∽9∽ 願いと約束
子供達がサロンに集まり、ワイワイ騒いでいる。
Q博士から有樹へ伝えられた仕事は、瞬く間に子供達の間へと広まった。
中でも彼らの関心が一番強かったのは、クレイとの会話が可能となった点であった。
「案外、通話機じゃ毒舌だったりして!?」などと川村が茶化して言えば、晃は顎に手をやり推理を閃かす。
「うーん、でも呼び捨てタメグチOKな人だからなぁ」
「なんにしても、無言じゃやりにくいと思ってたんだ。よかったじゃないか」
喜ぶ仲間が多い中、有樹は複雑な笑顔を浮かべた。
「よかったっていうか、なんていうか……新たな問題も増えちゃったよね」
そうなのである。
博士が皆に要求している仕事は、クレイとの交流だけではないのだ。
ピートとヨーコ、併せて計三人と均一に仲良くならなければいけない。
ピートは、まだいい。彼は、こちらに対して友好的だから。
クレイは周囲に対して無関心だが、敵意は持っていないから大丈夫だろう。
問題というか難題はヨーコだ。
心の中に壁を持ち、周りの人間を寄せつけようとしない。
彼女の壁を取り除く役目、それが出来るのは――
「猿山!あいつはオマエに任せたッ!!」
肩に手を置き全面の信頼にも関わらず猿山は、至極当然の悲鳴をあげた。
「ジョーダンじゃねぇよッ!なんで俺がぁっ」
「そう……だよ、猿山くんにだけ押しつけちゃ駄目、だと思う」
ぼそぼそと倖が呟くも有樹には聞こえなかったようで、猿山を説き伏せにかかる。
「ほら、お前って初対面の時から何となくヨーコには好感度高かったじゃん?」
「高くねぇよ!」
「いや、でも、サル~とかアダナもらっちゃって!」
「迷惑だよ!俺がサルって呼ばれたくねーのは、お前だって知ってるだろ!?」
「そ、それにお前だけじゃん、十把一絡げにされてないのって!」
「あいつは俺がサルって呼ばれると嫌がるの知ってて遊んでるだけだよ!」
どんな優等生が相手でも、けして憶することのなかった奴なのに。
その猿山がヨーコをここまで毛嫌いしていたとは、有樹には少し意外に思えた。
よほど嫌だったんだろうか。サルと呼ばれたことが。
……まぁ、普通は嫌だよな………
猿山説得に頓挫して、ポリポリと頭を掻く有樹を再度諌めたのは有吉であった。
「Q博士は皆と仲良くしてほしいって言ってたんでしょ?なら猿山くんだけが彼女と仲良くなっても意味がないんじゃないかしら」
「そりゃ、そうだけどさぁ。こういうのって何かきっかけがないと」
口を尖らせて反論する有樹に春名が何かを思いついたらしく、ポンと手を打った。
「そうだ!こんな時こそ、クリスマスパーティーの出番じゃない?」
「クリスマスパーティー?」
きょとんとする男子達に、優が説明する。
「あのね、今年はここでクリスマスパーティーをやろうって話、してて。ほら、今までは空襲だ何だで、ろくに祝えなかったじゃない?それに皆がせっかく集まってるんだしさ。クリスマス、祝おうって。それでね、買い出しからパーティーまで、アストロ・ソールの人達も巻き込んで盛大に祝おうって計画、練ってたんだよ。どう?皆もノらない?」
パーティーと聞いて乗らない奴など居るわけがない。
猿山はじめノリのいい連中は即答でOKしたし、ノリが悪そうな晃や吉田も頷いた。
「いいねぇ、パーティーはスタッフの皆とも交流を深めるチャンスかもしれない」
何度も頷く吉田を、意外そうに恵子が見つめる。
「吉田くんは、スタッフの人達と仲良くなりたいの?」
「うん」と頷き、顎でエレベーターを示す吉田。
「ラウンジでかかってるBGMが、僕の好みの曲ばかりなんだ。あれ、誰が選曲してるのか知りたくてねぇ。パーティーの時に聞いてみるか」
もうすっかり、心はパーティーに飛んでいる。
「あ、でも買い出しになんて行けるのか?ここって海底だろ。買い出しに出るなら、スタッフか博士に許可を貰わないと出られないんじゃ」
晃が当然の疑問を口にし春名に問うと、彼女は何故かモジモジする。
「それ、なんだけど……」
「黙って潜水艦、借りちゃえばいいじゃん!後でこっそり返しておけば」
馬鹿なことを有樹が言いだし、即座に吉田に突っ込まれる。
「そりゃ、君が潜水艦を運転できるならね」
