5.細くて、かわいい

誰かと仲良うなるコツは笑顔や。
ニコニコ笑みを絶やさず、当たり障りない返事で聞き上手のフリをしてれば、みぃんな、騙される。
ウチも、そうやって小中と過ごしてきたから、判るんや。
友達はぎょうさんおる。広く、浅く。
けど、ウチの趣味が昆虫採集って知ると、なんでか遠ざかっていくんやね。
えぇのに。虫さん。
虫さんは、捕まえるだけが楽しみやない。
捕まえた後が本領発揮や。
昆虫標本ゆうと、虫さんをピンで串刺しにして殺すって思う人も多いようやけど、違う。
薬品や。
捕まえてきた虫さんを、おくすりでコロリするんや。
ホンマはガスがえぇんらしいけど、近くの薬局にはなかったんで、ウチはいつもママのマニキュア落としを使ぉとる。
そうやってコロリさせた虫さんを、よぉく乾燥させて、周りに、ぐさぐさピンを挿して固定させれば、はい、完成。
壁にかけてもえぇんやけど、ウチは机の上に飾ぉとる。そのほうが、よく見えるやろ?隅々まで。
けどな。
ホンマ言うと、ウチ。標本作るよりも、壊すのが好きなんや。
細ぉいチョウチョさんの足を、よぉく乾燥させて。

一本ずつ、ぽきり、ぽきり。
ふふ。
たぁのしぃ。

おくすりに浸してコロリさせるのも、楽しいわぁ。
虫さんの繊細な足が、ぴく、ぴく、秒刻みに命の搾り取られていくさまを見せつけて。
あぁ。
ぞくぞくするわぁ。
ふふ、ふふ。

ウチ、細いものが好き。
だからねぇ、にんげんは男より女の子のほうが好きなんよ。ふふ。
あ、もちろん恋愛ではなくて。見た目。見た目は、重要やね。
けどな。女の子は虫さん、嫌いって子が多くて。
知らん間に、ウチ、女の子の輪から外されとった。かなし。
男の子は一緒に虫さん取りに行ってくれるけど、そうやないんやなぁ。
女の子の友達、ほしいなぁ。

パパが神奈川で病院開業する言うから、ウチとママも一緒にこっち引っ越してきた。
新しい家の周辺は知らん子ばっかりで。ウチのことも、よう知らん子ばかりで。
ここでなら新しい友達、作れそうや。
趣味の近い子も、ね。探そ。
ガッコは、どこでもよかったんやけど、ウチ、あんまベンキョの出来るほうやなくて。
行けそなトコ調べたら、私立でよさげなトコあるやん?ってわけで、表坂高校を受けたんや。
簡単やったで?試験。クラスは1−4、なんやこっちは髪染めた子が多いんやね。
ウチは地毛やけど、茶色いから、ちっちゃい頃からセンセには毛ェ染めんな!ってよう怒られとった。
怒られてもねぇ。どうしようもないやんねぇ。
けど表坂は物わかりのいいセンセばかりで助かっとる。髪染めてる子が多いおかげ?
や、一人二人、一年の受け持ちやなさそうなセンセには小言くらったけど。
なんやろね。コーチョー気取り?
クラスは一学年六組で、どのクラスにどんな女の子がおるんかは大体わかった。
ウチが一番気になるんは、1−1におる小川 祐実ちゃん。
ガラス細工のような細ぉい手足。
細い指で本をぱらり、ぱらり、めくる姿は精密なお人形さんのよう。
あないな子と、お友達になりたいわぁ。
ほんで、家に招いて、ね?

おっきなビーカー、背丈より高いビーカーに酢酸エチルを縁いっぱい入れて、その中に祐実ちゃんを入れて、な?
最初は苦しくてもがくけれど、そのうち穏やかな顔で、ゆぅら、ゆら。
綺麗なお顔で漂う祐実ちゃんを引き上げるんや。
真っ白な壁によりかからせて、巨大な針で、心臓をぶすり。

