4.イケメンが憎い

入学式から三ヶ月も経てば、どのクラスにどんな奴がいるのかは、大体把握できる。
まず我が1−4で一番目立つのは、この子ッ!(シャララ〜ン♪)
桜丘 悠さくらがおか ゆうちゅわんでぇーっす!
儚げな瞳は憂いの輝きを湛え、誰に対しても優しい笑顔を絶やさず、穏やかな声色は耳に訊き心地が良く、つやつやキューティクルな栗色の髪の毛は肩まで緩やかなウェーブを描き、ほのかに漂うリンスの芳しいかほりが俺の鼻を擽る……
ん〜〜〜っ!いつまでも嗅いでいたい、くんかくんか。
おっと。だが、この俺は紳士だからネ。レディへ近づきすぎないよう気をつけているのさッ。
実際、悠ちゅわんと俺の席は、だいぶ離れている。
休み時間になると非モテのブ男やヤンキーや女子が彼女に群がるのを遠目に眺めるのが、日課と化した。
ホントは俺も輪に混ざりたい……でも混ざれない、だってヤンキー怖いんだもんっ。
それに、いかにも非オタでぇーすってな会話されちゃうとぉ、混ざりにくいってゆぅかぁ。
そう。俺はオタクだ。
それも、ただのアニオタや漫画オタとは一線を画す、鉄道オタクなのだぁぁぁ〜〜〜!(どーんっ!)
人は俺を乗り鉄、そう呼ぶぜ。名はあお、性は倉石。
世間一般じゃ撮り鉄が悪しき方向でメジャーだが、俺は鉄道会社に金を落とす有益な鉄道ファンなので、線路に無断で入って写真撮影するような輩とは一味も二味も違うのさッ。
休日は小旅行と称して、同志と日帰り旅行へ出かけたりもする。
悠ちゅわんも一緒なら幸せハッピー二倍二倍で超大満足なんだけどなぁ〜。悠ちゅわんとお話するきっかけが掴めねぇ……壁ガリガリ。
俺って見た目がモロキモオタ風味だから、余計混ざりにくいんだよねぇ〜。入学早々、知らないヤンキーにはデブって言われたし。
ヤンキーってバカのくせに他人をディスるよな。バカのくせに。
1−1で超デカイツラしてる高柳 真咲たかやなぎ まさきも、バカヤンキーの一人だ。
ヤンキーってのはバカで喧嘩腰のくせに妙なところでチキンだから、群れて行動するんだよね。
高柳も大体、四、五人ぐらいでつるんで廊下とかでじゃれあってんのを見かける。
あいつらって、どこにいても邪魔なんだよね。横に広がって座るから。
喋るだけなら教室でも出来るだろうに、なんでか毎回休み時間は廊下にいるし。アホだから他人の迷惑も考えられないんだろーなー。
だが高柳なんて所詮は少々チャラいだけの雑魚……モブヤンキーでしかない。
我が真の敵は1−2にあり!

1−2、小野山 育……貴様だけは存在を許さん。(ゴゴゴゴゴ……)

無駄に背は高いし、そのくせバスケ部員にならなかったし、ヤンキーでもないのに体鍛えているのが怖いし、無口で何考えてんのか判らないのも怖いし、こんな低俗ヤンキーバカ学校に似合わぬ男前なツラが、なによりも憎いッ。
こいつ、俺のクラスでも人気あるんだぜ……
判るか?1−4と1−2は教室一個分離れてんのに、合同教室授業だってないのに、人気が!あるんだぞ!
ありえないだろ。バカヤンキー高校ならイケメン皆無だと踏んで、わざわざランクさげて表坂を受けた俺の立場を考えろよ!
イケメンがいなきゃ俺だってバレンタインデーにチョコレートがもらえたかもしんないじゃん!!
こいつにチョコが集中するのかと考えると、二月は学校休みたい。
いやッ!でもッ!我がマドンナ悠ちゅわんだけは、奴になびかないかもしれない!
