Limited

act19

一般領で大火災が起きてから、数週間。
これといって何の任務も与えられず、鬼島は毎日軍部で訓練の日々を送っていた。
正しくは、ギアでの戦闘練習だ。
他二人との連携を確実なものにするべく、来る日も来る日も、そればかりやらされていた。
訓練中は何処も平穏だったようで、毎日ニュースを眺めても、これといった事件は起きていなかった。
川口親子誘拐事件の続報は、あれからどうなったのか、鬼島の耳には全く入ってこない。
諜報員がクヴェラに潜入したとだけ聞かされて、それっきりだ。
部署の違う人々の活躍は守秘義務とやらに阻まれて、聞かされないのかもしれない。
そんなふうに考えながら、ようやくギアでの戦闘に慣れたと思えるようになった頃、次の任務が発動する。
「ギア適合者が全員、帰っちまったんですかい!?」
寝耳に水な情報で、伊原の声は裏返る。
鬼島や深雪にしても同じだ、大声は出さなかったにしろ驚いた。
獅子塚曰く、クヴェラ内部でギア適合者同士の衝突があって幹部の一人が失踪を遂げ、残り三人及びナロンは本部の指示を受けてニアイーストへ引き上げたそうだ。
クヴェラ内に潜入していた諜報員経由での情報だから、間違いない。
「全員いなくなってしまったら、統制が取れなくなるんじゃあ……?」
深雪の予想に獅子塚は頷き、「統制の取れない今がチャンスとみて、この期に一掃作戦が発動した。諸君らは護衛として機動隊と共に向かってくれ!」と力強く叫ぶ。
――かくして。
重装備に身を包んだ機動隊と一緒にジープへ乗り込んだ鬼島たちは、一路スラム領へのゲートを目指す。
「しかし、結局やつらは何でアジニアに来たのかねぇ」
「布教が目的かぁ?」
などと雑談で盛り上がる機動隊員を横目に、鬼島も考える。
彼らの目的は、占領や布教といった陳腐な目的ではなかったように思う。
かといってアジニアを探るにしちゃスラムに留まるばかりで、何も仕掛けてこなかったのが不可解だ。
皆が言うように目的が見えてこない。
失踪した約一名も気がかりだ。あの中で足抜けするような輩は居ただろうか?
「難しい顔して考え込んじゃって、あいつらの行動を予想したってするだけ無駄じゃね?」
伊原にバンバン背中を叩かれて、鬼島の思考は四散した。
ゲートを抜けたジープが停車する。
バラバラと下車した後は、一塊となってクヴェラ支部へなだれ込んだ。
「全員、手を壁につけ!無駄な抵抗はするな、怪しい動きもするんじゃないぞッ」
支部内にはスラム住民と思しき男たちが何人かタムロしていたが、バラバラと飛び込んできた機動隊に息を呑んだかと思えば、銃口の前に大人しく従う。
誰一人、抵抗する者はいない。
一人一人に機動隊がついて簡単な所持品チェックをする中、伊原は建物内を見渡した。
広々とした建物の割に、中にいた人数は予想以上に少ない。やけに閑散としているじゃないか。
適合者同士の衝突とやらで、大多数が逃げ出してしまったのだろうか。
「機動隊の方ですか?お疲れ様ッス!」
突然背後から声をかけられて、振り向いてみれば背の低い青年がニコニコ微笑んでいる。
「誰?」
伊原が素直に尋ねると、青年はペコリと頭をさげて挨拶した。
「あ、自分は暁 登と申します。ここクヴェラで情報収集を行っておりましたんですが、目立った連中には逃げられちゃいまして」
そう言って頭をかきながら、愛想笑いを浮かべる。
「上手くいかんもんですね。せっかく入り込んだってのに吉良さんの尻尾すら掴めなかったッスよ」
「吉良さん?」とオウム返しな伊原へ頷き、暁が言うには。
十年前、軍を脱走した諜報員がいた。
彼こそが吉良 正樹であり、凄腕のスパイにして暁の憧れの人であり、首には多額の懸賞金も掛かっている。
「軍の脱走者って、あちこちに散らばっているんですってね?スラムにも逃げ込んでいる人がいるんじゃないかって俺、もとい、自分の先輩諸氏も仰ってまして。そんで、任務のついでに見つけられたらな〜なんて思っていたんですが全然糸口すらなくって。ここにいると踏んだ俺の予感は、見当違いでしたッスかね?」
話の流れからすると、暁青年も諜報員なのだろう。
それにしては、先程からベラベラ見知らぬ伊原相手に、よく口が回ること。
軽快な無駄話にも些か辟易してきた伊原の元へ、深雪が走り寄ってきた。
「こちらにいらっしゃったんですか、伊原さん。大変です、妙なものが見つかりました。こちらへいらしてください」
「妙なもんだぁ〜?」と言いながら先導する深雪についていくと、何故か暁も後を追ってくる。
幹部が全員撤退したんなら、暁の任務も終了したはずだ。そういや彼は何故、未だ現場に残っているんだろう?
