FES

公女誘拐事件

Prologue.

うららかな日差しの中――
からんころんと戸の鈴を鳴らして、二人の客が喫茶『ミストレイン』を訪れる。
「いらっしゃいませぇ」
ウェイトレスへ会釈して窓際の席へ腰掛けたのは、白い鎧に身を包む女性。
連れの少女は黙って正面へ座った。
「しかしジパンに続いて、ラグナルにまで戦火が灯ろうとしているなんて。戦乱の世はとうに終わったと思っていたのに……悲しいものですね、人間とは」
着席するなり不穏な話題を持ちかける聖騎士を、じっと見つめて少女が応える。
「歴史は…………繰り返されるものだもの。封魔の民が守ろうとしたものも、この時代でまた崩されるのも、人が生きている限り、何度でも……何度でも」
そっと横目で窓に映った自分の姿を見る。
黒い髪を、後ろで幾つもの輪に結び上げた髪型。
亡くなった母が、よく編んでくれたものだ。
その背後にウェイトレスが映り込む。
「いらっしゃいませぇ~。お飲物は何になさいますか?デザートもございますよ」
何も心配事のなさそうな、無邪気な笑顔で。
「紅茶とチョコチップクッキーを2つずつ」
連れの聖騎士が、そつなく頼み、ウェイトレスは「かしこまりましたぁ~。お時間少々かかります。お席にてお待ち下さいっ」との言葉を最後に厨房へ歩いていった。
チチチと窓越しに鳥のさえずりが聴こえる。
外を歩く人々の顔にも不安はなく、のんびりした歩調で行き交う。
「何か面白い光景でもありましたか?刹那」
名を呼ばれて、黒髪の少女は目を伏せた。
「……別に。聖都は……いつ来ても……平和ね。レナ」
「えぇ。この平和を守り通すために、我が聖騎士団は存在するのです」
かちゃ、と音を立てて紅茶のカップが二つ、目の前に置かれる。
そして丸いクッキーの乗った皿もテーブルの中央に一つ。
「紅茶をお二つ。それからチョコチップクッキーをお二つお持ちしました。では、ごゆっくりどうぞ」
微笑んでいるのは、先程のウェイトレスだ。
レナルディは会釈し、刹那も今度はそれに習う。
ウェイトレスが立ち去った後、紅茶を一口飲んでレナが呟く。
「ジパン粛正の二の舞、そしてラグナル内戦の兆し……また人が大勢死んでしまう。何としてでも早い段階のうちに止めなければ」
彼女の言葉を聞き流しながら刹那はクッキーを一口、齧る。
甘い味が、口の中に広がった。
「遅いですね。ジェイドには、ここへ集まるように説明しておいたはずなのですが。それにまだ、カイルの姿も見えません」
言葉尻に苛つきを添えて、レナが窓の外を見る。こちらへ向かって走ってくる人影は一つもない。
そっと彼女を上目遣いにみあげて、刹那は尋ねてみた。
「…………私達だけで、先に……行く?」
「無理は禁物と思っていましたが、やむを得ませんね」
飲み終わった紅茶のカップをテーブルへ置くと、早くもレナは立ち上がっている。
刹那は残ったクッキーを小袋へ詰め、席を立った。
「では参りましょうか……ラグナルへ」
深い溜息をついたレナが勘定を済ませ、刹那も後を追いかけて出ていった。
「ありがとうございましたっ。また、お越し下さいませ」
背中に明るいウェイトレスの声を聴きながら。


一ヶ月後、レナと刹那は貿易都市ラグナルへ足を伸ばしていた。
待てど暮らせど待ち合わせ場所にカイルとジェイドが来ないので、痺れを切らして先行したのだ。
そして酒場へ入った直後、カイルとはちあわせて、事の次第を知ったのである。
「しっかりしてください、カイル。あなたとあろうものが待ち合わせ場所を間違えて覚えるなど言語道断です」
出会い頭に説教を受けて、金髪の優男は面目ないとばかりに頭を下げる。
「申し訳ありません、レナさん。てっきり中央広場で待ち合わせだと思っていたのですが……」
「それにしたって、この一ヶ月、何をやっていたのです?連絡を入れるぐらいは出来たのではありませんか」
レナの顔色を伺い、カイルは再三謝った。
完全に仏頂面だ。
怒る気持ちは判らないでもないが、こちらも、この一ヶ月間、けして暇ではなかったのだ。
「任務が立て続けに入ってしまいまして……連絡を取らなければと思っているうちに月日が過ぎてしまい、本当に申し訳ありません」
ゆるく首を振り、レナは深い溜息をつく。
たとえ一ヶ月間多忙だったとしても、酒場にいた時点で、その言い訳が通るわけもない。
行けないなら行けないで、伝言ワームを飛ばす程度の気遣いを見せてほしかった。
ドラゴンヘイルの竜騎士だというから信用したのに、これでは先が思いやられる。
「この分ですと、ジェイドも集合場所を間違えている可能性があります」
この酒場――ドラゴンの火吹き亭は、ラグナルで一番大きな大衆酒場だ。
ここなら、ジェイドを呼び出すのも容易かろう。
カイルもレナと同じことを思いついたのか、先手を打ってきた。
「レナさん。僕がいったん街の中を捜してきますので、しばらくここでお待ち願えますか?」
失態の穴埋めか。聖騎士は黙って頷き、カイルは身を翻して出ていった。

