夜の風

Chapter1-8 闇の声を聞け


「では、まず……」
こほんと一つ咳をして、ヴァリの瞳がエリーを見つめる。
「優しき人、エリーよ。自分のために人が死ぬのは、そんなにつらいことですか?」
「そんなに……って、当たり前じゃないか!残されるこっちの身にもなってごらんよ」
「つまり言い換えれば、それは、あなたが傷つくから死ぬな……とも、取れますね」
そう言ってヴァリは薄く笑う。
「あなたの心が痛むから、相手には死んで欲しくない。相手を思いやるようで、本当は、あなた自身の保身ではないのですか?」
「そ、それは……それもあるけど、目の前で人に死んで欲しくないと願っちゃいけないってのかい!?」
いきりたつエリーへヴァリは冷静に返す。
「いけなくありません……ただ、それについて、あなたがどう思っているのかを問いたまでのこと」
短気なエリーを煽るには充分な態度だ。
この女、さっきから偉そうに、何様のつもりだい?
そんな言葉が、さっきからエリーの脳内をグルグル回っていて、苛つくったらありゃしない。
「あたしが、それを自分のエゴだって認めりゃ、あんたが納得するってわけかい!」
「……いいえ。私はただ、あなたの本心が聞きたかっただけ」
みたびエリーの堪忍袋が爆発する前に割り込んだのは、ヒョウだ。
「ヴァリとかいったか。俺からも質問がある」
ちらとヒョウを見、ヴァリが何度か頷く。
「正直な人、ヒョウ。あなたの質問は、されずとも判ります……この星の文明について、ですね?」
「あぁ」と頷く彼に、ヴァリは己が知る情報を淡々と伝える。
「過去、この星にも宇宙へ飛び立てる文明がありました。しかし自然を愛する者の手により、深い闇の中へ葬られたのです」
「もう、ないってことか?」
「いいえ。文字通り、深い闇の中へ封じ込められました。この奈落の滝の水底に」
よく判っていない顔のヒョウへ視線を定めて、ヴァリが言う。
「奈落の滝は再生の滝。そして同時に、永遠の闇を司る死の滝でもあります。過去、長老の意にそぐわぬものは全て、滝の底に封じられてきました。もし、引き上げることができれば、ヒョウ、あなたの望む宇宙船を手に入れることができるでしょう。ただ……」
「ただ?」
「再生を望む者……死地にある者でしか、この滝の底に挑むことはできません」
視線を滝に移し、エデンが呟く。
「フェイにお任せ、というわけじゃな」
「えぇ」と頷いたヴァリが次に見たのは、エデンだ。
「大地の賢人エデン。あなたにも質問があります。あなたはホワイトアイルの長老が一人、月のミディアを、どう捉えていますか?」
「長老ッ!?あの、木人間が!?」と驚くエリーにヒョウが小声で「木人間……ダイレクトな表現すんなよ」と突っ込むのを横目に、エデンは答えを返す。
「どうと言われてもの〜。いろんなことを知っとる嬢ちゃんだと思うとるよ」
「それだけですか?」
「あと強いて言えば、どーして木から生えてるんじゃろうなぁ?下も、ちゃんと再現して欲しかったぞい」
心なしかヴァリの視線が冷たくなったように思われて、エリーは小声でエデンに突っ込んだ。
「呆れられっちまったんじゃないのかい?」
「ひょっ?」とオトボケを発する小男へ緩く首を振り、ヴァリは全員の顔を見渡した。
「いいでしょう。では最後に皆さん全員に、お聞きしたいことがあります。あなた方は何故、フェイの旅についてきたのですか?」
「何故って……儂はミディアに道案内をしろと頼まれたからのぉ」と、エデン。
「あんな子供一人を、重大な旅とやらに出すわけにゃいかないじゃないかッ。心配だよ!」とはエリーの答えで、情に厚い彼女らしいと言える。
