Chapter3-7 足りないもの
戦闘が終わるよりも前、フェイを乗せたケモノは宇宙船のある場所へと到着していた。
「誰もいません、ね……こんな大きなものが捨て置かれていたというのに」
不思議がるフェンを背に、フェイも辺りを見回すが、本当に人っ子一人いない。
おかしい。
上空で聞いた時は風が言っていたのだ、宇宙船の近辺にヒトが集まってきていると。
黒い風も付近に漂っていると言っていた。なのに、何もない。
空は青く澄み渡り、水平線まで緑の広がる大草原に立つのはフェイとフェンの二人っきりだ。
風に騙された?なんて言葉も一瞬フェイの脳裏に浮かびかけるが、ブルブルと首を振って嫌な予想を打ち消す。
風が嘘をついたんじゃない。到着するまでに逃げられたんだ、きっと。
だが去ったと推定して、それらは何処へ逃げたのか。手がかりは何もない。
フェイは、もう一度、風に尋ねてみる。
――ここに集まっていた人や黒い風は、どこに行っちゃったの?
答えは、すぐに聴こえた。
「あ、来た来た。おーい!ここですよーっ」
ブンブン手を振るフェンの元へ銀色の狐や黒いライオンが次々到着して、最後に巨大脳髄が着陸する。
「ヒョウ、エリー、エデン、みんな無事で良かった〜」
喜ぶフェイに「全然無事じゃなかったよ、あぁ、お腹減った」とエリーはぼやき、エデンも「儂らが直接戦ったんと違うからのぉ」と苦笑した。
「それで、どうだった?風は何て言ってたんだ」
単刀直入にヒョウが本題を尋ねるのにはフェイも頷き、答える。
「あのね……」
黒い風は、雲の上のまた上の上へ東曲がりにクルクルと舞い登っていった。
宇宙船には人だかりが出来ていたが、何をやっても扉が開かないので人々は飽きて散り散りに去っていった。
そういった旨を伝えると、ヒョウは腕を組んで考え込む。
「また宇宙に出ていっちまったってか。なら追いかけるしかねぇな」
だが、宇宙船へと歩き出す前に待ったがかかる。
「その前に、どこかで食事を取らせてくれないかい?吐きすぎて、お腹がペッコペコなんだよ」
エリーが言った直後、エデンやフェイの腹もググーと情けない音を立てるもんだから、リックスには笑われた。
「なんだよ、出掛けに飯食ったってのに、もう腹が減ったのか?イセイジンって大食いなんだな」
「違うよ!あんたのケモノが乱暴な動きをするからじゃないか!」
額に青筋立てての反論もリックスは全然聞いちゃおらず、仲間を「さっさと帰って宴会しようぜ!」と促しており、エリーの血圧をあげにかかってくる。
「この星の住民は人の話を聞く気なしなのかい、全く!」
そこへ「あ、あの」と声をかけてきたのは若葉だ。
「巻き込んでしまったお詫びも兼ねて、お食事を奢りたいと思うんですが、如何ですか……?」
「もちろんオッケーだよ!じゃんじゃん奢ってもらおうじゃないの」と打てば響く返事がエリーのくちを飛び出し、出発前の腹ごしらえとなった。
若葉が案内したのはオーソリアンの王宮内であった。
てっきり城下町の飯屋に寄っていくんだとばかり思っていたフェイ達は白と青の色調で格式高くまとめられた宮廷内部に緊張してしまったりもしたのだが、サイラックスは「そう固くならず、リラックスして下さい。そうだ、食事ができるまでの間に私の妹でも紹介しておきましょう」と微笑む。
「はじめましてぇ〜エメラと申します〜。このたびはギアやお兄様がお世話になったそうで、感謝の気持ちを添えて精一杯のおもてなしをさせていただきますぅ〜」
一同がポカンとしている間に金髪で赤い瞳の少女――にしか見えない、この国の王妃は奥の部屋へ戻っていった。
「え、ちょっと、待ちなよ」
「言いたいことは大体判るぜ、オバチャン。けど今のが正真正銘ギアの嫁さんで王妃のエメラなんだ」
深々と頷くリックスに衝撃も解けて、エリーが怒鳴り返す。
「オバチャン呼びはやめろって言ってんだろ!?つぅか、あれが王妃だって?お姫様の間違いじゃないのかい」
「オバチャンから見りゃ若く見えるのかもしんねーけど、一応あれでも二十歳いってんだぜ?」
あいも変わらずオバチャン呼び続行でリックスが肩を竦める。
