俺がサンタになってやる!
「なぁ、クリスマスなんか予定入ってっか?ないんだったら俺んチで集まってクリパやろうぜ!」昼休みに俺のクラスへやってきて早々、坂下の切り出した提案に俺は軽く固まる。
「えー、いい、いい!そのクリパ私も参加していい?」とクラスの女子まで騒ぎ出して、全員が参加希望を言い出す前に坂下の腕を取って廊下へ飛び出した。
「おぉっ?ちょ、ちょい待ち、どこ行く気だ、お前っ!」
クリスマスにパーティをやるのは構わない。
だが、他の奴もいる場所では誘わないで欲しかった。
俺の脳裏を小学生時代のクリスマス黒歴史が覆い尽くす。
俺の通っていた小学校ではクリスマスにクリスマス会をやるのが定番で、毎年誰かの家を舞台にプレゼント交換や告白大会が繰り広げられた。
何度も言うが、俺の家はドがつくほどの貧乏だ。
なのに毎年誰かしらクリスマス会に誘ってくるから、交換するプレゼントの代金には毎回苦労した。
俺が、ではない。母が、だ。
年齢があがるにつれて、プレゼントも高価な物が要求されていく。
とうとう四年目で音を上げた母は、俺に手作りの菓子を渡してクリスマス会へ向かわせた。
俺のプレゼントが誰かに当たった時の言葉が、今でも忘れられない。
『やだー、気持ち悪い!誰が作ったのか判らない手作りお菓子なんてゴミだよね』
本当にゴミ箱へ捨てられたのには心底驚いたし、悔しくもあった。
クリスマス会でプレゼント交換会を好んでやりたがる奴は、材料費を繰り出すのが精一杯だった家庭がある可能性さえ考えてくれないんだと知った。
小学校は狭い世界だ。六年間、クラス替えはあっても同じ学舎で過ごす顔ぶれは変わらない。
プレゼント交換会での手作り菓子は校内での笑い話にされて、もう二度と、この手のイベントには参加すまいと心に決めた。
小学校卒業までの二年間、及び中学時代は何だかんだと理由をつけて誘いを断った。
そして高校一年、またも誘われたわけだが……
階段を駆け上がり屋上へ勢いよく飛び出したあたりで、俺は立ち止まる。
「な、なんなんだよ、どーしたんだよ?」と泡食う坂下を振り返り、一言断っておく。
「そういった誘いは誰もいない場所で頼む」
坂下はポカーンと呆けていたが、ややあって「あー、ハイハイ」と納得したような顔で頷いた。
「小野山親衛隊が飛び入り参加希望する危険性ってか。なら安心してくれや、俺んチは大勢入るの無理だからよ。それに呼びたい相手は、もう決めてあんだ」
お前は女子の頼みなら何でも聞いてしまうだろと突っ込む前に先回りしてくる。
メンバーを決めているんだったら、なおのこと教室で振ってくるのは勘弁して欲しかった。
「まず、お前だろ。それから桜丘さん!そんで、月見里も呼んどくかなー。あ、佐藤さんもな」
指折り数えて、坂下が招待予定の名前をあげていく。
やっちんとやらは呼ばないんだろうか?一応、同クラスの一番仲良しだろうに。
俺の視線から意図を読み取ったのか、「やっちんはクリスマス、毎年母ちゃんの実家で祝っちまうんだってよ」と坂下は、ほんの少し拗ねてみせる。
が、すぐに「それに俺んチのホムパは、一緒に居て楽しいダチしか呼びたくねーからよ」と笑う。
「……違うのか?彼女は」と小声で尋ねる俺に、坂下は頷いた。
「最近わかっちまったんだよ、やっちんは俺の親友になりえねーってのがサ」
何事も女子最優先の坂下にしては珍しい結論だ。
「や、一緒に居て楽しくはあるんだけどな?けど、どうも距離を感じるんだよな〜。ほみほみや他の子と比べて。なんでだろ、最初ダチになった時はなかった距離感を今、猛烈に感じるんだよ」
「それは……」
趣味や好み、及び根本的価値観の違い。
中身は如何にも女子らしい女子であるヤンキー女子と坂下とで決定的に違うのは、その三点だ。
坂下と話していると男子と話しているような錯覚に陥るのは、俺だけではあるまい。
坂下は、彼女と呼ぶのも憚れるほどモノや人に対する好みが男性寄りだ。
ヤンキー女子達のほうでも、坂下との距離を感じているはずだ。価値観が自分たちと違いすぎて。
だが、基本概念を変えろと言われたって無理だ。ポリシーとして譲れないものもあろう。
それに女らしくしろと説教するのも、俺のガラじゃない。
言ったところで素直に聞くとも思えん。
「お前が転校してくるよりも前から他の子とは友達だったから、じゃないか?」
無難にまとめておいたら、坂下には「そっか」と案外あっさり受け入れられた。
