本部へ戻った三人は獅子塚への報告を済ませる。
クヴェラを遁走した黒いギア、草薙 勇馬との接触、そして謎の組織アルファルファ……
「一つだけ判明しているのは勝田 達朗の身元だけだ」とする獅子塚に三人の注目が集まる。
「何者だったんですか?」
深雪の問いに「彼は脱走兵だ、我が軍の警備兵だったのだよ」と答え、獅子塚は悩ましげな溜息を吐く。
「同僚を事故で殺してしまい逃亡を謀った。ただ、その彼が何故スラムへ紛れ込んでいたのかは判らん」
そんな彼へ畳み掛けるように伊原が問う。
「まぁー脱走兵は諜報員の皆様方が捕獲にあたるとして……俺等の次の仕事は何スか?」
ウムと頷き、一呼吸置いた後。
獅子塚は背後のホワイトボードを勢いよく叩いて、次の任務を告げた。
「諸君らはユニオンとの協力体制に入り、彼らの追うアルファルファの情報を掴んできてもらう!」
「え……」「マジすか!?」
深雪と伊原の動揺を聞き流し、鬼島も確認を取る。
「俺達が本部を留守にしても大丈夫なんですか?」
「あぁ。クヴェラの脅威は去り、スラムの派閥も散り散りになった今、諸君らが本部で待機する意味などなかろう。本日付でASURAの移動範囲を広げる!手始めがノビスビルクだ。運行便は抑えておこう。出発は三日後、それまでに準備を万全にしておくように」
三日後とは、えらい急速な話だ。
てっきり与太話だと流されると思っていた鬼島としては、意外に感じた。
「あの、司令はアルファルファについて」と尋ねる鬼島へ獅子塚はバチーン☆と激しくウィンクで返し、慄く部下へ「そうそう、そのアルファルファを探る上でバルファの情報収集も期待しているぞ!」とだけ答えると、颯爽と部屋を出ていった。
「何アレ……あんなので誤魔化せたつもりかよ」
呆然と佇む伊原には深雪も同感だ。
強引に会話を打ち切るなど、情報を知っているぞと言わんばかりの態度ではないか。
「上層部は、ある程度の情報を掴んでいると見ていいでしょう。その上で私達を派遣するのは、諜報員には入れない場所への侵入を期待されているんでしょうね」
「だったら多少は情報をよこせっての。何も知らんで行くのと知ってて行くのじゃ天地じゃねーか」
と、伊原が文句を言ったところで獅子塚が戻って来るでもなく。
三日後には簡単な荷物をまとめて、スタッフ同伴でノビスビルク行きの旅客船へ乗り込んだ三人であった。
船は一週間でノビスビルクへ到着する。
ラウンジを眺めているのにも飽きた鬼島は遊戯室へ向かう途中、何気なく自分たちの部屋も覗いてみた。
三森がいるなら一緒に……と思ったのだが、部屋にいたのは整備スタッフだけであった。
部屋いっぱいに機材を広げて、弄くり回している。
機材の側には足の踏み場もないぐらい、データの書かれた紙が散乱していた。
スタッフは四名同行。ギアの調整を担当するのだと聞かされている。
彼らの機材もギア同様、陸地移動の際には粒子化して持ち運ぶ。
「おや、鬼島一士。船旅は楽しめていますか?」
機材から顔を上げて声をかけてきたのは、鬼島よりは年上の男性で名を
涼やかな目元の聡明そうな顔つきで、一寸の乱れもなく軍服を着こなしている。
鬼島は頭をかいて、少しばかり緊張の面持ちで答えを返す。
「いや……船に乗るのって初めてで。何をしたらいいのか判らなくなっちゃいます」
階級で呼ばれたのが初めてなら、研究員と話すのも、これが初めてだ。
ASURA所属の軍人は全員"一士"なんだと、これは船に乗る前、スタッフの一人が言っていた。
名前は確か
彼女は今、此処にいない。部屋で落ち着く暇もないまま、伊原に誘われて出ていったきりだ。
奥で計器を弄って、こちらを全く見ようとしない眼鏡の男性は
嵯峨の正面で小難しい顔をして、データと延々にらめっこしている長髪の女性が
