FES

第一次魔戦・幕間

デュペックとアーリア

ロイス騎士団は国を放逐される勢いで戦争参加と相成った。
隣国ファインドの危機が直接の引き金だ。
騎士団の面々からは、これといった不満も出ず、唯一の不満はリーダーがバカ王子な点ぐらいだった。
戦うのが怖くないのかと言われれば、もちろん怖い。
だが、それ以上に他国の情勢やロイス王国にはいない異種族への興味もつきまじで、さらに言うなら日々の訓練成果を出せるとあっちゃ尻込みしている場合ではない。
たとえ死ぬような事態になったって、司祭は全員、蘇生呪文を覚えている。
魔術師だって攻撃呪文を覚えているし、騎士は戦いの基本をモノにしている。
怖いものなしだ。少なくとも実際に戦うまで、ロイスの騎士団は全員がそう考えていた。
その自信は初戦闘で儚くもボロボロにされたのだが、一旦国を出てしまった以上、退却はありえない。
なにより眼の前にいるエルフと獣人の存在が、アーリアの知的好奇心を大いに刺激し、撤退を強く拒んだのであった――


「あんた、あの団長さんの恋人なんだってな?」
ぶしつけな質問にアーリアは「そうだけど、それが何だってんだい?」と質問で切り返す。
尋ねてきたのはデュペック=ギルロイド、ファインド騎士団の獣人戦士だ。
ロイス騎士団と合流するまでファインド騎士団の前衛は獣人が守りを固めており、戦士の本懐は打って出るところにあるというのに守備に回されていたんじゃ、そりゃあ劣勢にもなるよねとアーリアは妙に納得したのだった。
「いやぁ、なら団長さんが、うちの美男美女に大人気だってのも教えといたほうがいいかと思ってよ」
デュペックはヘラヘラ笑っており、親切での情報提供じゃないのだけは確実だ。
尤も、デューンがエルフの美男美女に大人気だとしても、アーリアは全く動じない。
なんせ、ロイスでも彼は国内の美男美女に人気を博していたからだ。
しかも、そのうちの何人もと身体のお付き合いをしていたことまで知っていた。
本人は隠しているつもりなんだろうが、あちこちで噂されていたんじゃバレバレだ。
「その美男美女様に忠告しときなよ。あいつとつきあっても1Gの利はないってね。ロイスでも恋人になれない奴らの怨嗟が、あたしの元まで轟いていたんだ」
「なんだ、知ってんのに、ほっといてんのか」と驚く相手には肩をすくめて、やり返した。
「モテモテのカレシを持つってのは悩みのタネだよね。けど、誇りでもある。だって考えてみなよ、皆が夢中なあいつを恋人にしているんだからさ。他のやつが、どんなに粉をかけたって、あいつの心はあたしが一番なんだよ」
「あんたとあいつの仲ってなぁ、国元公認なのか」
ぼそっと呟き、デュペックは頭をガリガリ掻いた。
自称恋人なら付け入る隙もあっただろうに、皆の公認ってんじゃ手が出せない。
扱いに不満があってもデュペックがファインドを出ていかなかったのは、他に行き場がないせいだ。
マギなんて得体のしれない奴の配下になるなど絶対に御免だし、ここに居続ければ、いつかは自分のお気に召す女が現れるんじゃないかといった期待もあった。
マギ側についたものの、戦うのが嫌になった獣人だっていよう。
ファインドへ逃げ帰った難民の中から、恋人対象を物色しようといった考えだった。
彼の意思と反して難民は一向に現れなかったが、代わりに戦争素人のロイス騎士団と遭遇し、その中でも、とびっきり自分の好みにド真ん中な女を見つける。
それがアーリア=マイだ。
異種族だと言うのに何故か違和感を覚えず、親しみまで感じた。
エルフの女は皆ツンケンして冷たいのに、彼女は初対面でも気安く話しかけてきて、ますますデュペックの興味は惹かれていった。
見た目だってエルフは枯れ木みたいな細い奴しかいないのに対して、胸は触ってみたい膨らみを見せていたし腰は括れている。
獣人ではないのが残念なぐらいだ。
だが、粉をかけようとしたらデューンの妨害に遭い、軽く出鼻を挫かれる。
