓子?食べたら死ぬやつ?」
「それは、お前の菓子だろ!俺のは美味しいんだよ、自分でも食べたんだから間違いない!」
「えぇ〜信じられない。だって兄貴、家にいた頃は全然家事を手伝ってくんなかったじゃない!」
どこまでも信じないリューンにはデューンの怒りも最頂点に達し、小袋からクッキーを一枚取り出すと妹の口へ突っ込んだ。
「そこまで言うなら食べてみろ!」
「んがっ!」
喉に詰めそうになって少しばかり舌で戻してから、リューンは兄作クッキーを味わう。
サクサクとした歯ごたえの割に口溶けが良く、まろやかな甘みが舌で踊る。
店売りのクッキーと遜色ない出来だ。
一体いつの間に、このような完璧なお菓子作りを会得したのであろう。
恋人に教わった?それとも粉をかけてくる女性群から?
どちらも充分ありえる。
兄の恋人アーリアが料理から菓子まで作れるのは知っている。
幼い頃は、よくお菓子を作ってもらったし、今日だって、それも目当ての一つだった。
十五年ぶりに会った兄が渋いおじさんルックに成長していたので、思わず血迷ってしまったけれど。
アーリアは、さっきちらっと見かけた。
あちらも昔より落ち着いた熟女になった気がする。
先程は、うっかり兄に求婚してしまったが、彼女に見られていなくて良かった。
あの人は昔そりゃあもうビックリするほど嫉妬深くて、兄に色目を使ってきた近所のおばさんとタイマン口喧嘩するほど血気盛んな性格だったのだ。
見た目はシブオジに変化しても、兄の中身は二十代の頃と大差ない。
今でも若い頃のノリを維持しているってんじゃ、アーリアも、さぞ気苦労なことだろう。
主に兄の浮気性な部分で。
「美味しい……」
「だろー」と自慢げな兄に、ひそっと「アーリアさん直伝?」と尋ねれば、間髪入れず「そのとおり!」と返ってきたので、ついでに深く突っ込んでおく。
「まだアーリアさんと続いているってのが奇跡よね、兄貴にしちゃ。今も毎晩ガンガンやっちゃってんの?やっぱヤる時もアーリアさんが主導権握っているワケ?」
「ばっ……!」
瞬く間に真っ赤に染まり、あちこちキョロキョロした後、アーリアの姿を見つけられなかったようだが、それでも小声で言い返してきた。
「毎日ってほどじゃないしガンガンでもないよ!お前、そーゆーことを公で口にするんじゃないっ」
「ほんで?どっちがリードしてんのよ」
反省の色ゼロ且つ好奇心満々なスケベ視線を妹に向けられて、デューンの頬は熱さを増していく。
こいつ、子供の頃から旺盛だった好奇心が悪い方向に増長しているじゃないか。
「ノーコメントで」
「はーん?やっぱ尻に敷かれてんのかぁ」
「やっぱって何だよ?言っとくが、告白は俺が先だったんだからな?」
「それが何だってのよ」
「と、とにかく、この話はおしまい!ほら、クッキー食ったんだから、さっさと王子に会ってこいよ!」
ここで妹相手に一瞬の隙を見せてしまったのは、一生の不覚だった。
踵を返した、ほんの一瞬を狙って「お返しだよ、私のクッキーを味わえぇ!」との叫びと共に黒焦げた物体が宙を舞い、デューンの口の中へ飛び込んできた。
「んべっ!?」と吐き出そうにも「オリャ!」とリューンに背中をどつかれて、勢いでゴクンと飲み込む。
喉を通り抜ける際、苦くて酸っぱくて腐った味が口いっぱいに広がり、みるみるうちにデューンの顔色は青ざめた。
「お……が……ッッ」
喉を押さえて蹲るデューンの頭上に、どこか勝ち誇ったリューンの声が降り注ぐ。
「へへっ、私のお菓子を食べたんじゃ〜アーリアさんに口直しのお菓子をもらうしかなくなったね。今日ぐらいは浮気厳禁だよ、兄貴。じゃーね、あんまり恋人を困らすんじゃないよ!」
軽やかに去っていく妹の後ろ姿を見送ることなく、デューンの意識は遠のいていった……
End.