スタッフの階級は、陸奥だけが准士で他三人は曹士だと名乗られた。
准士だの曹士だの言われても何がどう違うのかも判らない民間人の鬼島には、自分と比べての階級も上か下なのかが判らない。
ひとまず一人だけ階級の違う陸奥が、スタッフのリーダーではないかとアタリをつけてみた。
「もう遊戯室へは行かれましたか?ビリヤードやダーツで遊べるようですよ」
陸奥に微笑まれて「あ、今から行こうかと」と鬼島が答える途中で「それより、向こうへついてからの日程を再確認しといたほうがいいんじゃないですか」と尖った声が遮ってきて、誰かと思えば嵯峨が険しい視線で此方を見つめている。
「嵯峨曹士、我々は初の渡航任務なんだ。一士たちには極力、船旅でリラックスしてもらわないと仕事に支障が出てしまうだろう」
上司の説教にも嵯峨は「遊んでばかりがリラックスに繋がるとは思えません」と真っ向から口答えしてきて、気の強さを伺わせた。
陸地についてからのスケジュールは、出発前にも確認済みだ。
港でユニオンの出迎えと合流後、すみやかにユニオンの本部へ向かい、勇馬の指示を受ける手筈になっている。
誰が出迎えなのかは、こちらが判別せずとも向こうで見つけてくれるそうだ。
従って再確認してもすることがなく、暇に暇を持て余しているわけだが、どうしたことか嵯峨は鬼島に敵意を向けており、もしや気づかないうちに何かやらかしてしまったのでは!?と鬼島が内心焦っていると、資料を床に放り出した桜城が、これ見よがしな溜息を吐き出した。
「鬼島一士に当たっても仕方ないでしょう。夕凪曹士を連れて行かれたくなかったのでしたら、そう言えばよかったんです」
言われた直後、嵯峨が血相を変えて「違います!」と怒鳴るもんだから、事情を知らない鬼島はビクビクもんだ。
陸奥には思い当たる節があったのか、あぁ、と呟き廊下を見やった。
「伊原一士には私が話を通しておこう。我々は、あくまでもサポートスタッフだと」
「え……伊原が何か、やらかしてしまったんですか?」
怯える鬼島に軽く笑って手を振ると、陸奥が誘いをかけてくる。
「いえ、鬼島一士が気になさる問題ではありません。それより、船の中を一緒に回りませんか。ここにいても、お暇でしょう?」
廊下を歩きがてら、陸奥が話し始める。
スカウト入隊したが為に、何も知らないであろう鬼島へ向けたアスラーダ軍の詳細を。
軍隊は大きく分けて警備隊、機動隊、諜報部、研究部、特殊部隊の五部署で構成されており、鬼島の所属するASURAは特殊部隊に位置する。
研究者は建物内勤務が主であり、軍人でありながら非戦闘員にカウントされる。
諜報員は情報収集が主な仕事だが、危険な場所への潜入が多いので、ある程度の戦闘訓練を受けている。
警備隊は一般領と貴族領の見守り、機動隊は暴動制圧が主な仕事だ。
「あの……勝田さんって人は、不慮の事故で同僚を殺してしまったらしいんですが……どんな事故だったんですか?」
鬼島の質問に、あぁと頷き陸奥が言うには、他の兵が駆けつけた時には死体しか残っておらず、解剖の結果、タンスに頭をぶつけての死亡だと判っただけで、事故か故意なのかを調べる術はなかった。
「逃げ出したりしなければ八年前後の刑期で終われたはずなんですが、彼は間違った噂を鵜呑みにしていた可能性がありました」
罪を犯した軍人は即死刑になるといった、いわば上官の悪趣味な冗談が間違った形で真実だと受け止められて、下位士官の間で浸透してしまった。
それらは後ほど全体告知で誤情報だと伝えられたのだが、勝田は正される前の脱走故に、今でも勘違いしたままなのではなかろうか。
「脱走した人が捕まったら、どうなるんですか?」との追加質問にも真面目な表情を崩さず、陸奥が答える。
「一年以上の謹慎処分は免れません。しかし死刑にはなりませんので、ご安心ください」