「なら、あたしと同世代じゃないか!あの子をオバチャン扱いしないんだったら、あたしのこともオバチャンって言うな!」
「そうですよ、リックス。妙齢の女性にオバチャンは失礼です」とフェンも小言に加わり、リックスを軽く睨んだ。
「そう言われてもなぁ〜、文句が多くてオバチャンっぽいじゃん、そいつ」「猿に言語を解いても無駄ですよ」
リックスの返事とシェンオーの嫌味が重なり、「誰が猿だ、このデコッパチが!」とリックスの怒りはシェンオーヘ向けられる。
「他人が嫌がる蔑称を使い続ける奴を、猿と呼んで何が悪いんです?」とシェンオーも全く折れず、場が剣呑としてきた。
「お前ら、ホントに仲間なんだよな?」
ヒョウが隣へ腰掛けたゼインに小声で確認を取ると、ゼインは口元を僅かに綻ばせて頷いた。
「あぁ。戦時中も、ずっとこの調子でやっていた」
ずっとこの調子のまま戦争を戦い抜いたんだとしたら、ゼインの我慢強さは尊敬に値する。
フェイやエリーは素直な性格で良かった。
そんなふうに考えているうちに食事が運ばれてきて、さっきまで喧々囂々言い争っていたはずのリックスは隣に座るフェイ同様、笑顔で「いっただっきまーす!」と叫んだ。
「この食事は、そっちの異星人用に作ったんだ。お前らは食う量を控えろよ」とギアに制されても何のその、皿の上の料理は清々しいスピードでリックスの口の中へと消えてゆく。
「あ、待ちなよ、そのサラダは、あたしが食べようと思ってたんだ、このぉっ」とエリーもフォークでリックスを牽制、始終ワイワイガヤガヤ騒がしい宴会が始まった。
「いや〜めでたい、とにかくめでたい、そしてめでたい」と既に酔っ払っているとしか思えない戯言を呟きながら酒瓶を次々空にしていくエデンや、リックスと料理の奪い合いを続けるエリーを横目に、フェイがヒョウの側へ座り直す。
「結局、この星にも手がかりは全然なかったね」
ヒョウは「あぁ、見事な空振りに終わったな。黒い風は、どこまで飛んでいく気なんだか」と答え、しょんぼりするフェイの肩を叩いて慰めた。
「すぐに結果が出る旅じゃねぇし、焦らずのんびりいこうぜ。ただ、次の星に行っても現地での揉め事に関わるのは、やめとくか」
「うん」と素直に頷き、見上げてくるフェイに自分の相談を持ちかける。
「それと、少し考えていたんだが……ナイトウィンド以外の称号は、どうやったら覚醒できると思う?」
「ほぇ?」
ぽかんとする少年を見、相談する相手を間違えたかとヒョウが考えた直後、横からチョイチョイ突いてくる指がある。
振り返れば据わった目のエデンが反対隣に座っており、「伝承について詳しく知りたいのであれば、儂に尋ねるがよい」と胸を張って言い出したばかりか、尋ねる前から勝手に語りだす。
ナイトウィンドが覚醒するのは、自らが死地に陥った時だ。
愛すべき者が死に至るほどの窮地に陥った時、カーミアースは覚醒する。
カディナフレアが覚醒するのは、愛し合える相手を燃やし尽くした時であり。
クリアーブルーの覚醒は、愛する者を庇って自らの能力で死に至った時だ。
「他の三つは恋愛絡みなのに、ナイトウィンドだけは違うんだね」
「というよりは、死がキーワードか」
フェイとヒョウの感想を受けて、エデンも「そうじゃの。愛する者や己自身の死が鍵となろう」と話を締める。
「つーかクリアーブルーが自分の能力で死ぬってなぁ、どういうこった」
ヒョウの疑問へはエデンも「一度死んで奈落の谷で蘇生するんじゃなかろうか?」と疑問で返し、二人を困惑させた。
「死んだら一旦戻れってか?辺境の星だったら、おいそれと戻ってこれねーぞ」
「それ以前にヒョウが死んじゃったらヤだ!」
ぎゅっと抱きついてきたフェイに、ヒョウが驚いた目を向けると、涙ぐんだ目とかちあう。
「んん?なんでヒョウが死ぬと決めつけておるんじゃ」
「だってクリアーブルーの覚醒にだけ口を出すってことは、ヒョウは自分がクリアーブルーになれるかもって思っているんだろ!?エデンだって言ったじゃないか、どれかの一族が滅びていても代わりが見つかるって!それがヒョウなんじゃないの?」
「いや、しかしヒョウ、お主は氷を出せないじゃろ?」と尋ねられて、ヒョウは素直に頷く。