「でもエリー、あなたとフェイは出会ったばかりの他人……彼が、どうなろうと、あなたの知ったことではないのでは?」
「そこまで、このエリー様は腐っちゃいないよ!」
さっそくカッカするエリーに、ヴァリの追及も緩まない。
「結果として強盗仲間を置いてきてしまったわけですが、あの人達のことは心配してあげないのですか」
エリーは「あの島にはミディアが住んでるんだろ?それに、あいつらは……あたしがいなくても充分生きていける」と答え、視線を下へ落とす。
そうだ。手配をするだの何だのってのは考えたけれど、そんなのは全部詭弁だ。
これこそがエゴじゃないか、自分の中での。
「彼女たちは、あなたを頼りにしていたのでしょう?」
ヴァリの追及には肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「そりゃあね。けど、同時に疎ましがられてもいた……女同士だからね、所詮はそんなもんだよ」
「嬢ちゃんは綺麗だからのぉ。ヒョウの出現で、女同士の醜い部分が噴出したか」と納得するエデンに「なんで俺の出現で醜くなるんだ?」と尋ねたのは、本人で。
ヴァリも苦笑し、彼の疑問に答えてやった。
「あなたが、男性だからです。今まで女性だけで生活していた処に現れたから」
その言葉を引き継いで、エリーは自嘲気味に笑う。
「女の本能ってやつが蘇っちまったのさ。ボスになりゃーあんたをモノにできると思ったんだろ。あんたが来てから、あいつら殺気ぷんぷん振りまいて、サ。今まで仲良くやってたのに、迷惑千万ってやつだよ」
「そーかい、そりゃ悪かった」「だから、島を出たのですね……」
ヒョウの謝罪とヴァリの納得が重なって、慌ててエリーは弁解する。
「べ、別に怖くて逃げ出したわけじゃないんだからね!誤解しないよーにっ」
「判っています。あなたは少し、自己犠牲が強い方のようですから」
くすっとヴァリには笑われて、またしても頬が熱くなってきた。
「笑うな!ったくもう……」
彼女の恥じらいを面白そうに眺めた後、ヴァリの質問はヒョウへ向けられる。
「それでヒョウ、あなたは?あなたは、どうしてフェイの旅についてきたのですか」
「決まってるだろ?宇宙船を探すためだ」
「でも、探すだけならフェイの旅に同行しなくてもよいでしょう?一人で探しに行くこともできたはず」
「一人より二人、旅は大勢のほうが目新しい発見があると思うが」
淀みなく答えるヒョウへ、ヴァリがポンと手を打つ。
「つまり、あなたにとって旅の仲間は誰でもよかったのですね」
即座に「まーな」と頷いた彼には、仲間が一斉に「えぇ〜〜?」だの「なっ、なんだいそりゃあ!?」とブーイング。
ヴァリは彼らの反応をも確認した上で、深く追及する。
「では、先ほどフェイがやられた時、どうして、あなたは怒ったのですか?旅の仲間がフェイでなくても良かったのなら、彼がやられようが構わないのではないですか?旅先で新しい仲間を補充すればよいでしょう」
核心をついた質問に、ヒョウの耳がピクリと動く。
だが、すぐに彼は反論した。
「補充できるか?ここで」
「別に、ここでなくても良いではありませんか。ここを逃れた後、新しい地で新たな仲間を捜せばよかったのです」
打算や効率を考えるなら、彼女の言う通りなんだろう。
何故、あの時、自分は仲間を放って一人で助かろうと思わなかった?答えは一つしかない。
「死にかけてる奴をほっとくほど冷血じゃないぜ」
「どうして?どうして死にかけている人を、ほうっておけないのですか」
「……どうしてだろうな」
「あなたにも判りませんか」とするヴァリへエデンが口を挟む。
「そりゃ……いっときとはいえ、仲間になったんじゃから捨ててはおけんじゃろ」