春名がなかなか切り出さないので、秋子が代わりに言った。
「一応Q博士に許可を貰って、護衛付きで外に出ようって計画なんだけど」
「護衛?あぁ、そうか……なるほど、護衛ね」
すぐにピンときたのか、晃は頷く。
よく判っていない近藤が聞き返した。
「護衛って?」
答えたのは有吉だ。
「私達が外に出るには、スタッフの付き添いがないと無理だと思うから」
「どうして?」
まだよく判っていない近藤に、晃も口添えする。
「アストロ・ソールの存在は、まだ一般には口外できない状態なんだ。だから、僕達を簡単に外へ出すわけにはいかない。どこで何をしゃべるか判ったもんじゃないからな。それで、護衛だよ。まぁ、平たくいえば、見張りみたいなもんだけど」
晃の意見は、男子の面々には思った以上に衝撃を与えたらしく。
「見張り!?」
有樹が大声で怒鳴り、有吉にシッと窘められる。
「だって、だって俺達は自分の意思でココに来たんだぜ?何を見張るって」
まだ何か言いつのる彼を、ジッと見つめた後。有吉はクールに遮った。
「たとえ自分の意思で来たのが本当だとしても、それは永遠ではないわ。私達の気が変わることだって、ある。それを博士達は恐れているのよ」
私達は、まだ若い。
迷う時もあれば、勢いで決めてしまうこともある。
今は協力する気満々でいるけれど、何か嫌なことがあったら逃げ出したくもなろう。
でも、仕方ない。それが人間というものだ。
「私達が外で秘密を話してしまえば、マスコミは放っておかないでしょうね。騒ぎが大きくなればなるほど、この基地が宇宙人に発見される危険性も増していく。だから、博士達は私達をここへ閉じこめることで監視してるってわけ」
「でもさ!スタッフったって、誰がつけられるか判らないんだぞ!?変な、怖い奴がついてきたら、どうするんだよ!」
「それなんだけど……」
どんどん話が逸れていく前に、ストップをかけたのは春名。
心なしか顔が赤いようで、猿山は彼女を労った。
風邪でも引いたと思ったのだ。
「大豪寺、大丈夫か?顔、赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「え? あ、え、うぅん。これは、その……何でもないの」
慌てて手を振ってごまかすと、春名は言いかけていた続きを話す。
「買い出しには、私と、有田さんが行くことになっていて……」
「えぇぇ!!?」
驚く猿山を横目に、さらに衝撃のオチで話を締めくくった。
「……それで、護衛には、その、クレイをつけてもらおうって計画で」
予想通りというか判りやすい態度を見せてくれたのは、やはりというか猿山だった。
「駄目だ駄目だ駄目だ、大豪寺!お前が買い物に行くなんて絶対に危険だッ」
猿山だけじゃない。
有樹や吉田、近藤も、いや男子の半数以上が反対している。
「女二人で行くなんて危ないだろ!」
「いくらパイロットが一緒でもさぁ!」
男子の心配ドコ吹く風で、有吉がピシャリと言い切った。
「女の子二人だから、ちょうどいいのよ。向こうも監視しやすいでしょうからね。あなた達みたいな血気盛んなのを連れていったら、手間がかかって仕方ないわ」
「でもッ、それにしたってクレイはないんじゃないか!?」
クレイ同伴に反対しているのは、男子の中でも猿山だけのようだ。実に判りやすい。
彼が反対する理由を知っていながら、有吉は、いけしゃあしゃあと聞き返した。
「あら、どうして?ブルーはQ博士のお気に入りで、しかもエリートよ。護衛としては最も頼りになるんじゃないかしら。ピートはいまいち頼りないし、ヨーコじゃ、いざって言う時、二人を見捨てていきそうですものね」
後半の下りでは、牧原と清水が無言の頷きで同意を示している。
ヨーコとピートに関しては何か思うところがあるのだろう、二人にも。
憤る猿山に、晃も畳みかける。
「見知らぬスタッフを同行させられるよりはパイロットのほうが、まだ無難だよ。問題はQ博士が許可を出してくれるかっていう点と、クレイが同行してくれるかだ」
「それは大丈夫。Q博士だって、私達に反乱を起こされたくないはずだから」
有吉がしめて一段落した時点で、この話題は一旦お開きとなりかけた。