そう信じて生きていくしかない……悠ちゅわん、信じてるからネッ。
えぇと……それで、何の話をしていたんだっけ。
そうそう、同学年での目立つ奴だったっけか。
1−3で目立つ奴は、やっぱ学年委員長の晋山 昇ゆきやま のぼるかな。
目立つって言っても役職がってだけで、こいつ自身は平凡なんだけどさ。
よくいる、眼鏡かけているから勉強できそうに見えるけど実は、それほど頭が良くもない眼鏡くん。
1−5は船前 綾香ふなまえ あやか。高柳に勝るとも劣らずなバカヤンキーに代表される女だ。
ケバッケバのキャバ嬢みたいな化粧で一人だけ浮いているから、どこにいても、すぐ判る。べんり。
近くに寄ると化粧くせーから、俺はいつも、こいつがいる廊下を回避している。
どう見てもオバチャンみたいなフケヅラのくせして、小野山のおっかけをやっているって噂だ。わー、失恋フラグ確定じゃん。
小野山の野郎はファンが多い上に、1−1のヤンキーだけど美人な望月 弥恵ちゅわんもメロメロだって聞くぜ。ギリィッ……!
まぁ、弥恵ちゅわんは高柳とデキているって噂もあるんだけどさ。どっちが本命なんだろーな?弥恵ちゅわんの。
1−6で一番目立つのは、矢島 一颯やじま いぶき
まだ高校一年生だというのに顎と口元に髭が生えてんだ。見た目立派なオッサンだぜぃ。
こいつが留年生だってのは学校中で、もっぱらの噂になっている。一年で留年って、どんだけバカだよ?
あと、いっつも学ランを着てくるんだよね。
制服がない学校で学ランだぜ?ヤバイわー。留年ヤンキー、バカすぎて怖いわー。
とまぁ、どのクラスにも必ず一人は目立つ奴が存在する、それがヤンキー高校表坂ってわけだ。
ちなみに一年の学力テストはまだやっていないが、先輩諸氏の話を信じるに、表坂で真面目にテストを受ける生徒は、とぉ〜っても少ないらしい。
マジかよ……ちょっとランク落としすぎたか?まぁいいや、それだけ遊びに熱中できる余裕があるってことだもんね。
五時間目の授業が終われば、あとは部活タイムの始まりだ。
俺は鉄道研究クラブに入部した。
さっそく同志の友人が出来たし、先輩とも仲良くなったし、上々のスタートを切った。
先輩の話だと、部費での合宿旅行もあるっぽい。よーし、ばんばんスナップを撮ってSNSにうpしちゃうからな!
素敵な景色を撮った暁には、悠ちゅわんに俺のSNS垢を教えて見せるんだ……

俺「どうだい?きれいな写真だろう?今度行くときは、君と一緒に行きたいな😘」
悠「素敵……!あなたと一緒なら、どこへでも行きたいわ💖」
俺「悠ちゃん……!💋」
悠「んっ……💋あ、アオくんっ、抱いて……!💑」

そして二人は夜、ホテルでベッドイーン!
はじめてだけど感じやすい悠ちゅわんは俺の🍌をしっかり迎え入れて、「あぁん、いぃ、アオくん、そこイイのぉ〜っ、アオくんの🍌でズンズンしてぇ〜」って愛らしいおねだりで腰を振り乱す悠ちゅわん、おっぱいもブルンブルン揺れまくって、あぁ、たまんないぜジュルリ。
ぱんぱかぱーん♪
おめでとう!悠ちゅわんは俺の赤ん坊を妊娠したっ!👪
……な〜んてなったら、いいな♪
だが楽しい妄想、もとい部活へ行こうと教室を出た途端、俺は嫌なものを目撃した。
「なぁなぁ、スケボー部ないんだったらさ、俺も空手部入っていいか?」
廊下で話す二人組、一人は、やたらちっさい……女子、か?
