貴族領・アスラーダ本部――
その一角に、質素なプレートのかかった部屋がある。
プレートには『クヴェラ対策部署ASURA』と書かれていた。
「最後のメンバーをつれてきたって?聞いたぜ、無理矢理市街から拉致ってきたそーじゃねぇの」
どこかいけ好かない茶髪の男が茶化したふうに言うのを、黒髪ロングの女が咎める。
「人聞きの悪いことを……誘拐ではなく、テストをした上で勧誘したんです」
「へー」と、さして興味もなさげに流す彼を見て、小さく溜息をついた。
「軍も限界まで追い込まれています。獅子塚さんは、私達に期待しているんでしょう」
「元民間人に、ねぇ。そりゃ確かに追い込まれているわ!」
どこまでもチャラけた男に女が憤る。
「もう、伊原さん!真面目にやってください。そんな態度じゃ、せっかくの新人さんも逃げてしまいますよ」
「んなこと言っても深雪ちゃんは逃げないじゃないの。大丈夫大丈夫、そのうち慣れるって」
どこまでも不真面目な同僚に、深雪は天井を見上げて重たい溜息を吐いた。
二人は共にクヴェラ対策部署ASURAに所属する軍人であった。
軍人といっても、貴族の叩き上げではない。
民間でスカウトされてきた人材だ。
部署も上司の獅子塚を除けば二人しかいない。
三人目が、やっと来ようとしていた。
「ふん……キジマテッペイ、大学生か。こいつ、モノになんのかねぇ?」
机の上に投げ出された資料へ目をやって、伊原が呟く。
鬼島は一般領の住民だ。深雪と同じだが、温和そうな顔が写っている。
きっと殴る蹴るの戦いなんか、したこともないに違いない。
小競り合いが全くないとは言わないが、一般領はスラムと比べたら別天地、平和な区域だ。
「きじまじゃありません、おにじまです」
すかさず訂正が入り、伊原は口を尖らせる。
「あっそ。歳は二十三歳、俺と同い年ね。で、こいつにゃどんな力があんの?」
「さぁ……獅子塚さんは、特に何もおっしゃっておられませんでしたけれど」
「強いの?」
「いえ、それも特に……」
会話が途切れる。
深雪も獅子塚経由で軽く程度の説明しかされていないのだと判り、伊原は思案する。
特に何も言わなかったってのは、言うほどの能力がなかったとも取れる。
それでもスカウトされてきた理由は、一つしかない。
リミテッド・ギア。
そいつの適合者に当てはまる波長を発していた、そういうことだ。
波長は生体反応と言い換えてもいい。
或いは、軍のようにオーラと呼ぶのもアリだ。
適合者は特殊なオーラを出しているのだと、アスラーダ軍本部で伊原は説明を受けた。
自分では判らないのだが、アスラーダ軍はオーラを検知する機材を所持している。
そいつを使ってスラムから貴族領に至るまで、広い範囲で適合者を探していた。
リミテッド・ギアとは、何なのか。
簡単にいうと近代兵器、頑丈な全身鎧だ。
熱に強く防寒性もあり、並外れた強度を誇り、持ち運び時には粒子化する。
粒子が体に張り付くと、鎧として固定化する。
内蔵武器も普段は粒子化しており、リストバンドに収納されている。
重さを感じず、ひ弱な者だろうと簡単に持ち運べる。
大変便利なシロモノだが、ただ一つ欠点があるとすれば、使える者に制限がかかる点だ。
それが先ほどのオーラであり、ある特殊な生体反応を持つ者にしか扱えない。
そのように最初から設計されたのではなく、完成結果で、そうなったのだと、獅子塚は言っていた。
リミテッド・ギアを使える者は、多ければ多いほど有利になる。
一体につき一人とは限らず、二人三人適合することもあるらしい。
あくまでも噂の範疇では、だが。
また、大量生産できるものでもなく、アスラーダ軍の所有するギアも三体のみ。
内二つは伊原と深雪が適合した。
「で、その哲平ちゃんは今どこに?」
「面接室に通されたんじゃないでしょうか」と話しているそばから、部署の扉が開いて獅子塚が入ってくる。
彼の後に続いて入ってきた黒髪の青年こそが噂の三人目、鬼島 哲平であった。
「諸君ら、静粛に!我らが新メンバーを紹介するッ。彼は鬼島 哲平、一般領からスカウトしてきた精鋭だ!伊原君にはないスピリッツ!そして三森くんにないストレインジパワー!最高の戦士になれると約束しよう!さて、検査の結果、彼の適合ギアはアスラナーダだと判明した!これにて、ようやくASURA発動の日を迎えたな!諸君、気を引き締め給え、さっそくだが出撃だ!!」
怒涛の勢いで捲したてられて、深雪と伊原は、しばし呆けていたが、やがて伊原が「アスラナーダの適合者だって!?」と騒ぎ出し、深雪も「出動ですか?一体どこへ?」と首を傾げた。
アスラナーダとはアスラーダ軍の所持するギアだが、これまで適合者が全く見つからずにいた。
擬似波長で動作テストしても上手く動かず、軍所属の研究者がこぞって首を傾げる不良品であった。
そいつを押し入れから出してきて、いきなり新人に使わせて実戦投与しようってんだから、無茶にもほどがある。