ラグナルの大通りは聖都の比ではない人の量だ。
港では始終船が出入りし、商人や旅行客でごった返す。
その人混みの中に、とても見覚えのある白地に赤いマークの道着を見つけた瞬間、カイルは大声で叫んでいた。
「見つけたぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
ガシッ!と両手で抱きつくようにして拘束すると、三叉眉毛の青年も負けず劣らず大声で悲鳴をあげる。
「だぁぁっ!!な、何だオマエ!変態か!?いや、変態だろ!!離れろよ、暑苦しいっ!!」
「変態じゃありません!僕ですよ、カイルです!レナさんがカンカンですよ、早く酒場へいらしてください!」
拘束の手を強めれば強めるほど、ジェイドも泡を食ってジタバタした。
「痛ェェェ!!やめろ、オマエ!オレを絞め殺す気か!?負けねぇぞ、ウオォォォ!!」
大騒ぎには、周りの通行人もドン引きして、カイルの背中をポンポン叩く。
「お、お兄さん、お兄さん、まずは手を離してやっちゃどうだい?お互いパニックになってちゃ収まりがつかないだろ」
おかげで、ようやく興奮から解き放たれたカイル、両手の力を緩めてやった。
「す、すみません、ジェイドさん。運よく出会えた幸運に、思わず力が……」
「おー!カイルじゃねェか、久しぶり」と間抜けな挨拶に遮られ、カイルは再びハッと思い出す。
「そうです、呑気に話している場合ではありません。ジェイドさん、今すぐドラゴンの火吹き亭という酒場へご一緒して頂けますか?そこでレナさんがお待ちしています。あなたがなかなか現れないので、かなりキレ気味のご様子なんです。レナさんがキレると僕でも取り押さえるのに苦労しますから、早く来て下さい」

――こうして。
赤い道着の青年に手を引かれるようにして、白い道着の青年もドラゴンの火吹き亭を訪れたのであった。


むせかえるような酒の匂いが充満する中、場違いにも鎧を白く輝かせた女性が一人、椅子に腰掛けていた。
……こめかみに、これでもかというぐらいの青筋を引きつらせて。
ジェイドは彼女の元まで歩いていくと、悪びれずに手を挙げる。
「よーっ。レナー、久しぶりー」
「久しぶりー……ではありませんッ。どれほど人を待たせれば気が済むのですか、貴方は!待ち合わせといったら、五分前行動するのが礼儀というものでしょう!それを場所は間違えるわ、遅れてきても謝らないわ!貴方はそれでも善神ゼファーに仕える僧兵なのですか!?他人に気を遣わせるなど、信仰が足りていない証拠です!!
一気にガーッと怒られて、さしものジェイドもポカンと呆けた表情になった後。
「わ……悪かった。すまん!」と頭をさげて謝った。
レナの怒号で店内はすっかり静まり返り、注目の的だ。
「あ、あの……目立っていますし、ここは僕の顔に免じて彼を許してあげて下さいませんか?お詫びと言ってはなんですが、ここの代金も僕がお支払いします」
謝罪に入ったカイルを見て、もう一度ジェイドへも目をやり、レナは何度も頭を振る。
「……判りました。では、本題に入りましょう」
席へ腰掛けるや否や、ジェイドがマスターへ注文する。
「マスター、オレ、ヒカヒラのスープとマメタンの姿焼きを2つ!それからデザートにレメレメのゼリーな!あ、デザートはメインディッシュと一緒に持ってきてくれて構わねーから」
「あいよっ!」との返事を聴きながら、カイルが話を切り出した。


では……まずは、事件の発端からお話ししていく事にしましょう。

まず、最初に起きた誘拐事件はラグナル商会の娘さんが犠牲者でした。
犠牲といっても彼女は現在、家に戻っていますので心配は無用です。
街の人達の話によると、通りすがりの冒険者によって助けられたとの事ですので。

そして次に起きたのがラグナル公の娘さんの誘拐事件……
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ラグナル公には二人の娘がいます。
ザイナロックに住む貴族の家へお嫁に行かれた長女のロアナさん。
そして次女のミーナさんは未だ未婚でここラグナルにお住まいです。
行方不明になられたのはミーナさんのほうです。
彼女が姿を消す前に、不審な軍団を見たという報告もあります。
レナさんと刹那さんもラグナル港でならず者の軍団に襲われたそうです。
僕はこの二つの軍団は同軍団であり、事件に関係するものと仮定してもいいと思います。
レナさんと刹那さんが、最近事件について聞き込みをしていた事を知る者は多いようですし……