うん、多分女子だ。髪の毛パッツンで白パンに黒T、声が如何にもキンキン高音で女子っぽい。
チビって言やぁ、1−1にチビの転校生が来たんじゃなかったっけ。そーすると、あの子が、そうなのか?
や、なんかマジでちっさい。パッと見、小学生か中学生の男子じゃん。
ツリ目気味で、かわいいっちゃかわいいけど、悠ちゅわんほどの美少女ではないから俺の好みじゃーないな。
まぁ、あれが転校生だろうと、そこはいい。問題は、彼女が話しかけている人物だ。
小野山 育ゥ!なんで貴様がまだ廊下にいやがるんですか!?
とっとと部活行けよー。と思ったんだが、二人はコッチに向かって歩いてきているのだった。
なんだよー、空手部は体育館がテリトリーだろーがよー、なんでコッチ来るんだよぉー。
「……入るのは自由だが、空手に興味があるのか?」
小野山のボソッとした聞き取りづらい返事にチビジョ転校生、名前なんつったっけ、えーとレンカ?だったかが頷き、頭の後ろで両腕を組む。
「キョーミっつーかさー、空手やったら、お前みたいにモテモテになるんだろ?」
「は?」
ハ?
いけねぇ、思わず小野山と同じリアクションになっちまったぃ。
「へっへっへ。訊いたぜー、うちの女子によ!」と、レンカ。
「お前、女子にめっちゃ人気あるそーじゃん?一年じゃダントツのモテモテイケメンだって、やっちんが言ってたぞ!イックンって呼ばれてるそーじゃねーか」
藪睨みに睨みあげられて、小野山がキョドる。
「いや……呼ばれていないが……」
うん、面と向かっては呼ばれていないな。一部の小野山ファン女子が、そういうふうに勝手に呼んでいるだけで。
しかし、やっちん――とは望月 弥恵ちゅわんのアダナだが、やっちんもイックンって呼ぶ派だったとは……
いや、それよりもレンカ、お前は何故モテモテになる方法を空手部に定めたんだ?
空手女子、略してカラジョは別にモテたりしないぞ。
巷じゃ乱暴な女よりオッパイブルルン女子、つまり悠ちゅわんみたいな子のほうが男にモテるって知らないのか。
「そうなのか?うちの女子は、ほぼほぼ全員がお前のことイックンって呼んでたけどなァ」
言葉に詰まる小野山を見上げて、レンカが笑う。
「とにかくさ、俺、お前のイケメンっぷりを研究することにしたんだよ。それには同じ部活に入んのが一番だろ?」
何故だ……何故レンカは、その結論に至ったんだ……
小野山を研究したって、男にゃモテませんぞ?
つぅか、今、俺って言った?俺女だったのかよ、レンカ。
まぁね、ワタシやアタシよりはオレボクのほうが似合っているけどね、そのお顔にゃー。
「動機が不純だな……」
ぼそっと小野山。こいつ何でハキハキ喋れねーんだろーなぁー。
「へッ、部活やる目的なんて人それぞれだろ?お前は強くなりたくてやってんのかもしんねーが、俺はモテたいから入る!そんだけだ」
廊下で二人とすれ違う。二人は俺に気を留めるでもなく、歩き去っていく。
少し気になって、俺は後を追いかけた。
別にレンカがモテようとモテまいと、そこはどうでもいいんだが、彼女が何故、小野山のモテる理由を空手部所属だからだと決めつけたのかが気になるんだ。
奴がモテる理由は顔だろ?顔がいいからモテるんだろ?