過去には厳重な処罰も存在した軍だが、今は人員の育成に全力を注いでおり、刑罰は全体的に軽くなった。
謹慎中に再学習を受けるので、二度と罪を犯すこともないでしょうと締める陸奥に「再教育って?」と鬼島は尋ねた。
「軍規を一から叩き込みます。貴方がたのように一般スカウトで入隊した場合も軍規を学ぶことになるでしょう」
陸奥は笑顔で答え、遊戯室の扉を開けた。
途端、中にいた男女のうち、女のほうがハッと緊張の面持ちで男の腕から逃れ出る。
「夕凪曹士、嵯峨曹士が心配していました。そろそろ部屋に戻ってあげなさい」
笑顔を貼りつかせた陸奥に命じられ、そそくさと夕凪が出ていき、残った伊原は、さもつまらなそうに肩をすくめた。
「俺らがベタベタしていても、あんたにゃ予想範囲内ってか?驚くぐらいしろってのなぁ」
「え?え?」
訳が分からないのは鬼島で、夕凪が出ていった廊下と陸奥、それから伊原を何度も見やって、ようやく把握する。
今、ここにいるのは伊原だけだ。そして、ついさっきまでは夕凪と二人っきりだった。
嵯峨がピリピリしていたのも、きっと伊原と二人っきりな同僚を心配しての事であろう。
「ほら、見ろよテッペイちゃんの反応を。これがフツーの反応ってもんだろォ?」
「い、いやいや伊原?お前、一体あの人と何を!?」
泡食う鬼島を置き去りに、やはり目元のみで微笑んだ陸奥が返す。
「夕凪曹士は、あなたに興味津々でしたのでね。こうなるのではという予感は、ありました。ですが、我々はあくまでもサポートスタッフとしての同行です。揉め事へ発展しそうな行動は極力謹んでいただけると助かります」
「そりゃ〜あんたの部下の眼鏡野郎に言ってやんな」
全く反省の色なく伊原も出ていき、ふぅっと溜息をついた陸奥に鬼島は頭を下げる。
「す、すみません!うちの馬鹿が迷惑をかけてしまって」
「いえ、こちらこそ部下が粗相を働いてしまいました。申し訳ありません」
二人揃って頭を下げた後、陸奥の口からは苦笑が漏れた。
「ASURAはアットホームな雰囲気だと、お聞きしておりましたが本当だったようですね。上下関係がなく隊員同士で打ち解けているのは羨ましい限りです」
誰に?獅子塚辺りだろうか。
まぁ、情報源が誰であろうと大した問題じゃないし、良い方向に捉えられたんなら、わざわざ訂正する必要もあるまい。
「いやぁ、まぁ、俺達は三人とも歳が近いですから」とテレた後「あ、そういえば三森を見ませんでしたか?」と鬼島が尋ねるのと同時に、深雪が廊下を走ってきて「鬼島隊長、こちらにいらっしゃったんですか!いい写真スポットを見つけたので、ご一緒しましょう」と鬼島の腕を掴んでくる。
「いってらっしゃいませ」と陸奥に手を振って見送られながら、鬼島も深雪と一緒に廊下を歩いていった。
――そして一週間後、船は何事もなくノビスビルクの港へ到着する。
船を降りてすぐユニオンの出迎えに声をかけられて、一行はユニオン本部へと案内された。
「ようこそ!ユニオンへ。さっそくだがバルファとの連携を取るべくヨーロピアへ向かうぞ!」
さっそくすぎる勇馬の発言にアスラーダ勢はポカンとしてしまったが、勇馬と共に出迎えた松田が「待てよ、勇馬。闇雲に向かったって無駄だってのは、前にも言っただろうが」と止めに入ってくれたおかげで、我に返ることが出来た。
「すみません、順を追って話していただけませんか?バルファと連携を取る意味、それから彼らの居場所を突き止めた方法を」
陸奥の問いに「ん?あなたは誰だ?」と質問で返してくる勇馬に「まずは互いの自己紹介から、ですよね」と他の面々にも口を挟む間が与えられて。
玄関先で出迎えた勇馬たちユニオンメンバー及び、到着したばかりの鬼島たちも一緒になってワイワイ喋りながら居間へと移動した。
-つづく-