「なら無理じゃよ。クリアーブルーの必須条件は、氷の能力を持つ者だけに限られておるんでな」
そんな特殊条件があるんだったら最初に教えてほしかった。
自分では、どうやっても代わりになれないと知ってヒョウは愕然とする。
「なら……どうして俺は、この旅への同行が許されたんだ?」
「そりゃ〜フェイが願ったからに決まっておる」「俺が一緒に来てほしいって頼んだからだよ!」
二人同時の返事も右から左へすり抜けた。そんな言い分じゃ納得できない自分がいる。
せっかく人生が見つかったと思えたのに、ただのオマケ扱いだったなんて死んでも認めたくない。
「ヒョウ、お主はイレギュラーな存在なんじゃ。ミディアにとってもヴァリから見ても」とエデンは言う。
「お主がミディアの元へ来るの自体が、本来ありえない未来だったんじゃ。ミディアの視た未来で儂が案内するフェイの仲間はエリーだけだった。だからこそ、ミディアはお主の出現に驚いたし、ヴァリは執拗にお主を問いただしたんじゃ」
そこへ「え〜?ヴァリの質問は、あたしら全員にしつこかったじゃないか」と横入りしたのは、いつの間にやら聞き耳を立てていたエリーで、胡散臭げにエデンを見やる。
「それに、あたしと出会う前からヒョウはフェイと一緒にいたんだ。ミディアが見たっていう未来自体が疑わしいよ」
「じゃからの。あの場所に宇宙船が墜落してくるの自体、本来ならありえん事だったんじゃよ」とエデンも言い返し、じっとヒョウを見つめた。
「お主が紛れ込んだせいで未来は変わってしもうた。故にミディアもヴァリも具体的な指示が出来んかった……のっけから神託と異なる事象にぶつかってしまったんじゃからのう。だが、ホワイトアイルに迫る危機は変わらんかった。ならば、お主にも、この旅での役目があるのやもしれん」
「俺に……できること?」と呟くヒョウへフェイが弾んだ声をあげる。
「ヒョウは一緒に来てくれるだけでいいんだ!それだけで俺も勇気が沸くし」
「それも旅を続けるうちに見つかるんじゃないか?」と、エリーは案外楽天的だ。
「あたしらの旅は風まかせの行き当たりばったりなんだ、深刻に考えたって考えるだけ無駄なんじゃないかい」
投げやりとも取れるが、彼女の言うことは間違っちゃいない。風を追いかけるしか手がかりのない旅だ。
それに今はなくとも、旅を続けるうちに氷を出す能力とやらが身につくかもしれない。
フェイには悪いが、やはりクリアーブルーの代役になりたいとヒョウは思っている。
誰かを庇って死ぬのは怖くない。
人生に何の価値もなく死刑を待つだけだった、あの頃の生き地獄と比べたら。
「じゃあ、聞くけど。こいつが紛れ込まなかった場合の指示って、どんなのだったんだい?」とはエリーの疑問へエデンは首を傾げながら、記憶を辿る。
「ふむ……確か惑星の色が黄、青、赤、緑の順に進むんじゃったかのぅ」
「そこまでハッキリした道筋だったってぇのに、一人部外者が混ざっただけで全部チャラになっちゃったのか!」
驚くエリーに、したり顔でエデンが頷く。
「そうじゃの。なんせ青の惑星に行く仲間がおらんのでは道も狂おうというものじゃよ」
「でも、ミディアの元へ連れてこられる予定だったのはエリーだけだったんだろ?なら、俺とエリーの二人だけで決められた星を回っても意味がないんじゃ?」と口を挟んできたのはフェイで、それにもエデンは首を傾げた。
「いや、確か本来の神託では、お主は外惑星へ出る前にホワイトアイルで水の一族を探す予定だったんじゃよ」
またまた「え!?」となる仲間を見渡してエデンが言うには、神託と異なる展開になったとしても、あれほどまでに急いで出かける必要はなかった。
なのにフェイの未開の地への冒険心が宇宙船を揺り動かし、止める暇なく外宇宙へ飛び出してしまった。
「なんてこった……あたし達は仲間にできたかもしれない水の一族を、あの星へ置き去りにしてきちまったのか!」
「どうするの?今から戻る?」とフェイに聞かれて、全員が考え込んでしまう。
今から戻ったとして、水の一族を探す手がかりもない。
モタモタしているうちに未曾有の災害が起きてしまいかねないが、しかし四つの力が揃わないと意味がない。