機動隊員が一つの部屋に集まっている。鬼島も一緒だ。
中央にあるのは、何かを乗せられるような大きな台だ。
アームが二本生えていて、固定用のベルトもぶら下がっている。
「――間違いありません、研究員に確認しましたがギアを設計する機器とのこと!」
機動隊の一人が通信機片手に叫び、一同がどよめく。
「こいつでギアを作っていたのか……!」と結論づける者もいれば、「しかし、ここで?電気は何処から入手するんだ」と首を傾げる者もいる。
「ここじゃねぇだろうなぁ、クヴェラのギアを作ったのは」とする伊原へ「どうしてそう思うんだ?」と鬼島が尋ねる。
「そりゃ〜皆さんも仰ってんでしょーがよ、ここじゃ電気が取れねぇって。四体も作るとなっちゃ相当な電力を浪費すんだろが」
「それじゃ、この機器は何のために、ここへ置かれていたんですか?」
深雪の疑問は伊原にも謎だ。
誰がどうして、何故これを、ここに置きっぱなしにしていったのか。
バコン、と大きな音がして一斉に皆の視線が注がれる。
裏の板を外した機動隊員が機器に潜り込んで、四角い箱を取り出してきた。
「メーカーは不明……動力はバッテリーですね。使い切っています、バッテリーのメーカーは……掠れていますが、ナノ、ラ、ファと読めます」
「ナノ……」と呟く面々を真似するかの如く「ナノってなんナノ……」と首を傾げる伊原を深雪が嗜める。
「皆さん真面目に調べているんだから、茶化しちゃ駄目ですよ」
通信機で研究員とやりとりしていた機動隊員が叫ぶ。
「研究者の話ではナノテクラボ・ファクトリー、十五年前に製造中止したバッテリー製造会社ではないかとの推測ですッ」
「それだッ!」と何人かが叫び、再び皆の意識は謎の機器へ戻る。
「ここで材料を調達したってんなら、クヴェラの連中が作った機器じゃないな……では、誰がこれを?」
研究者でもない面々が頭を突き合わせたって、答えが出るとは思えない。
別の部屋にいたのであろう機動隊員が駆け込んでくる。
「住民の事情聴取、完了しました。クヴェラ幹部が本土へ戻ったのは間違いないようです。原因は内乱、スラムに元々あった派閥リーダーとギア適合者が衝突したそうです」
「スラムにあった派閥?」「そんなもんがあったのか、スラムに」
仲間のどよめきに包まれながら、クヴェラの下っ端から聞き出した情報の報告は続いた。
「派閥リーダーの沙流 喜一は死亡、殺害犯は黒いギアの適合者、名前も判明しています。クライヴ=イーブン」
そこまで話し、機動隊員は、ちらと鬼島の顔を伺う。
「ASURAと接触したギアと同一ですね」
そこへ「サルだぁ?あいつ、死んだってか」と素っ頓狂な声が割って入り、誰だと見やれば伊原じゃないか。
「お知り合いですか?」との深雪へ頷き、「スラムでデカイツラしてたサル顔のおっさんだよ。そっか〜、あいつ死んだのかぁ。ヘッ何やってんだか」と悪態をつく。
そういや伊原はスラム領出身ではなかったか。
ではクライヴの名前にも聞き覚えはと尋ねると、伊原は首を真横に「んにゃ、今知った」と答えた。
途端にハァと深雪には大袈裟な溜息をつかれて、伊原は些か機嫌を悪くする。
「あのな、深雪ちゃん。スラムったって広うございますからねぇ、隣近所全てが顔見知りってわけじゃ」
「クライヴの名前には聞き覚えがあるはずですよ、お二人とも。一般領で襲われた時、仲間に名前を呼ばれていたじゃないですか」