あぁ、えぇなぁ。映えるわぁ。
標本もえぇんやけど、やっぱり、あの細い手を、ぽきり、ぽきりしたい。
えぇ音しそう。乾いた鳥の骨を折るような。
ま、それは冗談として――お友達になりたいんは、ホンマや。
けど、いつも眼鏡の子と太った子が側におって、ガード硬いねん。
クラス違うし、友達になるきっかけがあらへん。
ウチの周りに来るんは、いつもバチバチに化粧した女の子や髪を逆立ててる男の子ばっかりで。
ぼっちになるよりはマシやけど、そうやない。そやないねん。
もっと趣味で仲良うなれる友達が欲しいねん。
はぁ。
おらんのかなー、このクラスには虫さん好きな子。
ウチが聞き上手気取っているせいか、女の子はみぃんな、恋のお悩み相談してくるんよね。
うーん。
ウチ、はっきり言うと、よう判らんの。
恋愛とか、そういうの。
ちっちゃい頃から、虫さんばかり追いかけてきたから、ね。
でもね、ネットで調べれば大体ひとの心の動きって似てるから、それをマゼコゼにして、答えに落とし込むんや。
そんなんでも、みぃんな満足してくれる。虫さん捕まえるんより、らくちん。

今日も横目で祐実ちゃんが他の子たちと帰るの見送って、ウチも帰ろかなって友達と廊下に出たんやけど。
「ヘイ男女、そこの女男ォー!ヘイッ!」
あれ、なんか軽ぅいテンポで囃し立てる、変なのおる。
一年やない。ニ年か三年?の男子が、群れなして誰かを囲んどった。
「わっ、やだ。なんであんなのが一年の廊下にいんの?」
あからさまに嫌そな顔して、友達がウチの袖を引っ張って回避を促してきよる。
「ね、悠ちゃん、駆け足でササッと通り抜けちゃお」
けど、ウチは気になった。"ガラの悪い先輩"たちが、誰を煽うとるんか。
男女だとか女男だとか言われるような子、ウチの記憶の限りじゃ一年には誰もおらんかったはずなんやけど。
そぉっと人垣の隙間から覗き込む。
輪の中央におるんは、前髪パッツンの小さな子やった。
どこのクラスの子やろ。見た覚え……あっ。
そや。
先々週、1−1に転校生が来たって噂やった。
女の子で、ちっちゃくて、いつも上下ジャージ着てるってゆぅ。
今日も噂通りのカッコやし、あの子がそうやね。
けど、なんだって来たばっかの転校生が先輩に囲まれて囃されなアカンのやろ。
ウチかて引っ越し組やけど、近所の男の子には囲まれて虐められたりせぇへんかったし。
転校生ちゃんは「うっせぇな!部活行くんだから、どけよ!」と先輩相手でもタメで返して、えらい威勢のエェ子やねぇ。
ちっちゃいし、手足は細くて、あぁ、見た目は超ウチ好みなのに残念。気が強そなんは、苦手や。
「男女ちゃん、先日は及川が、えろう世話んなったなぁ。オイ、おめぇのコレは何処や?」
これ、と小指を立てて、ニ年の男子は今どき昭和の人でもやらんポーズで威嚇しとる。恥ずかしゅうないん?
「これって何だよ?小指がどーかしたのか」
全然通じてへんやん。そらね、コレとかゆぅて小指立てるんは、もう死語やもんね。
「コレちゅーたらコイビトに決まっとるやろがー!おんだろーがよォ、でっけぇ男がよぉ!そいつに及川が世話になったっちゅーんで、俺が直々お礼に来たんじゃぁ!」
廊下いっぱい響く大声張り上げて。
こんだけ声が大きければ、その背の高いカレシとやらも気づくやろね。
それにしても。一ヶ月経たんうちにカレシ作るって、侮れない転校生ちゃんやねぇ。
あのちっちゃい身体が、オトコのナイト精神を擽るんやろか。
「ハァ?でっけぇ男って、まさか小野山か?小野山のこと言ってんのか!?言っとくがなぁ、小野山は俺のカレシじゃねー!ダチだ!!」
負けず劣らず、大声でやり返す転校生ちゃん。
「なんでもえぇんじゃあ!はよ出せやぁ!」
「出せっつわれて、ホイって出せるかよ!小野山に会いたきゃ隣クラ行けばいいだろ!」
「うるせぇ!おまえンダチやったら呼べるやろが!はよ呼べェ!」
「だからぁ、隣行ってドア開いて小野山いるか?って聞くだけだろ!?なんで俺に命令すんだよ!お前、俺の日本語理解できてんのか?」
「誰がお前じゃぁぁ!ドチビィ、先輩に対する口の訊き方っちゅうんを教えたろかァ!」