そうじゃない何かが空手部にあるんだとしたら、俺も知りたい。知ってモテモテになりたい。

「ここが部室だ」
小野山がレンカを連れていったのは、空手部の部室だった。
空手部のテリトリーは体育館or校庭なんだが、一応部室は一階にあって、更衣室も存在する。
これまで男子しか部員がいなかったんで教室で着替えていたのが去年、二人ほど女子が入ったもんで、あわてて更衣室を作ったってハナシだ。
ソースは鉄研の先輩諸氏。
「へー!あ、俺にあうサイズの胴着ってあんのか?」
も〜見るからにちみっちゃいレンカを見下ろして、小野山が頷く。
「サイズはSMLの他にLLとSSを用意してあるそうだ」
SSってなんだ。
そんなチビッコが空手をやると思っているんだったら、顧問の先生は頭おかし……いや、いるんだった、今実際に。
「よっしゃー、さっそくやるぜー!」
気合い入りすぎだろレンカ、ってか、廊下で脱ぎ始めたァ!?
むほー!ちっちゃくても高校一年生、おっぱいからお尻まで、あまさず俺がガン見してやるぜぇ!(キュピーン☆)
「中でやれ……!」
だが小野山の手が後ろから伸びてきて、シャツを脱ぎ捨てたブラジャア姿のレンカを抱きかかえる。
ちょぉっと待てィ!いくらちっちゃ女子といえど、女子は女子!
レンカのブラジャアは、お前が気安く触れていいブラジャアじゃないんだぞ!
「はぁ?いいじゃねーか、素っ裸になるわけじゃねーんだし」
ほら、本人もこう申されておる!
廊下で下着姿、いいねいいねー、スマホ用意シャッター用意オッケェェェ!
「いいわけあるか……っ」
レンカは頭からシャツをかぶせられた格好で小野山にズルズル引っ張られていって、あーん、扉を閉められちゃった!
俺は急いで外へ飛び出ると、更衣室の窓に面した壁際へと回り込む。
知っているのさ、ここからだと一階にある更衣室は勿論、部室の声だって聴こえるんだぜ。
「えー!新入部員?やったぁ!」って騒いでいるのは二年の女子部員だな。
おっぱいが結構でかいので、サラシで押さえつけているって噂の先輩だ。
「え〜、小野山くんと同じクラスなの?名前、何ていうの?」と先輩。
小野山は、やはりボソボソと答えた。
「……いや、こいつは1−1で、名前は坂下 恋香です」
「坂下 恋香ちゃん?よろしくねー」
「おう!先輩ご指導よろしく頼まぁ!んで、部活はココでやんのか?」
いやいや、広さを見てみろよレンカ。部室でドタバタやったら床が抜けらぁ。
「あはは、まっさか〜!」
先輩はケタケタ笑って、無知なレンカに教えてあげる。
「恋香ちゃんって面白いね。雨の日は体育館、晴れの日は校庭でやるんだよ」
「へー!すげーな、空手部。体育館と校庭の両方を抑えてんのか」
なにが凄いんだか、レンカは大興奮だ。
きっと前の学校での部活と比べての驚きなんだろうが、うちの学校は、どの運動部もまんべんなく一回戦敗退の弱い部しかない。
従って部活の時間でも校庭や体育館は、ほとんど使われていない。
ちなみに空手部だけじゃなくて、柔道部も体育館と校庭の両方を使っているんだが、やっぱり弱い。
「よぉーし、準備オッケー!」
「もぉ〜、恋香ちゃん、更衣室あるって言っているのにィ」
え、もう着替えちゃったの?まだ更衣室へ移動してないのに?
ってか、ちょっと待ってパイセン!確か部室に男子、小野山いたよねぇ!
小野山がいるのにレンカが着替えるの止めなかったの!?
ガチャっと扉が開く音を耳にして、俺は廊下へ一路ダッシュ。
果たして廊下に戻ってきた俺が見たのは、空手着の下に黒Tを着たレンカの姿であった――!
そうか、そうだった。女子は柔道も空手も胴着の下に普段着を着るルールなんだった。
大体、上はTシャツで下はスパッツや短パンだったかな。
胴着がはだけてパンティやブラジャアが見えたんじゃ、観客が全員前かがみになっちまうもんなぁ。
……いや、でもレンカ確か下はスパッツじゃなかった気がする!