「それは、あなたの感情ですよね?エデン」
ヴァリには真顔で突っ込み返されて、エデンも飄々と受け流す。
「うむ。ヒョウは、どう思ってるか知らんがの。わしゃ〜ヒョウではないから判らぬよ」
ヴァリの視線は冷めたものとなり、彼女は再びヒョウへ問いかける。
「では、エリーが襲われた時、ヒョウ、あなたはエリーを助けようと思いましたか?」
これまでポンポン答えていたヒョウは言葉に詰まり、ややあってから「いや」と首を真横にふるもんだから、エリーは当然の如くブチキレる。
「なんだってぇ!?こ、この冷血ヤローッ、あたしを見殺しにする気だったんだな!」
「お前なら自力で何とかできるだろうと思ってた」
いけしゃあしゃあと言い放つ相手には、エリーの血管もブチキレそうだ。
「あんな見たことないバケモノのやっつけかたなんて、あたしが知ってるわけないだろ!?」
激怒する彼女を華麗に無視し、ヴァリが畳み掛ける。
「では、襲われていたのがエデンでもエリーでもなく、フェイだったとしたら……?」
この問いにも、やはり間が空き、しばらくしてからヒョウが呟く。
「……助けたかもしんねぇ」
「どうして?フェイだって、手製の筏で冒険に乗り出すような子です。旅には慣れているでしょう。自力で、なんとかできそうではありませんか?」
ヒョウは首を真横にヴァリの推測を否定した。
「子供だからな。ほっとけねーだろ」
「子供でも強い人は強いですよ」
「フェイは強かないだろ」
「たかが一、二日のつきあいで判るものなのですか?」
「ああ。あいつは、ただの好奇心旺盛なガキだよ」と言い切ったヒョウを、どう捉えたのか。
ヴァリは、ふぅと溜息を一つ吐き出し、これで質問を終わりにすると断った。
「あなた達全員に問います。フェイのことを、どう思っていますか?」
真っ先に答えたのはエデンだ。
顎を撫でながら、どこか嬉しそうに語った。
「そうじゃの〜。リーダーとするには頼りないが、良い子ではあるのぅ」
「ちょっとバカだけどね」と笑うエリーの横でヒョウも「いや、だいぶだろ」と口角をあげる。
「子供はバカでいいんだよ。バカで素直なほうが可愛いじゃないか。あたしはフェイのこと、可愛いと思ってる」
満面の笑みで答えるエリーを見ながら、ヴァリが最後の一人を促した。
「ヒョウ……あなたは?」
ヒョウもまた、微かに笑って答える。
「そうだな。バカで考えなしで直線的な野郎だが……悪い奴じゃあない」
闇の巫女は厳かに囁く。
フェイを飲み込んだ後は、さざなみ一つ立たない水面を見つめて。
「闇よ、今の答えを聞きましたか。フェイの命を、お前に預けます。その上で判断なさい……フェイ。あなたは、あなたの意志で復活をお決めなさい」
最終決断を瀕死の本人に委ねると知って、全員が驚かされる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、あんた確か、さっきフェイは助けるって言ってなかったかい!?」
感情のない、深い、暗い闇に包まれた瞳がエリーを真っ向から射抜く。
「この中で一人、私に嘘をついた者がいます。だから、私も考えが変わりました」
「だ、誰だい、嘘なんかつきやがったのは!エデン、お前か!?」
「な、なんで儂と決めつけるんじゃ!?」
「るさいっ!そのどもりが怪しいんだよ!」
ギャンギャン喧嘩する二人など見もせずに、ヴァリが囁く。
まるで誰にも聞かせまいとするほど、小さな声で。
「それに……望まれていないのであれば、いっそ復活しないほうが良いのかもしれません。復活しても、誰も自分を待っていない世界では、生きている意味など……ないのかもしれません」