そうだったか。思い出そうにも思い出せず、鬼島は何度も頭を振る。
一方の伊原も記憶にないのか「あん時ァ戦闘でバタバタしてたってのに、周りの声に聞き耳立ててられるほど余裕があったんですかぃ?深雪ちゃんは」と嫌味で応戦し、場が剣呑としてきた。
却って「す、すみません。余計な雑談でした」と機動隊員が気を遣ってしまう有様だ。
「それで、沙流を殺した後クライヴは何処へ逃げたんだ?」と別の機動隊員に催促されて、情報の続きを話した。
「同行者二人と共にゲート横の壁を飛び越えて逃走したそうです」
ゲート横にある壁は全長10メートルあり、如何なギアといえど簡単に飛び越えられる高さではない。
しかし、ここに残っていたクヴェラ下っ端の目撃によると、黒いギアは同行者を抱えた上で易易と飛び越えていったそうだ。
「同行者二人?同行者がいたのか」
「はい。一人は氏名が判明しています。勝田 達朗。もう一人は黒装束に覆面で誰だか判らなかったとの話です」
「黒装束に覆面、だぁ〜?」と胡散臭げに伊原が訝しむ横で、何故かキラキラした瞳で暁が「忍者ッスか!」と叫ぶ。
「勝田、勝田……か。一応、住民照合をかけてみよう。その正体不明な黒尽くめも一緒にな」とは、別の機動隊員の一言で現場捜査も終了となった。
謎の機器は大きすぎてジープにも乗せられそうになかったが、証人として二人ほど住民をジープに乗せた機動隊は軍部へ帰還する。
鬼島たち三人は通信機越しに獅子塚から、ここへ残って家探しの続きを命じられた。
「……つぅか、なんでお前まで残ってんだよ」と嫌そうに伊原に尋ねられて、暁が振り返る。
「そりゃあ勿論、家探しの続きをお手伝いするためッスよ!」
「はぁ?お前の仕事は終わったんだろ、はよ帰れっての」
野良犬を追っ払うが如くの邪険な扱いにも暁が気を悪くした様子はなく、キラキラした瞳であちこちを見渡している。
「機動隊員じゃ見つかんなかったモンが見つかる可能性大ッスよぉ!諜報員の自分に任せて下さいッ」
「えっ!……あの子、諜報員だったんですか」
小声なれど深雪は思いっきり子供扱い、鬼島も改めて暁を眺めたが、高校生にも見える若い風貌で首を傾げる。
あんな若そうな子でも軍人になれるのか。諜報員だとカミングアウトする口の軽さにも驚きだ。
「なんにも情報入手できなかったんだろ?いいからポンコツ新人は、さっさと帰れっつーの」
なおも追い払おうとする伊原に上空から声がかかる。
否、声は、その場に残った四人全員へ呼びかけていた。
「そこのASURA!君たちに協力を願いたいッ」
「え?」となって周囲を見渡す鬼島たちへ「あ、あそこッス!」と暁が遥か上空を指し示す。
「お、お前は!」「草薙 勇馬ァッ!よくも、おめおめ私達の前に姿を現せたわね!!」
伊原の驚愕と深雪の怒号が重なり、勢いの激しさに暁が「え?」と呆けるのにも、お構いなく。
「とぉッ!」の掛け声と共に廃屋の屋根から飛び降りてきた少年が、ぐっと拳を突き出して尚も叫んでよこす。
「アルファルファの本拠地を川口さんが見つけたんだ!一緒に壊滅しに行こうじゃないかッ」
前後の説明一切なしの協力要請だ。
聞いたことのない組織の本拠地を潰しに行くと言われても、反応に困る。
「アル、ファル……ファ?」「は?」「その前にユニオンを壊滅してやるわ!」