お開きにならなかったのは、猿山が食い下がったからだ。
「でも、女二人に護衛が一人だけじゃ不安だ!一人は守れても、もう一人がおそろかになるかもしんねーだろッ!俺も行く!絶対行く!俺が二人を守ってみせるッ、絶対だ!!」
そんな鼻息荒く叫ばれても。
根拠のない自信に、誰もが唖然と見守るしかなかった。
――結局。
買い出しには猿山と春名と真喜子で行こうという話に決まり、一同は解散した。
「にしてもさぁ。猿山くんが、あそこまで食い下がるとは思わなかったねー」
ぶらぶらと通路を歩きながら、優が傍らの真喜子に言うと。真喜子は微笑んだ。
「そうでしょうか?私には、こうなるという予感がございましたわ」
「えぇっ!?」
「だって」
視線は通路の奥、どこか遠くを見つめながら真喜子は言う。
「だって猿山様は、勇ましい御方ですもの。優様も知っておいででしょう?」
「え……う、うーん。まぁ、ね」
どもりながらも、優は素直に認める。
真喜子のいう『猿山の勇ましさ』が何なのか。
たぶん、それは『正義感』であると優は考えた。
いつもおちゃらけていて不真面目そうに見える彼だが、基本の性格は真面目だ。
虐められている子がいれば、真っ先に駆けつけ助けもする。
クラスの輪から疎外されている子や孤独な子を見つけると、放っておけない。
面倒見が良いのである。
今回の件だってクレイへの嫉妬もあるだろうけど、本音は正義感から来るものだ。
女の子二人だけの外出は危ない。だから俺が守ってやらなきゃ。
そんな想いが彼を突き動かしたのだろう。
「でも猿山くんも行くってなったら、博士は許可してくれるかなぁ?」
再び視線を優に戻し、真喜子は頷く。
「大丈夫ですわ」
「大丈夫って、簡単にいってくれるけど」
「どうせ子供が三人だけでは何も出来ないと思って下さるでしょうから」
「……え?」
いつも穏やかな真喜子の声に何かトゲのようなものを感じて、優はハッとなり傍らの顔を見たが、彼女は、いつも通りの穏やかな微笑を浮かべていた。
部屋へ戻る途中。
「………なんで、あんなこと、言ったの?」
ぽつり、ぽつりと倖は尋ねた。前を歩く有吉の背中へ向けて。
「あんなことって、何?」
振り返って質問を質問で返す有吉に、視線は下へ向けながら倖も問い返す。
「クレイがエリートだから、とか。エリートか、そうでないかなんて……関係ないじゃない、あの場合。なんか、あの時のスーちゃんの言い方、まるで」
「わざと猿山くんが同行したくなるよう、誘いをかけているみたいだった?」
有吉の言葉にコクリと頷くと、倖は改めて真っ向から彼女と見つめ合う。
「スーちゃんのことは、好き、だけど。わざと、争いが起きるように誘導するのは……そういうことするスーちゃんは、あんまり、好きじゃない……ナ」
後半は尻すぼみになりながらも有吉を追い越し、倖は自室へ逃げ込んでいった。
バタンと扉の閉まる音を聞きながら、有吉は肩を竦める。
「……あ~あ。駄目ね、私も。猿山くんを誘導することで、ついでにサッチも焚きつけてやろうと思ったのに失敗しちゃったみたい」
パーティーを開く、それはいい。
買い出しの護衛にクレイをつけてもらう、それもいい。
問題は誰がQ博士の処へ提案を持ち込みに行くか、だ。
あれこれ話し合った結果、Q博士の処へ行くのは晃と春名の二人に決まった。
本当は春名一人で行ってもよかったのだが、彼女を心配した晃が同行を名乗り出た。
ちなみに猿山も同行を願い出たが、満場一致で却下された。
頭に血の登りやすい彼ではQ博士が反対した時、揉め事になるだろうと予想できたからだ。
それにしても――と、晃は横を歩く春名を見た。
ピートにクレイに猿山か。モテモテだな、彼女。
まぁ顔はそこそこだし、頭も悪くない。加えて人当たりがよく、明るい。
突き抜けた特徴はないものの、友達としてつきあう分には、つきあいやすい相手だと思う。
中学時代、ずっと同じクラスだった猿山が彼女を好きになる理由は判る。
ピートは多分、女性なら誰でも好きなんだろう。
彼が有吉を『お姉様』などと呼んでいる場面も、晃は目撃していた。
しかし、クレイまでが彼女を好きになるとは。意外だった。
そもそも本当にクレイは大豪寺のことが好きなのか?
