∽8∽ エリート
護衛機及び、今後完成予定の戦艦へ搭乗する者達が宇宙へ出る訓練を受ける場所。
それが広島海底に作られた基地『アストロ・ナーガ』一階奥にある訓練室である。
ただし戦艦搭乗者は、まだ肝心の戦艦が完成していない為、この基地に到着していない。
戦艦が半分以上完成した頃に、こちらへ召集される予定だ。
重力制御装置の中から、誰かが出てくる。
ツンツンはねた金髪頭、ピートだ。
出てくるなり彼はヨロヨロっと、床にへたり込んだ。
「ふぃえぇぇ~……ちかれたぁ」
肌にフィットしたパイロット服を引っ張って、風を送り込む。
服も肌も、汗でベトベトだ。
頭上からはスピーカーを通してアイザ女史の声が聞こえてくる。
『たかが二十倍で被ダメが六十パーセント。ありえない数値ね、少したるんでるんじゃなくて?』
通常の二十倍の重力がかかったフィールドで、飛んでくる玉を避ける。
説明するのは簡単だが、容易な行動ではないことは、へたばったピートが証明していた。
「たるんでなんかないって。あいつらと一緒にしないでよ、もう……」
ちょっとでも反抗すると、すぐぴしゃりと言い返されてしまう。
『あなたは選ばれたエリートなのよ?これぐらい出来なくて、どうするの』
そう、エリート。
エリートになったからには、泣き言の一つも許されない。
始め、パイロット候補生としてスカウトされてきた者は総勢で五十余名もいた。
それが一人、二人と減っていき、途中経過で五人となり、最終的に残ったのは三人。
クレイ、ヨーコ、ピートの三人である。
試験では、常にクレイが成績のトップを飾っていた。
いや、クレイの能力はピートら民間出身の候補生とは一線を違えていた。
とても人間とは思えないほどの、飛び抜けた数値。
スタッフなどから聞いた話によると、彼は研究所生まれの人工授精だという。
きっと生まれてくる時、何か細工を施されているに違いないと、ピートは考えた。
博士も彼を特別贔屓しているようで、なら民間候補生など必要なさそうにも思えるが、護衛機は三体。
戦艦要員は最低でも八人のエキスパートが必要だという。
戦艦要員のエキスパートは、ピートが召集された時点で既に人数が埋まっていた。
彼らは先導や判断力に優れている、という話であった。まだ会ったことはないが。
『C型機を下ろされたくなかったら、真面目にやりなさい。十分の休憩を取ります』
ピートは確かに、エリートには選ばれた。
だがエリートの中では落ちこぼれ扱いされていることを、彼は薄々感じ取っていた。
格納庫では、今日も整備に忙しいクレイがいる。
緑のスタッフジャンパーに身を包んでいるが、彼はスタッフではない。
れっきとした正規パイロットの一人だ。
巨大戦艦ブレイクソールを護衛する機体、通称ソルに搭乗する。
彼らパイロットに求められたのは、操縦テクニックや咄嗟の判断力だけではない。
基礎体力や根性は言うに及ばず、戦闘において、彼らの手足となるべく護衛機の性能や構造を理解できる頭脳。
それから、いざとなったら生身でも宇宙人と戦えるような戦闘力も必要とされた。
クレイは研究所で生まれた。
正確には人工的に生み出された存在だ。
初めから戦闘用として造り出された、といってもよい。
従って彼の子供時代は、およそ一般の子供とは、かけ離れたものになった。
来る日も来る日も訓練。
子供らしい遊びも感情も彼は教えて貰えず、文句を言う事も知らないまま大人になった。
といっても人間として生きる為の知識は教えて貰ったのだから、話すことは出来る。
――はずなのである。あくまでも、知識の上では。
「へーぇ、すごぉい☆お兄ちゃんって何でも知ってるのねっ」
彼の傍らで黄色い声を飛ばしているのは、ヨーコ。
同じくソルのパイロットを務めている。
試験での成績はクレイに次ぐ二位を維持していた。
ヨーコには生まれつき、敵の位置を感知する能力が備わっているようであった。
それも勘が鋭い、などといった単純なものではない。
目を瞑っていても気配だけで、確実に相手の正確な居場所まで言い当てる。
相手が気配を殺していても熱反応で判るというのだから驚きだ。
博士の話によると彼女は、この能力のせいで周囲から虐められていた。
人は自分と違うものを見ると、恐怖や嫌悪にかられるという。
気持ち悪い。
あいつの近くでは何も出来ない。
そんな風に遠ざけられ、彼女は一般社会で孤立した。
こんなことでもなければ、類い希なる能力を伸ばす機会にも恵まれなかったであろう。
ヨーコは他人と接することが怖くなっていると聞かされている。
しかし彼女は初対面から、ずっとクレイには友好的であるように思える。
彼女はクレイの行く場所なら、大概はどこへでもついてきた。
無論、風呂やトイレは除いての話である。
友好的というよりは、懐いているといったほうが正しいのかもしれない。
今もソルの性能をまとめたデータを渡してやったら、ヨーコは素直に喜んでくれた。
AもBも基本性能は変わらないのね、などと極当然な事を感心している。
成績優秀な彼女の欠点をあげるとしたら、それは機械に弱い点だ。
実はソルの整備もピートにからかわれるまで、スタッフに任せていたのは秘密である。