一人だけ鼻息の荒い深雪はともかく、後二人はポカンとするしかない。
「そうだ、アルファルファだッ。長年バルファと敵対しているという――ソースは川口 真琴くんだ!」
勇馬は鬼島の反応だけに応え、呆然としていた鬼島の脳裏にもパッと鮮明な氏名が浮かび上がる。
「待ってくれ、川口 真琴くんって、川口親子が見つかったのか!?」
軍の監視下に置かれていた川口親子は、確か父親が託麻で息子は真琴といった名前だった。
以前勇馬に煽られた後、軍部内で調べたのだ。要注意人物一覧が掲載された名簿を。
「同姓同名とかじゃなく?」と突っ込む伊原を遮る声量で勇馬が頷く。
「そうだ、軍に軟禁されていた川口親子を誘拐した奴らこそがアルファルファだったんだ!」
「ちょ……ちょっと、待ちなさいよ!その前にアルファルファって何!バルファと敵対しているってのは誰情報なの!?」
ずいずい詰め寄ってきた深雪から一歩退き、一息入れてから勇馬が答える。
「今言っただろ、情報元は真琴くんだって。父親と一緒に幽閉されていたんだが、真琴くんだけ逃げ出せたようなんだ」
「えっと……その前に、バルファって?」と尋ねた鬼島には、伊原が説明した。
「いるんだよ、そう名乗ってんのがヨーロピアにさ。最近じゃネットでも噂になってんぜ?完全非武装を唱える組織ってんだとよ」
普段全くパソコンを動かさない鬼島は知るよしもなかったのだが、貴族領内ネットワークでは話題沸騰、他都市にも非武装を呼びかける組織が全世界パブリックを通してデモ活動するようになったとの噂だ。
「バルファと敵対ってことは、アルファルファは武装組織なんスか。けど、一度も聞いたことねッスよ?」
暁が首を傾げる横で、すぅっと大きく深呼吸して自らを落ち着かせた深雪は勇馬に尋ねた。
「――それで?何故、協力者に私達を選んだのか聴かせてもらえるかしら。あなたは私達もクヴェラ同様、危険視していたんじゃなかったの?」
「そうだ、危険視していた。近い未来、ギアで武力行使するんじゃないかと……だが動かせるのが三つだけなら、見方も変わってくる」と、勇馬も落ち着いた口調で返した後。
ぶんっ!と勢いよく片手を払って、熱く宣言を放ってきた。
「諸君らには一旦休戦を申し込もう!その上での協力要請だッ。頼む、君たちのギアを貸してくれ。ナロンと同等の超能力を使いこなすアルファルファのリーダーを共に叩き潰そう!」
「超能力だぁ?」と半信半疑な反応にもメゲず、勇馬は一人で自己完結する。
「無論、軍属である君たちが自由に動けないのは知っている。今の内容を上層部に話しても構わない。もし協力してくれるというのであれば――ここで、もう一度会おう!」
「あ!待って、待ちなさいっ、せめて連絡先ぐらい」と言いかける深雪の眼の前で煙幕が炸裂した。
「きゃあ!?」
白い煙が晴れる頃には当然のように勇馬は影も形もなく、ついでに言うと暁も姿を消していた。
「あいつ……後を追いかけてったのか。ポンコツでも、それなり諜報員ってことね」
感心する伊原へ「大丈夫なのか?一人で」と慌てる鬼島、深雪は今の出来事一部始終を通信機で獅子塚へ伝える。
対する獅子塚の返答は「一旦戻ってこい」との命令であった。


-つづく-


25/09/18 update

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