あっ、危な。先輩の拳がうなりをあげて転校生ちゃんに振りかざされて、ウチは思わず目を瞑る。
――けど、人が殴られる音の代わりに耳に響いたんは、パシィッちゅう、掌で硬いものを受け止める音やった。
周りが歓声でうるさい。
転校生ちゃんが絡まれてた時は、誰一人喋らんかったくせに。
そっと目を開ける。
転校生ちゃんと先輩の間に割り込んで先輩の拳を片手で受け止めているノッポ、あの子、会ったことなくても知っとるわ。
友達の恋バナ悩み相談で、いっちゃん名前が出てくる小野山くんやろ?
バスケ選手みたく、めちゃ背が高いって訊いていたけど、ホンマやなぁ。
「小野山!」と転校生ちゃんが叫んで、二人は知り合い、うぅん、さっきの話をまとめるに友達やった。
そか。先輩が会いたかったんは、この小野山くんやったんね。せやけど、小野山くんが先輩と因縁?
ウチの訊いた限りやと、小野山くんは大人しくて品性があって思いやりもあって不良の真逆におるような子やーちゅう評判やった。
「やぁっと出てきよったかァ、小野山ァ……会いたかったでェ」
めいっぱい眉間にしわ寄せて先輩が睨みつけるのを、小野山くんも真っ向受け止めて。
「この学校では、女子に暴力をふるうのが先輩の役目ですか?」
怒っとる。敬語やけど、静かな物言いやけど、めっちゃキレとる。
ウチには判る、あの言い方はパパがウチに説教する時と全く同じや。
「お前が、そこの女男ドチビィ庇って及川殴ったんじゃろーがァ。今日は、その礼返しに来たでェ」
額に青筋立てて、先輩はイニシアチブを取ろうと必死やけど。
「廊下でわいせつ行為を働こうとしていたから、止めに入っただけです」と、あくまでも正論で返す小野山くんに人垣は大声援。
「男女がTなの認めんのが悪いんじゃぁボケェ!Tやったら廊下で上半身脱いだって」「俺は!Tじゃ!ねぇぇ!!」
先輩の話途中、転校生ちゃんが小野山くんの前に回り込んで叫んだ。
「俺は!女だ!!」
「胸ペタンやないけェ!どこが女やねん!?」
「まな板だって女は女だ!なんなら俺の戸籍謄本見せてやろうか、生徒手帳にも女って書いてあんだよ!」

胸ぺったんこだと判っているんやったら、廊下で脱がす意味あるぅ?先輩、ロリコンなん?
そもそも、身体が女じゃないと疑っとるんやったら、Tだなんて結論出てきぃへんやん。
……と、突っ込みたい気持ちを抑えながら、ウチと友達は人垣に混ざって興味津々、喧嘩を見守った。
「坂下、下がっていろ。バカには何を説明しても無駄だ」
小野山くんに制されて「け、けどよ……!」と転校生ちゃん――坂下ちゃんって言うんやね――が怯んだ隙に。
再び坂下ちゃんを庇う位置へ出た小野山くんが先輩に凄む。
「彼女は男女でもTでもない。正真正銘、ただの女子です。これ以上嫌がらせで絡むのを、やめてあげてください。あと――暴力で出ようというおつもりなら、こちらも相応の態度で返させていただきます」
瞳の奥に鋭い殺気を見つけて、ウチは背筋がゾクゥッと寒ぅなった。
やばい、あれは坂下ちゃんの為なら人一人殺しても後悔しない男の目や。
先輩も本能で察したんか、ビクッと身体を震わせて後ろへ飛び退いとった。
「きょ……今日のところは挨拶代わりや!今度あったら、ただじゃおかんけんのぉ!じゃあな!」
どこの方言だか、よう判らんミックスオリジナル方言で叫んで、先輩軍団は脱兎のごとく去ってった。
怖い、怖い。はよ逃げな。
不良の先輩ビビらす眼力の小野山くん、今は優しげな瞳で坂下ちゃんを「部活へ行こう」って誘っとる。
なんとなく友達以上の関係を感じるけど、坂下ちゃんの弁ではカレシやのぅないらしいし、坂下ちゃんのほうでは友達止まりなんやろね。
あるいは、小野山くんが自分の恋心に気づかない鈍感さんっちゅーのも考えられるけど。
かわいい二人やね。
とくに、坂下ちゃん。気が強いのを差し引いても、やっぱ、えぇわぁ。華奢な手足、ちっちゃな背丈。
部活ゆぅてたから、二人は同じ部なんやろけど、小野山くんって確か空手部だったはず。
ほんなら、坂下ちゃんも空手を嗜むん?
ぽきん、ぽきん、試合中に手足を折られて転げ回る坂下ちゃんを想像しただけで、きゅんきゅん胸が高のぅてくる。
思わず標本にしたくなる、かわいさやわぁ。

ふふ。

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