俺がサンタになってやる!

今日はクリスマス会をやるっていうんで、朝から坂下さんの家に集まったんだ。
「あらー、いらっしゃい!こんなに大勢いっぺんにお友達が来るなんて嬉しいわぁ!ね、あとでココアお持ちしましょうか?それとも珈琲のほうが、お好み?好きなお飲み物がありましたら、なんでも仰ってくださいね!なんでも用意してごらんにいれますから!えぇ、遠慮は無用ですよ?だって今日は年に一度のクリスマスですもの、めいっぱい奮発しちゃいますわ」
扉が開くなり怒涛の語り口なお母さんを「あー、いいっての!食べもんも飲みもんもコッチで用意すっから!」と邪険に押しのけて、坂下さんが玄関口で固まっていた僕達を招き入れる。
「さ、坂下さんのお母さんって元気な人だね」
僕の社交辞令をも手で振り払う真似をして、坂下さんが「元気すぎて鬱陶しいだろ」と笑った。
いやぁ、あの母にして、この娘ありって感じだよ。似たもの親子だよね。
キッチンには料理道具一式が並べてあって、坂下さんもやる気満々だ。
やるって決めた時は渋々承知したようにも思うけど。
「泡だては、どうする?手でやるか、それとも電動でガーッとやっちゃう?」
本格的な桜丘さんの提案に「電動でガーッとやっちまおうぜ!手動だと手が疲れっし」と真っ先に答えたのは坂下さんだ。
そうだね、手っ取り早く作っちゃおう。ケーキ作りだけに時間を割くのは勿体ない。
なんたって坂下さんの家にはカラオケがあるって言うし!
元々予定になかったんだけど、直前で坂下さんが言い出したんだ。カラオケセットがあるって。
どんなやつかな。セットって言うぐらいだし、マイクは常備されているとして曲はネット配信かな?それとも単品売りのDVD?
僕が、こんなふうに日本のカラオケに興味津々なのは理由がある。
向こうじゃカラオケは、あんまり流行っていなくて、しかもホームパーティでカラオケが出来るとなったら、やらないわけにはいかないだろう?
「じゃあ、小野山くんは卵割ってくれる?割ったら佐藤さんと一緒に土台生地を作っておいて。佐藤さんは粉ふるいと、それから分量もお願いね。坂下さんは型にバターを塗っといて。それが終わったら小野山くんを手伝って、オーブンの予熱もお願い。ウチはデコを作っておくね」
「デコ?」
皆にテキパキ指示する桜丘さんへ僕は首を傾げる。
というか、僕は何をやればいいのかな……
「そ、デコ。ケーキの上に乗っける飾り。マジパンでサンタとトナカイ作るから。月見里くんはクリームを泡立てといてくれる?」
「オッケー!」
喋っている間にも桜丘さんの手は忙しく、解きほぐした卵にアーモンド粉や砂糖を加えた生地を捏ね始めている。
絶対お菓子作りに慣れていると思っていたけど、予想以上の速さだ。
坂下さんや小野山くんは完全に動きが止まっている。
桜丘さんの手さばきに見惚れるのは判る、判るけどね、うん。
「ほら、手が止まっているよ。いちばん重要な土台作り、先に作っとかないと」
泡だて器でシャカシャカ混ぜ始めた僕に「あっ、泡立てるんだったら電動あるぜ?使わないのかよ」と坂下さんが申し立ててきたので、一応言っておく。
「や、クリームを泡立てるのは、やっぱり手動じゃないと。硬くなりすぎちゃうよ」
「へー。お前、詳しいなー!前にも焼いたことあんのか?やっぱ帰国子女だし、向こうのホムパで作りまくってたとか?」
そんな素直に感心されると恥ずかしくなってくるなぁ。
僕の知識は、大抵両親の受け売りだからね。
「いや、まぁ、小さい頃はよく母さんの手伝いをしていたからね」
「へー!へー!親孝行じゃねーか、さすがだぜ月見里!」
なにが流石なんだか坂下さんに持ち上げられまくられて、僕の頬は熱くなってくる。
たかが家事の手伝いぐらいで親孝行だなんて、褒め過ぎだよぉ……
僕達二人が話している間にも小野山くんは真剣な表情で卵を割って電動泡だて器で泡立てており、その横では手際よく佐藤さんが小麦粉や牛乳や砂糖を加えているんだけど、当然のように二人の間には会話が存在しない。
それというのも小野山くんが無言なせいだ。彼は元々無口なほうだけど、調理中に話しながら作業出来る器用さは持ち合わせていないみたいなんだ。以前の合同修学を思い返すに。
佐藤さんも大人しい人だから、小野山くんが喋らないのに話しかけるなんてことは出来ないっぽい。
この二人を組ませたのは失敗じゃないかな……
せっかくのクリスマスパーティだってのに。
と、思っていたら坂下さんが二人の間に割り込んだ。
「おう、小野山。鼻の頭に生地が飛び散ってんぜ?」と小野山くんの鼻の頭を指で撫でた上、指についた生地を小野山くんの口の中に突っ込むもんだから、正面で見ていた僕は勿論、隣にいた佐藤さんも目を丸くする。
え、何、この距離感?まるっきり恋人じゃないか!
「すまない」と呟いただけで、まるっきり動じていない小野山くんにも二度ビックリだよ!