デューン=アリテアは向こうの団長だし、いざこざを起こすのはまずいと考えて手を出しあぐねていたら、そのうちに嫌な噂を耳にした。
デューンには恋人がいて、名前はアーリアだという。
自分が狙っている女じゃないか。
あんな女の何処がいいんだとエルフどもはこぞって悔しがり、アーリアの悪口を言いたい放題だ。
無論、双方の団長には見えない場所限定で、だが。
彼女の良さがわからないなんて、エルフは終わっている。例外はイワンと、その身内ぐらいだろう。
ボッチ団長もアーリアと懇意にしているようだから、口さがない中傷が彼の耳に入っていないとよいのだが。
いや、ボッチ団長なんざぁ、この際どうだっていい。
せっかく見つけた伴侶対象が他人の女だったなんて、ショックで飯も喉を通らない。
こうなったら無理やり寝取ってでも自分のモノにしたい。
――だが、そんな彼の決意は、デューンとの馴れ初めをアーリアへ振った後に崩壊する。
「えっ、デューンとの馴れ初めかい?あいつとは騎士団に入ってから知り合ったんだけどさ、最初は気の合う友人〜って距離感で一緒に飲みに行ったり、お互いの家で遊ぶ程度だったんだけど、ある晩あいつの家で飲んでいたら、急にガバッと押し倒されて、いつものじゃれ合いかと思ったら、あいつってば潤んだ瞳で、こう言うんだよ。『俺……お前のこと、本気で好きみたいだ。こんな気持ち、生まれて初めてで……どうしたらいいのか、わからない』って!もぉ、あん時のあいつの可愛さときたら、国中全員に触れ回りたいほど切なくていじらしくて愛らしくてギュッと思いっきり抱きしめ返しちまったんだよ、あたしは!そんで勢いでシちまったんだが、あたしとヤッたのが初めてだっていうじゃないか!当時すでに騎士団内じゃ男女問わずのモテモテだったってぇのにさ。あぁ、初めてってのは本当だったさ、童貞丸出しで可愛いったらなかったよ。だから、あたしも誰かとヤるのは初めてだったんだけど一生懸命リードしてやってさ……ハハッ、思い出したら顔が熱くなってきたじゃないか、どうしてくれるんだい!」
堰を切ったが如く猛烈な勢いで語りだすや、デューンの物真似まで入った熱愛の記憶を熱弁されて、デュペックが怒涛のノロケ語りから解放されたのは、チュンチュンと何処かで鳴く一番鶏が聴こえる翌日の朝であった。
「も、もう判った、判ったから勘弁してくれや……あばよ」
「あっ、お待ちよ!ここからが一番盛り上がるってのにさぁッ」
憔悴しきった顔でアーリアのテントを抜け出そうとするも後ろから腕を引っ張られてすっ転び、デュペックは素早く体勢を立て直すと脱兎の勢いで逃げ出した。
なんなんだ、ありゃあ。
翌日までノロケても話が終わりきらない奴を見たのは長く生きてきて初めてで、最大記録達成だ。
騎士団で知り合ってから今に至るまで、どれだけ濃縮された想い出があるというのか。
ずっと国に引っ込んだ生活を送っていたんだし、てっきりマンネリな恋愛生活だったとばかり踏んでいたのに。
これは無理だ。数回ヤッたぐらいじゃアーリアは絶対自分に振り向くまい。
否、たとえデューンの身体を忘れるぐらいの回数で犯したって、彼女の愛は崩れないだろう。
なんせデューンがモテモテの引く手あまたで且つ浮気の味見をしているのを知っていながら、別れる気さえない女である。
そればかりか赤裸々な初恋時代を何十時間も語ってしまうのだ。知り合って間もない相手に。
確かに彼は異種族を凌ぐ強さだし、常時明るくて、アホ王子や部下にも優しいから、周りに人望がありそうなのも判る。
初めてデューンを憎らしく思った。
憎む反面、もしアーリアの件がなかったら、俺も奴と仲良くなれたかもしれない。
実際デューンのほうでは気安く話しかけてくれるし、何度か酒を飲み交わしたりもした。
雑談だってしょっちゅう振ってくるし、こっちと仲良くなりたいのかもしれない。
なら、まぁ、いいか。
それとなく浮気がバレているのを忠告しつつ、いい女を紹介してもらおう。
そんなふうに思考を切り替えながら、己の失恋を慰めるデュペックであった。

TOP