女子の噂は、どうにもアテにならないからな……
「ね。秋生くん、聞いてもいいかな?正直に話してね」
急に話しかけられ、晃は我に返る。
「何?」
視線は通路の先へ向けたまま、春名は言った。
「どう思ってる?アストロ・ソールの人達のこと」
「どうって……正直に言って、まだ怪しいと思ってるけど」
「なら、どうしてココに戻ろうって思ったの?」
「そりゃ……興味があったから。嘘か本当か、真実も知りたかったしね」
答えながら彼女の表情を伺うと、思いのほか真剣なので驚いた。
いや、真剣というよりは――思い悩んでいる、そんな顔をしている。
「大豪寺さんは?彼らの事を信用しているのかい」
「私……私、まだ判らない。信用していいのかどうかも……でも秋生くんが信用してるなら信用できるのかな、って思ったから」
中学で同じ学校に入って、同じクラスになって。
三年間ずっと、春名は晃を頼ってきた。
何か悪いアクシデントが起きるたびに、晃の意見を尋ねてきた。
そりゃあ、頼られるのは悪い気がしない。
でも今にして思うと、春名は晃を頼りすぎていたようにも感じる。
今もまだ、春名は晃を頼っている。晃の言うことなす事全てを信じ切っている。
そろそろ親離れならぬ、幼なじみ離れが必要な時かもしれない。
「じゃあクレイのことは、どう思ってるんだ?」
「えっ!?な、なんでいきなりクレイのことっ!?」
ちょっと聞いただけなのに、顔を真っ赤にして慌てている。
予想以上のリアクションだ。
クレイの事は、春名も気になっているということか。
「ああいう大人っぽい人が好きって子は多いもんな。大豪寺さんも、そのクチ?」
「ち、違うもん!別に大人っぽいから好きっていうわけじゃ、なくて、その」
「あ、いたいた。Q博士~!ちょっといいですか?」
前方に特徴のあるマン丸頭を見つけ、晃は声をかける。
Q博士は、クレイと何か話していたようであった。二人一緒とは好都合だ。
「ん~?なんじゃね、アキオくん」
博士はニコニコしていて機嫌が良さそうだ。
これなら大丈夫、とばかりに晃と春名はクリスマスの計画を二人に話す。
実は、クリスマスパーティーをやろうと思っているんです。
飾りつけやケーキを作る為に買い出しへ行きたいので、誰か一緒についてきて下さい。
できればパイロットのうちの誰かが、いいんですけど。
始めから終わりまでニコニコしながら聞いていた博士は一言、答えた。
「いいじゃろ。買い出しに行く時はクレイ、お前がついていきなさい」
もっと難癖つけてごねるだろうと予想していたのに、案外あっさりしていて拍子抜けだ。
クレイが手元で何か打ち込んでるのを見て、あれが通話機かと晃は当たりをつける。
通話機は腕に固定する携帯タイプのようだ。
打ち込んだ文字を音声変換するという、かなり旧型のものらしい。
それにしても、Q博士との応答ですら通話機が必要とは。
無口も徹底すると個性の一つになるのかな、などと晃はしょうもない事まで感心した。
ワンテンポ置いて『了解です』と、機械じみた声がクレイの方向から聞こえてくる。
通話機お馴染みの、合成音声だ。
「それで、買い出しに行くのは誰と誰なのかね?」とQ博士。
晃は答えた。
「ここにいる大豪寺さんと、有田さん。それから猿山くんです」
どんな反応があるかな、とも期待して二人を見やると。
Q博士は「ほっほぉ!」と奇声を発し、嬉しそうに春名の顔を覗き込む。
「ハルナちゃんも行くのか。なら好都合じゃの、クレイ」
水を向けられたクレイは、困惑したような不思議そうな表情を浮かべていた。
いつも仏頂面な彼にしては珍しい反応だ。
しばらくして『何がですか?』と答えたクレイに、Q博士が満面の笑みを浮かべる。
「ハルナちゃんと仲良くなれるチャンスじゃぞい。しっかり護衛してハートをキャッチじゃ!」
――何も、本人がいる前で言わなくても………
晃は博士の、あまりのデリカシーのなさに呆れた。
見れば、春名も耳まで赤くなって黙り込んでいる。晃と同じ事を考えたに違いない。
クレイは少し思案した後、こう答えた。
『猿山と有田も同行します。守る相手は三人では?』
冷静なツッコミからは、とても春名を好きだという感情は伺えない。
先ほどの動揺は見間違いだったかと思えるほどに、彼の表情も鉄仮面に戻っていた。
「ほっほっほっ、まぁえぇわい。三人をしっかり守るんじゃぞ」
ツッコミなど物ともせずQ博士が笑い、クレイは頷く。
「それで買い出しには、いつ行くのかね?」
「……あ、できれば早いうちに。明日なんて、どうでしょうか」
我に返った晃が答え、春名も同意する。
「今日はもう遅いですし、準備もありますから……そちらの都合が良ければ、明日で」
「ふむ。それじゃ明日の特訓は休みにして、つきあってやりなさい」
Q博士はクレイに言い、彼はまたも無言で頷いた。