僕らを驚かせた坂下さんは軽く手を洗った後、今は型の側面と底にバターを塗りつけるので必死だ。
「うぇ、ヌルヌルしやがる、気持ち悪ィ〜!」とか騒ぎながら。
そこにトナカイとサンタ、それからモミの木を三つ作り終えた桜丘さんが加わって、「ちゃんと塗りつけないと、生地が型に張りついちゃうから気をつけて。見てて、こうやると楽だよ」と坂下さんに替わってバターを丁寧に塗りつけてゆく。
側面を終わらせてから、再び坂下さんにパスする。
お手本を見せられた坂下さんは、先程よりも大きめにバターを切って、底に塗りつけ始めた。
「なるほど、大きいほうが塗りやすいや」
「でしょ」
桜丘さんに真横で微笑まれたおかげで坂下さんのテンションも大幅アップ。
思ったよりも早く型の準備が出来たので、僕は泡立てたクリームを冷蔵庫へしまってから土台作りに加わった。
といっても、混ぜ終えた後はオーブンで焼くだけだ。
ケーキが焼き上がるまでの間、僕の持ってきたボードゲームで遊ぼうってなった。
リビングのテーブルとソファを壁へ押しのけて、絨毯の上にボードを広げる。
「すごろくか!……いや、違うな。なんだこれ?」
「え、何これ、見たことない……えっと、これ、どうやって遊ぶの?」
僕が持ってきたのは人生ゲームでも双六でもない。
非電源が流行っていない日本では有名じゃないかもしれないけど、向こうで大流行だったゲームだ。
「まず地形を作るんだ。こうやってパネルを組み合わせて並べてね……」
「このカードは?」と、佐藤さん。
「資源カードだよ。このゲームの目的は、そうだな、簡単にいうと国盗りゲームなんだ。合計で10点いった人が勝ちになるんだけどね、何をするにも資源が必要だから簡単には勝てないよ。砂漠には盗賊がいて、盗賊を動かすと他メンバーの資材を奪うことができるんだ。それを阻止するには騎士のカードが」
僕が説明している間にも坂下さんの瞼は落ちかけて、佐藤さんは忙しなく瞬きしながら座りを何度も直しているしで、このメンバーには難しいゲームだったかなぁと僕が考えたタイミングで桜丘さんの待ったがかかった。
「あんま複雑だと覚えるのが大変だし、先にトランプやろ?」
小野山くんも無言で頷き、桜丘さんに手渡されたトランプをシャッフルする。
あ、これ、もしかして僕以外の全員が投げていたってパターン?残念。
ハマれば面白いんだけどな、カタン。まぁいいや、今度の機会に持ち越そう。
「手慣れてんじゃねーか、トランプ切るの」と坂下さんに茶々を入れられて、「子供の頃、よく遊んでいたからな正月に」とボソリ小野山くんが答える。
日本の小学生はゲーム機で遊ぶのが主流だと聞いていたけど、小野山くんはトランプ派だったのか。
「何やる?」と桜丘さんに訊かれて、坂下さんと佐藤さんが同時に「ババ抜きだろ!」「やっぱ最初は無難に、ババ抜き……ですかね」と答えるのを聞きながら、これまた慣れた手さばきで小野山くんがカードを配る。
うーん、こんなことなら最初からトランプにしとけばよかったかな……
完全に外しちゃったぞ。絶対盛り上がると思って、自信満々広げた自分が恥ずかしい。
言葉少なになる僕を見かねてか、坂下さんが「月見里から引けよ、ほら!」と笑顔で促してきて、僕は「あ、うん」と従っておく。
佐藤さんも「月見里くんの持ってきたゲーム、今度じっくりやってみませんか。ルール、調べておきますので……」と気遣ってくれて、うぅ、二人の優しさが目に染みる。
いや、優しいのは二人だけじゃない。
いつ持ってきたのか小野山くんが僕の手前にジュースの入ったコップを置いてくれたし、桜丘さんも、さりげに皆の背にクッションを置いてくれて「月見里くん、足は伸ばしたほうがいいんじゃない?足がしびれちゃうよ」と正座でかしこまって座っていた僕を気遣ってくれる。
改めて言うのもなんだけど……
彼らと友達になれて、僕は幸せだなぁ。
あの時、偶然屋上で坂下さんと出会ってから、僕の高校生活は一変した。
三年間ボッチを覚悟していた僕が、今、こうして友達と一緒にクリスマスを祝っている。
あの時、僕に声をかけてくれた坂下さんには何度感謝してもしたりない。
「あ、土台が焼け上がったみたい。冷めてから飾り付けしよ」
「おう!」
トランプはババ抜きを二戦やった後、七並べに神経衰弱と簡単なルールだけど、それだけに皆が知っているチョイスばかりで、日本人は非電源に詳しくないだろうと高を括っていた僕は内心反省する。
ケーキを飾り立てた後は、さっそく切り分けて食べながら、なおもトランプを続けた。
「次は、そぉだねぇ、ブラックジャックなんてどう?」
「ブラックジャック?手塚治虫の漫画か!そいつがトランプと、どう関係するんでぇ?」
トンチンカンな坂下さんの反応に桜丘さんはクスッと笑い、言い直す。
「ブラックジャックはちょっと難しいかもだし、大富豪やろっか」
パッと名前を上げて判らない人が出たら、即座に違うものを選ぶ。くどくど説明するより簡単だ。
桜丘さんに友達が多いのも、そういう切り替えの早さが関係しているのかもしれない。
僕らは桜丘さんの提案に一人たりとて反対せず、トランプゲームを延々楽しんだ。

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