「そうだ、アスラナーダだ!お披露目ステージはクヴェラ支部、スラム領にクヴェラの支部があると、我らが優秀な諜報員の成果により判明した!よって、ASURAは只今を以て『クヴェラ支部壊滅作戦』を展開するッ!」
「え、ちょ、支部って!?初耳なんすけど、その諜報成果!」
情報量が多くて、鬼島は既についていけていない。
ずっと部署にいた先輩諸氏でさえ、オタオタ狼狽えるような内容だ。
入ったばかりの自分が理解できるわけもない。
ここへ来る前にも、簡単な説明しか受けていない。
とりあえずASURAという部署に所属して、悪者退治をすればいいらしい。
軍寮住み込み故に、家族には一応連絡した。
母も妹も驚いていた。自分もだ。
大学卒業前に就職が決まったんだから、もっと喜びがあってもいいのだが、鬼島には『なんで自分が?』といった疑問しか頭に浮かんでこなかった。
黙して獅子塚の背後で突っ立っていると、茶髪男に絡まれる。
「よぉ、ボケッとしてっけど哲平ちゃん、お前も出撃するんだぜ?しかも相手は天下の無法者、クヴェラときた。無様晒して俺達の足を引っ張んじゃねーぞ」
いきなりの哲平ちゃん呼びだ。
しかも名前の判らない先輩からで、どう答えたものやら迷っていると、男の傍らに立つ女性が軽く会釈した。
「また、お会いしましたね……私を覚えていますでしょうか?」
覚えているも何も、ほんの数時間前に会ったばかりじゃないか。
チンピラに絡まれていた彼女を助けたが為に、獅子塚に目をつけられたようなもんだ。
「え、えーっと、はい!覚えています」
くすっと笑って、女性が名乗りを上げた。
「三森 深雪と申します。よろしくお願いしますね、鬼島さん」
こちらは、と茶髪男を手で示し、ついでに紹介する。
「伊原 尚吾さん。私達は先輩ではなく同僚として受け止めてください。どうせ入隊した時期は、あなたとそう変わりません」
「ハン!三週間前だから、俺のほうが先輩だもんねーっだ!」
すかさず伊原が喧嘩腰に騒いで、深雪もピシャリと言い返す。
「三週間なんて、あってないような短い期間でしょ!素人って意味では私達も鬼島さんも大差ありませんッ」
鬼島が来るまでの三週間で、二人とも軽口を叩き合える程度には打ち解けたようだ。
自分も早めに輪に入りたい。
そんなふうに考えながら、鬼島は伊原にも頭を下げて挨拶する。
いけ好かない先輩、いや同僚だが、出来ることなら仲良くやっていきたい。
「はじめまして、鬼島 哲平と申します。これからよろしくお願いします、伊原さん」
「タメでいいし、伊原でいいよ、俺もテッペーちゃんって呼ぶし」
やたらフランクだ。
同じ時期に入った深雪は敬語なのに。
まぁ、これは性格ってやつだろう。
それよりもと獅子塚を見やると、雑談は終わったと取った彼が先ほどの話を再開する。
「諸君の初任務となるクヴェラ支部壊滅作戦は長期戦となろう。スラムに奴らの支部があるのは確定したが、具体的な場所と内部構造は不明といっていい。なにしろ入るには高額のお布施を必要とするのでな……上層部とのかけあいの末、ようやく予算が降りたのだ。これを諸君らに託そう」
深雪に手渡されたのは、分厚い封筒だ。
「お布施ねぇ。クヴェラってのは宗教だったんですかい?」
しきりに首を傾げる伊原へ頷くと、獅子塚は封筒を指さした。
「諸君らはゲートを通り、スラム領へと侵入する。お布施はクヴェラ支部の入口で係員に渡したまえ。信者という名目で内部の様子を探ってきてほしい。戦闘は極力避けてもらいたいが、降りかかる火の粉を避けられない場合は、戦闘も已むなしとする!」
ネットの噂通り、クヴェラ支部はスラム領を根城としていた。
だが、もっと驚いたのは戦闘があると聞かされた点だ。
しかし、そのことに驚いたのは鬼島ぐらいで、伊原や深雪は平然としている。
クヴェラは鉄パイプで背後から殴りつけてくるような輩がいる組織だ。
こちらも対抗できるような武器が欲しい――
そう考えていたら、獅子塚からリストバンドを手渡された。
「そのリストバンドは諸君ら専用の武器、リミテッド・ギアが収納されている。くれぐれも紛失しないように!取り出す時は横のボタンを押せばよい。解除は手首のボタンだぞ、間違えるなよ?」
鬼島のは赤、深雪のは青、伊原のは緑だ。
ギアも同じ色だと聞かされ、ついでだからと鬼島は尋ねてみた。
「ぶっつけ本番で戦うようなことを仰っていますが、素人でも簡単に扱えるシロモノなんですか?ギアって」
「ウム、本来ならば訓練を施したいんだが、なにぶん急ぎの案件なものでな。ぶっつけ本番だが、諸君らなら大丈夫だろう!では、作戦開始!」
――こうして。
何が大丈夫なのか、さっぱり判らないまま、鬼島は伊原や深雪と共にジープへ乗り込み、一般領と貴族領の間に聳えるゲートへと向かったのであった……
-つづく-