もしや、小野山の目の前でパンティ〜を晒してしまったのかい?(ドッギャ〜〜〜ン!)
お父さんは、お前をそんなはしたない女子に育てた覚えはなくってよレンカァァァ!
俺が苦悩している間にも、三人は部室を出て校庭へ向かう。
あー、待って待って、俺も空手部を見学したーい。

女子パイセンは既に胴着をまとっていらした。
だからレンカを更衣室へ連れて行くことなく校庭へ、お出になられたんですね?
校庭の片隅には男子先輩が五人集まっていた。
「愛川〜、おせーぞ」とヤンキーっぽい男子に叫ばれて、レンカの横に立つパイセンが手を振って答える。
「ごめーん、新入部員つれてきたー!」
「新入部員?今頃?」
わらわら集まってきた先輩に囲まれて、ちっちゃいレンカが、さらにちっちゃく見えてしまう。
脳筋部なだけあって先輩、どいつもでけー。それでも小野山よりは背ェ低いんだな。
「ハッハー、なんだ?ドチビじゃねーか、こいつ相手に手が届くのかよ!」
ヤンキー先輩は初対面の相手に言いにくいこともズバッと言ってのける。
このデリカシーの無さがヤンキーたる所以だよな。
「チビだからってバカにしてんじゃねーぞ、デカブツゥ。テメーなんざ空手を覚えたら、ソッコーぶっ飛ばしてやっからな!」
レンカったらヤンキーでもないのにヤンキーパイセン相手に啖呵切っちゃって、大丈夫なのかよ?
「あんだとォ!?」
さっそくキレる単細胞なヤンキー先輩は愛川先輩が「げ、元気があっていいじゃない!」と宥め、それよりもと皆を促した。
「今日は女子、私一人しかいないけどいいよね」
「あ〜?横島またサボリかよ」
横島ってのが二年の、もうひとりの女子先輩だ。
こうやって先輩がサボッてばっかだから弱いんだよな〜、うちの運動部は。
「よっしゃー小野山、さっそく組手やろうぜ!」って張り切るレンカを前に、全員が「は?」と軽く固まる。
数秒後、校庭大爆笑。ヤンキー先輩なんか笑いすぎて目に涙浮かべてっし。
自分が笑われたんじゃないのに恥ずかしくなってきたぜ……
「なっ、またチビだからってバカにすんのかよ!」と鼻息荒いレンカの肩をポンポン叩いて、小野山が間違いを質す。
「坂下、違う。女子は女子と組むんだ」
「なんだって!?お前とやんなきゃ研究できねーじゃんか!」
まだ研究にこだわっていたのか、レンカ。
だが、柔道や空手が女子と男子で分かれて練習するのぐらい、分野外の俺だって知っているぞ。
「研究ってなんだよ、チビがデカイのを倒す研究でもしよーっての?こいつバカじゃねー?」
「三億歩ゆずって男女で組むとしたって手が届くと思ってんのかよ!テメーの身長考えろよ、バカチビ!」
先輩の野次が飛ぶ中、レンカは小野山を睨みつけて怒気を吐く。
「俺は、お前を倒すために入ったんだ!ぜってー組んでもらうぞッ」
小野山は困惑しているが、俺も軽く困惑だ。
レンカが空手部に入ったのは、小野山のモテ秘密を暴くんじゃなかったのかよ!?