操縦は勘でやっていると彼女から聞かされた時は驚いた。
クレイだって、ソルの操縦に慣れるまでには随分と月日がかかったというのに。
パイロットに選ばれた時、ヨーコは本当に嬉しそうだった。
自分が他人から認められた。
そのことが、彼女の誇りとなったに違いない。
何しろ、その日以降、スタッフに対する態度までが一変したのだから。
エリート意識。
エリートではないものを見下すという、実に不快極まりない行為である。
パイロットや戦艦オペレーターと違い、スタッフは正真正銘、普通の人間だ。
際だった能力や戦闘力があるわけでもない。いってしまえば凡人である。
その彼らをヨーコが見下すようになった。
スタッフは皆大人だから、面と向かってヨーコを罵倒する者などいなかった。
あくまでも、表面上では。
クレイが無口と知っているスタッフの若い何人かは、彼の前で愚痴ることもあった。
ヨーコは若いスタッフ、それも血気盛んな連中には嫌われている。
だが事を荒立てたくないので、そのことをクレイは黙っていることにした。
ヨーコにも、博士にも、他のスタッフにも。
整備を一旦終え、立ち上がるとヨーコに呼び止められる。
「あ、待って!ヨーコも一緒に行くぅ」
始めたばかりの整備もほったらかして、ついてくる気だというのか。
クレイは、腕に装着した通話翻訳機に手早く何かを打ち込む。
会話が不便だからとQ博士からプレゼントされたものだ。
クレイは別に、共通語が話せないわけではない。
大勢の中で話すのは恥ずかしい。
相手が怖い。
いちいち言葉で返すのは面倒くさい。
自分の声が嫌い。
今まで誰とも話さなかったのは、そんなつまらない理由であった。
それでもQ博士とは、何も話さずとも意識が通じ合っていると思っていたのに。
いきなり通話機をプレゼントされた時は面食らった。
Q博士も内心では苛立っていたのかと思うと、少し悲しかった。
博士曰く「最初は通話機で話して、相手に慣れてきたら口で話しなさい」とのこと。
ありがたく受け取っておくことにした。
これがあれば、相手と二人きりにならずとも話すことができる。
スタッフに、もう少し的確な指示が与えられる。
新しく入ってきた子供達とも、少しは打ち解けられるかもしれない……
通話機から、先ほど打ち込んだメッセージが音声となって流れ出る。
『ヨーコは整備を終わらせてから来い。俺は先に行く』
つまらなさそうにクチを尖らせたものの、ヨーコは素直に頷いた。
「はぁ~い。わかりました!ホント、クレイお兄ちゃんって真面目なんだからァ」
「コミュニケーションかぁ……なんか、気が重いね」
通路を抜けてラウンジまで戻ってくると、有樹はソファーに腰を下ろす。
「うん」
相づちを打ちながら、清水も隣へ座った。
「ピートはいいんだ。あいつとは話しやすいし、エリートっぽくないし」
牧原も同意する。
「そうだな。あいつだけエリートっぽくないよな。全然」
彼らのいうエリートの定義。
それは一口でいうと、間に溝があるかないかの違いだ。
戦闘機のパイロットという時点で、かなり深い溝があるのは前提としても、彼らの態度如何で溝は浅くもなり深くもなる。
有樹ら一般人に対して友好的なら溝は浅く、すぐにでも飛び越えられる。
だがエリート風を吹かせ高圧的に出られたら、簡単に溝は埋められない。
「問題はヨーコだよ、ヨーコ!あいつさぁ、何様のつもりなわけ?」
有樹の言葉には、明らかな刺があった。間髪入れず牧原が突っ込む。
「何様って、エリート様だろ?」
「いくらエリートだからって、あの態度はないだろ~よ」
なおも憤慨する有樹を宥めたのは、清水。
「仕方ない。それがエリート様の特徴なんだから。思い出してみろよ、三年になってクラス替えがあったばかりの頃を。秋生や有吉さんも、最初はあんな感じだったじゃないか」
クラス一、いや、学年で常にトップの成績だった秋生。
成績こそ秋生の次点だったものの、何かと目立つ有吉は学内行事の華であった。
ただ美人だというのなら、有吉より美恵のほうが際だって美しい。
だが、有吉には美恵にはないカリスマがあった。
人を惹き付ける、強い発言力を持っていた。
秋生と有吉は民間レベルでいうところのエリート、と言ってもいいだろう。
出会った頃の二人はツンケンしていた。
クラスの皆を、言葉の端々で見下している部分があった。
それが、いつの間に仲良くなったんだろう?
卒業を間近に控える頃には、クラスの全員が仲良くなっていた。
一番の功績者は多分、猿山だと思う。
彼がツンケンしている二人を無理矢理、皆の輪の中へ連れ込んだのだ。
皆とは離れた場所で一人勉強している秋生を、クラスの中で女王様として君臨していた有吉を、皆と同じステージまで引きずり下ろして、一人の子供として対等に。
「皆にも伝えよう、Q博士の伝言」
ヨーコやクレイと仲良くなるには、猿山の力を借りるしかない。
有樹は漠然と、そんなことを考えながら二人に言った。
「そんで、さっさと仲良くなって戦艦製造も手伝えるようになろう!」
「うん」
「そうだな」
清水と牧原も即座に頷く。牧原は天井を見ながら続けた。
「戦艦が早く出来ないと、いつまでも宇宙人が攻めてくるもんな」