不意に「あんたの頭ん中の機械ってさ」とエリーがヒョウへ尋ねた。
「氷を出したい〜って思えば出るもんなの?」
「は?」
彼女の言いたいことが判らず生返事なヒョウへエデンが判りやすく言い直す。
「うむ。お主が出すナイフは、お主の意思で形成しとるんじゃろ?なら、氷も同じ要領で出せないか?と、エリーは言うとるんじゃ」
「あぁ……俺の、これは」と掌の上にナイフを出現させて、ヒョウが言う。
「ナイフを出したいと考えて出しているんじゃない。攻撃したいと思った時に、ナイフの形で出力されるんだ」
「なんでナイフ?攻撃するなら、もっと攻撃力の高い武器のほうがよくない?」とフェイが考えるのは尤もだが、「大人から子供まで、誰にでも扱える簡単な武器がナイフってだけさ。他の形状で出力するには、その武器の構造に関する知識が必要なんだ」との答えが返ってきて、「なら」と再度エリーが催促した。
「氷で攻撃したい〜って考えてごらんよ。氷ぐらいは知っているだろ?そうだねぇ、攻撃するのは、あのへんの置物でどうだい?」
そう言って彼女が指さしたのは、黄金に輝く悪趣味な像だ。
心なしかサイラックスに似ているような気もする。
何故こんなものが食堂に飾られているのか。
いや、置かれている理由なんかどうでもいい。ひとまず大きくて当てやすそうな標的だ。
「氷で攻撃、ねぇ……考えたこともなかったな」
ぶつぶつ呟きながら、ヒョウは掌を像へ向けて差し出す。
「そうそう、エリーが出す炎と同じような感じで想像してみて!」とフェイも助言を飛ばし、わくわく見守った。
青い惑星――地球の住民によると、エリーは掌から炎を吹き出したそうだ。
戦いの現場は見ていないが、想像なら出来る。
己の掌から氷が飛び出して、礫の如く標的を叩きのめす――
ひゅっとヒョウの掌から透明な四角い塊が幾つも出現して、カンカンカン!と勢いよく像へぶち当たるのを四人で見届けた。
「え、なんだ!?」と音に驚いて何人かが振り向く中、フェイがポツリと呟く。
「攻撃力、ナイフよりないかもね……」
「……あー。あんたの氷のイメージって、随分と小さいんだね」
床に散らばった真四角の氷を一つ摘み上げてエリーが呆れるのへは、ヒョウも頭をかいて言い訳した。
「氷っつっても、飲み物に入ってるのしか見たことないんでな。氷で攻撃ってのが、まずイメージできねーよ」
「だが、出すことは出来た。あとはイメージ次第で攻撃力にもなりえるわい」
エデンだけが満足そうに頷くのへは「おい、床を汚すんじゃねぇ!」と王宮主の怒号が飛んできて、改めて床を見てみれば、像を中心に大量の氷が散らばっていて、これじゃ怒られるのも当然だ。
「ったく氷が欲しかったんなら、口で言えよ」とご立腹なギアへ「違うよ、氷を出す練習していたんだ」とフェイが遮り、ギアには「なんだ?かくし芸の練習でもしてたってのか」と怪訝な顔をされた。
「掌から出していましたよね。他にも何か出せるんですか?」と食いついてきたのは若葉で、瞳がキラキラしている。
「何か出せたとしても、ここでやるんじゃねぇ!」と怒るギアと若葉の顔を交互に見比べた後、ヒョウは短く謝った。
「そうだ、ただの隠し芸の練習だ。すまねぇ、食事中に床を汚しちまって悪かったな」
脳内の機械は使えば使うほど消耗していく。
無意味な無駄撃ちは御免だ。
遠く異星で力尽きたアイスの姿が何度もちらつき、ヒョウは緩く首をふる。
機械がショートするまで、あいつは何万回宇宙空間を飛んだのだろう。
遠く離れた惑星まで一瞬で物質を取りに行く便利な能力だったのに、ヒョウなんかを助けるが為だけに無駄遣いしてしまった。
というか、こんな威力じゃ自分も何万回と使う羽目になりかねない。精度をあげなければ。
「この星で氷が見られる場所ってあるか?」
唐突な質問に「は?」「へ?」とマヌケな反応を見せる二人の背後で手をあげたのはフェンだ。
「氷山が見たいんでしたらソレイアに観光スポットがありますよ。あとで案内しましょうか?」
「あぁ、頼む」と約束を取り付けた後は、再び飲み食いに戻った四人であった。
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