「だぁぁーーーっ!」と突進するレンカを、ほぼ軸足の動きだけでかわす小野山。
反転して「でやー!」と突進してくるのも、最小限の動きで避けている。
つーかレンカも、もちょっと頭使えよなぁ。牛じゃないんだから突進だけで捕まえられるわけないじゃん。
「でぇぇーっ、あぁぁ〜〜っ!?」と、何十往復目だかでのレンカの気合が途中で悲鳴にかわったのは、ヤンキー先輩が足を引っ掛けたせいだ。
だが、あわや顔面着地寸前でレンカは胴着を引っ掴まれて、宙ぶらりんになる。
掴んだのはモチロン、小野山だ。
小野山は猫の子みたいにレンカをぶら下げた格好で先輩を睨みつける。
「先輩、坂下は素人です。受け身も取れない者を転ばせるのは危険ではありませんか?」
ヤンキー先輩は「悪い悪い、そいつの攻撃が退屈すぎてよォ」と一見おどけてみせてっけど、瞳の奥に怯えが見え隠れしているのは、俺から見てもバレバレだ。
こいつ小野山に負けるかなんかしたよな、絶対。めちゃ引け腰じゃん、先輩のくせして。
「あ……ありがとな」
地面におろしてもらったレンカが小野山に頭を下げた。
「さりげない優しさ……これが、お前のモテ秘密だな?」
かと思えば顎に手をやり、もっともらしい顔で頷いている。
優しいっちゃ優しいのかもしれないけど、今のは俺でも助けると思うぞ。顔面からコケたら危ないし。
「恋香ちゃん、すごい汗!」と女パイセンが騒ぐのへは手で制し、小野山が走り出す。
「タオル、持ってきます」と言い残して。
「もー、今日は自己紹介だけで終わりにする予定だったのに、皆、悪ノリし過ぎ!」
愛川先輩に怒られても、ヤンキー先輩たちはゲラゲラ笑うだけで反省の色全くなしだ。
汗だくで座り込んだレンカの元へタオル片手に戻ってきた小野山が、ついでとばかりに差し出したのはジュースの缶だった。
こいつ、いつの間にジュース買ったんだ?タオル取りに往復するまで五分とかかってなかったよな。
「おー!飲み物持ってたのか!俺にくれるってか?」
はしゃぐレンカ、「さっすが小野山くん、気が利く〜」と喜ぶ愛川先輩にも二本目を差し出して、小野山は視線を外し気味にボソボソ応えた。
「……昼食で飲まなかった分です。持って帰っても飲まないんで。先輩も、どうぞ」
「なんだよ、女だけか?サービスすんのっ」と騒ぐヤンキー先輩にはジロッと一瞥くれただけで、小野山は押し黙る。
途端にビクッと震えて茶化しをやめるあたり、やっぱヤンキー先輩は小野山に一度ボコられるかして、力の差を見せつけられたに違いねぇ。
でかいし力ありそうだし、ヤンキーより強そうだもんな……おまけにイケメン。天は奴に二物を与えすぎです、不公平だ。
「女に優しい……これも小野山モテ秘術の一つか」とレンカが小さく呟き、したり顔で顎に手をやる。
いいから、お前は貰ったジュースを飲んで汗拭いとけよ。風邪引くぞぉ。
「恋香ちゃん、ごめんね。詳しい説明と基礎練習は明日から始めよっ」
「ウス!」と元気よく愛川パイセンに返事して、レンカが立ち上がる。
「ぶわー、あっちぃ!もう脱いでいいか?」と胴着へ手を掛けるのを「更衣室が、ある!」と大声で遮ったのは、なんと小野山だ。
ぽかんとするレンカの手を握るや否や、有無を言わせぬ勢いでグイグイ引っ張っていく。
「あ、いいよ、いいっての、手を引っ張られなくたって更衣室ぐらい一人で行けらぁ!」
ギャンギャンうるさいレンカに「場所を知らないだろ!」と大声で叫び返しながら、奴の姿は遠ざかっていった。
……なんだ、あいつデカイ声でも話せるんじゃん。
なんでいつもボソボソ喋りなんだ?
ハッ!
これも小野山モテ秘術の一つ、なのか!?(ピキーン!)
俺も知りたくなったぜ、レンカ……イケメンのモテモテまる秘テクニックってやつをよォ!
心の中で綺麗に〆ながら、俺は部活へ向かったのだった――

TOP
Site Index