また、この事件とは直接関係ないかもしれませんが、これは僕が独自に聞き込んだ話なのですが、近所のおばさんの話によりますと、ここ最近、若い娘さん達の間で秘密の講習会が流行っているとのことです。
講習会の集会場までは、さすがに聞き出せなかった……といいますか、おばさんもご存じないとの事です。

それと……ラグナル公の娘さんが姿を消してから、ラグナルではもう一人、行方不明者が出ているそうです。
名前はレオン=イリ=バグナード。
金髪に碧眼、ラグナルに住む貴族の息子さんだそうです。



カイルが長々話している間に「へい、料理お待ち!じゃんじゃか食べてくれよなっ」と料理が出来上がり、「任せろ!」の一言でガツガツ食べ始めるジェイドがいたし、刹那はジュースを頼んで喉を潤していた。
「レナも……何か、頼む?長い話になりそう……」
「そうですね。では、ワインをグラスで一杯頼んでもらえますか」
だが、レナのオーダーに刹那は首を横に振り、ぽそっと付け足した。
「ワインより……エールのほうが、軽口」
「そうなのですか?刹那もお酒を嗜むのですね」
にこりと微笑まれて、刹那も、ほんのり微笑み返す。
そこをジェイドに「なんか飲みたいもんあんのか?」と聞きつけられて、彼に飲み物のオーダーもお願いした後、じっと皆の反応を待つカイルへ尋ねた。
「身代金の要求は……あったの?」
カイルは首を振り、即座に答えた。
「いえ、そういった噂はまだ街には伝わっていないようですが……しかし公女が誘拐されたのです。身代金要求も時間の問題かと思われます」
「ラグナル商会の話を出したのは何故です?そちらとラグナル公女誘拐には、なにか繋がりがあるのですか?」と尋ねたのはレナだ。
カイルは少し逡巡した後に、答える。
「ラグナル商会のミーナさんご自身が直々にふれ回っているらしいんです。ご自分が怪しい軍団にさらわれたこと。そして、それを救ってくれた美しい冒険者のことを、ですね。街の皆に。僕は街の人づたいに聞いたのですが、彼女に会えばもっと詳しい話が聞けるかもしれません。怪しい軍団の現れ始めた時期……彼らはラグナル商会の誘拐大騒ぎがあった頃から出没し始めていました。同じものかもしれないというのは、あくまでも僕の予測にしかすぎませんので、二つの事件は、もしかしたら違うものなのかもしれません」
間髪入れず、ジェイドが突っ込む。
「なんだよ、紛らわしい説明すんなよ。オマエの推測なんかどうだっていいから、真実だけを伝えろよなー」
全然話を訊いていなかったように見えたのに、しっかり聴こえていたようだ。
「す、すみません」と謝るカイルを見ていたのかいないのか、ジェイドは「マスター!追加オーダー頼む!ラオリオの丸焼き豪華セットっての持ってきてくれ!!それからエールを人数分な!」と叫んだ。
「そんなに食べられませんよ!?」だの「食べている場合ですか!」との文句を一切無視して、レナの注文であったはずのエールを、ぐいーっと一気飲みする。
「ぶはーっ!やっぱ食べている時が一番幸せだよなっ」
脳天気な発言に、またしてもレナは頭を抱え、カイルが彼女を慰めるのを横目に、刹那は酒場を見渡してみる。
ほとんどのテーブルが埋まり、繁盛している。怪しい者や、悩んでいる、困っているといった人は見当たらない。
それもそうだ、ここは酒場だ。酒臭い息を撒き散らし、大声で持論を唱えて馬鹿騒ぎに興じるような酔っぱらいの巣窟である。
「ご飯を食べ終わったら、ラグナル公の元へ行く前に商会へ寄りましょう。そこで通過証明書を発行して頂く必要がありますので……」と、レナ。
ジェイドは、ん?という顔で首を捻った後に尋ね返した。
「顔パスじゃ通れねぇのか?オマエ、聖騎士なんだろ?聖都の」
「残念ながら。聖都はラグナルと交流があるわけでもありませんし……」
「なんだァ。使えねーなー、オマエ!」
ばっさり一刀両断な反応には、ついついレナの声も跳ね上がる。
「あなたに言われる筋合いはありませんっ!!」
すかさず「お、落ち着いてください!」とカイルに仲裁されて、またしても周囲の視線を浴びながら、レナも謝った。
「も……申し訳ありません。私としたことが、焦っていたようです。とんだ醜態を見せてしまいましたね」
「いえ、いいんです。悪いのは全部ジェイドさんですから」
「なんだよー?オレが何したってんだ」と、むくれていたジェイドも「へい、おまち!」と料理が届いた直後、笑顔に戻る。
「うめぇー!」
ジェイドを視界の隅にも入れず、刹那が問う。
「それで……私たちは、商会の娘と公の娘。両方を調べれば……いいの?」
「そうなります。ここは二手に別れましょう」とするカイルを制し、レナが持論を唱えた。
「いえ、まずは全員でラグナル商会へ向かいます。ミーナさんでしたか、彼女が遭遇したというならず者が気にかかりますので」
ほとんどレナに仕切られる形で、食事を終えた一行は店を出た。