心地よい風が
体を包み込む。

上へ 上へと
体を押し上げる。
皆が待っている
地上へと。

だが待て――
心に問いかけてくる、この声は何だ。


「あたしは待ってる!少なくとも、あたしはフェイの復活を待ってるよ!!」
聴いていなかったと思った相手に反論されて、ヴァリは小首を傾げる。
「どうして?」
「フェイが好きだからに決まってんじゃないか!」
「出会って間もない子供のことが?」
「人を好きになるのに、年月の長さなんて関係あるか!」
「……惚れっぽいんだな」と突っ込んだヒョウにも、荒ぶる鼻息でエリーが断言する。
「直感だよ、あたしゃ感性で人を好きになるのさ」
「フェイと俺とじゃ、だいぶタイプが違うと思うがね」
憎まれ口を叩くヒョウを見て、エデンが笑う。
「いいや、同じじゃよ。お前さんもフェイも素直すぎる。素直すぎて儂のようなヒネクレ者には眩しいわい」
「俺が素直?」
きょとんとするヒョウを優しく諭す。
「そうじゃ。もっともフェイが言葉で素直を現しているのに対し、お前さんは言葉ではなく態度で示しとるがの」
「ひねくれもの……?」
エリーも呟き、不意にハッと思いついた後はエデンに掴みかかった。
「てぇことは……やっぱり嘘つき一名は、あんたかい!エデンッ」
「わわっ、大人は簡単に本音を吐かないもんじゃよ〜」
ドタンバタンの取っ組み合いが始まり、どこか冷めた目でヴァリがエデンを嗜める。
「大人の主張も結構ですが、時と場合を弁えてくださいね」
かと思えば、すっと水面を指をさす。
「今こそ復活の時は来たれリ。蘇りなさい、フェイ!
巫女の叫びと連動するかのように水面がゴボゴボ泡立ち始め、下から押し上げられるかのようにフェイが飛び出してくる。
ぼんぼん二回三回と岸辺でバウンドした彼は、げほげほ激しく噎せこんで口の中に入った水を吐き出した。
ぶっはァ!!げへっげふっ!んあー気管に水がー、げほっげほっへぶっち!」
「だ、大丈夫かい?フェイッ」と仲間が駆け寄る。
音もなく近づいたヴァリも笑顔で歓迎した。
「お帰りなさい、フェイランド=クー……いえ、ナイトウィンド。復活を選んだということは、闇の声を聞いたのでしょう?」
「ナイトウィンド?」と首を傾げる仲間の傍で、フェイも「え?誰」と真ん丸な目で巫女を見上げる。
「ヴァリ、だそうだ。で、フェイ。闇の声ってな何のこった?」
ヒョウに尋ねられた際には「風の声なら聞いたよ。えっとねー、傷を治すかわりに、ヴァリって人のシンタクを聞けってさ。ねぇヒョウ、しんたくって何?」と無邪気な顔で答えるフェイに答えたのは、当のヴァリであり。
「神の声を代弁、とでも申し上げておきましょうか。はじめまして、風に認められし使い手よ。あなたは今、この瞬間からナイトウィンドと名乗ることを許されました。ですが、今のままでは立派な風使いとは言えません。これから私の言うことを、よくお聞きなさい」
目の前の女性からは、奇妙な迫力を感じる。
下手に逆らったり口出しできるような雰囲気ではない。
フェイは神妙な顔で頷くと、次の言葉を待った。
「ナイトウィンドが正式に風の使い手となるには、この星を一度出る必要があります。その為にも、ヒョウ、エリー、エデン……力を貸して下さいますね?この者に」
「え!」と驚いたのはフェイだけで、他の三人は「任せときなよ!」だの「もちろんじゃ」だの、ヒョウまでもが「外惑星に出るってんなら了解だ」と概ね納得している。
自分が水の底で沈んでいる間に、彼らを納得に至らせる説明でもあったんだろうか。
だが、ヒョウが一緒ってんなら心強い。
いや、ヒョウだけではなくエリーやエデン、この二人も一緒に来てくれるんなら、怖いものなしだ。
「風使いとなるにはホワイトアイルの風だけではなく、世界全ての風と通じる力を必要とします。ナイトウィンド……旅に出て、全ての風の声を聞くのです。そして、何が起ころうとしているのかを知りなさい」と闇の巫女は言う。
「オッケ〜。任せといてよ!」
軽い調子で引き受けるフェイへ笑みを向けたのも一瞬で、ヴァリは両手を掲げる。
「では……ミディア、私に同調なさい。太古より封じ込められた宇宙船を復活させます!」
「へ?ミディア?ミディアも来てんの?」
キョロキョロするフェイの目の前で水面が再び泡立ちはじめ、押し上げられるように浮き上がってきたもの――
それは、小さな宇宙船であった。
かつては白かったのだと思われる表面には、びっしり苔がへばりつき、ハッチらしき箇所も見当たらない。
「わーっ、ヒョウが乗ってたのと同じやつだ!ねぇ、これがウチュウセンってやつ?」
喜ぶフェイとは対象的に、ヒョウの落胆は半端ない。
「お……おい。これ、動くのかよ?」
「動きますとも。ただし原動力は、自然の力です。つまりナイトウィンド、あなたにしか動かせない船です」
ヴァリは自信満々答え、エリーが笑い出す。
「じゃあ、ヒョウが勝手にコレを使って、どっかに行っちゃうって心配もなくなるわけだ!」
「どこに行けってんだよ……どこにも行かねーよ」
フェイは、ぼやくヒョウの肩を持った。
「そうだよ、だってヒョウは俺と一緒に旅するんだもんね!」
そんなフェイに、エデンが尋ねる。
「フェイ、お前さんは儂らのこと、どう思っておるんじゃ?」
「どうって、仲間でしょ?違うの?」
無垢な瞳に見つめられて、エデンは笑顔で手を振った。
「いやいや、違わんよ。闇の巫女ヴァリよ、この子を風が選んでホントによかったのぅ」
「そうですね。そしてエデン、あなたにも自然の加護がありますように」

――闇の巫女ヴァリとの出会いと別れを経て。
フェイ達を乗せた宇宙船は音もなく浮き上がると、一直線に空へと吸い込まれていった。


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