「とにかく今から他のダチも誘ってみっから、お前もなるたけ予定空けといてくれよな!」
笑顔で念を押されて、俺は思わず頷いていた。
クリスマスパーティには二度と参加しない。
このルールが適用されるのは、気心の知れていない奴の招待だけだ。
坂下なら、手作り菓子をプレゼントしても喜んで受け取りそうな気がした。
数日後には参加メンツで坂下の家に集合する。
桜丘を始めとして、月見里と佐藤も来ている。
桜丘が来たのは正直に言って意外だったが、本人曰く『スケジュール調整した』らしい。
「で、クリスマスパーティって言っても具体的な内容は、さっぱり決めてねーんだよな。お前ら、やりたいことあったら、バンバン出してくれよ!相当な無茶振りでもない限り、大抵は応えられると思うからよ」
見切り発車のクリスマス会に、さっそくの提案を持ち出したのは月見里だ。
「これまで僕が参加したクリスマスパーティは、立食のディナーパーティが多かったかな。どうだろ、そういうのやってみたら」
「コックを雇えってか?だったら無理だぞ、うちの台所は、そこまで広くねーかんな」と口を尖らせる坂下へは手を振り、「まさか!お母さんが作るに決まっているじゃないか」と月見里は苦笑する。
「それにしたって、坂下さんのお母さんにだけ負担がかかってしまいます……」
ぽつんと呟く佐藤に俺も同感だ。
「ウチが小さい頃参加したクリスマスは、お茶会が大半で、あとは礼拝とかハンドベル演奏とか?」
桜丘の想い出は宗教に沿った、本格的なクリスマスだったようだ。
ハンドベルを演奏するにしても、練習する日にちが足りない。
「佐藤さんの想い出クリスマス会は、どんなんだ?」と坂下に振られて、佐藤は虚空を見つめて考えた後、やはりポツリと答えた。
「子ども会のクリスマスパーティで合唱したり、ケーキを食べたりしました。ちゃんと、サンタさんも呼んでプレゼントを配るんです。あのプレゼント……誰が用意してくれたんでしょうね?」
「PTAちゃうの?それか、近所のお母さん達」
桜丘が突っ込む横で、坂下が叫ぶ。
「そうそう、プレゼントっていやぁ、交換会だよな!」
「ウチ、それは誕生会でやったわ」と桜丘が呟き、月見里は「プレゼント交換会かぁ、懐かしいなぁ。日本へ戻る前の中学でやったよ」と呟き、そういえばと付け足す。
「日本のクリスマスってプレゼントは市販品が主流なの?向こうじゃ手作りが当たり前だったんだけど。場所もホームパーティが主体だったけど、こっちじゃ会場を借りたりするんだね」
「手作り?手作りの、何なんです」と不安そうに尋ね返したのは、佐藤だ。
「え?何ってセーターだったり、ジャムやお菓子だったり。食べ物は定番だね。あと手作りじゃないけど、家にあった要らないものを包んだ子もいたっけな。いや〜、あれは傑作だった」
そう言って、何を思い出したのか月見里はクスクス笑う。
「そんなん貰って嬉しいの!?」
桜丘が大袈裟に叫んだ瞬間、俺の脳裏に在りし日のプレゼント交換会がフラッシュバックする。
菓子作りに不慣れな母が必死にチョコレートを削り、何度も焼きの段階で失敗作を出しながら、ようやく完成した綺麗なチョコ入りクッキーをラッピングする姿は、今でも瞼に焼きついている。
そんな苦労を知らないくせに、同級生は一口も食べずにゴミ箱へ放り込んだ。
気持ち悪い。そう言われた瞬間、まるで自分自身を否定された気がした。
そして、そのプレゼントは自分の物だと言い出せなかった俺自身にも嫌気が差した。
プレゼント交換会になんか参加しなきゃ、こんな嫌な気分になることもなかったんだ。
「要らないものってプレゼントになんのかよ!?」と叫んだ坂下に月見里が笑いで答える。
「なんでもアリなパーティだったからね。貰ったものを次のパーティで出していた子もいたよ」
「アリエネェー!」と叫ぶ坂下を制して、桜丘が話を進めた。
「リサイクルや手作りは論外として、プレゼント交換会自体はアリだよね」
リサイクルは俺もありえないと思うが、手作りもNGなのか、桜丘の中では。
そうだ。
坂下が気心知れているからといって、他の面子まで同じだとは限らない。
そういった可能性に思い至らなかった自分に呆れ返る。
「あ、じゃあ、やりますか?交換会」
「いいねぇ、今からプレゼントをキープしておかなきゃな!」
などと盛り上がる皆を遮って、俺は断言した。
「プレゼント交換会をやるつもりなら、俺はクリスマスパーティに参加しない」
言った直後、部屋は静まり返った――